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隣のダンジョン  作者: 軌条
第三部 超深層攻略
95/111

夢魂戦・決死

93、夢魂戦・決死





 綾にとってこれは自分一人の問題ではなかった。あの抗体の攻撃は熾烈を極める。一発でも喰らえば躰は溶け、致命傷となるだろう。そんな攻撃が毎秒何十発も放たれ、それを撃つ当人は機敏に動き回る。それを仕留める為に、精鋭たちが自分の命を張って囮となってくれる。攻撃をするのは異邦人の綾。失敗は許されない。自分で言い出した以上、怖くなったからやめたなんてことは通用しない。


 綾は竜剣を抱えて抗体の背後に回り込もうとした。その間にもランダムな方向に放たれたレーザーが近くを掠める。それが異邦人の存在を想定した攻撃ならば、ますます失敗は許されない。死角に回り込んで攻撃し、万が一仕留めきれなかったら、激しい反撃が待っているはずだ。そして二度と接近するチャンスは巡ってこないだろう。


 綾は瓦礫を掻き分け、崩落した天井に攀じ登ったり、亀裂に躰を滑り込ませたりしながら、少しずつ抗体の背後に回った。すなわちそれは楓が放つ霓の攻撃を正面から受け止めるということを意味する。綾は両者の激しい撃ち合いを間近に見て眩暈がした。一瞬でも気を抜けば光線で躰が消し飛ぶ、そんな世界で楓はここまで十数分間戦い続けている。


 楓の強靭さとその手腕に脱帽しつつ、綾は楓の攻撃の流れ弾に当たらないように注意して進んだ。そして敵のレーザーを目視でぎりぎり避けられる距離でスタンバイする。


 それを見計らったかのように神から通信が入る。綾はそれに出た。


『準備はいいか?』

「はい」

『今から俺たちが前に出て抗体の攻撃を引きつける。五つ数えてから突撃しろ。それから更に十秒後に俺たちは退避するから、それまでに全てを終わらせるんだ』

「分かりました。頑張ります」

『頑張らなくてもいいから何が何でも成功させるんだ。いいな』


 綾は通信機を構えたまま頷いた。綾は目を凝らす。レーザーが無秩序に飛び交う空間に、卒然と無数の影が浮かび上がった。


 総勢80余名の精鋭部隊が物陰から姿を現し、一斉に抗体に向かって攻撃を仕掛けた。それは楓が放った霓の攻撃と合わさり、瞬間的に抗体の攻撃を圧倒したように見えた。


 だが抗体は囮の動きを察知すると、ランダムに放っていたレーザー攻撃をそちらに振り向けた。すると目に見えて囮たちの攻撃の勢いが減退した。皆必死に逃げ惑っている。


 囮たちの攻撃の幾つかは抗体に着弾したが、ほとんどダメージがあるように見えない。いや、よく見ると着弾寸前に光の衣のようなものを全身から分泌し攻撃の勢いを殺しているのが見えた。


 攻撃、防御、機動力、全てにおいて隙がない。綾はこんな敵を倒せるのかと不安になった。いや、全力で叩き斬るのみだ。攻略組との演習で培った己の力を信じろ。綾は自分に言い聞かせた。


 囮が飛び出して五秒経った。綾は機動靴の出力を全開にして突進した。ほんの数秒で辿り着くはず。そうなったら全力で竜剣を叩き込む。


 機動靴に注いだ霊力が、抗体に感知されてもおかしくなかったが、囮たちが放った無数の攻撃が良い攪乱になっているようだった。抗体が綾の接近に気が付く気配はない。


 抗体は囮たちの駆逐に夢中だった。レーザーを滅茶苦茶に撃ちまくり、多くの精鋭は器用に避けているが、中にはまともに攻撃を喰らい光の渦に巻き込まれる者もいた。綾はそれを見ても深く考えないことにした。彼らの死を無駄にするわけにはいかない。冷たい空気の中で綾は絶叫したいのを必死に堪える。抗体は蟻の群れを踏み潰しているかのような淡々とした様子でレーザーを撃ち、死体の数を増やそうとしている。


 綾はあっという間に至近距離まで近づいた。


 いける。


 がら空きのその抗体の背中に竜剣を叩き込めるはずだ。


 竜剣の刃が青く発光する。そして炎を纏い、その凶悪な攻撃力を発揮すべく唸りをあげる。

 抗体はそれでもまだ綾の接近に気付いていない。綾は思いきり振りかぶった。そして抗体の脳天にその刃を叩き込んだ。


 奇妙な感触だった。まるでスポンジ状の壁に鉄棒か何かを叩き込んだかのよう。


 つまりは押し返された。竜剣は抗体を両断するどころか、その頭部に傷一つ入れることができなかった。


 綾は愕然とした。竜剣の炎が弱々しく変化する。綾は自分の死をも覚悟した。だが、絶望はほんの一瞬のことだった。


 奇妙な感触の後に訪れたのは崩壊だった。抗体の頭部が裂け、肩口まで亀裂が入る。そしてレーザーを放つ腕が痙攣し、抗体の攻勢が弱まった。綾は竜剣を振り下ろした勢いでよろめいた。目の前で朽ちようとしている抗体を凝視した。


 倒したのか?


 しかしこの奇妙な感触は何だ。斬ったというより、叩いたら少し崩れた。そんな感覚。


 到底仕留めたとは思えない。


 綾がこう判断したのは正解だった。もしここで勝利を確信していたら、ここで後退することがなかっただろうし、後退していなければ、次の敵の攻撃で蒸発していただろうからだ。


 綾はバックステップを踏んだ。次の瞬間、抗体の躰から無数のレーザーが飛んできて鼻先を掠めた。レーザーは天井や地面、壁を抉りながらあらぬ方向に飛んでいった。ダンジョンを削りながら抗体は攻撃を続ける。綾は自分の役目も忘れて必死に逃げた。


『どうした瀬山! 仕留めたのか!?』


 スイッチを入れっぱなしだった通信機から神の声がした。


「すみません、全く手応えがありませんでした! 一応、少しはダメージを与えられたようですが」


 綾は通信機に向かって叫んだ。神はしばらく沈黙した。絶望したのか。綾に怒りを覚えているのか。それとも……。


『……瀬山、負傷はしていないな?』

「え、あ、はい」


 こんなときに綾の心配をしてくれるなんて。ありがたいが、我ながらそんな場合ではないだろうと思った。


 神は沈痛な声音で告げる。


『瀬山、もう一度だ。もう一度叩け。今度はさっきとは違う部位を全力で攻撃しろ。それを繰り返すしかない』

「もう一度って……! 皆さんがもう一度囮になるってことですか?」


 綾は抗体のレーザー攻撃を必死に避けながら通信機に向かって言った。綾の攻撃のせいか、攻撃にぶれが生じ、綾はなんとかぎりぎり安全圏まで退避することができた。物陰に忍び込み、大きく息を吐く。


『今、総攻撃を仕掛けて分かった。その抗体は俺たち普通の戦士では太刀打ちできない。危険な攻撃は全て躱し、比較的軽い攻撃は防御してほぼ無傷。しかも無尽蔵に湧く霊力で多少の傷なら修復するようだ。だが、見ろ』


 綾は物陰から顔を出して抗体を見た。女性型の抗体の頭部が裂け、霊力の粒子と思われる白い光を噴き出している。動きが少し不規則で、様子がおかしかった。


『今の瀬山の攻撃は修復し切れていないようだ。恐らく、その抗体は攻撃を受ける直前に何らかの衝撃緩和措置を講じ、防御力を高めているのだろう。瀬山のように完全な不意打ちを成功させなければ、有効打は叩き込めない』

「……不意打ち、ですか……」

『そうだ。十秒後に俺たちが再び前に出る。五つ数えたら飛び出せ』


 綾は荒く息を吐きつつ、頷いた。そして通信を入れたまま立ち上がる。


 神たちが抗体の前に進み出た。そして楓と協力して遠隔攻撃を試みる。一部の戦士は突進して接近しようとしていた。そんな彼らに無慈悲なレーザーが襲いかかる。囮の数は先ほどの半分ほどに減っていた。


 死んだか、負傷してもう前に出れないか……。綾は涙を零しそうな自分が嫌だった。こんなときに泣いていられない。悲しみを背負い込むのは全てが終わってから。綾は自分の頬を叩く。そして物陰から飛び出した。


 そして見た。


 抗体に肉薄する志村の姿を。


 無謀な飛び込みだった。抗体のレーザーが志村に一斉に襲いかかる。志村は超人的な機動と捌きでそれらをすべて回避し、抗体の胴体に魔剣を叩き込んだ。


 だが魔剣は抗体に触れる直前に止まった。光の衣を纏った抗体が慈愛の笑みによく似た表情を浮かべる。志村の動きが止まった。まるで抗体の眼差しで石になったかのようだった。


「馬鹿野郎!」


 いつの間にか接近していた神が志村の肩を掴んで引き倒す。炸裂するレーザーの奔流が二人の戦士を飲み込んだ。綾は二人が無事か確認する暇もなく、突撃しなければならなかった。


 今度も完全に抗体の背後を取った。志村たちに気を取られて、抗体は二度までも綾の接近を許したようだ。


 いける。今度こそ斬ってやる。綾は竜剣の刃を燃やした。仕留めなければならない。


 今度は抗体の胴体。そこを水平方向に斬る。不意打ちなら通用する。自分をそう鼓舞して、会心の一撃をそこに見舞った。


 抗体の胴体に叩き込む。今度は先ほどの感触とまるで違った。まるで岩か何かにかち合ったかのように、刃が止まる。


 今度こそダメージを与えられたのか。綾はそう思った。だがそうではなかった。


 抗体の腕が自らの脇腹をガードし、竜剣の刃を掴んでいるのだった。間もなく竜剣の刃がへし折られた。綾は愕然としながらよろめいた。予備の竜剣は持っていた。だがもう次の攻撃を仕掛けようという気力が湧かなかった。


 抗体に知覚されないはずの綾が、今、抗体の眼差しを浴びている。抗体は真っ直ぐ綾を見据えている。そして、たった今へし折った竜剣の刃をこちらに向けて投げつけてきた。


 それは綾の頬を切り、血が流れた。綾は痛みも忘れ、尻餅をついた。


 殺される。


 綾の頭の中はそれでいっぱいだった。先ほどまでの覚悟は吹っ飛び、もはや抗する気力も何も湧かなかった。


 どうして攻撃が通じないのか。どうして綾の存在に突然気付くようになったのか。綾はそんな疑問を感じながら、抗体がこちらに攻撃をしようとしているのを茫然と見ていた。


「諦めるな!」


 響いたのは琴歌の声。綾はハッとした。琴歌が銃を撃ちながらこちらに接近していた。


 馬鹿な。どうして。そんなに近付いたら琴歌までやられてしまう。綾は混乱した。抗体は綾よりも琴歌のほうに注意を向けた。綾はそれに対しても疑問を感じた。琴歌よりも異邦人である綾のほうを先に仕留めたいはずだろう。


「諦めないで、瀬山さん! もう一度よ! もう一度攻撃して! あなたの攻撃は通用する! 自分を信じて!」


 綾はむくむくと勇気が湧いてくるのを感じた。抗体が琴歌に向き直りレーザーを放つ。琴歌は曲芸的な動きでそれを避け、物陰に滑り込んだ。間一髪のことで、綾は心臓が止まりそうになる思いでそれを見ていたが、そうだ、やはり抗体にとって綾の存在はイレギュラー。全く通用しないと絶望するのはまだ早い。


 一度目は通用した。二度目は通用しなかった。三度目はどうだ? 異邦人であるということを過信し過ぎていたのではないか。生きている標的を相手にしている以上、絶対に命中するなんてことはない。


 綾はもう難しいことを考えなかった。理由なんてどうでもいい、演習で学んだことを思い出せ。


「うわあああ!」


 綾は叫びながら予備の竜剣を引き出した。そして抗体に飛び掛かる。


 脳天に叩き込むとみせかけて、刀身をくねらせて肩に刃を食い込ませる。抗体がよろめいた。今度は柔らかな感触があった。そして竜剣の炎を燃え上がらせる。


 抗体の肩が燃え上がった。抗体はよろめいたまま体勢を回復させることができなかった。見当違いの方向にレーザーを放ち、ダンジョンの一部を破壊する。


 やはり抗体に綾は見えていない。どうしてさっきガードされたのか不明だったが、もうどうでもいい。何度でもこの攻撃を繰り返してやる。綾は竜剣を引き抜き、全身に炎が燃え移って悶える抗体を蹴飛ばした。


 そして一旦距離を取る――抗体がレーザーを放ち、綾は危うくそれを喰らうところだったが、こちらが見えていない以上、距離を取ってしまえば回避するのは難しいことではない。


「その調子よ、瀬山さん」


 琴歌が呼びかける。綾は頷き、もう一度抗体に攻撃を仕掛けようと身構えた。


 抗体は炎に包まれつつ、ゆっくりと旋回した。無茶苦茶にレーザーを撃つのをやめた。楓も力を消耗したのか、撃ち合いが終わり、この空間に奇妙な静寂が訪れた。


 綾は抗体の背後を取ろうと回り込んだ。だが、抗体がこちらに目を向ける。


 気のせいだと思った。綾の存在に気付くはずがない。見えていないはずだ。


 綾は更に横に移動し、抗体の背後を取ろうとした。だが抗体はこちらを見つめ続けている。

 

 嫌な予感がした。復活した勇敢な心がまた萎んでいくのを感じる。


 こちらを見るな。こちらが見えているはずがない……。


 綾は自分に言い聞かせていた。そして機動靴を発動して一気に移動、抗体の真横にて竜剣を振りかぶった。


「今度こそ仕留める!」


 気迫の一撃だった。しかし。


 再び受け止められた。綾の竜剣は抗体の腕でガードされ、今度は至近距離からのレーザーで竜剣が粉砕された。


 意味が分からなかった。どういうことなのか。綾は必死に距離を取ろうとした。


 そのとき、綾は背後から声を聞いた。


「こっちだ、こっち、夢魂さん、こっちに攻撃して」


 誰かの声。綾は驚きのあまり抗体から目を離して振り返った。


 そこには少年が立っていた。抗体に向かって呟いている。


「さあ、こっちだ夢魂さん。こっちに異邦人がいる。僕ごと消し飛ばして。さっきみたいに遠慮することはないんだ。声のするほうに攻撃して。そうすれば僕たちの勝利なんだ」


 誰だ。綾は頭の中が真っ白になった。少し遅れて、この少年が綾の位置を報せていたのだと気付いた。


 気付いたときにはもう遅かった。綾が抗体に向き直ったときには、抗体が既に腕を伸ばしていた。そこから放たれるレーザー。その射線上に綾は立っていた。


 綾は見た。その白い光。圧倒的な霊力の奔流。背後に立つ少年の満足そうな溜め息。至近距離だ。避けられない。綾は悟った。

 

「瀬山さん!」


 琴歌の絶叫を聞いた。


 誰もこの抗体を倒せない。他に異邦人がいない以上、この抗体を止められるのは誰もいない。綾を助けられる人間もいない。もう終わりなんだ。綾は申し訳なかった。ここで超深層攻略は頓挫する。そして人類は霊力の枯渇に怯えながらそのときが来るのを待つしかなくなる。


「ごめんなさい……」


 綾は呟く。瞼を閉じた。瞼の裏から光線の白を感じていた。









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