国盗り
おびえる皇王の視線をよそに、町田は崩れ落ちている皇子の所へと歩み寄る。
周囲の騎士たちは息をするのも忘れて、その様子を視線で追いかける。
「まだ一発目ですからね。一応治癒しておきますね」
町田はそう言うと、皇子の頭を鷲掴みにして持ち上げる。
だらりと垂れ下がった皇子の体に付いた傷はみるみる塞がって行く。しかし、あらぬ方向を向いた手足はそのままで固定化されていた。
町田は、まるで小石でも投げるかのような手軽さで皇子の頭をサイドスローで放り投げた。
皇子の体はきりもみしながら金ぴかの騎士に向かって飛んで行く。
「ぐはぁっ!!」
「ボキィッ!!」
ヘイズ伯爵のうめき声と太い木の枝が折れるような音が広間に響き渡る。
「ぎやぁあああああああ!!」
甲高い叫び声を上げながら倒れ込むヘイズ伯爵。その背後の壁には皇子がめり込んでいた。
ヘイズ伯爵の体は、太ももの当たりから折れ曲がり、仰向けになってもがき苦しんでいる。
「大の大人が何です。そんな大声で喚いて。情けないですよ。そんなだから皇子もあんな風になるんじゃないですか?ねぇ。皇子。あれ?聞いてます?
……二発でそれは無いでしょ?あと10発ありますよ」
叫び声をあげるヘイズ伯爵を気にも留めず、壁にめり込む皇子を引きずり出し癒しをかける。
皇子の顔に深々と刻まれていた傷は、見る見る消えて艶やかな肌が現れる。しかし、陥没した頭頂部や右目、低くつぶれてしまった鼻などははそのままの位置で固定化されていた。
「男前になりましたねぇ」
そう口にしながらも、町田は無表情なままだった。
大きく腕を振り上げるとそのまま握りこぶしを皇子の顔面に叩き落す。
グシャリと言う嫌な音と共に周囲に鮮血が迸る。
「脆いですね。鍛え方が足りないんじゃないですか?って、気絶してます?もしもーし。まだ3発なんですけど」
そう言いながら癒しをかけ傷口だけを塞ぐ。皇子の顔は大きく陥没していた。
やれやれと言った表情でその顔を見下ろす町田の後ろで、変わらず喚き続けているヘイズ伯爵。
町田は皇子をその場に放り投げるとヘイズ伯爵に近づく。
「うるさいですねぇ。あなたの声は耳障りなんですよ」
そう言うと、ヘイズ伯爵の折れ曲がった腿当てを強く踏み抜く。すると、腿当ての中央から折れた大腿骨が突き出した。
「ぎやぁあぁあぁ!!!」
「ああ、大腿骨折れてるんですね。確かに大腿骨骨折は大人でも泣き叫ぶほど痛いって言いますもんね。まあ、知ったこっちゃないですけど」
町田は仰向けにのたうち回るヘイズ伯爵の横まで歩み出ると、足元にある彼の頭を勢いよく踏みつけた。
グシャッ!
鈍い音とともに、ヘイズ伯爵の叫び声が途切れる。周囲に飛び散る脳髄と肉片。
町田は、散らばったその肉片を執拗に何度も何度も踏みつけた。
「……や、やめてくれ」
恐怖におののいた周囲の騎士がしゃがみ込み、顔を隠しながら蹲って震えている。
町田は、足の裏についた血のりを床にこすりつけると、今度はその騎士の方へと近づいて行った。
「何をです?やられたことをやり返してるだけですけど……。自分たちがしたことわかってます?」
蹲る騎士の髪の毛を町田は自分の小さい手で掴み持ち上げる。
「ががぁ……」
うめき声とも悲鳴ともつかない声を上げながら、騎士は無理やり上を向かされる。その顔は恐怖に慄いていた。
「ウチの屋敷で何をしたのかも忘れたんですか?
父さんと母さんをあんな風にしたのは誰ですか?自分たちがやった事は棚に上げて……『やめてくれ』って?随分都合が良いですねぇ」
髪を掴んだ拳をそのまま持ち上げると、騎士の首はメキメキと軋み音を立てながら伸びてゆく。
「あ゛あ゛や゛め゛……」
涙を流しながら懇願する騎士を軽蔑の表情で見下ろすと、町田は髪の毛を掴んでいた手を離す。
「げほっ。げほっ」
咳き込みながら再びしゃがみ込む騎士に向けて、町田はボレーシュートの様な蹴りを打った。
「ボクン!」
軽快な音を残し吹き飛ぶ騎士の顔は、そのまま隣の騎士にぶつかって、あらぬ方向へと飛んでゆく。
ワンバウンド、ツーバウンド、何回もバウンドした騎士の頭が最後は皇王の前で動きを止めた。
「あぁぁぁぁ」
皇王は力ない悲鳴を上げるが、足は床と一体化し、腕は肘掛に固定されていて身動きが取れなかった。
「だいたい……皇王って何ですか?あなたの何が偉いんですか?何か特殊な能力でも?素晴らしい知識?それとも人格者なんですか?」
「ち……朕は……朕は……」
言葉にしようにも、歯の根が合わない。焦点も合わずガタガタと震えるだけだった。
「この程度のことで怯え慄いてるんじゃ、皇王どころかリーダーを名乗るのもおこがましいと思いますよ」
「た!たっ!たす……」
皇王の言葉を聞き、町田はあからさまに表情を曇らせた。すると、その様に皇王は言いかけた言葉を飲み込む。
「たす……なんです?まさか。助けろってことじゃないですよね?この期に及んで命乞いですか?あなたの無能が招いた結果でしょ?違いますか?」
怒りに満ちた町田の表情に気おされながらも、皇王は声を振り絞り言葉をつづけた。
「ほっ。ほっ……ほしい物を何でもやる。何が欲しい?金か?名誉か?」
「は? はぁ!?
……は、は、はははははははははははは!!」
皇王の言葉に疑問を投げかけた町田は、急に表情をやわらげ高らかに笑い始めた。
「かっ、かね。金なのか?褒章が欲しいのであろう?」
「はっはっはははははははははは」
町田は腹を抱えて笑い始める。皇王はその様子を見ながら安堵したように尋ねるが、その答えは返ってこない。
「はは」
突然止まる町田の笑い声。
ゆっくりと視線を上げる。と、その表情は子供には似つかわしくないほどの怒りに満ちていた。まさに鬼の形相と言うにふさわしいものだった。
シュッ!
町田が右手を皇王の方へ伸ばす。その手には瞬時に生成されたクレイモアが握られていた。クレイモアの切先は皇王ののど元に突き付けられる。
「なにいってんだ?お前は」
「ひっ!」
皇王だけでなく、その場にいた全員が息をのんだ。言葉とともに発せられる殺気と暴力的なまでの魔力。末席に位置する弱小騎士達はその魔力に充てられてその場で失神していた。
「そんなもんで俺が納得するとでも?馬鹿じゃないの?お前の財宝って、俺が作ってやってんだよ。それに、いまこの町にある財宝なんざ、数秒あれば作れるし。
やっぱり舐めてんな、お前。ふざけてるだろ?」
「ふ!ふざけてなどおらぬぞ。なんでも、何でもやろう。そなたの望むもの……」
「なら。俺の!!……」
『家族を返せよ。今すぐに』そう言いかけて言葉を止めた。
彼は痛いほどわかっていた。自分の軽率な行動が家族をあんな目に合わせたことを。
父からの忠告も、周囲からの制止も、何もかも理解することなくただ思うままに突っ走った結果がこの体たらくだということを。
その苛立ちを紛らわすように、クレイモアの切先で皇王の顔を切りつける。
「ぎやぁ!!」
深々と切り裂かれた傷は、開いたその場から閉じてゆく。血が流れるほどの間も明けず治癒されてゆく。
しかし、痛みは消えることなく皇王に刻まれる。
何度も何度も切りつけては治癒をする。
「た……たすけ……て」
何度も切りつけられ、皇王の叫び声は弱々しい命乞いに変わっていった。
「お前みたいな愚かな為政者のせいだ。わかるか?お前みたいな野盗上がりのクズはトップに立っちゃダメなんだよ!!!」
「たすけて。何でもやる。朕は何もいらぬ。この国もお前にやるからぁ……」
皇王の言葉は苦し紛れの言い逃れだったのだろうが、町田はその言葉に剣を下す。
周囲の者たちは町田と皇王をじっと見つめていた。




