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古城で暮らす私たち ~魔女と学者と少年の一見穏やかな日々~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第二部 前進編

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111 魔法使い流の捕獲術

 ジェスという人物が本当にガラスを割りに来るなら、それを教えた私たちが先に帰るわけにはいかない。ベクターさんに事情を説明したら、意外にすんなり受け入れてくれた。「フレッドを見て魔法使いって本当にいるんだなと我々は知っていますので」ということだった。

 まずは受け入れてもらえたので、次にレクスさんに帰りが遅くなる旨を事務所の電話で伝えた。


「遅くなるのはかまわないけど、危険だね。暴力を振るわれるかもしれない」

「それはフレッドが任せろって張り切ってるわ。魔法で捕獲するって言ってるの」

「フレッドなら安心か。でも、ニナとシェリルは離れていてくれよ?」

「はい。約束します」


 電話を切るとシェリルが「なんて? なんて?」と期待の眼差しを向けてくる。


「ここにいていいって。でも、私とシェリルは安全な場所にいるのが条件よ」

「わかった! やったぁ!」


 ベクターさんから話を聞いた事務所の人々は「現行犯で警察に突き出してやる」と言って、職員が隠れて見張ることになった。

 ジェスというのはこの国立植物研究所のお金を着服したため、解雇されたらしい。少額だったから警察に通報しなかったそうだ。


「こっちがかばってやったのに解雇されたからと逆恨みをするなら、小銭泥棒でも警察に突き出すべきだった」


 誠実そうな顔立ちの所長さんはそう言って、真面目そうなベクターさんも「まったくです」と苦い顔だ。フレッドは? と見ると楽しそうで、「オレがあいつを氷漬けにして捕まえてやる。人間に向かって氷魔法を使ったことはまだないから、手加減しないとな」とシェリルに説明している。シェリルは「すごいねえ、楽しみ」とはしゃいだ声を出している。

 事務所にいた女性職員は帰宅させられ、十数名の男性所員と私とシェリルが残った。フレッドは破壊される予定の一番端の温室の陰に隠れている。


 事務所の電気が消され、真っ暗な中室内で待ち構えていたが、そろそろシェリルが痺れを切らしてもぞもぞと身動きし始めた頃だ。

 正門がキキィと音を立てて開いた。どこかから塀を乗り越えるのだろうと思っていたら、その男は鍵を開けて入ってきた。

 誰かが小声で「ジェスのやつ、合鍵あいかぎを作ってたのか」とつぶやいた。続いて他の所員さんもつぶやく。

 

「用意周到だな」

「備品が盗まれていないか確かめなきゃ」

「静かにしろ」


 私とシェリルは手を繋いだまま、窓から外を覗いている。街灯の光で、ぼんやりと黒い人影が敷地を横切って温室に向かうのが見えた。確かにシェリルの記憶の中にある人物だ。金髪のような明るい茶髪のような。シェリルの記憶にあったとおりの痩せていて小柄な男性だ。

 それにしても所員さんたちが動かない。私はひそひそ声で質問してみた。


「ベクターさん、捕まえないんですか?」

「ガラスを一枚割るまで待ちます。じゃないと、敷地の侵入だけになる」


 なるほど。あくまでも実行犯として捕まえるつもりなのね。

 私とベクターさんの会話の直後に、ガシャーン! という音が響いた。

 ベクターさんの「行くぞ!」の掛け声で全員が事務所から飛び出した。すると暗がりの中から「もう来ても大丈夫ですよぉ」と言うフレッドの大声が聞こえた。

 

 温室の照明がつけられて私たちが見たのは、下半身を氷でガッチリと固定された小柄な犯人と、隣で満足そうな顔をしているフレッドだ。二人の間に落ちている鉄パイプでガラスを割ったらしい。

 その後は警察を呼ぶために電話をかける人、ジェスの両手を後ろ手に縛る人、と皆の手際がいい。

 すぐに警察官が自転車で駆けつけてくれたが、その警察官は今、氷漬けの犯人を見て困惑している。


「こりゃすごいな。え? 君がこれやったの? 魔法使いなんて初めて見るよ。本当にいるんだねえ。こいつが逃げる前にこんな大きな氷を作れるのか。君、若いのにすごい魔法使いなんだねえ。それでこの氷は溶かせるの?」

「溶かせます。火魔法で溶かすんで、少し離れてもらえますか。ううん、もっと離れてください。じゃ、火魔法いきまぁす」

「火魔法? 火? やめろこのガキ! ぎゃああ!」

 

 フレッドが呪文を唱えて火魔法を放ち、下半身を氷漬けにされているジェスは悲鳴をあげた。フレッドは淡々と呪文を唱え、右手の先から細い炎をジェスの下半身に向けている。どんどん氷が解けてほぼ氷がなくなると、ジェスがその場にバタンと倒れた。私はジェスが後ろ手にしばられたまま逃げ出そうとすると思ったけど、なぜかぎこちなく倒れた。


「下半身が相当冷えてると思うから、さっさと立って歩いた方がいいよ。じゃないと血の巡りが悪くて足の先が壊死しちゃうかもね」

「お巡りさん、助けて! 俺、足が動かない!」


 哀れな悲鳴をあげるジェスは、警察官に両脇を抱えられて引きずられながらぎくしゃくと脚を動かしている。所長さんも一緒についていった。


「お母さん、お兄ちゃんかっこよかったね」

「そうね」

「私も氷魔法と火魔法、使えるようになる?」

「さあ、どうかしらねえ」


 そう話をしていたらレクスさんが車で駆け付けた。今まで近くに車を止めて待っていたらしい。だったら一緒に事務所にいてくれたらいいのにと言ったら「だって、通りを歩く人がみんな襲撃者に見えたんだよ。僕が出入りしたら襲撃者が逃げちゃうかと思って」という返事。


「フレッドがいるから心配ないとわかっていても、ガラスが割られた音を聞いたときは緊張したよ」

「お父さん! お兄ちゃんがかっこよかったの! すごかったよ!」

「そうか。シェリルとお母さんが無事で安心したよ。さあ、お城に帰ろう。お客さんが来ているんだ。誰かは会ってからのお楽しみだよ」


 レクスさんはシェリルが何度も「お客さんて誰?」と聞いても答えない。私はシェリルのことがあったからラングリナ師匠かと思っていた。

 しかし私たちがアシャール城に着いてドアを開けると、出迎えてくれたのは「誰?」と思うほど美しく成長を遂げているアナベル・ヴェルマイア侯爵令嬢だった。艶やかな黒髪、知的な黒い瞳のアナベル様は、すらりと背が高くなっていた。二十二歳にしては若く見える。外見だけならせいぜい十八、九歳だ。


「おかえりなさい、皆さま。お久しぶりです。アナベルです」

「よ、アナベル。もう来たのか」

「ええ。おばあ様のお言葉に従って婚約したのに、相変わらず実家の居心地がよくなくて。さっさと逃げ出してきたの。さ、お茶を淹れますわ。お疲れ様でしたね」


 あれ? アナベル様が家を出るんだったら、フレッドは婚約しなくてよくなったのかしら。でも私がそれを聞いたら意地悪な意味に受け取られかねない。うん、今は何も言うまい。

 するとまるで私の心を読んだかのようなことをアナベル様が言いだした。視線を茶器に向けながら、冷静な声で。


「まだ正式に婚約していないので、フレッドとの婚約の話は白紙に戻したいと思います」

「え? それでアナベルは大丈夫なのか?」

「まあ、いろいろ言ってくるでしょうけど、私のことはいなかったものと諦めてもらおうと思ってるわ」


 私が「そこは急がなくていいのでは?」と言うのと、フレッド君が「今縁を切ることはないよ」と言うのが同時だった。


「親子の縁は、切るのはいつでもできるわ。だから少し時間を置いて考えたらいいと思う。私は実の両親と三歳で死別したのもあって家族が大切なの。フレッドとシェリルの親として考えても、縁を切るのは最終手段にしてほしい」

「俺もだよ。五歳で母さんに縁を切られた身としては、面倒くさいから縁を切るなんて簡単に決めないでほしい。ま、これは俺の個人的な感情だけどな」


 するとアナベル様は私たちの前にお茶のカップを置きながら、無言でぽたりと涙を落した。


「身内の恥を晒すようだから言わなかったけれど、私、おばあさまに『みっともない』と言われ続けていたの」

「はあ? 魔法使いがみっともないって言ってるのか? なんだそれ」

「腹が立つでしょう? おばあさまはご自分の価値観で私を測る方なの。貴族の令嬢として規格外だと非難される。迷惑を承知でフレッドに婚約をお願いしたけど、平民じゃだめだって言いだしたの。さすがに、もう言いなりになるのはいいかなって。だからね、フレッド、婚約の話は白紙にしたいの。あなたを振り回すことになってごめんなさい」

「わかったよ」

 

 縁を切るかどうかはまた別だけど、そんな状態なら家を出たのはいい選択だったわ。身内に支配されて苦しみながら生きるには、人生は短いもの。

 アナベル様は今夜はアシャール城に泊まることになった。明日から部屋を探すそうだ。

 フレッドが「ミゼルのパイを食べてもらいたい」と言って、レクスさんがたくさんのパイを買ってきて夕食にした。フレッドにとって、『ミゼル』のパイは今も最高のご馳走なのだ。

 夜、レクスさんと二人になってから「アナベル様の生活費は心配しなくていいものなの?」と聞いてみた。庶民の母親としてはそこが心配だ。


 「ヴェルマイア侯爵家は、資産管理をきっちりやっているようだよ。彼女には子供の頃に信託財産が設定されていたらしい。成年になった今は自由に使えるそうだ。よほどの贅沢をしない限り、彼女はお金の苦労をしないと思う」


 それを聞いてほっとした。侯爵家のお嬢様がひもじい思いをしないなら私が心配する必要はない。


「ニナはきっと『アナベル様がおなかを空かせることにならないか』って心配しているんだろう? 君は本当に善良な人だな。君のそういうところが大好きだよ」

「いえ。貴族の世界のことに疎いだけです」


 こうしてフレッドの婚約の話は白紙になった。

 応援するつもりだった私だけれど、正直言うと心が軽くなった。フレッドは今、子供でもなく大人でもない。そんな時期をのんびりと過ごしてほしかったから。



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