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 むか~し むかし あるところに おじいさんと おばあさんがすんでおりました。

 こどものない ふたりは まいにち かんのんさまに おねがいしておりました。

 どうか わしらに こどもを さずけてください。 

 そのねがいがかなって、あるひ ふたりのあいだに 

 かわいい たまのような おとこのこが さずかったのです。


 大樹は熱い湯船に身を沈めながら、窓から差し込む光に沸き立つ湯気を見上げていた。

 まるで昔話の登場人物になったみたいだった。老夫婦の生活にひょっこり現れた子供。桃太郎は桃から生まれたのだった。一寸法師は……、おばあさんが産んだんだっけ。じゃあ、自分はなんだろう。公園のベンチから生まれた……。公園のベンチに生えているキノコ? キノコ太郎か? 

 思わず笑ってしまう。キノコ太郎はないだろう。でも、キノコ太郎でもナニ太郎でもなんでも良かった。浅川大樹でなければ、それで充分だ。

 頭を洗い、体を洗い、三日間の垢を、今までの全てを、浅川大樹を洗い流そう。

新しい身体になって、狭い湯船で、暖かい湯に浸かっているうちに、きっと自分は胎児に戻れるに違いない。

 生まれ変わり。そう、生まれ変わろう。

 大樹は湯船にゆっくりと顔を沈めた。


 武司は食卓の椅子に座りながらぼんやりと居間のソファーでうたた寝をしているユキノを眺めていた。

 うっかり「昌平」と呼んだ時、大樹は当たり前のように振り向いた。その光景を何度も頭の中で繰り返し再生する。

「これで、いいのか……?」

 自問自答してみる。心の中の「ばかげた話だ」という声は、「これでいいじゃないか」という声にかき消されそうだった。

「ありがとうございました」

 風呂場から大樹が出てきた。武司が買ったスウェットの上下はぴったりだった。洗いざらしの髪のまま、頬を上気させている姿はますます大樹を子供っぽく見せていた。

 何か切り出さなくてはならない。この子は昌平ではない。そう心の中で叫ぶ声はどんどん小さくなっていく。このままこの子がここにいてくれたら……。

「あの」

 大樹はもじもじと言いにくそうに立ち尽くしていた。

「サイズ、ぴったりみたいだな」

 武司は混乱する心を無理やり抑えつけながら、ぎこちない笑みを浮かべ、大樹を見つめた。この子は、昌平ではない。昌平ではないのだ。

「あの、お願いがあるんですけど……」

 武司ははっと我に返った。

「なんだ、改まって」

 自分でも情けなくなるくらい弱々しい声だ。

 大樹はしばらく言いよどんでいたが、意を決したように大声で叫んだ。

「もうしばらく、ここに泊めてもらえませんか。何でもお手伝いします。お願いです」

 大樹はその場に正座して、額を床にこすりつけた。

「お願いです」

 大樹の声に驚いてユキノが目を覚ました。目を丸くして二人を見ている。

「や、やめなさい」

 武司は慌てて大樹の傍に座る。

 大樹は壊れたように「お願いです」と繰り返していた。

「お父さん! もういいじゃありませんか。昌平を許してやって」

 ユキノが泣き声をあげながら、這いつくばって近寄ってきた。昌平の肩を抱きながら、武司を見上げる。

「お父さん! ね、お願いだから」

 武司は呆然と二人を見比べた。

 頭の中がひどく混乱してくる。


 昌平が何をしたのか、細かい事はもう忘れてしまった。とにかく、何かひどく悪さをして武司は昌平を張り飛ばした事があった。普段滅多に息子に手を上げることのない武司が、烈火の如く怒った。其の時、昌平は泣いて土下座をして謝り続け、動転したユキノが必死で昌平をかばっていた。

 そうまるで、今のように。


 武司はユキノを見た。泣きながら懇願する顔はまさしく母親の顔だ。

「怒ってるんじゃないから。大丈夫だ」

 振り絞るようにようやく言葉を口にすると、大樹の肩を抱いているユキノの手にそっと自分の手を重ねた。

「昌平は悪い事した訳じゃない。怒ってるんじゃないんだ」

 できる限り優しい口調で言ったつもりだったが、ユキノはまだ武司の顔色を伺っているようだった。

「許してあげて、ね?」

「ああ。許す、許すよ。だから、ほら」

 武司は大樹の頭に自分の手置いた。柔らかい髪だ。昌平のイガイガ頭とは随分と違う。

「好きなようにしたらいい」

「ありがとうございます」

 大樹は消え入るような声でようやくそう言うと、声を上げて泣き始めた。

「良かった、良かったわね。昌平、ほら、もう泣かないの、ね?」

 大樹の肩を抱きしめるユキノの両腕は限りなく優しかった。


<続く>

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