29 逃げ出したのは誰だ?
28日からの3日間私はお兄様のストーカーとなった。
トイレとお風呂以外はいつでも目の届く範囲にいることを心がけた。
お兄様の趣味がほぼ読書だとわかった。
小学生にしては難しい本を読んでいる。
今のところは理科系全般だ。
生物学に天体、地理に物理、化学と言ったところだ。
前世、私は理科系は苦手だった。でもお兄様の読んでいる本ぐらいはどうって事はない。
私が興味を持って話をするうちに少しばかり警戒心は薄れてきたみたいで、前ほどは避けられなくなった。
それに必ず毎日私の手料理を食べている。
厨房のスタッフに手伝って貰って一品か二品作っているの。
おやつだったり、ピクルスだったり、付け合わせだったりね。
厨房では私の作った物が好評で、まかないで喜んで食べているみたいだ。
高島に”お嬢様はお料理出来るんですね”なんて言われちゃった!
前世では一人暮らしだったし、小さい頃から家事全般してたから得意なんだ!
「じゃあ行ってくるからね」
お父様が言う隣で、お兄様が私に小さく手を振ってくれた。
まだまだ距離があるけれど少しは努力のかいがあったかな?
大晦日の今日、家族は皆、本家に行ってしまい私は一人でお留守番だ。
なんて家だ!前世なら訴えられちゃうよ!
でも大丈夫。一人ぼっちでも楽しむための計画はたててある。
花火を見たいのだ。
千鶴がカウントダウンの花火があると教えてくれた。
港の見える方で上がるんだって。
皆がいなくなると寺森に言って高島を呼んで貰った。
「今日は一緒に新年を迎えたいの」
俯きながら言う。ちょっとモジモジ感を出すのがポイント。
「10時過ぎなら空きますが遅くないですか?」
よし!アッシー君Get!
心の中でガッツポーズ!
「花火見に行こうね!」
下から高島の顔を見上げて笑顔で言う。
「それは楽しみだ。で、どこの花火かな?」
後ろからお祖父様の声がした。
へっ?まさか、お祖父様がここにいるはずは無い。
一年で一番忙しいはずでは?
聞き間違いかと思い、振り返ると着物姿のお祖父様がニコニコしながら立っていた。
寺森が後ろであたふたしながら、何処かへ電話をかけている。
お祖父様はその電話を取り上げると電話を切った。
「よいか、わしは風邪を引いて休んでいるのだ。ここには来ていない。わかったな」
珍しく強い口調で寺森に言う。
それを聞いてピンときた。
ははん!あれか、サボりだね!
人は後ろめたいことがあると怒ってごまかすんだよね。
人間忙しいとサボりたくなることもあるから大目に見てあげないとだね!
私はお祖父様の足に抱きつくと”一緒に行きましょう”と言って見上げた。
お祖父様は背が高くて私は腰ぐらいまでしかない。
お祖父様は破顔すると私を抱き上げてくれた。
「寺森、高島と打ち合わせるように。ホテルも押さえておいてくれ」
おおっ、一人ぼっちの公園花火見学がいっきにセレブになったぞ!
年末は普通家族とほっこり過ごすものだから、やっぱり一人はつまんないなと思っていた。
「お祖父様と一緒で嬉しい!」
お祖父様に抱きつくと私の顔を覗き込んで聞く。
「何を食べるか?」
年末と言えばそばでしょ!
「おそばといちご!」
お祖父様は笑いながら私の頭を撫でてくれた。
「お祖父様お着物で行くの?」
「洋服も買いに行くか」
「うん、おそろいのがいい!」
お祖父様は頬を寄せると嬉しそうに笑った。
高島は今日の予定はお祖父様と私になり他は全部お祖父様の運転手が代わりに行く事になった。
そんなわけでいつかのデパートにお祖父様と高森で来ている。
大晦日の夕方はお買い物客も少ない。閉店間際なのもあるんだろうか。
「高島は自由にしていて良いのに、帰るときに呼ぶから」
「お嬢様からは目を離せないです」
少しむっとしたように言う。
うわっ~最近心配かけ通しだからかぁ。ごめん高島。
今回は山やアウトドアのスポーツブランドのお店でお祖父様とおそろいのお洋服をキャッキャッと言いながら選んでいた。
「おそろいなんてカップルみたいですね」
という店員さんの言葉にまたもやお祖父様の財布のひもは消滅した。
「若くみえるかな」
嬉しそうに言う。
幼稚園児には見えません!
もう、信じちゃダメです!!!
フリースのパーカーにダウンのジャケット。暖かそうなコットンのタートルネック。
お祖父様は赤色のタートルネックの上に濃紺のフリースのパーカー。
私は水色のタートルネックの上にショッキングピンクのフリースのパーカー。
おそろいの白いダウンジャケット。シロイルカのロゴマークが袖の上に入っている。
パンツは紺色の中綿入りで暖かい。
これなら外で花火見ても平気だ。
さっきから気になるお洋服があるんだ。ショウウインドウに飾ってあって、フリースのパーカーと中綿入りパンツ。
どちらも落ち着いた配色の迷彩柄で高島に着せたい。
着たらきっと似合うと思うんだ。沼に潜んでいる怪獣みたいで……
想像したら頬の筋肉が緩んでニマニマしてしまった。
「お祖父様、高島にも買ってもいい?」
財布のひもが消滅しているお祖父様は上機嫌で頷いた。
店員さんGood job!だったね。
「おそろいはダメだよ」
私は頷くとショウウインドウを指さした。
「あれ、似合うと思うの」
お店の前で待っている高島を見る。
「ほほう、中々よいな、あれも包んでくれ、一番大きいサイズで」
大きな包みに緑色のリボンを付けてもらった。
荷物持ち兼運転手の高島に全部運んで貰った。
三人でお祖父様御用達の懐石料理屋さんでおそば懐石を頂く。
クリスマスのお買い物の時みたいで嬉しい。
高島も”美味しい美味しい”と夢中で食べていた。
魔法のお皿は今回も出現した。
高島が”美味しい物は食べても減らない物なのですね”だって!笑える!
お祖父様と顔を合わせて笑った。
デザートはいちごのクレープにわらび餅に抹茶アイス添え!
ふふふ……幸せ。
お腹も気持ちも満足したせいか移動中の車で寝てしまった。
「愛梨花、もうすぐ年が明ける、起きなさい」
お祖父様の声がして目を覚ますとホテルのスイートルームだった。
買ってきたお洋服がよこに並べてある。お祖父様はもう着替えていた。
「花火はここからでも見えるが初詣は着替えないと寒いぞ」
私は周りを見渡す。高島が居ない?
「高島は?」
「隣の部屋だよ、それを渡しておいで」
私は急いで着替えると包みを掴んで隣の部屋へ行った。
大きな包みを抱えた私を見て慌てて包みを持ってくれた。
「今年はいろいろありがとう。また来年もよろしくお願いいたします」
そう言って包みを渡すと、高島は凄く驚いたみたいだ。
私を抱き上げると高い高いをしてくれた。
目線が高くなって嬉しいけど脇腹がくすぐったい。
「着替えたら花火見よう」
私が言うと高島は嬉しそうに笑った。
最近難しい顔ばかりしていたから良かった。
それから、沼に潜んでいる怪獣を想像して頬が緩む。
「愛梨花、始まるぞ」
向こうの部屋でお祖父様が呼んでいる。
「先に行ってるね」
部屋の中までドーンと音がして高層階の部屋の窓いっぱいに花火が打ち上がった。
ビックリして固まった私を、お祖父様が抱き上げてくれた。
間近で上がる花火なんて初めてだ。
感激しながら夜空いっぱいの花火を見上げた。
「きれい」
だいたい打ち上げ花火は見に行った事がないかも。
新年を祝う花火を見ながら思いを馳せた。
思えばこの世界でまだ三ヶ月しかたっていない。
その間に色々な事があった。
少しは良い方向に向かっているかな?
新しい年はもっと皆が幸せでありますように。
そんな事を考えていると視界が曇ってくる。
高島がそんな私の頭を撫でた。
「お嬢様、今年もよろしくお願いいたします」
顔を上げると着替えた高島が沼に潜んでいる怪獣みたいで、似合っている。
幸せすぎて、涙が出てきた。
お祖父様のフリースのパーカーで拭いておく。湿った?
わかりゃしないね!