22 別れの曲
「姉上、一緒に笛を吹きませんか?」
ソラリスのレアルへの出立が間近に控えた日の春の夜、彼は横笛を持ってロゼを誘った。
ロゼは驚いてソラリスを見る。
ソラリスが横笛を吹こうとするのは本当に久しぶりだった。剣の稽古をはじめてからは、横笛よりも剣の稽古を優先していた。柔かかった彼の手は、今ではもう豆が何度も潰れ硬くなっている。
「……いいわよ。でもソラリスだけの笛も聴かせてくれる?」
そう尋ねると、ソラリスは頷く。ソラリスが自分だけで笛を吹くと言うのも久しぶりで、ああ、別れが近いのだなとロゼは思った。
横笛を手に取って、渡り廊下に出る。夜空には冴え冴えとした満月が出ていた。少しひんやりとした空気が肌を包む。
そっと笛に息を吹き込む。それを見て、ロゼの笛に合わせてソラリスが笛を吹く。音色は風に乗って遠くまで流れてゆく。旅に出た人を案じる曲だ。
1曲を吹き終えると、ソラリスがひとりで笛を吹き始めた。別れの曲だった。
色が見えるような鮮やかな音色。ロゼはその音色に聞き入った。伸びやかで色鮮やかな音色はロゼの心のなかにすっと入ってくる。胸が締め付けられるほどに苦しく美しい。ロゼは目を閉じる。
ソラリスと初めて会ったときのこと、一緒に眠ったこと、初めて笛を一緒に吹いたときのこと、他愛もないお喋りをしたこと、一緒に花を見たこと、様々な思い出が脳裏を駆け巡った。
そして、好きだと言われたことを、抱きしめられた力の強さを思い出す。
ソラリスは私に相応しい地位を手に入れるためにレアルに行くという。自分はどうすれば良いのだろうと思う。真っすぐ向けられた想いに、どうやって向き合えば良いのだろうか。
悲しげな余韻を残して美しい旋律が終わる。
ソラリスが真っすぐ見つめてくる。ロゼもソラリスを真っすぐ見つめた。
1年後に答えをくれと言われた。ソラリスは心からの想いを伝えてくれた。それならば、自分も真っすぐソラリスに向き合わなければならないとロゼは考えた。
ロゼはソラリスの手を取る。ソラリスは瞬きもせずロゼを見つめている。ロゼはふわりと微笑んだ。
「……待ってるわ、ソラリス。あなたの帰りをここで」
そう言うと、ソラリスがぐっとなにかを堪えるような表情になった。
本当は行きたくなどない。ずっと側にいたい。そう言ってしまいたい気持ちを抑えて、ソラリスは頷いた。
「待っててください……ロゼ」
それだけを言うと、花が零れるかのような微笑みをロゼに向けた。
ロゼはもう一度頷く。握った手に力を込めた。
薄い雲が少しかかって満月をそっと隠した。




