第十三話 勝者と敗者
※残酷な描写があります
「いやぁ助かりました! 船員の治療までしていただいているようで、このペペ・パガン感謝いたしますぞ!」
「タクミ・ミナシロと申します。……貴方たちが無事なうちに駆けつけることができてよかったです。パガン船長」
パガン船長は五十代だろうか。口ひげを蓄え、頭は髪をなでつけている。恰幅の良い体で上等な茶色の外套を着ていた。握手をかわすとその分厚い手はマメでごつごつとしていた。やはりこういう手が船乗りの手なのだろう。いまはその服に多少の返り血がかかっている。船長が前線で指揮を執るはめになるほど追い詰められていたのだろうか。
俺は襲われていた商船に乗り移っていた。戦闘の終結後に、商船の船長がぜひ直接礼を言いたいということだったので出向いたのだ。ニーナは甲板の負傷者の治療を終えて、いまは船倉に運ばれたという負傷者を診にいってもらっている。イオとランスロットとゴメスが俺の周りを固めてくれている。キッカは変わらずニケ号だ。
「すばらしい魔法使いを四人もそろえる船とは豪儀なことですなあ! しかしあのような旗はみたことがない。いったいどちらのお国からいらしゃったんで?」
「はい、我々はニホン国より任務のため船出したところ、任務中に大きな嵐に巻き込まれこちらの海域までいつの間にか流されてきたものでして。いまは水先案内人を雇うことができましたので、一旦ガラエキアに赴くところです」
「なんと! それは災難でしたなあ! しかしそのおかげで我々は助かった。海神様のお導きとミナシロ艦長に感謝を。……それでですな、さっそくなのですが、捕らえた海賊どもと制圧した船の処遇を決めねばなりません。彼らをいかがなさいますかな?」
パガン船長が指で示す先には、縛り上げられた海賊が五十人ほど甲板に座り込んでいた。元は百人を超えていたが、戦いでここまで数が減ってしまったらしい。一番数が多いのは下っ端なのだろう、白い長袖のシャツにゆったりとした黒いズボンを着た男たち。幹部とおもわれるものはそれに上着とわずかに装飾品を着けている。ターバンをしているものもいた。彼らの人種的には一番多いのが肌の色の濃いヒト種で、ゴメスやパガンさんとは人種が異なるようだ。獣人も十人以上いる。獣人のなかには女性も数人いるようだ。どうやら命乞いをしているものがいるようだ。泣き叫ぶ声がここまで聞こえてくる。……言葉は同じなのか?
「そうですね。……我々はこのあたりの慣習には疎いのですが、海賊の扱いはどのようにしているのかをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「おや、そうでしたか! そうですなぁ。海賊を討伐したならば、その船と乗組員は討伐したものの戦利品という扱いになります。今回はミナシロ様がたのおかげで勝ちましたのであなた方に権利がありますぞ。連れて帰る余裕があるのならば奴隷として売り飛ばすもよし、その場で縛り首でもよし、ですな」
「奴隷か、縛り首……ですか。その、国に引き渡して罪を償わせるというのは?」
「罪を償わせる、ですか? それはいったいどのような形なのでしょうか?」
「刑務所……犯罪者を収監する施設などに送り更正するまで一定の期間を拘束する、とか」
「ふぅむ……? あの船といい、ミナシロ様はよほど豊かで余裕のある国からいらっしゃったのですかな? 我々の国では牢屋はありますが刑が決まるまでの一時的なものですな。拘束だけが目的と言うのは聞いたことがありませぬ。それに自国の民であるならばともかく、どこのものとも知れぬ海賊にただで飯を食わせて改心するまで養うことなどないでしょうなぁ。まして改心など期待するだけ無駄では? 口ではなんとでも言うでしょうがおおかたはまた誰かのものを盗むようになりますぞ。 ケイムショ、というものは知りませんが、どこぞには監獄として使われてる城があるとは聞いたことがあります。しかしそれも、貴族などの簡単に処刑するのが憚られるような方々の流刑地だと聞いておりますなぁ」
思わぬ形で海賊の処遇を迫られることになってしまった。海賊を刑務所に送れないとなると困ったな。単純に全員を殺してしまうのはあまりやりたくない。海賊の周りにいる商船の船員たちは憎しみの籠もった目で海賊を睨みつけ、時折殴りつけているものもいる。仲間を殺された人もいるのだろう。面倒見れないから無罪放免、なんてわけにも行かないよなぁ……。
「なるほど、そうでしたか……。それでは一番穏便な対処が奴隷として扱うことなのですね」
「……そうなりますなぁ。穏便というても海賊などであればほぼ鉱山送りでしょうが。おお! もしもあいつらを奴隷にして売るのであれば、わたくしどもにお任せしてはいただけませんか?」
「あなた方に? それはどういうことです?」
「実はわたくしどもはヒスパリスのトレピニョ商会の船なのですが、本業は奴隷の商いでしてな。この船にも南大陸から仕入れた商品の奴隷がたくさんおりますで、まとめて取り扱うことが出来るのですよ! 我々にお任せいただけるのならば、このたびのお礼も兼ねて高く買い取りますぞ!」
「おお! 提督、ヒスパリスのトレピニョ商会といえばでかいところだ! これは期待できやすぜ!」
パガン船長の船は奴隷船、だったのか。ゴメスの話しぶりからすると、この世界では当たり前に奴隷が取引されているようだ。この商船の甲板の下に、商品として取引される人々が乗っている……?
急激に得体の知れない悪寒が体を駆け抜ける。床下から無数の眼が俺を見ているような錯覚。
「鉱山奴隷、というのはその、やはり生存率は……?」
「そうですな。五年生き残るものは半分いればよいほうでしょうなぁ。まあそれほど消耗が激しいおかげで、我々も商売になるのですがね」
「そう、ですか。少し相談する時間をいただいても?」
「えぇ、えぇ! その間、わたくしどもは船を直しておりますゆえごゆっくりと」
少し混乱する頭を整理する時間が欲しかった。海賊という犯罪者。その彼らから守ったものは、人を売り買いする奴隷船だった。海賊はたくさんの船員を殺していた。見過ごすことは出来なかった。……では、この奴隷船に乗っている人々のことは助けないのか? しかし、助けてどうする。買い取る? 資金すらないし、いつか帰るつもりの俺はいつまでも彼らの面倒を見ることなどできないではないか。解放する? そもそも解放できるのか。彼らの帰りを受け入れる場所があるのかすら定かではない。なにも知らぬ俺がただ彼らを自由にしたとして、彼らはどうなるのだろう。それもただの無責任なのではないか? その独善的な行為に、どれほどの意味があるのだろうか? ……これは捕らえた海賊の処遇と同じ悩みだ。俺はなにかをやるには、まだこの世界を知らなさ過ぎたのだ。
……奴隷のことがここまで引っかかるのは、もうそれが遠い過去の話になっていた国から来た俺の青臭い感情論、なのだろう。そもそも俺はこの世界の奴隷がどういうものかよく知らない。地球の歴史上の奴隷貿易を知る身では、それは悪なのではないかという先入観が働いてしまう。しかしもし想像通りに奴隷が当たり前のように存在する世界だとしても、いったい俺に何ができると言うのか。この世界にいるのであろうたくさんの奴隷に手を差し伸べることなど不可能だ。まして、俺の目的……元の世界への帰還を目指すのならば、奴隷を救うことにまで手を広げることはどう考えても寄り道だ。悪い影響を及ぼすおそれすら容易に想像できる。
……俺は目の前の海賊はやっつけることができても、奴隷に手を差し伸べることは出来ない。俺のちっぽけな正義感など、この程度のもの。目に見える悪に、勝てそうだからとたまたま得られた力を振りかざしただけなのだ。この世界はゲームではない。単純な正義など、ありえるはずがなかったのに。
なんて無様なんだろう。俺はまだ、この世界の現実に向き合う覚悟がなかったらしい。そして艦の性能と従者の力に酔っていた。クラーケンを倒せるこの艦ならばと力に酔った薄っぺらい正義感で安易に行動し、その結果に向き合ったときにはまともに答えを出すことすら出来ない。これじゃあ、まるで子供だ……。しかし、俺はすでにその安易な選択で人を殺し、また大切な従者に人を殺させてしまった。
……あの海賊を見つけたときにこの商船を見捨てていたら、と考える。その場合はあのパガン船長たちは殺されていた。みすみすと目の前で助けられる人を見殺しにして、はたしてその後俺は……。そして、次にもし同じ状況になったときに、俺は一体どうすれば……。
いけないな、すでに済んでしまった選択に悩むなんて、逃避しているのか? きっと今、俺は混乱しているのだろう。まずはこれからどうするかを決めなければ。
「先ほどの戦闘の結果、どうやら俺たちは海賊たちと海賊船の権利を得たみたいだ。それで、どうするのがいいと思う?」
「幸いガラエキアまではもうすぐですし、アッシはトレピニョ商会に任せて金に変えちまうのが手っ取り早くていいと思いやすが」
「小官も同意見であります。将来的にはともかく今の我々には、数十人の奴隷を管理することはできません。元海賊ということは反抗の種を抱え込むようなものかと。……ただ、提督が迷っておられるのならば彼らの話を聞いてみては?」
ゴメスはやはり奴隷制への抵抗はほとんどないようだ。ガレー船の漕ぎ手に奴隷がいるという話をしていたから身近な存在なのだろう。ランスロットは俺たちの事情を考慮しているが、最後に俺の顔を見ながらそんなことを言った。迷っている……やっぱりわかるものなのか。俺は戦闘前はこの世界の流儀に従えばいいと思っていた。だが実際に数十人の命運をこの手で左右することになると、ためらいが大きい。
「そういえば海賊の船長は捕らえたんだったな」
「はっ。あの捕虜の先頭の男がそうです」
「話をしてみよう。ついてきてくれ」
座り込んでいるが、それでも体がでかいとわかる男だ。筋骨隆々で浅黒い肌をしている、凶悪な面相のスキンヘッドの男だ。何度か殴られたのであろう、髭に覆われた顔は腫れていた。周囲の下っ端から命乞いの声が起こるが無視する。奥にいる獣人たちは静かだった。すでに諦めているのだろうか。
「……なんの用だ」
「お前はどうして海賊をしていた」
「ああん? 金のために決まってんだろ」
「……どこの国からきた」
「どうでもいいだろうが! さっさと殺せ! あんだぁ? てめえ……さっきまでいなかったじゃねえか。はっ! こんな女の尻に隠れるようなモヤシにやられたのか俺は」
剣呑な気配を放つ従者たちを手で制する。俺が海賊と話しているのに気づいた商船の船員たちが、いつの間にか周りに集まって様子を窺っている。
「この船は奴隷を積んでいる。お前はそれを奪ってどうするつもりだったんだ?」
「はっ! 決まってんだろ! もう一度市場に売り飛ばすのさ! この船の奴らもまとめてなぁ! てめえらのおかげでパァになっちまったがな! おう、いまからでも俺と手を組めよ。取り分は半分やるからよぉ! そこの女をくれるってんなら今回のアガりは全部やってもいいぜぇ! ゲハハハハ」
こいつ……イオを見ながらそんなことを口走りやがった。周囲を囲んでいる船員たちからは激しいブーイングが海賊の頭に向けて飛んでいる。それはいつしか「殺せ!」「殺せ!」という大合唱になりつつあった。
「さてさて、ミナシロ艦長、いかがなさいますかな?」
いつのまにかパガン船長も来ていたようだ。右隣に立つパガン船長の左腰に提げるサーベルが目にとまる。従者たちが俺を見ている。俺の決断を待っている。この目の前の男には、責任を取らせる。そして俺も従者たちに戦いを命じたものとして、責任をとらなくてはならない。
「パガン船長。そのサーベルをお貸し願いたい」
「私の剣で船員の仇を討っていただけると? ふむ。……殺すのであれば、できれば見せしめと船員の恨みを晴らすために吊るしたいのですな。首を斬るのではなく、胴を突いていただくとありがたいのですな」
鞘ごと受け取ってサーベルを抜き放つ。先ほどの戦闘で使ったのかもしれない。わずかに血がついていた。抜き身のサーベルを男に向ける。
「ハン、手が震えてるぜモヤシのおぼっちゃんよぉ」
「……」
周囲の船員の殺せコールで異様な雰囲気だ。話を聞く限りこれが初めての海賊行為というわけでもないのだろう。あの海賊船をつかってどれだけの人を殺し、どれだけの人を売り飛ばしてきたというのか。コイツは救いようがない。そして、俺もこの戦いに積極的に参加することを決めた者としての責任は取らなければならない。従者にだけ直接戦わせて、俺だけが手を汚さないなど、そんな卑怯なことはできない。
意を決し、歯を食いしばって海賊の船長の鳩尾の下にサーベルを突きいれた。肉を突き破る嫌な感触。周囲からは歓声が起こる。
「浅ぇんだよ! クソ野郎が! ひと思いにやりやがれ!」
海賊の頭は目を見開き、俺を睨みあげながら罵声を飛ばしてくる。サーベルを持つ右手が震える。左手で柄頭を掴んでなんとかサーベルを押しこんでいく。血が噴き出す。サーベルを押し込むごとに顔が近づく男と眼が合う。血走ったその眼は俺を視線だけで殺せそうなほどの恨みをこめているのがわかる。口からは血が流れている。
「グッ……! けっ。呪ってやる! 恨んでやる! 地獄で、待ってるぜぇ……」
……どれくらい睨みあっただろうか。やがて男は頭を垂れた。死んだ。殺した。俺がこの手で。周囲の船員から上がる歓声がどこか遠くから聞こえてくるようだ。同時に、何か大切なものから遠ざかってしまったようないやな感覚がして吐き気がする。こんなことは、日本にいたこならば一生縁がないはずのことだったのに……。
サーベルを男の腹から抜くと前のめりに倒れてくる。サーベルに血が着いているが、気にしていられない。鞘に戻してパガン船長に返す。一刻も早く返したかった。
「お疲れ様ですな。この男はわたくしどもの船に吊るしてしまってもよろしいですか?」
「……はい。ただ、他のものに関しては、処遇をもう少し検討したいのでまだ命を取らないでおいていただけますか」
「感謝いたしますぞ。おい! やれ」
海賊の船長の死体の首に乱暴に縄がかけられ、商船のメインマストの一番下の帆桁に吊るし上げられる。少し足が甲板から離れたところで止められた。……商船の船員が死体を殴りはじめた。剣を突き刺すものもいる。……敵意と恨みを、仲間の仇を、彼の死体にぶつけているのか。
「ランスロット、ゴメス。すまないが二人で他の海賊を尋問してくれないか。海賊の船の中での立場を確認するくらいでいい。彼らの処遇の参考にしたい」
「了解しました」
「いいですぜ」
力を失い、垂れ下がっているだけの海賊の船長の体が傷つけられてくのを俺は見ていた。
……あれは、もし戦いに負けていたときの俺の姿なのだ。この光景を忘れてはいけないのだろう。安易な選択は、無謀な戦いは、きっと俺にあの未来を呼ぶのだ。
「あんたの恨みも、呪いも、しったことか。だが、あんたのことは自分への戒めとして憶えておくよ」
しばらくの間、吊るされ傷つけられていく名も知らぬ彼の姿を見ていた。勝利の歓喜などはない。この世界の厳しさを感じさせるその光景は、血の匂いと共に体にこびりついてくるような得体の知れない怖気を俺に吹きつけてくるようだった。
十二話からこの話は難産でした。やっぱり難しいものですね……。
そのうち全体的に改稿するかもしれません。




