本屋さん一肌脱ぐ
季節は秋。
ノガミ大学では毎年恒例の文化祭が開かれる季節である。
学生にとっては自分たちでイベントを進行するため学校に寄り付く組と、休校日として学校から離れる組に二分されるこのイベントだが、人魚書店の店主にとっては数少ない特別な日である。
「まったくもう……浮かれるのはいいけれど、そんな格好で仕事になるの?」
「だってしょうがないじゃない。今年の出し物はコレって約束しちゃったし」
奇抜なヘアースタイルをセットしている読子に傍らでくれははあきれてしまう。
文化祭の開催中、人魚書店では大学の漫研と協力しての古本市をやるのが定番になっている。
通常なら読子は呪いにより店を離れられないのだが、この時期だけは例外である。
「毎年思うけど、過去の私も良いことをしたのもね」
この古本市は十数年前、まだ人魚書店の学生アルバイトかつ漫研部員だった頃の読子が企画した催しである。
それ以降、読子が大学を卒業し魔女になっても、後輩達と読子の手で続いていた。
読子にかかっている呪いは「人魚書店から出られない」と言うモノだが、厳密には敷地内なら外に出ることが可能である。そして文化祭中はこの古本市のおかげで大学も一時的な敷地内とみなされていた。
「馬子にも衣装というか、珍獣というか……いつもと真逆なくらい注目の的じゃないか」
大学内を移動中、くれはが言うように読子は注目の的であった。
漫画雑誌のエンブレムを模した髪が前立てのようになっていたのもあるが、その奇抜なデコ盛りで目を引いた人々の目を離さないのは読子の美貌によるモノだった。
くれはも読子の素材がいいのは昔から認めているのだが、それにしても普段はいくら地味を装っていると言ってもまるでモテないのは不思議だなと常々思う次第である。
人魚書店から大学内のブースに移動するまでの数百メートルのあいだに読子は三人の男性に話しかけられていたが、それらの誘いを我慢しながら読子は一直線にブースに向かう。
「みんなお疲れさま。調子はどう?」
ブースである教室に入った読子は後輩達に声をかけたのだが、彼らのテンションは低かった。
聞くところ、古本市自体はそこそこの集客なのだが、この日のために用意した漫研合同誌がさっぱり売れていないそうだ。
毎年完売するようなモノでは無いとは言え、それにしても一冊も売れないのは読子も経験が無い。
「その様子だと手にとってもらえなかった訳でもなさそうね」
「どれどれ───って!!!」
されどのような本を書いたのかと一冊手に取ったくれはは赤面した。
「さすがにこれはマズいって。即売会じゃないんだから」
「わかってはいましたけど……でもこれを載せないのは損じゃないですか」
「イヤイヤイヤ」
合同誌の先頭四ページにはちょっとした問題があった。一人の部員が描いた短編漫画なのだが、その内容がボーイズラブだったのだ、
しかもただのボーイズラブではなく濡れ場のある十八禁な内容を直接描かずに俯瞰的に匂わせることでギリギリ一般向けに納めていた。少女雑誌の性描写ならオーケーかもしれなくても、文化祭のブースで売るにしては問題がありすぎた。
「確かに良い出来だけど、ここで配布するのはアウトだって」
これはマズいとくれはが指摘しても部員達は引かない。
オフセット本なので取り返しがつかないのもあるし、TPOがマズいと言われても構わない面白さを持っているという自信もあってのことである。
彼らは意地になっていた。
そんなくれはらのやりとりを、読子に惹かれてやってきた客達はざわざわと眺める。
岡目八目と言うことなのだろうか。俯瞰していた読子は外で騒ぐ人だかりを見て妙案を思いついた。
「ケンカはそこまで。せっかくお客さんが外にいるんだし、それは勢いで売ってしまいましょう」
読子の提案はこうである。
読子が男性を分断することで、合同誌の存在を女性にだけ見せるのである。
男女を問わず不特定多数の異性に囲まれた状態では恥美なモノを楽しみ辛いのだから、逆に異性を排除してしまおうという作戦である。
さっそくカーテンで仕切りを作り、簡易的な相談室を読子は作った。
「お集まりの皆さん。知る人ぞ知る人魚姫の魔女によるお悩み相談はいかがですか? 相談希望の方は男女に分かれて、ここにお並びください」
読子の台本通りに形成された列は狙い通りに読子狙いの男性が多く並び、そこにカーテンと一部の女子が壁になって、漫研合同誌がある一角はちょっとした女性しかいない空間になった。
その中にまばらに居る女子達に向かって漫研部員達は合同誌をプレゼンし、その内容に興味を持った女子達は次第にそれを手の取り始めた。
内容は自信があったこともあろう。徐々に調子づいてきたことで売上は伸び、ついに今年の合同誌は完売した。
ついで買いで過去の本も売れはじめたこともあり、夕方の終了時間の頃になると部員達はホクホクとしていた。
「本屋さん。今日はありがとうございました」
祭が終わり、人魚書店に戻った頃には読子はぐったりとしていた。自分がまいた種とはいえ半日以上ぶっ続けでお悩み相談をし続けたのだから無理もない。
打ち上げ会場である人魚書店の座敷に戻ると、読子は挨拶もそこそこにデコ盛りを乱しながら横になってしまった。
「ん……寝ちゃってた?」
「今日はお疲れさん。漫研の子達も本が完売して大喜びだったよ」
「さすがにあの人数を相手にするのはこたえたけれど、後輩のみんなが喜んでくれたのなら私も満足よ」
「でも良いのか?」
「なにが?」
「せっかくの外に出られる日だっていうのに、やったことはいつも店でやっていることをさらに忙しくしただけだぞ。学食すら寄れなかったじゃない」
「あ!!!」
一仕事を終えた満足感も、やり残した後悔を思い出すと吹き飛んでしまう。
楽しみにしていたあれやこれ、他の人にとってはなんてことのない日常の構成要素であっても、今の読子には非日常なささいな欠片達。
「ま、今日はコレでも飲んで寝ちまおうよ。私も付き合うからさ」
「くれは……アンタやっぱり良い子よね」
「まあ今年は真島とのこととかもあったし……って、やめんかこの馬鹿」
「よいではないか、よいではないか」
くれはが持ち出したのは、打ち上げで漫研部員達が飲んでいた安酒をジュースで割ったものの残りである。
引きこもりである読子にとって、値段よりもこういう他人の手作りが恋しい。
良いものは金を出せば通販で揃えられても、引きこもっていては手に入らないモノはたくさんあるのだ。
うれしさのあまり抱きついた読子は、くれはの大事なところをイタズラしていた。
この夜くれはは人魚書店にお泊まりしたのだが、彼女の貞操が無事であったかは本人と読子のみぞ知ることである。




