P28
「兄ちゃん、俺さ」
「ん」
「ヒロムたちと一緒の中学に行きたいよ」
弟が通い、俺や妹も通ってきた小学校は、各学年二クラス、学年によっては一クラスの年もあるという、小さな小学校。親同士の交流も活発で、友人関係が濃い。私立中学の受験率は最近ぐんと上がっているらしかったが、それでも、近隣と比べると低めで、妹の時もずいぶん珍しがられたと聞いている。俺自身、中学から受験? 私立? と、違和感を覚えたし。
「朝陽以外に、中学受験考えているヤツ、いないのか?」
「いるにはいる、けど。がり勉のつまんないヤツばっかり」
「そっか」
「最近、ヒロム、アキトとばっかり遊ぶんだ。アキトも、サッカーはじめたから」
「サッカー? 放課後の、少年団の?」
この地区の小学校は、希望すれば放課後、男子はサッカー、女子はミニバスケットのチームに入る事ができる。
基本的には五、六年生のみだが、運動神経が良く、練習について行ける一部の四年生も参加を認められている。俺も、今は中学三年になっているヒロムの兄もサッカーをやっていた。
今思えば、子どもたちにとってサッカー、ミニバスケットに参加して練習を続けていく事は、ある意味、ステータスだった。「あの子はサッカーをしている、すごいな」といった風な。一緒に過ごす時間が増える分、どうしてもチームメイト同士が仲良くなる傾向にある。
「朝陽も、サッカーやりたいのか?」
俺の問いに、うん、と、応えた。
「でもさ、塾、あるだろ? だから、練習できないし。五年になっても、六年になっても」
「うん」
「それで、中学になったらさ、ヒロムたちと別な、中学になったら」
言葉をとぎる弟が、何を告げたいのか、もう、聞かずにもわかる。
「俺さ、サッカー好きなんだ」
「うん」
「ヒロム、四年で一番サッカーうまいんだ。
体育でも、休み時間とかでも、ヒロムと組めるの、俺だけなんだ。ヒロム、放課後も来いよって、言うんだ。五年にも言われた。けど、俺」
もぞり、と、掛け布団を引き上げて顔の半分を隠して俺の方を見あげた。
「兄ちゃん、バレー、続けたかった? 辞めちゃって、後悔していない?」
言葉が、でない。
弟に伝えるのも、言葉にして、自分の気持ちを形にし、認めてしまうのも、妙に躊躇われて。
ゆっくりと呼吸を整えて、どうするのが一番いいかフル回転で考えて、誤魔化したりせず、ちゃんと言葉にしよう、と思った。
「バレー、続けたかったよ。今でも、続けられたらいいのになって思っている」
「母さんと、ケンカしていたもんね」
「ああ、悪かったな、ケンカとかして」
「ううん」
「でも、後悔はしていない」
「そうなの?」
少し頭を上げて、身を乗り出すようにいう弟に、笑みを見せて頷いた。
「辞めたって言っても、一応、中学の最後まで続ける事はできたし。
今でもバレーが好きな事は変わらないけど、何より、今の学校で、すげえいいヤツラと出会って、友だちになって。高校でもバレーを続けようと思ったら、蓬泉じゃない所にしただろうし、そしたら、そいつらとは出会えなかっただろ?
だから、後悔はしていない」
朝陽は、急にしくしく泣き出した。




