贖罪する父親と自らの殻に籠る娘の観測記録 Part3
「二択……俺が不自由なく最後まで暮らさせてあげる以外に
何か方法があるのかっ!? 頼む教えてくれ!」
「簡単な事です、嫌われようが何を言われようが病院に連れて行く事です
薬による治療ができれば、まだ治る可能性はあります」
俺のその言葉に大江は頭を抱えて心底がっかりした声でこう言った。
「なんだよ……それ……
病院に行こうって言ったってあいつは聞かないし
それに病院に行けば必ずあいつは治るのか!?」
「保証はできませんね……
それに麻薬と同じでフラッシュバックが起こる可能性があるとか
どちらにしても……」
「あぁもう良い!! おまえに聞いた俺が馬鹿だった!
やっぱり俺があいつを不自由なく暮らさせてやるしかない!
もうどうにでもできないんだよ! 」
俺の言葉を遮って、大江は誰にもぶつけ様のない怒りを俺に露わにした。
「何処かにこんな状況を打開にできる魔法はないのか……
……もう手詰まりなんだよ、これじゃあ本当にあいつの言う機関って言う奴が本当にいて
俺たちを陥れているみたいに思えてくるんだよ……くっそ……」
しかし、その怒りはすぐに落胆へと変わり、泣き言を呟き始める。
俺はそんな大江の姿を見てたった一言の言葉を投げかける。
「甘えるなよ……」
不意打ちの様なこの言葉に大江は目を見開いてこちらを見ている。
「例え魔法があってもこの状況を一発でどうにかできるわけがない
そんな泣き言言うくらいならもっとやるべき事があるだろう」
「やるべき事……?」
「今日の事で周りの人間だけで娘を助ける事が難しいと分かった
なら病院に頼って薬で治療するのが可能性の一つだ
本当に娘を何とかしたいなら、娘を治してくれる病院を探して何とかするべきだ」
「だから、それで何とかなるって決まったわけじゃ……」
「それでも、治る可能性があるのならするべきじゃないのか
ここまで悪化した状況の中でリスクを犯さず、何かが得られる……
そう思うのが甘えだって言っているんだよ」
俺の言葉に大江は完全に押し黙ってしまう。
俺自身も怒った大江に首にされても良いと思っているので、敬語の口調ではなくはっきりと自分の言葉で大江に発言をした。
娘の弥咲を無理矢理病院に連れて行くなら、弥咲は大江の事を嫌うかもしれない。
それは弥咲に味方がいなくなる事を意味する。
しかし、それによって治るなら正気になった弥咲にとって大江は恩人となるに違いないだろう。
その選択は、あまりにもハイリスクハイリターンである事は承知である。
目の前の男は選ばなければならない。娘の事を想って、どちらの選択を選ぶのかを。
そこには全てを何とかしてしまう様な魔法も、ゲームにおける裏技も存在しない。
また存在しているとしてもそれを見つける為に多くの苦労を乗り越えなければならない。
「霧崎……すまないな、俺は確かに弱気で甘えていたな……
こんな状況もきっと誰かが何とかしてくれる
心の底ではきっとそう思っていたんだ、そうだ……俺は何時も甘えていたんだ……」
「妻が浮気して……弥咲を家に置いて……
配偶者の生活保護を名目に金だけをせびる様になり……
裁判で良い弁護士を付けてすっぱり縁を切って後腐れなく離婚した
あの時は妻を恨んでたし、全て妻が悪いと思ってた……」
大江は自分の家より更に遠くを見る様に窓の外を見つめながら、自分の過去を語りはじめる。
「でもな……本当は分かってたんだよ……
俺が悪いんだってな……俺は自分の会社にかまけて家族サービスなんてしてやれなかった
しかも、下らない事になお金だけ裕福になれば妻も弥咲も幸せになると思って必死に働いてたんだよ……俺はな……
当たり前の話だよな……妻は育児も放棄して他の男と不倫して、俺を金くれるだけの男にしようとしたのもよ……結局全部……俺がそうさせた事なんだよ……
本当くだらねぇよな、他人に勝手に自分の思う幸せ押し付けて本当の幸せ考えてやれなくて……」
そう言うと大江は立ち上がり、俺に対してこう言った。
「……俺はもう何かに甘える人生は御免だ
ありがとう、霧崎……おまえのおかげで俺はどうすれば良いか……
はっきりと分かった……」
「そうですか……」
「敬語はもう良い……
俺はもうおまえを”雇える立場”じゃなくなるんだからな」
俺が敬語で喋ろうとした所を大江はそれを止めてこう言った.
「そうか……」
「おまえもまた別の場所に行くんだろ
また今度この街に来る時には俺の家に寄ってくれ
必ず、元気な弥咲に……いや、約束はできないかもしれないな」
「何故だ……?」
「元気になってしっかりしたらあんな可愛い娘だ!
俺よりも良い男と結婚してどっか行ってるかもしれないからな」
「……調子が良いな
道は険しいが諦めるなよ……」
「ああ! それじゃあ……」
大江は決意を新たに、そのまま伝票を持って先に行ってしまった。
追加のコーヒーと夕食もここで食うなら持っておけとお金を手渡され、会計を済ませてとっとと自分のやるべき事を成す為に走っていった様だ。
俺は大江を見送ると、俺もその場を後にして自分の宿泊場所へと帰って行った。
◇
あの後、大江は闇金会社の社長の座を別の人間に明け渡して、会長となった。
会社は突然の明け渡しに混乱があった様だが、引き継ぎは順調に進み大江は娘と過ごす時間を上手く確保する事に成功した。
それと同時に大江の熱心なスカウトによって社員になった俺は今が会社の辞め時だと判断して退職届を出した。
勿論、大江のスカウトによって社員になった他の社員が強制的に辞めさせられる事態にはなっていない。
俺は持ち金が尽きて、ホテルを追い出されるまでこの街の観測を続ける事にした。
そして、あっと言う間に時は過ぎ、新たな旅にでる当日である。
俺は大江に送り出される事になった。
◇
「しばらくだな、霧崎……」
「ああ……」
街の外に通じるゲートの前で俺は大江と久々に出会った。
「この街はどうだ……
手に職付ければ暮らしやすい所だったろ?」
「まぁな……
科学力だけで言えばこの街はそこそこ進んでいるからな」
まずは大江と軽い世間話を話しながら、大江が本題を話すのを待った。
しばらく他愛のない話を二人で話していると、大江はこう切り出した。
「なぁ……弥咲のことなんだけどな……」
「ああ……」
「正直に言って、難しい状況だ、何とか時間を作って弥咲と接してるけど
治すのも何年掛かるか分からない、本当に信用できる病院も探さなきゃならない
そもそも弥咲に病院に行くのを納得させないといけない」
大江は現実を痛感した様子で話している。
しかし、次の瞬間の大江は辛そうな顔を全くしていなかった。
「でもな……俺は弥咲を信じているんだ!
だから病院に無理矢理連れて行く事なんてしない、それまで周りが敵だって思っていても構わない!
弥咲が納得した上で病院に行くのがやっぱり一番だと考えている……
それにな! あいつ一昨日な外に出たんだ! 俺と一緒に歩いて買い物をしたんだよ!
あと、他にもな……」
大江はすっかり親馬鹿になって娘の症状が緩和されていく様を話していく。
その様子を見て俺はただ一言こう返した。
「相変わらずおまえは……甘いな……」
「ははっ……そうかもな……」
そう言って大江はこちらに手を差し伸べてきた。
出会った時にも交わした交渉成立の握手だった。
俺はその手をしっかり握った。
その手はあの時の大江とはまるで違う温かさを持っていた。
「今度こそ……達者でな!」
「ああ」
俺はそのまま大江に見送られて、この街を後にする。
あの時のカフェでの構図とは真逆の光景だった。
大江は俺の姿が見えなくなるまで最後まで手を振り続けた。
この世界には万能な魔法も裏技もない。
最後に何でも助けてくれる神様もいない。
この世界にいるのはこの世界を作ったとのたまっている、そう言った神頼みを興味深いと眺めながら一切何とかする気もない王がただ一人存在しているだけだ。
甘えたって誰も何とかはしてくれない。
もし、泣き喚いて自分に都合よく世界が回るなら誰しもが泣き喚くだろう。
実際は、泣きっ面に蜂の様に辛い現実が容赦なく襲いかかるだけだ。
しかし、散々泣き喚いてすっきりした後、人間は溜まっていた鬱憤を吐き出しすっきりした状態で物事を見る事ができれば解決策が浮かぶ事も珍しくはないだろう。
何かにとり付かれたように盲目になってしまっている人間だって少なくはない。
病気でなくても気づかぬうちに自分の中の考えが自分を支配してしまって、絶望して最悪自殺してしまう場合だってあるだろう。
しかし、それは悪い方向に自分の心を塗りつぶしてしまった場合に過ぎないのだ。
良い方向に塗りつぶして、楽しい考えで自分を支配してしまえば人生のあり様などあっと言う間に変わってしまうだろう。
裕福な人がどん底な思いをして暮らしている事もあれば、貧乏で、傍から見れば可哀想な人でも一般人よりも人生を楽しく過ごしている場合だってある。
世界から与えられるもの、押し付けられる物は人によって違うし、その総量イコール幸福であると言うのならこの世界はただただつまらない物だ。
しかし、見方一つ変えるだけで世界はこんなにも残酷で幸せに満ちた世界なのだ。
確かにこの世には万能な魔法も裏技はないと俺は言った。
しかし、この世界にはたった一つだけ諸刃の剣の様で儚くもある、夢みたいな魔法や裏技と言える物が存在していると言う事ができるのかもしれない……
終わり
このお話はこれで終わりです。
今回はインターネット上で話題になっている統合失調症の人間とその親族に焦点をあてて物語を作成しました。
次のお話は、SF要素の強い話となっています。
今までの話は現実世界に近い世界が基になっていますが、こんかいは明らかに別世界である様に描写していきます。
その理由もしっかりと用意してあるので楽しみにしてください。




