第七話 魔王の部下(バカ)とご対面
「ちょっと! ここから出してよ!」
「やめろって舞! ここ狭いから響くんだよ!」
舞の出した大声が耳に突き刺さる。
現在、全員目覚めて、ひとしきり混乱したところだ。落ち着いてきたので、部屋の中を観察する。
窓は一切なく、明かりは牢屋のドアから漏れ入ってくる微かなものだけで、お互いの顔がなんとか確認できる程度だ。鉄格子は頑丈で、とてもじゃないが人間が素手で壊せるようなものではない。
「ここはもしかして……砦の中なのでしょうか?」
「かもしれないな。狼の魔物に襲われた時、催眠術みたいなものを掛けられていたようだからな。連れ去られたってとこだろう」
「そんなことより、あの女の子は? どこに行ったか知らないか?」
義一が心配そうに俺に問いかける。
「分からん。俺たちは勇者の一行として捕まったのかもしれないが、あの女の子は一般人だ。最悪の場合、もう……」
続きを言うのは憚られた。あの子を守りながら行けばいいと思った自分の判断ミスだ。やはりそんな甘いものじゃなかった。
「やっぱり連れて帰るべきだった。無理矢理言い聞かせなきゃいけなかったんだ」
「みんな賛同したんですから、責任の重さは一緒です。あまり自分だけを責めないでください」
魔王との戦いすら、いざとなれば放棄すると言いつつも、目の前にいた人がいなくなってしまうというのは、やはり辛かった。
「あら、皆さんお目覚めでしたか」
聞き覚えのある声が、鉄格子の向こうから聞こえてきた。
「君は……!」
噂をすればなんとやら。目の前には、死んだはずの女の子が元気に仁王立ちしていた。
「良かった……。生きてたんだな。あ、生きていたのですね」
「無理しなくていいですよ。私は昨日の貴方達の会話を全て聞いていましたしたから。随分と面白い方ですね、勇者様」
「お、面白いってどういう意味さ!」
「だから大声出すなって!」
いい加減耳が痛いんだよ!
「これから皆さんには、ベネル様に拝謁して頂きます。魔王の部下の中でも一、二を争うバカっぷりで有めごほんごほん! 一、二を争う勇敢さで有名なお方です。くれぐれも粗相のないようにお願いします。私達の首まで飛んでしまいますから」
……こいつ、いい性格してるな。
少女の後ろからぞろぞろと屈強な人型の魔物がやってきて、俺たち四人に手錠を掛けていく。手錠は重苦しく、とても冷たかった。
「刑務所ってこんな感じなのかな」
「さあね。とにかく、二度とお世話になりたくないかな」
「同感」
舞と義一はあまり先のことを考えていないようだ。ある意味いつも通りで、こちらも落ち着いてくる。
砦の中を歩かされている間、窓から外の景色が見えた。ベルサの街も見えるが、本当に米粒のようだ。上空の雲はすぐ近くに見えている。この砦は、ベルサ山脈の山々のほぼ山頂に位置しているらしい。
それにしても、この砦の中は夜のように暗い。魔族は日光が苦手なのかもしれない。
「この部屋です。既にお待ちになっているので、心の準備をしてください」
「忠告どうも」
はてさて、これからどうするか。なんとかここから脱出しなきゃならない。作戦を考えたとしても三人に伝える手段がない。
一時的な砦のためか。全体的に質素なイメージを受けた中で、目の前の扉だけが異色の輝きを放っていた。豪華で繊細な金細工に、埋め込まれたたくさんの巨大な宝石。自分の力を示したいという欲が嫌でも感じられる、そんなデザインだった。そこから美を見つけ出すのは至難の業で、ただただ「滑稽」だった。
「ベネル様! 勇者たちを連れて参りました!」
凄まじい軋みを伴いつつ、扉が開いていく。その先は所謂「謁見の間」というやつなのだろう。広い部屋の真ん中に、赤い絨毯が真っ直ぐ伸びている。絨毯が途切れた位置、そこには「王座」が据えられている。
「大義だったな、シュネル。おい、そいつらを俺の前に跪かせろ」
あの「王座」に座る不遜な奴がペネルだろう。世界を牛耳っている魔族の一人。人型だが、頭からは牛のようなツノが生えている。吊り上がった目つきに鉤鼻。大きな口からは牙が見えていた。
絨毯を歩かされ、ペネルの前に放り出される。顔を上げると、俺たちをバカにするような笑みが見えた。バカのくせに。
「やあやあ勇者殿。ご機嫌いかがかな?」
「うるさい! 何がご機嫌さ! 悪いに決まってるじゃん!」
舞の奴、今にも噛みつきそうだ。口調が元に戻っているし、余裕がないんだろう。まあ今更どうだっていいことかもしれない。
「せっかく意気揚々と旅に出たとこ悪いがな、お前らにはこの場で死んでもらうとするぜ。まさかあんな手に引っかかるなんてなぁ。お前ら四人、全員バカなのか?」
「このっ……可愛い女の子を使うなんて、卑怯だぞ!」
……義一よ。他に言うことはなかったのか。
「やっぱりシャネルは人間から見てもいい女か。おいシャネル! 俺の女房になれよ! 毎日楽しいことしようぜ!」
下心見え見えの言葉。こいつまさか、義一の同類か。
「もったいないお言葉、恐れ入ります。しかし、私には許嫁がおりますので」
「なんだよ、つまんねぇな。なんならそいつをぶっ殺して……まあいい。今はこいつらだ」
ペネルはシャネルからこちらに注意を向け、残忍な笑みを浮かべた。
「いいか? 今からお前らに選ばせてやる。この場で俺様から直々に首をはねてもらうか、狼どもの檻に入れられて、生きたまま食われるか。どちらが好みかな?」
問題はここからだ。今のままだと間違いなく殺される。すぐに手を打たないと……。
「なにそれ! 選ぶわけないじゃん! だいたい、私たちと戦いもしないなんて、とんだ腰抜けだよ! 弱虫アホバカ間抜け!」
……必死なところ悪いが、それが通用するのは小学生まで「なんだとゴラァッ!」ごめんなんでもない。
今の怒声の主は顔を真っ赤にして、舞の胸ぐらを掴んでいた。
「もう一回言ってみろ!」
「アホアホアホアホアホ!」
「だああああ! うるさい! 黙れ!」
「バカバカバカバカバカ!」
「あー!もうやってらんねえ!上等だ!お前は俺が弱いって言いてぇんだな? だったら証明してやる。誰かこいつらの手錠を外せ!」
……まさかこんなことになるとは。でも、願ったり叶ったりだ。少しだけ望みが出てきたぞ。ただ死を待つだけじゃなくなった。それが舞のおかげだと思うと不思議な気分になる。……上司がバカだと、シャネルさんみたいな人が苦労するんだろうなぁ。
両手が自由になり、奪われていた荷物や武器も戻ってきた。シャネルさんを含む部下たちは、戦いの邪魔にならないように部屋の隅の方まで移動し、窓や扉には俺たちが逃げられないように、数人の屈強そうな魔物が立ちはだかった。
「勇者と一騎打ちってのも悪くねぇが、二度と生意気な口をきけないようにハンデをやる。四対一でいいぜ。かかってきな!」
「こっちのセリフだ! 行け、翔!」
「おう!ってなんで俺だよ!」
「仕方ないだろ! 武器持ってんのは翔と彩だけなんだから!」
「お、お前だって杖持ってるだろ! 魔法の一つでも使ってみろ!」
「無茶いうな!」
「二人とも落ち着いてください!」
「こうなったら私の聖剣で!……あれ?」
「舞が自分で投げちゃったじゃないか!」
「お前らいい加減にしろ! 喧嘩してないで、さっさと俺に殺られにこいや!」
どうしてこうもぐだぐだなのか。勝算は……ええい、ままよ。もうやるだけやるしかない!