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P56

 とは、言ったものの。

 チーフと南塚さんの今までの態度からして、俺に対してなんらか突っかかってくることは簡単に予測ができた。

 翌日、気にしないようにバイトのシフトに入ると、早速というか、ほぼ予測どおりの、ある意味それ以上の状態が俺を待っていた。レンタル部門の全員が、微妙に俺を避ける。さすがに挨拶も無視、とまではいかないが、視界の隅でニヤニヤしながらヒソヒソとこちらを見ながら話す声が聞こえてきて不快なことこの上ない。

 だからといって、バイトを辞めるわけにはいかない。

 大学の学費は親が出してくれているが、アパートの家賃や生活費、バイクの維持費などが賄えなくなる。仕事にも慣れてきたところだし、シフトの自由が利き、かつ時給がいいバイトは人気があり、なかなか空きがない。

 なにより、こんな事で逃げるように辞めたくはなかった。俺は悪い事をしたわけではないし、朝陽が自分のせいで、と、気にするかもしれない。今まで以上にまじめに働いていれば、きっと理解してくれるヤツもでてくるだろう。そう自分に言い聞かせてバイトを続けた。

 

 その日も鬱々とした気分を何とか振り切り、無理やりテンションを上げつつシフトに入った。

 と、いつも以上に不穏な空気があった。

 なんだ? 嫌な予感を抱きつつ返却されたCDを棚に戻す作業を始めようとフロアに出て、息が詰まった。チーフに妙に擦り寄っている、俺にとって先輩バイトの男二人が向かい合ってなにやら話しかけているのは、弟の朝陽。顔を赤くしてわずかに涙目になり、唇をかんでうつむいている。思わず大またで歩み寄った。

 バイト仲間二人は、俺に気付いて、薄ら笑いを浮かべて、ふん、と、鼻を鳴らした。気配を感じて顔を上げた朝陽の顔が、くしゃりと歪む。

思わず駆け寄って、朝陽をそばに寄せた。


「すみません、弟が何か?」


「別に」


 いこうぜ、と、馬鹿にしたように声を掛け合ってだらだらとカウンターの方へ歩いていく二人を見送ると、その先に、勝ち誇ったような顔のチーフがこっちを見ていた。

 朝陽の腕を引いて、彼らの視線をさえぎる棚の影へ移動した。


「朝陽、何か言われたのか?」


「なにも」


 震える声でやっとそう言った朝陽の目から、涙があふれてこぼれた。何も言われていないわけがない。悔しさと絶望感に、視界が暗くなった。


「朝陽、ここには、もう来るな」


「けど」


 俺の言葉に驚いたように顔を上げ、何かを言いかけた朝陽の言葉をさえぎって首を横に振った。


「いいから、もう、しばらくはここに来ちゃダメだ。いいな?」


 朝陽は泣き顔を必死にこらえて小さくうなずいた。


「高城君、またサボり?」


 チーフの馬鹿にしたような声に、胸がぎゅっとして背中が冷たくなった。

 弟がまだ泣きそうなままの目を見開いて俺を見ている。

 悔しさと、敗北感と、羞恥と。

 奥歯を噛んで、チーフに向き直り、頭を下げた。

 すみません、と、告げた言葉は、渇いた口の中でかすれた。

 顔を上げないまま、無言で弟を押した。早く帰れ、と。

 こんな場所に居させたくなかった。こんな姿を、見せたくなかった。見られたくなかった。

 弟が駆け出す足が遠ざかっていく。幾分ほっとして、再び深めに頭を下げた。

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