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第17話 工房誘致ですの 〜加工してから売りなさい〜

朝の港を一巡して、共同倉庫の骨組みをひと通りチェックし終えたあと。


 わたくしは役所の机に突っ伏しておりました。


「……もうイヤですわ。数字と木材とネズミの話は、昨日でお腹いっぱいでしたの」


「アメリア様。まだ本日の帳簿確認が終わっておりませんが」


 セバスチャンが、容赦のない声で茶を置きます。


「わたくしは方向性を決める人材ですもの。細かい数字は、優秀な部下に任せるのが正しい分業ですわ」


「優秀な部下、聞きましたか?」


「えっ、あ、ええと……」


 急に振られたユリウスが、抱えていた書類の山の影からひょこっと顔を出しました。


「ぼ、僕ですか?」


「他に誰がいますの? うちの役所で、夜中にまで帳簿を眺める物好きはあなたくらいですわよ」


「物好きって言い方はひどくないですか!?」


「褒め言葉ですわ」


 わたくしは、椅子の背にもたれかかったまま、だらりと扇を振りました。


 ……ええ、分かっていますのよ? このまま昼までサボるわけにはまいりません。


 ただ、少しくらい駄々をこねる権利くらい、街の財務卿にもあってよろしいでしょう。


「アメリア」


 そんなわたくしを見ていたレオンが、半ば呆れたように笑いました。


「“方向性を決める人材”が、机に溶けていていいんですか」


「いいのですわ。“方向性”はすでに決めてありますもの」


「どの方向性です?」


「ご苦楽シティを、原料だけ流れていく残念な港から、美味しい料理にしてから売る港にする方向性ですわ」


 わたくしは、ようやく上体を起こしました。


「つまり、加工工房を増やしますの」



 港の桟橋から少し離れた石畳の上に、穀物樽や塩漬けの樽が山のように積まれている。


 その横では、漁から戻った船が魚を揚げ、女たちがせっせと内臓を落としていました。


「アメリア様、今日は何を見に?」


「もったいなさを見にまいりましたの」


「もったいなさ、ですか?」


 ユリウスが首をかしげました。


「ご覧なさいな、あの魚」


 わたくしは、女たちがざくざくと捨てている頭や骨の山を指さしました。


「本来なら、スープにも粉にもなる部位ですわ。それを、港の脇に山積みにしてカモメ用の食べ放題にしている」


「まあ、確かに……」


「穀物だってそうですわ。割れて形の悪い粒は、そのまま安物として売るか、家畜の餌に流している。塩と香辛料を少し足して焼き固めれば、船乗り用非常食くらいにはなりますのに」


「非常食……?」


「ええ。かろうじて食べられる何かですわ」


 わたくしは、にやりと笑いました。


「船の上で飢えるよりは、よほどましでしょう?」


「た、確かに」


「そして、あちらの皮」


 荷役たちが投げている家畜の皮を指さします。


「なめして靴にも袋にも服にもできる。それを、なめすのが面倒だからと、安く遠くに売り飛ばしている」


「……」


 ユリウスが、だんだん青い顔になっていきます。


「なにか、いけないことをしているような気がしてきました」


「いけなくはありませんわ。ただ、稼ぎ損ねているだけですの」


「一番いけないやつじゃないですか、それ……」


 わたくしは、満足げに頷きました。


「ですから、その稼ぎ損ねを拾う人たちを、この街に招きましょう」


「拾う人たち?」


「加工工房の職人たちですわ。干物屋、燻製屋、保存食屋、革なめし職人。あとは……魚醤工房かしら」


「ぎょ、魚醤……またあの匂いはともかく旨味は一級品のやつですか」


「ええ。港と相性は抜群ですもの」



 ほどなくして、港の台帳を管理しているヘルマン殿が合流しました。


「アメリア様、加工工房の話と伺いまして」


「ちょうどよかったですわ。あなたがまとめてくださった原料の出入り一覧、とても参考になりましたのよ」


「それは何よりです」


 ヘルマン殿は、すぐに鞄から帳簿を取り出しました。


「先月一ヶ月だけでも、穀物は千樽以上、魚は日毎に変動しますが、平均で一日百籠ほど。家畜の皮も、週に数十枚は出ています」


「それらが、ほとんど原料のまま外へ行っているのですわね」


「はい。加工されて戻ってくる分もありますが、そのときには別の港経由で高くなっています」


 レオンが、ふむと唸りました。


「つまり――他所の街に付加価値をまるごと持っていかれている、と」


「ええ。せっかく原料が集まっているのに、一番おいしいところだけ他所に持って行かれている。料理人としては、看過できませんわ」


 わたくしは、港の近くに広がる空き地を指さしました。


「ここに、小さな工房をいくつか並べますの。ご苦楽シティ加工横丁ですわ」


「か、加工横丁……」


 ユリウスが手帳を開いて、そのまま固まりました。


「名前からしてすでに胃もたれしそうです」


「胃もたれするくらいの脂の乗った商売ですのよ」


 そんな話をしていたところへ、ジルクが誰かを二人連れて走ってきました。


「アメリア様、言ってた職人っぽい奴ら、連れてきました!」


「職人っぽいとは、雑な紹介ですこと」


 目の前に立ったのは、日焼けした中年男と、手の皮が分厚い女。


 男は、束ねた魚を背負っており、女は染みだらけの前掛けをしています。


「こちら、干物と燻製なら任せろって言ってたヘンドリックさん」


「ふん」


「それと、皮なめしの手間賃が安すぎてやってられねえって言ってたマリーさんです!」


「……ジルク」


 レオンがこめかみを押さえました。


「もう少し言い方というものを考えたほうがいい」


「事実ですし」


 ジルクは悪びれません。まあ、この正直さは嫌いではありませんけれど。


「お二人とも、ようこそ。わたくしがこの街の財布係をしております、アメリアですわ」


「……噂は、聞いとります」


 先に口を開いたのはマリーのほうでした。


「税を軽くしてくれるけど、働かねえ奴には容赦ねえ悪魔がいるって」


「あら、多少脚色されていますわね。働かない奴ではなく、働く気のない奴ですわよ」


「どっちでもあんまり変わらねえように聞こえるがね」


 ヘンドリックが、ふんと鼻を鳴らしました。


「んで、加工工房をやらねえかって話だろ? こないだから、何度かジルクに口説かれた」


「さすが営業係ですわ、ジルク」


「えへへ」


「褒めてません」


 レオンのツッコミは、そろそろ板についてきましたわね。


「話は単純ですわ」


 わたくしは、二人に向き直りました。


「この港には、原料がたくさん集まっています。でも、加工してくれる人が足りない」


「それは、どこも同じだろうよ」


 ヘンドリックが肩をすくめます。


「加工すりゃ手間も火も塩もいる。時間もかかる。なのに買い叩かれる。だったら、干す前の魚のまま、よそへ売ったほうが手間がねえ」


「ええ。その買い叩かれる仕組みを、こちらで変えましょう、という話ですの」


 わたくしは続けました。


「あなた方には、港のすぐそばに工房を構える権利をお渡しします。素材は、港から直接。運ぶ手間も、待つ時間も最小限」


「……それは、まあ、悪かないが」


「代わりに、加工賃をこちらで決めさせていただきますわ」


 二人の目が、ぴくりと動きました。


「決めさせる、ってのは」


 マリーの声に、わずかな警戒が混じります。


「ええ。原料の買い入れ価格+加工にかかる平均的な手間賃+少しの上乗せ」


 わたくしは、ヘルマン殿の帳簿を広げました。


「今、あなた方が他所から請け負っている加工の代金は、だいたい手間に見合っていないはずですわ」


「そりゃまあ……」


 ヘンドリックが苦笑します。


「でも、ちょっとでも多くやりたい”って奴らがいるからな。うちはこの値段でやりますって言われりゃ、そっちに仕事が流れちまう」


「つまり、安売り競争ですわね」


「そうだ」


「それを、最低価格で止めますの」


 わたくしはきっぱりと言いました。


「これより安く加工を受ける者は、市場と港の利用を制限する。そういう取り決めを、この街の加工工房組合で結びますわ」


「……組合?」


 ヘンドリックとマリーが顔を見合わせました。


「やれやれ。ここでも組合か。あたしらのとこでも、口だけの組合なら腐るほどあったよ」


「口だけだったから、買い叩かれ続けているのでしょう?」


 わたくしは、あえて意地悪く微笑みました。


「最低価格を守れなかったら、誰かが困る仕組みを、一度でも作ってみたことがございます?」


「……」


「決まりを破ったら、次から仕事を回さない。それを、本当に徹底したことが?」


 マリーの顔に、悔しさの色が浮かびました。


「で、できりゃ苦労はしねえよ。裏切る奴はいつだっている」


「ええ。だから、裏切ると損をするようにしておくのですわ」


 ユリウスが、わずかに身を乗り出しました。


「損をする、ですか」


「ええ。最低加工賃”を破って安受けした者がいれば、その情報は預かり所の帳簿と加工組合の帳簿にきっちり残りますわ」


 わたくしは、指を一本立てました。


「その記録がある限り、その者には港の工房区画を貸さない。共同倉庫も使わせない。預かり所の小口融資も受けさせない」


「……」


「つまり、安売りをして場を荒らした奴は、この街では生きていけない。それくらいのお約束を、最初から決めておきますの」


 ヘンドリックとマリー、それから周囲で聞き耳を立てていた何人かの商人が、ごくりと唾を飲み込みました。


「……そりゃ、えげつねえな」


 ヘンドリックが、感心とも呆れともつかぬ声を出しました。


「だが、筋は通ってる」


「もちろん、決めた最低価格が馬鹿みたいに高ければ、客は寄りつきませんわ」


 わたくしは肩をすくめました。


「ですから、どこまでが妥当かを決める会議には、あなた方にも出ていただきます。原料の値段、手間の内容、必要な道具。全部、洗いざらい出してもらいますわ」


「……そんなもん、素直に出すと思うかい?」


 マリーの声に、棘が混じりました。


「思っておりませんわ」


 わたくしはあっさりと言い切りました。


「ですから、出しても損をしないようにするのですのよ」


「どうしてそう、なんでもかんでも仕組みにしようとするかな、この人は……」


 レオンが、ぼそりと漏らしました。聞こえていますわよ。


「アメリア様、出しても損をしないって?」


 ユリウスが身を乗り出します。


「加工工房の利益の一部を、工房組合の共通蓄えにいたしますの」


「共通、蓄え……?」


「ええ。道具が壊れたときの貸し出し代、病気や怪我で一時的に仕事ができないときの手当に回しますわ」


 ヘルマン殿が、目を見開きました。


「つまり、加工工房版のちいさな保険ですか」


「ええ。保険と貯金箱の中間ですわね」


 わたくしは続けました。


「自分の手の内を出して最低価格を決める代わりに、その分、困ったときの共通財布ができる。その財布の管理を、わたくしたちが手伝う。その代わり、場を荒らす奴は締め出す」


 マリーが、じっとわたくしを見据えました。


「悪魔、だねえ」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」


「そこ、否定しねえのかよ」


 ヘンドリックが、肩を震わせて笑いました。


「いいぜ。話は分かった。あんた、言い負かすために生きてるみてえな顔してるが、悪いことは言ってねえ」


「まあ。褒め言葉として受け取っておきますわ、二回目」


「ただし、一つ聞かせろ」


 ヘンドリックが、真剣な目つきで尋ねてきました。


「組合の共通蓄えを握ってるあんたが、持ち逃げしたくなったら、どうする?」


 場の空気が、すっと冷えました。


 ユリウスが息を呑み、ジルクの手が無意識に剣の柄に伸びる。


 ――いい質問ですわ。


「簡単ですわ」


 わたくしは、にっこり笑いました。


「わたくし一人には、絶対に触らせないようにしておけばよろしい」


「……?」


「共通蓄えの金庫の鍵は三つ。ひとつは工房組合の代表。ひとつは役所の会計係。もうひとつは――」


「預かり所の責任者、ですか」


 ヘルマン殿が、すぐに答えました。


「ええ、そうですわ」


 わたくしは頷きました。


「三つのうち二つが揃わなければ、金庫は開かない。アメリア様が持ち逃げするとか、組合代表が使い込むとか、会計係がこっそり抜くとか。どのパターンも、ひとりでは完遂できませんのよ」


 ヘンドリックが、ふっと笑いました。


「なるほどな。誰も完全には信用してねえ仕組みか」


「誰も完全には信用できないのが、人間というものですわ」


 わたくしは、平然と返しました。


「だからこそ、複数人で責任を分け合う。それが、一番マシな方法ですもの」


「……気に入った」


 マリーが、ぽつりと言いました。


「信用してるから任せるって言う奴より、信用してないからこうするって言い切るほうが、よっぽど信用できる」


「それは、信用と言うのかしら?」


「言うさ」


 ヘンドリックが、口の端を上げました。


「ってわけで、アメリア様。あたしら、加工横丁とやらに乗るよ」


「ありがたく、いただきますわ」


 わたくしは、扇を軽く掲げました。


「ようこそ、ご苦楽シティ加工工房組合へ」



 役所に戻ると、ユリウスが盛大にため息をつきました。


「……毎回思うんですけど」


「何かしら?」


「アメリア様、言い負かさなくてもいいところで、全力で相手を言い負かしますよね」


「当然ですわ。言い負かせる相手を目の前にして、手加減するほどわたくしは徳が高くありませんもの」


「徳のなさを誇らないでください!」


 レオンが、苦笑しながら肩をすくめます。


「でも、結果としては必要なところを全部言わせて、全部決めてしまっている。あれはあれで、一つの才能ですよ」


「そうですわよ、ユリウス。余計なところまで口を割らせるのも、立派な交渉術ですわ」


「余計って自覚あるんですね……」


「ありますわよ。当然ですわ」


 わたくしは、ふふんと鼻を鳴らしました。


「ただ、言い負かすことそのものを目的にしているわけではありませんのよ?」


「えっ」


 ユリウスがきょとんとします。


「言い負かす過程で、相手が何に怒り、何に怯え、何を諦めてきたかが見えますもの。それさえ分かれば、その人が本当に欲しい条件も見えますでしょ?」


 レオンが、目を細めました。


「なるほど。論破は、情報を引き出す手段でもあるわけですね」


「そうですわ。ですから、わたくしは今後も遠慮なくやらせていただきますわよ」


「遠慮する気ゼロですね……」


 ユリウスの嘆きは、今日も心地よいBGMですわ。



 夕刻。


 港の空き地では、早くも粗末な屋根がいくつか立ち上がりつつありました。


 その横では、ヘンドリックとマリーが、どの位置に何を置くか、真剣な顔で話し合っている。


「ここは煙の向きが悪い。風下に向けねえと、港中が燻されちまう」


「こっちは水場が遠すぎる。魚洗うのにひぃひぃ言うことになるよ」


 その様子を眺めながら、わたくしは小さく息を吐きました。


「これで、原料のまま他所に持っていかれる分が、少しは減りますわね」


「ええ」


 隣でレオンが頷きました。


「ご苦楽シティで加工してから売るパターンが増えれば、それだけこの街に残る金も増える」


「そして、加工工房そのものが、この街に根を張る」


 わたくしは、空き地の先――。まだ何も建っていない土地を眺めました。


 そこに、いつかいくつもの煙突と、干し魚と、革の匂いが立ち並ぶ日を想像して。


「厨房が増えれば、メニューも増えますもの」


「また料理の比喩ですね」


「分かりやすいでしょう?」


 ご苦楽シティ加工横丁、準備中。


 さあ。次は、この街で何を調理して差し上げましょうかしら。

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