101 いつか同じ土俵にたちたい。
「敬、少し話をしたい」
「龍一郎さん、ラウンジに行きますか?」
愛梨花ちゃんの部屋を出ると直ぐに龍一郎さんに言われてそのままラウンジへ向かった。夕食時のラウンジはガラガラで誰もいなかった。
アイスティーを頼むと窓際の席に2人で腰掛けた。太陽が沈んだ水平線はまだ明るく輝いていた。七月の日は長い。
小学生が2人でラウンジにいるなんて贅沢だな。そんな考えが頭をよぎる。
緊張して喉が渇いてからからだ。アイスティーが喉を冷やしながら身体の中に染み渡っていく。
きっと愛梨花ちゃんの事だ。龍一郎さんは僕の態度が許せなかったんだろう。無神経な言い方をしてしまったから。自然と握りしめた拳に力が入った。
「僕はそろそろ将来を見据えて人生の計画を立てていくつもりだ」
アイスティーのグラスを傾けながら龍一郎さんが口を開いた。
「人生設計ですか?」
思いがけない話題に戸惑いを隠せなかった。話したいことは人生設計なのか?
僕はまだ何も考えていなかった。両親も祖父も小学生のうちは好きなことをするようにと言う方針だからだ。
そうか、龍一郎さんは来年は中学生になるんだ。真剣に将来のことを考え始めているのか。確かに将来を考えて行動するのは為になる。父にもよく言われる事だった。
「君はまだ何も考えていないだろう?別に責めているわけじゃない。君の年なら当然だよ」
「はい、両親からも今は好きなように過ごしなさいと言われています」
「それでいいと思うよ。ただし、僕の邪魔はしないでもらいたい」
じゃま?
邪魔なんかした覚えはない。知らないうちに何かしたんだろうか?
龍一郎さんの真剣な眼差しが僕を射る。
「愛梨花ちゃんを傷つける事は許さない」
やっぱりその事なんだ。何も考えずに言葉が出てしまう事がある。ちゃんと考えてからじゃなきゃダメなのに。
「龍一郎さん。すみませんでした」
ただ頭を下げた。知らなかったなんていう言い訳は通じない。さっき見た愛梨花ちゃんは、声を殺して泣いていた。あんな風に悲しく泣かせたくはなかった。
「愛梨花ちゃんの記憶喪失については僕も詳しくは知らない。大人達が言わないことには理由があると思う。君の年には難しいかも知れないが、考えて欲しい」
「はい」
小さい声で返事をすると込み上げてくるものがあった。自分自身が不甲斐なかった。
この人にはかなわない。わずか6年生にして、将来を考え、未熟な僕に対しても怒ることなく指導してくれる。話していると遙かに年の離れた人生の先輩みたいだった。
僕は二年たったら追いつけるのだろうか?
どれくらい努力をすれば、同じ土俵に立てるのだろうか?僕は頷きながらも考えていた。
アイスティーの氷が溶けてコロンと音がした。
龍一郎さんは海を眺めながら僕に言う。
「わずか4ヶ月の間に2回保健室に行って、2回職員室に呼び出された。まだ入学したばかりだよ」
それを聞くと笑える。まるで問題児みたいに聞こえるからだ。
「その内2回は駿が迷惑をかけています。そして1回は僕が原因かと……」
思わず頭を掻いた。いやぁ~~殆ど我が家のせいじゃないか。
「それだけじゃないと思う。この10ヶ月間、愛梨花ちゃんはトラブルに巻き込まれ続けているからね」
「そんなに?」
その後龍一郎さんに聞いた話は驚く事ばかりだった。龍一郎さんの様子から、他にもまだありそうだったが、これ以上は話せないことなのだろうと察せられた。
「ああ、僕達は協力して守っていかないか?」
それは願ってもいない事だ。僕は守りたい。
「はい!」
龍一郎さんは立ち上がると右手を差し出した。
「これから、よろしく」
僕はその手をしっかりと握り返した。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
「さっそくだが、情報共有したい。弟が愛梨花ちゃんと同じクラスだろう。何かあれば僕の方にも連絡が欲しい」
この間のことを言っているのだとピンときた。愛梨花ちゃんが内緒にしてね。と言ってたことだ。少し気が引けるが、僕は頷くと携帯の連絡先を交換した。
それにしても、龍一郎さんは愛梨花ちゃんのお兄さんと同じクラス何じゃないか?僕がそれを言うと苦笑いされた。
「先生方にもどちらがお兄さんかわからないと言われているよ」
それはまた、ずいぶんな話だ。愛梨花ちゃんはそれでいいんだろうか?
さっき龍一郎さんに釘を刺されたばかりだ。いくら留学するとは言え、愛梨花ちゃんのお兄さんは、今回の旅行にも参加していなかった。
「そうなんですね」
曖昧に頷いて、その話はそのまま流した。いずれわかる事だろう。
「夕食はルームサービスにするらしい。僕達も一緒に食べようか」
「はいっ」
愛梨花ちゃんのことだ。部屋で皆で食べるのも楽しいに違いない。
暗くなった海を見つめながらこの人に少しでも近づいて行こうと決意を新たにした。
いつか、同じ土俵にたつんだ。




