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モノクロと創生書  作者: 沢渡氷雨
第3章 本能の記憶
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会議

ひっそりとした薄暗い廊下に人気は見られず、どこからともなく吹き付ける風が、妙な寂しさを感じさせる。

上階では自動人形(オートマタ)達がせわしなく駆け回っているというのに、まるで、この世界に自分しかいなくなってしまったような気分だった。

ユノはひとつ身震いをすると、突き当りの壁に立つ縦長の鏡に足を踏み込んだ。

液体と似た感触が頬を舐め、間髪を開けずに五感のすべてが霞む。


「遅刻癖は相変わらずだな、団長殿?」

途端、さっきより温度の低い空気が周囲を満たす。

あの鏡は空間転移の布陣だ。場所はユノしか知らないし、潜るのも彼女以外には許可されていない。


目を閉じたままでも、誰が居るのか明瞭に分かる。

魔力感知を使わずとも感じる、鋭く研ぎ澄まされた複数の気配。選りすぐられた"最強"たる所以、魔道を世の理の許す限りまで極めた者のみが、その身に纏う威光だ。

「人間って一朝一夕に変わる生き物じゃないんですよ、師匠(せんせい)

入室早々皮肉を吹っ掛けてきた人物に、ユノは苦笑いで返す。刻限破りの癖を指摘されるのは痛い。それが、幼少期から世話をかけた教師からとなれば、なおさら。

「それと、団長殿はやめていただけませんかね。事務的でなんか嫌です」

「だったらお前も"センセイ"やめろよ。アルスと違って、お前はもう立派な卒業生だろ」

「それでも師匠(せんせい)は師匠です、変えるつもりは毛頭ありません!」

「んじゃアタシも変えなーい。これ一応仕事の一環(事務的)だし、間違ったこと言ってないもんね」

むむむと火花を散らす二人。

そこに冷え切った鉄槌が打ち下ろされた。

「るっせぇよ、ユノ=フェネリー、ヴィオラ=シーガー。オレは年増のババアと雑魚い小娘の世間話を聞くために来たんじゃ――」

若い男が、円形の机の向かい側から、高圧的な声量と口調で吐き捨てた。

素直に自らの持ち場につくユノ。対して、叩き割る勢いで机に手をついて立ち上がったのは、もちろん師匠ことヴィオラだった。

「聞き捨てならないなぁ……年増に雑魚だぁ?てめぇどこまで思い上がってやがる」

――危険だ。ユノは直感した。

血気盛んなこの二人が会合の場で喧嘩を始めるのは茶飯事。しかし、普段は大人の対応で反発を最低限に抑えるヴィオラが、今は感情を剥き出しにしている。

今回は相手が踏み込みすぎた。年齢の話に、弟子への中傷。ヴィオラの嫌う話題を二つ同時に口にするなど、恐れ知らずの彼以外には成し得ないし、そんなことをしようとする無鉄砲は彼以外にまず居ない。

「……思い上がってねぇよ。実際のことしか言ってねぇじゃんか」

「おぉう分かった、じゃあてめぇはアタシより強いんだな?必然、そうなるよな」

いよいよ威圧的な雰囲気を放つヴィオラが、指を鳴らした。

「なんなら、今ここで証明してやっても良いんだぜ……!?」

男も負けじと机の端を掴んで立ち上がった。その袖口から、彼の魔術の源泉――白銀で縁取られた時計が現れる。

一触即発の状態など通り越していた。もう、今この瞬間に二人が戦い始めてもおかしくは――。

「控えよ。ここは厳粛なる会合の場であるべきだ。それに、誉れ高き十傑の戦士が、無闇に力を誇示するものではないだろう」

「………そうよ、ヴィオはよく流される」

限界まで高まった緊張が、獣の耳を生やす男とフードを被る小柄な女の声に押し留められた。そもそも、高圧的な男とヴィオラ、それにユノ以外は、毛の先ほども緊張していなかったのだろう。普段からこの場にいる者は、日常だ慣例だと受け流したり、あるいはこうやってたしなめる。

「アタシのせいかよ!?……おいセシリア、どう考えてもこいつが………」

「……三十八」

「うっ……!?」

女の気配が一瞬だけ強くなる。フードの下の青い瞳は、おおよそのことを恐れないヴィオラを怯ませるのに足りるだけの冷酷さで相手を睨んだ。

「……ヴィオが今まで壊した学校の備品の数。静かにしなかったら、全部、払わせるよ」

「――ッ。………悪かったよ学長」

ヴィオラは納得いかないようだったが、ぶっきらぼうに腰を下ろした。

彼女がおとなしく従った理由は、ユノにも分かる気がした。セシリアの言葉はその多くが表向きで、相手にだけ分かるように本心を念話で飛ばす。耳を塞いでも、頭の中で奇怪な心の声が大きく響くため、相手は相当の恐怖を植え付けられるらしい。古い学友から聞いた話だった。

「落ち着いたな、シーガー君、ノークス君。それでは、十傑会議の開会としよう」

獣耳の男が取り仕切るが、そこにヴィオラが口を挟む。

「おいおい、待ってくれよエルヴィス。まだ七人しか集まってないぞ。密度と体積のおっさん共、それにリネアの奴はどうしたんだ?」

「………これだ」

獣耳ことエルヴィスが机を軽く弾くと、黄色に輝く小さな正六面体が現れる。それは天板を静かに滑り、ヴィオラの目の前に止まって一層明るく輝いた。

『あ、ヴィオラさんじゃないすか?お疲れっす!……ひぐっ』

立方体から響く、女声としゃっくり。

「おい大丈夫か………?」

『急なお呼びには応えられないっす。うちは書類と酒といっひょに会議中なんでお気になはらず!あへへ!』

立方体が欠片を振り撒いて消える。「相変わらずだな」と苦笑するヴィオラ。

魔法媒体の向こう側にいたリネアという人間は、ユノが帝国騎士団長及び十傑構成員に就任してから、ただの一度も顔を突き合わせたことのない人物だった。今回に限らず会議にはいつも出席しない。こうしてテンションの高い遠隔通話だけを寄越(よこ)すのだ。彼女についてユノが分かっているのは、女性であるということ、いつも尋常でない量の書類に追われていること、そして通信中でも必ず飲んでいるほどの酒豪ということくらいだ。

静寂の戻った暗い会議室で、エルヴィスが再び口を開いた。

「そしてあとの二人――彼らの行方が、今回の主題でもある」

男の声から感情はうかがえない。しかし、ここまでの条件が出揃えば、答えは自ずと見えてくる。

十傑会議――各国家の遍く議会より強い権威を持つ会議の、突然の開会。普段では有り得ない、十人中三人の欠員。うち二人は欠席の連絡を寄越さず、その行方は会議の主題になっている。つまり――。

「先日、ファーノン君とエイデン君の死亡が確認された」

それらは、つい先刻ヴィオラが口にした者達の名前。密度操作と体積操作の古代魔術を操る、二人の魔導士の名に他ならなかった。

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