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第19話 預かり所、ちょっとした騒動ですわ

午前中は静かでしたのに、昼を少し回ったところで、窓の外がにわかに騒がしくなりました。


「だからよォ! 俺のは金貨十枚なんだってば!」


「なに言ってやがる、八枚しか預けてねえって帳簿に――」


 ……嫌な響きですわね、金貨十枚と帳簿の組み合わせ。


「ユリウス」


「は、はい!」


「今日は何も起きませんようにと朝に言っていたのは、どなたでしたかしら?」


「ぼ、僕です……。すみません」


「謝る相手が違いますわ。フラグとやらに謝りなさいな」


 椅子から立ち上がり、わたくしは扇を手に取りました。


「預かり所へ行きますわよ。冷蔵庫”の次は、金庫ですのね」



 市場の一角に新設した「ご苦楽シティ預かり所」は、今日もそこそこ繁盛しておりました。


 が――入口前には、ちょっとした人だかり。


「おい、喧嘩は外でやれ!」


「外でやったら、外の奴らが寄ってくるだろうが!」


 ジルクが、真ん中で二人の男の間に入っております。


 一人は肩に縄痕の残る力仕事の男。もう一人は細身の行商風。どちらも顔を真っ赤にしておりました。


「ジルク、状況説明を三十秒で」


「あ、アメリア様!」


 彼はホッとした顔をしつつ、必死にまとめようとします。


「ええと、この荷役の兄ちゃんが預けてた金貨十枚のうち二枚足りねえ”って言ってて、預かり所のほうは最初から八枚しか預かってないって……」


「ふむ。つまり、誰かが二枚どこかで消した疑惑ですわね」


「お、俺は絶対十枚出したんだ!」


 荷役の男が、こちらに向き直りました。


「昨日の仕事の分、全部まとめて。間違えるわけねえ!」


「預かり所はなんと?」


「預かり証には八枚って書いてあるって」


 行商風の男が、困ったように頭を掻きました。


「俺はさっき偶然居合わせただけで……預かり所の係も帳簿どおりだって言い張ってて」


「成程」


 わたくしは、預かり所の小さな窓口を覗きました。


 中では、預かり所の若い係――ジルクの弟分の一人が、顔を真っ青にして固まっております。


「え、えっと、その……」


「まずは中で話を聞きましょう。ジルク、人だかりを少し離しなさい。見せ物ではありませんもの」


「了解!」



 預かり所の中は、まだ新しい木の匂いがしていました。


 簡素なカウンターの裏に、金庫と帳簿。壁には「預け入れ・引き出しの手数料表」が貼ってあります。


「では、順番にお話を」


 わたくしは、椅子を二脚持ってきて、荷役の男と預かり所係を座らせました。


「名前は?」


「オルガンです。港の荷役やってます」


 荷役の男が胸をどんと叩きます。


「こっちは、預かり所係のラルスでございますな」


 セバスチャンが補足しました。


「で、オルガン殿は金貨十枚預けたと。いつ?」


「昨日の夕方だ。仕事終わって、波止場亭に寄る前に、ここで預けた」


「ラルスは?」


「え、ええと……昨日の夕方に金貨八枚の預かりは、確かにありました」


 ラルスが、おずおずと帳簿を示しました。


「ここに、荷役・オルガン殿、金貨八枚預かりって」


「違う! 十枚だ!」


「オルガン」


 わたくしは、わざと柔らかい声で呼びました。


「昨日、預け入れのときにもらった預かり証を見せていただけます?」


「それがよォ……」


 彼は、頭を掻きました。


「今朝、波止場の連中に“昨日稼いだぜ”って見せびらかしたら、なくすぞバカって取り上げられて、代わりにこの木札預かってもらってて……」


「つまり、預かり証そのものは、今ここにはない、と」


「う……」


 口ごもる彼の肩を、ジルクが小突きました。


「ほら。ちゃんと話せよ」


「す、すまねえ……」


 ああ、もう。愛すべきポンコツですわね。


「ラルス」


「は、はいっ!」


「あなたのほうは、昨日渡した預かり証の控えを見せて」


「控え、ですか」


 ラルスは慌てて引き出しを探り、一枚の紙片を取り出しました。


 そこには、拙い字でこう書いてあります。


『金貨八枚 荷役オルガン殿 ×月×日 預かり ラルス印』


 蝋の上には、ご苦楽シティの紋章がしっかり押されておりました。


「……」


「アメリア様」


 ユリウスが、小声で囁きました。


「控えのほうが八枚って書いてあるなら、やっぱり……」


「誰かが途中で二枚盗んだ可能性は?」


「金庫からですか? でも、鍵は三本で持ち回りですし……」


「ジルク」


「おう」


「昨日の晩から今朝まで、金庫に触れた者は?」


「俺と、ラルスと、あと見回りの自警団ひとりだけだ。鍵三本で一緒に見てる」


「ならば、金庫から消えた線は一旦薄いとして」


 わたくしは、ラルスの手元の帳簿を指で軽く叩きました。


「ラルス。八枚と書いたのは、間違いありませんのね?」


「は、はい……」


「十枚と書くつもりだった、なんてことは?」


「えっと……その場では八枚だと思ってました」


「ということは、数え間違えた可能性がある、ということですわね」


「うっ」


 ラルスの顔色が、さらに青くなりました。


「そ、それは……」


「数字を数える際、八と十を間違えるとは、なかなか大胆ですわね」


 わたくしは、わざと冷淡に言いました。


「七と八とか、九と十ならともかく」


「す、すみませんっ!」


 ラルスが、椅子からずり落ちそうな勢いで頭を下げました。


「お、俺、ちゃんと数えたつもりで……でも、もしかしたら、途中で声掛けられて、手を止めちまって……」


「誰に?」


「えっと……たぶん、俺です」


 ジルクが、気まずそうに手を挙げました。


「昨日の夕方、巡回終わったから鍵の持ち回り変えるぞって声かけたの、多分そのタイミングだ」


「……」


 わたくしは、額を押さえました。


「素晴らしい連携プレーですわね。数えてる最中に話し掛ける者と、数え直さない者のコンビネーション」


「す、すみません……!」


 二人が並んで頭を下げます。謝罪のハーモニーですわ。


「で、でもよ!」


 オルガンが、なおも食い下がってきました。


「それなら、十枚だったはずだろ!? 俺、昨日一日、ほんとに十枚分の仕事して――」


「オルガン」


 わたくしは、彼の言葉を遮りました。


「十枚分働いたかどうかの話は、預かり所ではいたしませんわ」


「な、なんだと?」


「預かり所で扱うのは、実際に預けた枚数だけですもの。あなたが十枚稼いだ気がするのと、八枚しか持ってきていなかったのは、別の話ですわ」


「で、でも……」


「ですから、そこを今から確かめるのですわよ」



 わたくしは、セバスチャンに目で合図を送りました。


「セバスチャン。オルガン殿の昨日の給金を計算なさい」


「承知」


 老執事は、まるで予想していたかのように、すぐに別の帳簿を取り出しました。


「オルガン殿は昨日、朝から日暮れまで荷役。共同倉庫の荷下ろし四回、積み込み三回。波止場亭への樽運び二回」


「そんなに働いてるなら、十枚でも不思議ではないように聞こえますわね」


「ですが、給金は時間と回数ではなく契約単価で決まります」


 セバスチャンは淡々と言いながら、指で行を追いました。


「共同倉庫の荷下ろしと積み込みは、一回につき銅貨十五枚。七回で銅貨百五枚。波止場亭の樽運びは、一回につき銅貨十枚。二回で二十枚」


「合計で、銅貨百二十五枚。金貨換算は?」


「金貨一枚を銅貨二十五枚とすれば、きっかり金貨五枚分ですな」


「五枚!?」


 オルガンの目が、まん丸になりました。


「お、俺、そんなもんしか?」


「そんなもんとは、随分と稼ぎを侮りましたわね」


 わたくしは、わざと冷たく笑いました。


「一日で金貨五枚。波止場亭なら何日泊まれます?」


「……」


 ユリウスが、小声でささやきました。


「アメリア様、ちょっと意地悪です」


「当然ですわ。十枚稼いだと胸を張るからには、その根拠を自分で分かっていてほしいですもの」


 わたくしは、オルガンに向き直りました。


「つまり、昨日あなたが受け取った給金は、どれだけ多く見積もっても金貨五枚前後、ということですわ」


「で、でも……俺、確かに――」


「別の仕事でもらった分や貯めていた分を足して、十枚に見えたのかもしれませんわね」


 セバスチャンが、淡々と続けました。


「昨日の分と元から持っていた分を一緒にしてしまえば、いつの間にか増えていたと勘違いするのも無理はありません」


「……」


 オルガンは、しばらく口をぱくぱくさせていましたが、やがてがっくりとうなだれました。


「……そう、かもしれねえ」


「ようやく、数字と記憶を分けて考える気になりましたのね」


 わたくしは、少しだけ声を和らげました。


「つまり、この件の本質は、ラルスの数え間違いではなく、オルガン殿の財布管理のいい加減さと、預かり所の二重確認不足ですわ」


「ぐう……」


 二人とも、実に分かりやすくダメージを受けております。


「では、どうするかに参りましょう」



「まず、オルガン殿」


「へい……」


「十枚預けたはずだという主張は、今ここでは取り下げていただきますわ」


「……はい」


 しょんぼりとした返事。まあ、ここは譲っていただかないと。


「その代わり――」


 わたくしは、ラルスを見ました。


「預かり所として、数え直しを怠ったことは、きちんと認めなさい」


「は、はい!」


 ラルスは、勢いよく立ち上がりました。


「すみませんでした! オルガンさんが枚数言ってたのをちゃんと聞いて、十枚って言ってましたよね?って確認するべきでした!」


「ちゃんと聞いて確認するのは、今後の務めですわ」


 わたくしは、指を一本立てました。


「預かり所のルールを一つ増やします。預け入れの際には、客と係が一緒に声を出して枚数を数えること。紙に書いたあと、もう一度口頭で確認すること」


「声に出して、ですか?」


 ユリウスが首をかしげます。


「ええ。目だけではなく、耳も使わせますわ。人は、見落とすより、聞き間違えのほうが自分で気づきやすいでしょう?」


 レオンが、少し笑いました。


「そして、その光景を周りの客にも見せておくことで、預かり所ではちゃんと数えているという印象を作るわけですね」


「そうですわ。信用というものは、正しいことをしているだけではなく、正しいことをしていると分からせるところまで含めて初めて成り立ちますもの」


「……ややこしいですね」


「世の中だいたい、そんなものですわ」



「それから、ラルス」


「はい!」


「あなた個人の罰として、今日は一日、自分の昼飯を預かり所の売り上げから買ってはいけませんわ」


「え、えっ?」


 ラルスが、ぽかんとしました。


「えっと、それってつまり……」


「自分で稼いだ給金で、ご飯を買いなさい。いつもついでがあるからと預かり所の銅貨から立て替えるのを、今日だけ禁止いたします」


「あ……」


 オルガンが、思わず笑いました。


「いつもあとで戻すからって言って、昼飯代をそこから立て替えてるの、見てたぞ」


「ぐっ」


 ラルスの顔が真っ赤になりました。


「ちょ、ちょっとだけですよ!? ちゃんと戻してますし!」


「ちょっとだけとちゃんと戻すが、いつの間にか混ざるのですわ」


 わたくしは、さらりと言いました。


「預かり所の金と自分の財布を混同しないこと。それも、大切な訓練ですもの」


「……分かりました」


 ラルスは、がっくりと肩を落としましたが、目の奥には妙な納得の色がありました。


「やります」


「よろしい」



「最後に――」


 わたくしは、オルガンに向き直りました。


「オルガン殿」


「へい」


「今日から一週間、自分の給金を、日ごとに紙に書きなさい。銅貨何枚、金貨何枚、と」


「……紙に、ですか?」


「ええ。なんとなく稼いだ気がするを卒業していただきますわ」


 ユリウスが、くすりと笑いました。


「財布ノートですね」


「そう。ついでに、昨日いくら飲んだかも書きなさい」


「ひぃっ」


「酒代を見える化すれば、どこに二枚消えたかすぐ分かりますわよ?」


 場に、どっと笑いが起こりました。


「……なんか、うまく丸め込まれた気がする」


 オルガンが頭を掻きました。


「でも、まあ……俺も十枚十枚って騒いじまって、悪かった」


「謝る相手は?」


「ラルスだな。おい、悪かったよ。脅かして」


「い、いえ、こちらこそ……!」


 二人がぎこちなく握手するのを見て、わたくしはようやく扇を閉じました。



 外に出ると、人だかりはすでに散り始めていました。


「アメリア様」


 ユリウスが、横に並んで歩きながら言いました。


「さっきの、無料で二枚補填するとかは、考えなかったんですか?」


「考えましたわよ」


 わたくしは、あっさりと認めました。


「預かり所がミスしたかもしれないからと、こちらが二枚出してしまうのは、手っ取り早く信用を買う方法ではありますもの」


「じゃあ、なぜ」


「前例になりますわ」


 わたくしは、きっぱりと言いました。


「ごねれば金が出る預かり所という前例。そんなもの、作りたくありませんもの」


「……」


「もちろん、本当に預かり所側のミスだったなら、わたくしの財布からでも補填します」


 わたくしは続けました。


「でも、今回の根本は、数え方と記録と財布管理の問題。ならば、仕組みと習慣を変えることで埋め合わせるべきですわ」


 レオンが、少し笑いました。


「あなた、信用はミスの後の対応で決まるって、こういう意味で言ってたんですね」


「ええ。ミスったら土下座して金を配るだけなら、子どもでもできますもの」


「子ども……」


 ユリウスが苦笑します。


「でも、声に出して数えるの案とか、財布ノートとか、よくとっさに出てきますよね」


「当然ですわ。言い負かすときは、いつも全力ですもの」


「……論破欲と改善欲がセットなんですね」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」



 夕方、預かり所の前を通ると、ラルスが客と一緒に大声で数を数えていました。


「いーち、にー、さーん……」


「十までちゃんと言えたら、ご飯を買ってよろしいですわよ」


 小声でからかうと、彼は真っ赤になって頭を下げました。


「アメリア様、今日の昼は自分の財布からちゃんと払いました!」


「それは何よりですわ」


 その横で、オルガンが紙切れに何かを書き込んでいます。


「きょう、きんかいちまい、ごうか、にじゅうごまい……」


「字が怪しいですわね。子ども教室に混ざりなさいな」


「ひぃっ」


 ご苦楽シティ預かり所、ちょっとした騒動。


 ――ミスもトラブルも、上手く使えば“信用の材料”になりますのよ。







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