13 クリスマス会
今日はいよいよクリスマス会。
お昼には終わってしまうから家族と一緒に帰ってランチをするらしい。
我が家はお祖父様とお母様がいらっしゃるから帰りにお祖父様の好きな料亭で会席料理を食べるんだって。
前世では会席料理なんて縁が無かったし、今は5歳だから会席料理なんて食べられるかな。
ちょっと心配。
登園すると衣装の入ったバッグを後ろのロッカーに置く。虎太郎君と翔君に挨拶をする。何だかすっかり仲良しっぽくなってしまった。
彼らの取り巻きも遠巻きで、近づいて来ない。寄ってこようとすると、虎太郎君と翔君がうるさいと言うから近づけないみたいだ。
彼らと仲良くすると、すみれちゃんのお母様が喜んでいるから、まっ良いか。
クリスマス会が終わればまた元に戻るだろうし、今日までの縁だね。
そんなことを考えてぼんやりしていたら虎太郎君が私の髪の毛をを引っ張った。
今日はダンスのために編み込みのおさげにしている。
おさげに顔を近づけてからお顔をあげた。
「お前、良いにおいがするぞ」
「はっ?におい嗅ぐのやめて!」
犬じゃないんだからにおい嗅がないでしょ!ほっぺたが思い切り膨らんだ。
虎太郎君は笑うと今度は手を引っ張った。
「ぼんやりしていないで行くぞ」
そうだ、更衣室で着替えないといけないんだ。慌てて後ろのロッカーから衣装バッグを持ってきた。虎太郎君が手をつないだまま行こうとする。周りの女の子から”いいなあ”という声が聞こえてくる。
「大丈夫、1人で行けるよ」
「先生が移動の時は手をつなぐように言ってただろ」
すみれちゃんを見ると特に誰とも手はつないでいない。すみれちゃんも翔君も笑いながら話している。私だけ?
「お前は色々覚えていないんだろう?先生に頼まれているからな」
「そうなんだ。ごめんね」
「イヤ、良いんだ」
そう言う虎太郎君の耳が赤い。
色々恥ずかしいお年頃なんだね。無理させちゃってるかも。ごめん。
大人しく虎太郎君と手をつないで更衣室まで行くとまた後でと別れてすみれちゃんと更衣室に入った。
虎太郎君と一緒にいるだけで仲良しみたいに見えるから気を遣うんだ。女の子達がコソコソ何か言ってるし。
先生に言われて面倒を見ているだけだから、それも今日までだから、と心の中で言い訳をする。ヤレヤレ。
着替えようと思って衣装の入っているバッグを空けると中にはただの黒いトレーナーが入っていた。
あれ?こんなの入れた覚えが無い。バッグを覗いて固まっているとすみれちゃんに声を掛けられた。
「愛梨花ちゃん着替えないの?」
「衣装忘れちゃったみたい……」
すみれちゃんがバッグ覗いての中から黒いトレーナーを引っ張り出した。でかい!
「これ愛梨花ちゃんの?」
首を振る。さすがに違う。こんなの着れない。大きすぎでしょう。もしかしてすり替えられた?
衣装バッグは幼稚園指定だから皆同じだし。
やられたかも。幼稚園でもこんないじめあるんだ。
32歳大人だしこんなことじゃめげないけどどうしよう。制服のままで踊るか、私だけ棄権するか…もしくは幼稚園にある衣装を借りるか?
取りあえず先生に相談するしか無いかぁ。
「すみれちゃん、ごめんね。衣装間違えちゃって、先生に相談してくるね」
「えっ!そうなの?」
職員室に行くと先生達は皆忙しそうだった。高島にトレーナーの上下持ってきてもらうかな?そんなの持っていたかな?
有香子先生を見つけて相談すると幼稚園の衣装は直ぐには出せないから取りあえず体操着に着替えて待っているように言われた。まっ体操着でもいいや。ロッカーから体操着を持って更衣室に行くとすみれちゃんが心配そうに待っていた。
「愛梨花ちゃん衣装あったの?何かクラスの女の子達がコソコソして怪しいの」
「大丈夫。今持ってきて貰うからそれまで体操着着てるね。着替えるの楽だから」
そっかぁ、クラスの女の子達がね。
でも幼稚園児だけでここまで知恵が回るとも思えない。大人も絡んでいるかもね。
愛梨花ちゃん、君は一体何をしてたんだ?小説ではもみの木の踊りはやっていないし、虎太郎君と翔君とも仲良くは無かった。
お話変わってきてるよ!愛梨花ちゃんは散々我が儘言ってたから嫌われているんだ。
大きなため息が出てくる。これは負の遺産だと思って受け止めます。ヤレヤレ。
着替えて外に出ると虎太郎君と翔君がすみれちゃんから事情を聞いている。
私を見ると虎太郎君がげんこつでコツンと頭を叩いた。
「ドジ」
「心配掛けてごめんね」
「間に合うのか」
翔君が聞いてきた。間に合うも何もないんだけどね。無いから!
「大丈夫。体操着でも出来るし」
「無理するな。あんなに衣装喜んでいたのに……」
翔君も意外に優しい。何かあったときに人の本性って出るんだね。皆5歳にしては思いやりもあるし大人だ。
「うん。ありがとう」
何だか胸の奥が暖かくなった。たかが衣装だけど大切な物を運んできてくれたよ。まずい、視界が曇ってくる。
「トイレ」
そう言ってトイレにこもった。レディらしからぬ言動をしてしまった。
トイレなんて叫んで、はしたない。反省する。
まっ良いか。5歳だしね。
後から知ったんだけど5歳は私だけだった。皆はもう6歳だった……
結局、衣装は無くて私だけ体操着で踊った。皆には気の毒がられたけど、別に気にしてはいない。体操着は1人だけだったのでめちゃくちゃ目立った。
お漏らししたのと間違われたらイヤだな。前世で妹を幼稚園に迎えに行くとそんな子がちらほらいたから。
出番が終わって控え室にいると龍一郎君と雪二郎君がやって来た。
あれ?どうしたんだろう?知り合いでもいるのかな?
クリスマス会が終わるまでは、控え室は保護者禁止だったはず。
泣く子がいるからね。
真っ直ぐに私の所にやって来た。もしやお漏らし疑惑?かけられた?
い、いやだぁ!!!
何故か虎太郎君と翔君が挨拶している。知り合いだったの?
「大丈夫か?」
龍一郎君がそう言って私の頭に手を置いた。思わずキョトンとしてしまった。お漏らし心配してるの?
雪二郎君が顔を覗き込んでくる。そこへ虎太郎君が口を挟んだ。
「愛梨花ちゃんドジだから衣装忘れたんだ」
おお、虎太郎君ナイスアシスト!
「本当かな?」
龍一郎君にじっと見られて目が泳いだ。32歳だから10歳には負けない。
真っ直ぐ見返して頷く。
「なら良いんだけど。皆心配してたから後でね」
「お漏らししたわけじゃ無いです」
私が真っ赤になって言うと2人とも笑った。
「了解」
「待ってるから後で会おうね」
雪二郎君が言う。
私が頷くと2人とも手を上げて行ってしまった。仲良し兄弟は健在だね。
そろそろ合唱の時間だ。先生が白いスモッグを持ってきた。皆衣装の上からかぶって、白いベレー帽をかぶると合唱隊に早変わり。行ってきます。
曲は”聖夜”この世界でも定番みたいだ。
クリスマス会が無事に終了して家族と合流する事になり、すみれちゃんとはお教室で別れた。ご家族とホテルのレストランでランチだって素敵!おしゃれ!
何故か虎太郎君に手を引かれて家族の元へ行く。翔君の視線が生暖かい。助けてはくれないらしい。2人で手をつなげば良いのに。
虎太郎君が言うには、虎太郎君のお母様がうちのお母様と一緒に見ていたんだって、さっき舞台の上からチェックしていたらしい。素早い。
合流するやいなやお母様が私をすみの方へ連れて行きこっそりと聞く。
「愛梨花ちゃん衣装はどうしたの?」
いつの間にか隣に来ていた虎太郎君が私が答えるよりも先に口を開いた。
「こいつドジだからわすれたみたいだ」
「まぁ虎太郎君、愛梨花ちゃんでしょう。ちゃんとお名前で呼びなさい」
虎太郎君のお母様がすかさず注意すると、虎太郎君は舌を出している。子供だね。
「さあ皆で食事に行くからな。話はそこでゆっくりしたら良い」
お祖父様の合図で皆一斉に移動しはじめた。お母様もそれ以上衣装のことを聞けなくなって、うやむやになった。ほっ!
お祖父様が気を利かせてくれたみたいだ。お漏らしはしてないからね!
龍一郎君と雪二郎君が横に来て花束を下さった。えっ!嬉しい。
私がお礼を言うと頑張ったねと2人で頭を撫でてくれた。今日の苦労が報われた気がする。
ところで皆で食事行くの?10人もいるよ!