其の九
鬼の大将の登場です。
陣を突破した鬼兵は撃たれた矢を鎧で弾く。弓手は焦り、腹に冷たくこみ上げるものを感じたが、しかし強い集中でこれを抑えつけた。汗に滑る指を拭いつ声を合わせ、これまで以上に狙いを一身へ集めて放つ。不遇の頃に寒地に住まい育まれた胆力と、死地立つ人の迸らせる極限の気迫とが、すでにその弓を容易ではゆらがせ無いものにしている。横雨の矢を甲の隙に受け、力失くした鬼は崩れて土砂と化し、後には錆びた鎧のみが残されていった。
やがて視界に来る鬼兵もわずかとなり、男達は勝ち目を抱き、新たな影の一体に矢を射かけた。しかし、長身の標的は別の鬼を引っつかむやこれを盾とし、続けて放った二の矢も剣により悉く防がれる。異質の動きに眼を見張ると、火の灯りに七尺はあろうかという巨躯を佇ませ、身に犀皮の鎧と将の切雲冠を帯びた威風の姿を認める。
これこそが非業の武将・楊度であろうと誰もが悟ると、闇の向こうより数体の影が向かってきた。激戦に残った六体の死者であったが、楊度は振り向かぬまま姿勢を下げ、死者たちがこの背へ躍りかかると夜闇へ二条の光が走る。六つの首が宙に飛び、横断された胴部が虚しく落ちた。太い鬼の腕の先には平刃の扁茎剣が握られていたが、この二振りによる一瞬の絶技を眼に捉えたものはいなかった。
鬼の口が黒く開き、大気震わす怒号が発せられる。途端正面より来た激しい突風を凌ぐと、男達は急ぎ矢羽へ指をかけたが、弓の手応えの無さに愕然とする。各々が手にしている物ばかりか、予備に下げた腰の弓まで、あやかしの風を受けた全ての弦が断たれていたのである。
残すただ一体の殤鬼を前に、突然の無力と化し、茫と立ち尽くした傍より叫び声が上がった。声の主が朱蘭と気づくより早く、小屋から飛び出した黒い姿が人々の間を走り抜ける。現われて将軍に立ちはだかったのはかの道士であり、右手には長い得物を携えていたが、形状からしてあの布巻きにされていた物らしい。呪印を刻んだ長柄の先に、厚い刃を備えたその形は長兵器・春秋大刀であった。
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あと二話で終わると思います。
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