作戦室
63、作戦室
初めて入る部屋だった。そこは作戦室というプレートが掲げられた小さな部屋で、中央にでんと据えられた近未来的なデザインの机とそれを囲む棚、意味深な模様のタペストリー、儀仗用の銃器などが見受けられた。
部屋には既に救出部隊の人間が集まっていた。すなわち、池添、鹿取、
黒柳、楓、見知らぬ男性の五人が、綾の到着を待っていた。
「遅れてすみません……。母と電話していて、ちょっと」
楓は椅子を進めた。綾は恐縮しつつも扉を閉め、着席し、一礼した。
楓は卓上を叩いた。すると単に近未来的なデザインをしているだけだと思っていた机の表面が煌めき、画像や文字が浮かび上がった。うわ、と綾は思わず声を上げてしまった。
黒柳がくすくす笑っている。綾は赤面して俯いた。楓が卓上の光を下から顔に受けながら話し始める。
「……観測部隊が入手した隔離ダンジョンのデータだ。一部のデータは実際に隔離ダンジョンに侵入した際に取ってきた実測値。なので全体の現状予測もかなり信頼できる情報に仕上がっているはずだ。そこで、我々の目的を改めて確認したい」
楓が目を向けたのは、綾がこの場で初めて会った男性だった。二十代半ば、男性にしては髪が長く、肩まである。柔和そうな顔つきで、実際彼の声音は穏やかで、
「相沢琴歌の救出。小精霊の捕獲及び精霊への引き渡し。ですね?」
「そうだ。その為に必要な救出部隊全体の能力は、通常のダンジョン探索に対応できるのはもちろん、小精霊の保護、精霊騎士との戦闘、刻一刻と変化するダンジョンへの順応、それらも考慮されなければならない」
楓は言い、一同を見回した。黒柳が欠伸をしながら言う。
「要するに、鹿取でしょ? 鹿取の簒奪刀は便利だからね……、鹿取の専用武器を上手く生かす編成になってるわけだ」
黒柳の言葉に鹿取は肩を竦めた。
「ま、俺以外はその分野のトップだからな、これ以上ない精鋭部隊と言っていいんだろうな……。せいぜい俺を守ってくれよ。しかし一応説明しておいたほうがいいんじゃねえか、一人よく分かってない奴がいるぜ」
一同が綾のほうを見た。綾は口をぱくぱくさせて何か言おうとしたが何を言えばいいのか分からなかった。
「ええと……」
「前衛の池添、中衛の鹿取、後衛の竹俣、最後方で支援の黒柳、基本は前衛だが場合によっては各分野のサポートが可能な指揮官、佐久間部長。そして何が何だか分からん瀬山綾。こういう編成になっているわけだ」
と、鹿取が説明してくれる。綾は頭を下げて礼を言った。鹿取はフンとつまらなそうにそっぽを向いた。
にやにやしながら黒柳が隣の鹿取を小突く。
「まーだ綾ちゃんにやられたことを根に持ってるわけ? ちょっと器が小さいんじゃないの」
「うるさい。俺に話しかけるんじゃねえ」
二人が喧嘩を始めそうな雰囲気だったので、それを仲裁するように池添がまあまあと手を上げる。
「これから数日間一緒にダンジョンで共にする仲間じゃないか。仲良くやろう。鹿取はもっと気を楽にしたほうがいいし、黒柳は逆に緊張感を持て」
黒柳は顎を持ち上げて鹿取を見下ろすようなポーズで、
「弌朗ちゃんの言う通り。鹿取、もうちょっと丸くならないと」
「お前も注意されただろうが! 緊張感が足りないんだよ、このピアス女」
二人は犬猿の仲らしい。綾は二人ともにお世話になったのでどちらの味方にもなれず、おろおろした。楓が収めてくれないかと視線を向けると、彼女は意外にもゆっくりとコーヒーの入ったカップを片手に寛いでいた。
「……いつもこんな感じなんですか」
綾が池添に尋ねると、彼は肩を竦めた。
「黒柳は各所に敵を作っているからな。まあ、彼女のやり方に反感を抱くのは仕方ないと思う。ダンジョン内での支援と引き換えにダンジョン外での優遇を要求する。並の実力じゃ許されないことだ」
「あの、黒柳さんの支援能力って……」
池添が目を見開いた。
「あれ、綾さん、まだ知らなかったのか。黒柳の専用武器である五風十雨は、とんでもない代物だぞ。まあ、それがなくとも黒柳は各種支援道具を用いて、色々とサポートしてくれるから、奴の支援武器と元々の支援能力、両方が合わさって絶大な効果を発揮していると言ったほうがいいかな」
「五風十雨……?」
「簡単に言うと、黒柳が幽体離脱して飛び回るんだ」
「……ええと?」
綾はよく分からなかった。傍で池添の言葉を聞いていた男性が、にこやかに訂正する。
「池添さん、それでは分かるものも分からない。瀬山綾さん、初めまして。竹俣宏恢と申します。よろしくお願いします」
「あっ、はい。お願いします」
竹俣はまだ言い合いを続けている黒柳と鹿取のほうを一瞥してから、
「この機会に教えておきましょう。黒柳女史の専用武器は、霊力充填と種別される行為を可能とします」
「霊力充填……」
「霊力切れを引き起こした仲間に霊力を供給するのです。これだけでもかなり強力ですが、五風十雨の優れた点は、供給される霊力に黒柳女史の意思が乗っていることなのです」
まだよく分からなかった。池添が手を挙げる。
「だから、幽体離脱って言ったほうが分かり易いんだって。竹俣は真面目だからな。要するに、黒柳が勝手に綾さんの武器や防具に霊力を供給して、勝手に攻撃やら防御をしてくれるってことだ」
「えっ……!? それって、黒柳さんが大変じゃないですか」
竹俣と池添が顔を見合わせた。そしてしばらくしてから同時に笑い出した。
「えっ。おかしなこと言いました?」
「いやいや。真っ先にそれを言うかと思って。凄い! とか、意外と地味ですね、とか、そういうのを期待してたから」
池添の言葉に竹俣も頷く。
「しかし瀬山さんの言う通り、黒柳女史の無比なる霊力操作があって初めてまともに機能する道具です。並の冒険者ではいたずらに味方の霊力を掻き乱すのが関の山でしょう」
「上手く機能すればこれほど強力な支援武器はないがな。なにせ、通常じゃ二つ同時に扱うのがやっとの武器を、ときに四つも五つも同時にぶっ放せるとなれば、戦闘はぐっと楽になる。不意打ちを食らったとしても、黒柳が気が付いてくれていれば、勝手に防御もしてくれる。おまけに霊力を消費しているのは黒柳のほうで、奴は最後方で安全に霊力を補給できる」
勝手に攻撃、防御をしてくれる……。それが凄まじく難しいことなのは、何となく分かった。その恩恵の絶大さも。
そして同時に、どうして黒柳が、自分より弱い人間とは一緒にダンジョンに潜れない、と綾に対して言ってのけたのか、分かったような気がした。自分より弱い人間が前線で戦っていては、攻撃や防御をまるで介護のようにやってあげる必要が出てくる。
「なるほど……。黒柳さんが頼りにされている理由が分かりました。やっぱり凄い方なんですね」
「性格に難があるがな。ところで綾さん、俺や竹俣の専用武器についても知りたくない?」
「あっ。お願いします。池添さんは前衛で、竹俣さんは後衛なんですよね?」
二人はゆっくりと頷いた。池添が自分を指差しながら説明してくれる。
「しかし黒柳と違って、そう変則的なものではない。俺の専用武器は、要するによく斬れる刀だ。快刀、なんて呼ばれている」
「快刀乱麻の快刀ですか?」
「そうそう、その快刀。近接武器は威力が全て。ヒットしたのに相手は無傷でした、なんて相手の懐に入り損だろう? 危険を冒して攻撃するのだから、切れ味には拘っている」
竹俣は小さく頷いている。
「私も、コンセプトは池添さんと一緒ですね。一度相手を射程にいれたのならば是非とも殲滅したい。それを私の専用武器である忌銃は可能にしてくれます」
「竹俣の銃は、とんでもないぞ。威力は大したことはないが。えげつない」
池添は言うが、いまいちイメージできなかった。と、ここで楓が手を持ち上げる。
「そろそろいいか、黒柳、鹿取。それからしょうもない話を長々と続けている池添たちも。今回貴様たちをここに集めたのは、どのような作戦にしようか相談する為でも、知恵を借りる為でも、まして了承を得る為ではない」
一同が楓に注目した。楓は泰然と構えていたが、部屋の空気は緊張感に満たされた。先ほどまでああだこうだと喚いていた鹿取が真剣な表情に戻っている。黒柳は変わらず能天気そうな顔だったが。
「貴様らがダンジョン内で私の邪魔にならないよう、私の方針を伝えておく。それだけのことだ。私の意思に反した者は容赦なく切り捨てる。ダンジョン外では多少の慈悲を垂れることはあっても、ダンジョン内となれば話は別だ」
楓の言葉に池添が頷いた。竹俣は無反応だったが全て承知しているという顔つき。鹿取は緊張し、黒柳は依然何か別のことを考えているような貌だ。
いつの間にか楓は綾を正面から見据えていた。
「……瀬山綾。母親と電話していて遅れたと言っていたな」
「え、あ、はい」
「母親には隔離ダンジョンに行くと伝えたのか」
危険なダンジョンに潜るとは伝えた。恐らく隔離ダンジョンに挑むということは母も薄々察しているだろう。反対はされたが思っていたよりも強硬な反応ではなかった。もう半ば諦めたというところか。
「……伝えてませんが、恐らく向こうは分かっていると思います。それが何か?」
「貴様は既に攻略組の駒の一つとなっている。まだまだ荒削りで使い方が限定される駒だ。チーム内での貴様の存在意義は私が立てた作戦にどれほど貢献できるか、その一点のみ。もちろん作戦に反しない範囲での自由な行動及び思想は認めている。どういうことか分かるか」
「楓さんの要求に応えなければならない。そういうことですよね」
「そうだ。そして今回私が貴様に与える役目は、黒柳の護衛だ。前衛としての振る舞いも、中衛としての距離感も、後衛としての火力も、あるいはレーダーの扱い、ギフトの使用法、ダンジョン探索の経験、戦闘経験、あるいはチーム内での連携、全てにおいて貴様は不足している。ゆえに黒柳の護衛を任せる」
「分かりました」
綾は頷いた。しかし楓は依然綾のことを試す目をしている。
「黒柳は最後方、安全が確保された距離で戦う。黒柳が叩かれた時点でチーム全体の生存率、作戦成功率は大幅に下がる。黒柳を隔離ダンジョン探索の大前提として設定した。……瀬山綾、貴様に厳命する」
楓は言う。
「黒柳が死の危険に直面したとき。奴の代わりに死ね。お前が盾となり、囮となり、あるいは踏み台となり、何としてでも黒柳の退路を確保しろ。それが貴様の最大の役割だ」
一同は綾のほうを見た。綾は咄嗟に頷くことができなかった。直前に母のことを訊ねたのはこういうことだったのか。
琴歌の救出、あるいはこの作戦の為に、自らの命を投げ出す覚悟があるのか。改めて問われていた。綾の命は綾だけのものではない。綾をこの年齢まで育んでくれた両親や、他の大人たち、あるいは社会全体。ダンジョンに迷い込んだ綾を救ってくれた多くの人々。
これは彼らが納得するような命の使い方なのか。綾はその覚悟があるのかどうか、すぐには断言できなかった。
「……覚悟がなければこの作戦に参加するな。貴様がいなくともチームは成り立つ」
「ありがとうございます、気を遣ってくださって」
綾は頭を下げた。
「でも、私は救出作戦に参加します。それが目的でしたから」
異世界に迷い込んだのは誰かに助けられる為ではない。綾はそう信じていた。琴歌が生きているのなら、全ての力を尽くして助ける。それが彼女への恩を返すことになる。
「馬鹿馬鹿しいことだが」
楓はふんと鼻を鳴らす。
「攻略組の面々は狂気に満ちている。少なくとも外野の人間からはそう見えるらしい。そして、私の眼からは、貴様からも十分な狂気を感じる。ここで相沢琴歌の無事を祈って待っている。そういう選択肢もあるというのに、わざわざ自分から危険な隔離ダンジョンに挑むとは」
楓の言葉に一同は微笑していた。少し部屋全体が朗らかな空気になっている。
楓は続けて言う。
「攻略組に行きつくような連中はな、普通のダンジョンでは生温い、もっと難度の高いダンジョンが欲しい、そんなことを本気で考えてしまうような、危ない奴らなんだ。瀬山綾、貴様は未熟だが、いずれは我々と同じ思考に辿り着いていただろう。少々一足飛びが過ぎるがな」
綾は褒められているのか、それとも呆れられているのか、判断がつかなかった。黒柳が自信ありげに頷いたので、良いほうに解釈しておくこととした。




