表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の傭兵SF冒険譚  作者: 戦慄の大根おろし
紅白
139/139

136_昼下がりのポーカーフェイス


 朝食を済ませても、スイートルームの中には果物の甘い香りと焼いたパンの香ばしさの匂いが残っていた。シズ曰く、ベラシオンのスイートで出される食事は全て自然食品らしい。

 地球じゃ当たり前だった食事も、この世界だと滅多にお目に掛らない貴重な体験だ。ゆっくりと堪能させて貰った。


「とても美味しかった」


「ボクもうここに住む……」


「滅多に食べれへん自然食品、食べ貯めんと勿体ない思たから張り切ったけど……うぷっ」


「お前ら食い意地張りすぎだろ」


 ゆっくりと堪能させて貰った……などとは到底言えない有り様だ

 食後の一服、とは言えない死屍累々。朝食を最低でも3周した女性陣は椅子の上でぐったりしている。細い体のいったいどこに入るのかと思い腹を覗くと、全員ぽっこりと膨らんでいた。それがマジで面白くて笑える。


『食後のお飲み物です。ポットもこちらにご用意しておきました』


「サンキューシズ、助かるよ」


『ミスター・オキタ、後は頼みます。私はミス・ハイデマリーを運びます。このままではきっと気持ち悪くなるでしょうから、お部屋に避難します』


「了解、あとはこっちでやっとく」


 シズが入れてくれたコーヒーを口に含む。ラビットⅡで飲んでいるモドキではない、匂いからちゃんと薫り高いコーヒーを飲む機会は本当にない。やってくれたハイデマリーには感謝しないとな。


 食べすぎでダウンしている2人は放っておき、大きな窓の前まで歩いて行く。

 窓の外にはデミエルの海が広がっている。夜には毒々しく見えたホテル群も、昼の光を浴びれば妙に上品な顔をしているようみ見えた。


「ザ・高級リゾートって感じだなぁ」


 全部が綺麗に見えるし、全部が安全そうに見える。目に入る情報だけなら、ここで暮らしたいといったエリーに大賛成だ。これで追われる身じゃなければどれだけよかっただろうか。


 とはいえ、相手が本気になるまで直前まで好き勝手する……ハイデマリーが言う、この環境を楽しむってのは俺も好きだ。


「にしても、ヴァルツと飲む店はどこがいいか……」


 飲み屋なんて行ったことがない。駐屯地のステーションやメリダ要塞には店はあったけど、出撃が無いときは待機要員として気軽に行けるような環境じゃなかったし。

 唯一記憶があるのが、連隊が終日休暇の時に、連隊長に士官用のラウンジに連れて行って貰ったことくらいだ。


「クラブにバーが一般的で……へー、コンセプトバーなんてのもあるのか」


「無難にバーでいいんじゃない?」


 端末を弄りながらソファに座ると、エリーがふらふらとやってきた。まだ食べ足りないのか、手には果物が乗った皿とフォークを持っている。果実を差し出されたのを手で制すると、少し残念そうな顔をした。


「さっきからそれ、置いたり持ったり忙しいね」


「そうか?」


「そうだよ。端末が女の子だったら、そろそろ勘違いしてるくらい」


「何だその例え。ただ、店選びって難しいんだと思ってな。飲み屋を選ぶって言ったのは俺だけど、こういうのに経験なくてちょっと困ってる」


 端末を横に置き、俺はサイドテーブルのカップに手を伸ばした。すっかり冷めかけたコーヒーを一口飲む。香りは良いが、温度が半端だと少しだけ残念な味になった。


「もしかしなくても、オッキーって遊び方下手くそだよね」


「うぐ……まあ、自覚はある」


「あはは! 別に責めてるわけじゃないよ? 忙しそうにしてたのは知ってるからね」


 エリーはそう言って、自分の皿に残っていた小さな果物をフォークで刺した。

 面白がっているようで、少しだけ様子を見ている。エリーはこういうところで妙に鋭い。


「昔の知り合いと飲みに行く、それだけなんだけどな」


「うん、分かるよ。ボクだって、久しぶりの知り合いと会うならちょっと浮かれるし」


「浮かれてるように見えるか?」


「うーん、ちょっと違うかな? なんかこう、タイムキーパーっていうの? 夕方になったらこうして~、夜になったらこうして~、店に行く前に一度連絡して~、みたいな。そういうところが、やっぱ真面目なんだなぁって思っちゃっただけ」


「あー……たしかに、遊びに行くってよりも仕事のスケジュール確認してるみたいだな」


「あはは、でも別にいいじゃん。それがオッキーなんだからさ」


 エリーは果物を口に入れて、何でもないことのように咀嚼している。正確かどうかで言えば、わりと正確だった。認めると調子に乗るので認めないが。


 ニカっと笑うエリーに何処か気恥しくなり、ふとリタに視線を向けると窓際で端末を見ていた。こちらの会話には入ってこない。入ってこないのに、聞いていないわけではないのが分かる。


 俺が見ていることに気付いたのか、リタは端末を閉じてこちらを見た。


「これからどうするの?」


「これから?」


「カジノ。行くって話だったから」


 朝食前にエリーが言い出した話か。夜のベラシオンは人も熱も多すぎるから、昼の間に練習がてら軽く遊びたいって話だったな。

 俺は自分の服を見る。ホテルが用意した高級っぽい服とは言え、さすがに今の格好で出る勇気はないな。


「着替えるか」


「昨日みたいなのじゃなくていいよ。昼だし、もうちょっと軽いやつで」


 リタが椅子から立ち上がりながら言った。


「軽いやつって何? オッキー分かる?」


「全然分からん」


「え~、マリーなら一発で分かるんだけどなぁ」


「俺にハイデマリー基準を求めるな。あんなのだけど、社会経験豊富なレディなんだからな。あんなのだけど」


「あんなのだけど! ま、いいや適当で。じゃあ着替えたら集合で!」


 そう言うと、エリーは楽しそうに笑って部屋に戻っていった。

 さて、俺はどんな格好をするのが正解なのか。リタに向かって首を傾げると、俺の服装を一度眺めてから静かに口を開いてくれた。


「シャツとジャケットでいい」


「分かった、そうする」


 リタの助言は短いが、迷う余地が少ない。忘れがちだが、こいつは元貴族のお嬢様だからな。こういう場で何を着れば浮かないか、リタは自然に分かっている。育ちなのか経験なのか、その両方なのか。そんなリタが言うのだから間違いない。


 俺たちはそれぞれの部屋へ戻り、外出の準備を開始した。


 部屋に備え付けられている巨大なクローゼットを空けると、ホテルが用意してくれている服が置かれている。白いシャツに薄手のジャケット。夜のカジノに行くようなかっちりしたものではなく、歩きやすさを優先した靴を合わせる。鏡の前で一度だけ肩口を払うと、昨日のスーツよりは随分気楽に見えた。


 廊下に出ると、先にリタが待っていた。

 淡い色のブラウスに細身のジャケット。飾り気は少ないが、素材がいいだけに立っているだけで目を引く。何より、リタはいつも姿勢が良い。意識して背筋を伸ばしているというより、余計な力が抜けた結果として真っ直ぐ立っているように見える。


 こちらに気づいたリタは、俺の襟元に視線を向けた。

 そして何も言わずに近づいてくる。


「どうした? 何か変なところでもあるか?」


 服の表裏間違っているとか? 思わず自分の身体をはたきながら見まわすが、変なところは見当たらない。

 リタは何も言わずに俺の襟に手を伸ばし、小さく折れていた部分を直してくれた。それから肩に付いていた糸くずを摘まんで指先で払う。


「うん、これでいい。今日もかっこいいよ」


「……おい、不意打ちはやめてくれ」


 反応に困るから。


「私はどうかな?」


「……似合ってる」


「ふふ、それだけ?」


「うっせ。……あまり目立つ格好するなよ」


「不器用なところも、オキタだね」


 ふわりと微笑まで付け加えて言われ、思わず天を仰いだ。

 リタはこういうことを何の気負いもなくやる。距離が近いとか、世話を焼いているとか、そういう自覚があるのかどうかは分からない。本人が必要だと思ったことを淡々とする。そういうところが妙に彼女らしい。


 少し遅れて、エリーが部屋から出てきた。


 明るい色の上着に、動きやすそうなフレアパンツ。昼のベラシオンにはよく似合いそうな格好だった。昨日カジノで取ったウサギのぬいぐるみは部屋に置いてきたらしい。代わりに小さなバッグを肩に掛けている。


「どう? 昼のカジノに連れて歩いても恥ずかしくない?」


 エリーはその場で軽く回ってみせた。トレードマークのポニーテールがふわりと舞う。


「リタもだけど、お前も何着ても似合うな」


「お、今日は素直だ。リタが何かやったの?」


「ちょっとね。あまり気の利いたことは言えないみたいだけど」


「俺が自発的に人を褒めないみたいに言うなよ。なんなら、お前らが羞恥で悶えるまで褒めちぎってやろうか?」


「え~オッキーには無理だよ、だって口下手なんだもん。褒める時に一回遠回りする癖があるよね、オッキーって」


「どうせ恥ずかしがって途中から何も言えなくなる」


「だよねー。ボクが今の格好を見せて、オッキーが『動きやすそうだな』とか言ったら、それはたぶん褒めてるんだろうけど、女の子相手だともう一声ほしいところだよね」


「分かる。オキタはそう言うところがダメダメ」


 女2人に挟まれるだけでこの有様だ、3人揃ったらどうなるか考えたくもない。

 エリーはそんな俺を見透かしたように笑い、俺のジャケットを指で軽く引いた。


「そっちも悪くないよ。昨日より気楽そうだし、今の方がオッキーって感じ」


「なら良かった」


「リタが直したから当然だよね」


「なんだ、見てたのか」


「見てたよ……仲良しだなあって」


 からかうように言われても、リタは反応しなかった。

 俺も反応しないことにした。反応するとエリーは喜んで続けるからな。


 途中ハイデマリーの部屋に寄って一声かけた後、3人揃ってスイートを出る。

 東棟最上階の廊下は、昨日の夜とは違う顔をしていた。壁の装飾も足音を吸う絨毯も、窓から差し込む昼の光で輪郭が柔らかい。清掃スタッフらしい人影が遠くに見えたが、こちらへ深く視線を向けることはない。

 見ていないのではなく、見ていることを悟らせないのか。高級ホテルの教育なのか、このホテルの事情なのかは分からない。どちらにしろ、俺たちは客として扱われている。今のところは。


 専用エレベーターに乗り、カジノフロアへ降りる。


 扉が開いた瞬間、音が変わった。


「昼間なのに、結構賑わってるんだな」


「リゾート惑星なんてそんなもんだよ。観光、飲酒、食べ物ときたら、最後はもうカジノしかないし」


 昨日の夜は、フロア全体が熱を持っていた。酒と歓声と負けた者の吐息が、天井近くまで積み上がっているような場所だった。

 昼のベラシオンは、もう少し薄い。

 カードを切る音、チップが重なる音。ルーレットが回る乾いた音に、スロットの電子音。どれも確かにあるのに夜ほど押し寄せてこない。


「けどアレだね。昼の方が、みんな上品に負けてそう」


「なんだそりゃ」


「分かんない? 夜は派手に勝ちたい人、言っちゃえば余裕のない感じの人も多くいるけど、昼は負けるにしても綺麗に負けたい人がいる感じ。昼からカジノに居るんだし、今の方がクレジットに余裕のある人が多いのかもね」


「エリーってたまに鋭いというか、周りよく見てるよな」


「ボクはいつも色々見てるよ。オッキーがボクを見てないだけ」


「んなわけあるか。リタはどう思う?」


「夜の方がギラついてるのは、それだけ変な連中が多いからだと思う。そんな連中は今は寝てるんだろうね」


「ふーん、2人とも同じ意見なのか」


 遊びに来ているのに、見るところが俺とあまり変わらない。そう思ったら少し可笑しくなった。

 リタはリタの見方で、エリーはエリーの見方でこの場所を見ている。俺だけが特別に警戒しているわけではなく、二人とも自分なりに拾うものを拾っている。心強いことこの上ないね。


「じゃ、ポーカーでいいか?」


 俺が聞くと、エリーが軽く手を上げた。


「賛成。昨日のバカラはマリーの領域って感じだったし、ボクたちはボクたちで遊ぼう」


「リタは?」


「勿論やる」


 リタの返事は食い気味に早かった。

 やべーぞ、リタのやつ本気だ。エリーもそれが分かったのだろう、ひりついた感覚に苦笑いを浮かべている。


 ポーカールームは、フロアの中でも少し落ち着いた場所にあった。派手な音楽は控えめで、テーブルの上だけが明るい。緑のフェルトの上にチップが置かれ、ディーラーの手が規則正しく動いている。


 案内係に三人だと伝えると、少し待った後でキャッシュゲームの卓へ通された。


 同じ卓には他の客もいる。身なりの良い男、年配の女性、旅行客らしい若い二人組。軽く会釈し、チップを広げて席に落ち着く。

 エリーはチップをざっと積んでいる。高さは揃っていないが、どこに何枚あるかは自分で分かっているようだった。

 リタは逆に、必要な分だけを綺麗に分けて置く。俺はその中間くらいのつもりだったが、リタの並べ方を見ると自分の前だけ少し雑に見えた。


 2枚配られたカードを自分にだけ見えるように確認する。

 それほど悪くないが、強く出るほどでもない。こういう手は面倒だ。降りれば楽だが、降りるには少し惜しい。


 隣に視線を流すと、エリーがカードを見ていた。一瞬だけ目を細め、すぐに元の表情に戻す。

 分かりやすくて助かる……いや、分かりやすく見せているのか? 目が合うとにこりと笑顔を浮かべられた。

 よく考えろ俺、エリーは腹芸するような奴だったか? いいや違う、エリーは単純明快なはず。明るい声で笑い、少し大げさに肩をすくめ、軽い言葉で場を転がす。


 などと、俺以外なら引っかかるだろう。

 コイツはこう見えて案外腹黒い。真正面から飛び込んでいるように見えて、相手が目を逸らした瞬間に懐へ飛び込んでくる強かな奴だ。


 つまりエリーの手は―――弱くはないんだろ、降りてないし。


 そのエリーがチップを押し出した。


「じゃ、まずはこれで」


 言い方は軽いが、置いた枚数は軽くない。


「様子見もなく勝負か」


「様子見って、見るだけじゃつまらないでしょ? ギャンブルは楽しまなきゃ」


「お前にしてはもっともらしいことを言うな」


「ふふん、ボクは間違ったことは言わないからね」


 エリーは笑いながら他の客の反応を見ている。

 こういうところだ。自分が話題になっているように見せかけて、相手の目線や手元を拾っているヤラシイ奴だ。


 そんななか、リタが静かにチップを置いた。


 そこに言葉はない。カードを見た時もチップを置く時も、表情はほとんど変わらない。ただ、チップを摘まむ指が一度だけ止まったのは見た。迷ったのか誘ったのか、俺にはまだ分からない。


 俺もコールしたあと、ディーラーが場に3枚のカードを開いた。

 それを見た俺はゲームを降りた。勝てない勝負をするにはまだ早い。


 結局、最初のゲームはエリーが獲った。


 更にそこから数ゲームが続く。


 エリーは視線だけで卓の上を一周する。

 リタはカードではなく、他の客がチップを置く手元を見ていた。

 俺はその二人を見る。知らない仲じゃない以上、ポーカーは自分の手札以上に相手の癖を見るゲームだと俺は思う。


 リタは大きく崩れない。強い手で派手に勝つというより、相手が雑に置いた分を静かに拾っていくタイプだ。負けても次の手には何も持ち越さない。たぶん、リタの中では一手ごとに区切りがあるはずだ。


 リタとは違い、エリーには波がある。

 あっさり降りたかと思えば急に乗ってくる。軽口を叩きながら、勝負所だけ声の温度が変わる。本人に聞けば勘だと言うだろうが、俺にはそれだけには見えない。


 俺はと言えば、そこそこだった。勝ちもするし負けもするから、結果手元に残ったチップは大きく動かない。自分でも少し硬いやり方だとは思う。

 けどゲームの楽しさは十分感じている。ポーカーは何を持っているかだけでは決まらない。何を持っていそうに見せるか、何を持っていないように見せるか、相手に何を信じさせ、疑念を抱かせるか。そういう面倒なものが積み上がっていくのも嫌いじゃない。


 嫌いではないが、今日の俺はどうにも判断が半拍遅い。

 内ポケットに入れた端末が震えた気がして、つい視線がそっちに向かう。


 懐の端末を見て確認するが何も来ていない。画面を確認する前に気づいたのに、結局見てしまった。


「4回目」


 右からリタの声がした。


「何がだ?」


「端末を見るのが。集中できないなら、そろそろチップを刈り取るから」


 物騒なことを言うリタ。

 左では、エリーがチップを二枚重ねながら笑っていた。


「ボクは3回まで数えてたけど、リタの方が見てたね。ねえオッキー、賭け事中に別の待ち合わせを気にするのは良くないよ。あんまり強くは見えないから」


「待ち合わせを気にしているわけじゃない」


「じゃあ、ヴァルツの返事を待ってるだけ?」


「それ、同じ意味だろ」


「うん。だからそう言ってるんだよ?」


 エリーは悪びれない。

 言ってくれるじゃないか。俺は端末を伏せ、テーブルの端に寄せた。


「いいぜ、真っ向勝負だ」


 エリーが少しだけ口元を緩める。リタは何も言わず目を伏せた。

 観察していたのは俺だけじゃなかったようだ。


 次の手が配られた。

 この時点でワンペア、悪くない。場次第では十分勝負になる。


 エリーは最初から降りる気がなさそうだった。リタは相変わらず読めない。他の客も何人か残っている。

 フロップが開くと、俺の手は良くなった。ターンでさらに良くなる。もう降りる理由はない、俺はチップを前に出した。


 その瞬間、エリーの視線が俺の指先に落ちた。


「オッキーの手は強いね、分かりやすいよ」


「……どうかな?」


 なんで分かる、と出そうになったのを吞み込んだ。


「ずっと見てたけど、オッキーは迷ってる時はチップを揃えてから出すんだよね。なのに今は揃える前に出した」


「たまたまだ」


「フフン、そういうことにしてあげる」


 言いながら、エリーはコールした。


「コール」


 リタもエリーに続いた。

 年配の女性が少し考えて降り、若い旅行客の一人も降りた。残ったのは俺たち三人と、身なりの良い男だけだった。


 リバーが開いたところで、俺の手には強い役が出来ている。ここは大きく勝負する所だ。

 場を眺めていると、男がチェックした。エリーもチェック。リタが少しだけチップに触れ、そのまま置いた。


 リタがここで打ってくる理由は何だ? 強いのか、それともブラフか。どちらもある。エリーは横で静かにしている。さっきまでの軽さが無いだけ、これもまた面倒だった。騒いでいるエリーより、静かになったエリーの方が読みにくい。


 俺はコールした。降りる事は考えない。

 男は降りた。これで残りはエリーだけだ。


 エリーはしばらくチップを指先で弾いていたが、やがて同じ額を置いた。


「―――やる、勝負だ」


 妙に落ち着いた声だった。


 ショーダウン。


 まず俺がカードを開く。悪くないだろう、そう思ってエリーを見ると、俺の手を見て肩をすくめた。エリーは俺の手を見て、肩をすくめるとカードを伏せた。勝てないと判断したらしい。

 負けてもあまり悔しそうではない。むしろ、こっちの反応を楽しそうに見ている。


 最後にリタがカードを開いた。

 それを見た俺は一拍遅れて、自分の負けを理解した。


「マジか!?」

「うわーお、凄いねリタ」

「運ゲーだね」


 ディーラーがチップをリタの前へ寄せる。リタはそれを静かに受け取った。表情はあまり変わらない。だが、積み直す指先だけが少し丁寧だった。少しだけ得意げなのが腹立つ。


「リタ、今の最後で来た?」


 エリーが聞く。


「ターンで待ってた。で、リバーで揃った」


「それをそのままの顔でやられるの、けっこう困るね」


「顔は関係ない」


「あるよ! ものすごくあるって!」


 エリーは笑って、自分の減ったチップを見た。


 そこからもしばらく遊んだ。


 大勝ちするでもなく、大きく負けるでもなく、チップは増えたり減ったりを繰り返した。エリーは途中で一度、誰も乗ってこないような手で場をさらい、得意そうにグラスを傾けた。リタは静かに勝ち分を積み上げ、俺は少しずつ懐を軽くした。


 だけど、不思議と悪い気はしなかった。


 時間の経過と共にフロアの照明は少しずつ夜の色へ寄っていき、客の声も厚くなっていった。昼の余裕が薄れ、その下から昨日見た熱が顔を出し始める。


 そろそろ止めるかとチップを換金した時、最終的に勝っていたのはリタだった。

 エリーはほぼ元通り。

 俺は少し負け。納得はしていないが、認めるしかない。


「またやろうね」


 ポーカールームを出ながら、エリーが言った。


「ああ、勝ち逃げされるのも癪だしな」


「次も勝つ」


 リタが当然のように言う。


「少しは遠慮してくれ、お前が本気になったら本当に読めないから」


「勝負だから無理」


 リタはそれだけ言って、換金したチップの控えをしまった。

 エリーはその横で、まだ少し高揚した様子でカジノフロアを見回している。勝ったわけでもないのに楽しそうだった。

 たぶん、今日のエリーは勝ち負けで遊んでいたわけではないのだろう。

 エリーは場が動くのが好きだ。人が考え、迷い、少しだけ本音を漏らす瞬間を待ってる。リタはその逆で、余計なものを削ぎ落としていく。二人とも同じ卓に座っていたのに、見ているものが違う。


 今日はそれがよく分かった。

 そして俺が二人を見ていたのと同じだけ、二人も俺を見ていたことも分かった。そう思うと、負けた理由も少し分かる気がした。


 胸ポケットの端末が震えた。今度は見間違いじゃない。

 久しぶりに会えるのを楽しみにしている、そんな内容だった。軍務認証付きの文面なのに、書いている本人の雑な笑い方が浮かんでくる。


 俺は返信を確認し、端末をしまった。


「来た?」


 エリーが聞く。


「ああ。そろそろ出ないと遅れる」


「じゃあ、そろそろ部屋に戻る?」


「そうだな。俺も一回着替えてから出るよ」


 エリーは頷き、少し先を歩き出した。リタがその隣に並ぶ。

 エレベーターを待つ間、リタはフロアの人混みを見ていた。


「遅くなるなら、短くていいから送って」


「分かった」


 リタは満足したのか、それ以上は言わなかった。

 エリーはエレベーターの扉に映る自分の姿を見ながら、髪を軽く整えている。俺が視線を向けると、鏡越しに目が合った。


「飲みすぎたら迎えに行ってあげるね」


 言葉の代わりに肩を竦めて応えると、何が不満だったのか目を逸らされた。


 エレベーターに乗り込むと、昼のカジノの音がゆっくり遠ざかった。


 スイートに戻り、俺は夜用の上着に替えた。昼より落ち着いた色のジャケット。選んだ店の雰囲気が落ち着いた様子だから、浮きすぎない程度の格好にしておく。

 腰と内ポケットの携行品を確認、こういう習慣はなかなか抜けない。必要なものがあるべき場所にあることを確かめるだけで、少し落ち着く。


 リビングに戻ると、エリーはソファの背に肘を乗せてこちらを見ていた。


「お土産よろしく~。なかったらホテルの売店でもいいから」


「あー、まあ、考えとく。期待すんなよ?」


「するよ、せっかくなら美味しいのお願い。リタは?」


「甘いやつ」


「何か食べたいならルームサービス呼べよ、タダなんだからさ」


「分かってないなぁオッキーは。客の要望は育つんだよ?」


「商人みたいな発想だな?」


「マリーの近くにいるからね、受け売りだけど」


 笑うエリーに苦笑を返すと、笑みが深くなった。こんにゃろうめ。


 窓から入って来る夕方の光はもうほとんど沈み、ガラスの向こうではベラシオンの外灯が一つずつ灯り始めている。リタは俺がドアに向かうのを見て、短く言った。


「定時連絡は忘れないで」


「大丈夫だ、ちゃんと送る」


「短くていいから」


「了解」


 俺はドアの前で一度だけ二人を見る。

 エリーは片手を振った。リタは何もせず、ただこちらを見ている。


「じゃあ、ヴァルツに会いに行ってくる」


 そう言って、俺は夜のデミエルへ向かった。


閑話の筈なのに書きたい描写が多くて文量が多くなります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ