99 ハートをあげる
他のチームは殆どが高学年。
1年生2人の我がチームは不利だ。
先頭の神馬君は2位で神馬君のお兄様にタッチ、何と神馬君のお兄様はあっという間にトップにたつと後ろを引き離した。1位で虎太郎君に繋いだ。虎太郎君は平泳ぎだからかなり不利だ。それでも検討して3位までで何とか龍一郎君に繋ぐ。龍一郎君は1人追い抜き同時タッチで2位となった。
6年生は龍一郎君だけの我がチームはかなり検討したと言える。トータルで3位となり決勝進出が決まった。距離のあるプールだったら、1位も夢じゃないよね。
運動神経とは全く縁のない私から見ると皆が輝いて見えた。嬉しくて皆とハイタッチ。
ただのイベントなのに嬉しくて涙が出ていた。変なの……
「愛梨花ちゃんごめん。僕が足を引っ張った」
虎太郎君が悔しそうに顔をゆがめていた。
「えっ?虎太郎君て凄く速かったよ」
驚いた様に言うと虎太郎君は首を振る。悔しそうに顔をゆがめて下唇をかんでいる。
これはかなり落ち込んでいる。こういうときには何を言ってもダメなんだ。気分を変えるしかない。
クマさんのリュックからクマさんのペンを出した。虎太郎君の手を広げると、そこに大きくハートを描いた。
「私からのプレゼント。私のハートをあげるね!」
笑顔全開で微笑んだ。
虎太郎君は驚いた様に目を見広げてから、いつものようにプイッとそっぽを向いた。心なしか耳が赤い。
ふふふ……成功かな?
振り向けば3人が手の平を広げて待っていた。
順番待ちですか?
はいはい、皆、頑張ったものね!
♢ ♢ ♢
本選のデッキはスタッフと子供達だけしか入れなかった。
親は中のラウンジから観戦している。もちろん上のデッキからは観戦できるようになっていた。
私はしっかり応援したかったから1人で下のデッキにたっていた。
お昼までに虎太郎君が自由形を練習して、タイムの速いほうで臨んだから。意外にも平泳ぎの方が早かった。
頑張ったから、本選では2位に入った。
急遽作成された感じの表彰台では、チームの選手達がクルーズ船オリジナルのメダルを首にかけてもらっていた。
参加賞はクリアファイル。
応援の子供達にも、クリアファイルをもらった。私のクリアファイルはどんどん増えていきそうだ。
表彰式では龍一郎君達は他の子供達に囲まれていた。全員カッコイイもの。このチャンスとばかりにお近づきになりたい子達が大勢いるんだ。しかも虎太郎君は社長の息子だしね。
私には関係ないな、と思って遠くから見ていたら数人の女の子が声をかけてきた。
「ねぇ、あなた、月光院さん?」
見れば10歳位の女の子達だ。4年生ぐらい?
私の知り合いなのか?記憶にはなかった。
「はい、そうです」
不思議に思いながら返事をすると途端に態度がとげとげしくなった。
「やっぱりね。弟の言うとおりだわ」
「弟さんはなんて?」
他の女の子が聞く
「意地悪で、我が儘だって」
「そんな顔しているわね。今から男侍らせて末恐ろしいわよ」
その子はそう言うとドンと私を小突いた。
よろけて尻餅をついたと思ったときには後ろから誰かが支えてくれた。
んっ?冷たい。
濡れた?
見上げると神馬君のお兄様が私の肩を支えている。
いつの間に来たのか、さっきまで壇上にいたよね?
横から龍一郎君を先頭に、皆でこちらに走り込んで来た。
龍一郎君がさっと女の子達から遮るように前に立つと虎太郎君に指示を出す。
「虎太郎、愛梨花ちゃんを頼む。先に部屋へ」
神馬君のお兄様が私の肩を掴んだまま、神馬君達の方へ優しく押し出した。
「駿、お前も愛梨花ちゃんに付き添うんだ。いいな」
神馬君のお兄様はそう言うと龍一郎君と並んだ。
2人とも静かに黒いオーラが出ている様に見えます。冷え冷えとして怖いんだけど。
声をかけてきた女の子達はそれには気が付かないみたいで、黄色い声を上げて騒ぎ出した。向こうから優勝したチームの人達がこちらに来るのが見えた。
「どうした?」
一際背の高い男の子が龍一郎君に声をかけていた。真面目そうな雰囲気で生徒会長とかやりそうなタイプだ。これなら任せても大丈夫そうだ。
虎太郎君と神馬君に手を取られて部屋に向かう。2人ともまだ水着が濡れたままだ。
「ごめんね、寒いでしょう?」
虎太郎君が首を振った。
「気にしなくて大丈夫だ」
いつになく男らしく虎太郎君が言う。
へっ?甘えっ子はどこへ行った?
「俺達のことは気にするな。それより何があった」
神馬君に聞かれてキョトンとした。
真剣な眼差しだ。おふざけ神馬はどこへ行った?
もしや、ハートをあげると大人になるのか?
そんな設定があったりする?
不思議に思いながらたたずんでいると高島が足早にやってくるのが見えた。
「お嬢様!何かありましたか?デッキの方で騒ぎがあったと聞きました」
んっ?
そんな騒ぎあったかしら……
「何かあった?」
虎太郎君と神馬君を見るとあきれた顔をされた。
えっ?
さっきのこと?
たいした事では無いんだけれど、幼稚園での記憶が殆どないから良くわからなくて、虎太郎君はあの人達のことを、何か知っているのだろうか?後で聞いて見ようかしら……
「ううん、何もない。龍一郎君と神馬君のお兄様に聞いて見てね」
何だかしょんぼりして高島に両腕を伸ばした。高島が心配そうに眉尻を下げながら、ヒョイと抱き上げてくれた。
「ちょっと、疲れたの」
そう言ってこてっと頭を高島の肩に乗せれば、部屋まで連れて行ってくれる。
部屋帰ってお布団に潜りたい。胸の中がモヤモヤして悲しかった。胸の中に私の記憶がよみがえる前の、愛梨花ちゃんの感情が渦巻いていた。
悲しくて、やるせない気持ちで一杯だ。愛梨花ちゃんはずっとこんな気持ちを抱えていたんだろうか?
部屋に戻ると千鶴に疲れたといってベッドに潜り込んだ。
胸の中のモヤモヤは中々消えていかず、いつの間にか寝てしまって、目が覚めると部屋には誰もいなかった。皆ゆっくりしているんだと思う。
窓の外からはお日様の光が部屋に入り込んでいた。
もう夕方なんだ。
何だか凄く時間を損してしまったみたいな気分で気持ちが沈んでいく。
置いてきぼりを食らってガッカリした時みたいだ。
バルコニーに目を向ければ水平線が明るくなっている。夕焼けだ。雲も明るく輝きだした。
ガラス戸を開けてバルコニーのイスに座ると潮風がほてった頬に心地よかった。
黄昏時好きなんだ。
魔法の時間って言うらしい。
私の前世は何だったんだろう……
何故ここにいるのかな?
そんな思いが込み上げてきた。




