116_ラビット商会の健全な海水浴
―――リゾート惑星デミエル
―――ラビット商会専用小島・岸リゾート区画
海は青かった。
空も青かった。
そして目の前では、エリーが水着で暴れていた。
活発そうな見た目にぴったりなスポーツタイプのビキニを着込み、頭には水中眼鏡を付けている。馬子にも衣裳、海が魅せる魔法ってやつなのか。ただのガキンチョだと思っていたが、案外女の子らしい体格をしていることがよく分かる。
「うおおおおおおおおおおおオッキー!!」
見た目と行動は全く一致してないが。
砂浜を爆走していた小柄なエルフが、両腕を広げたまま突っ込んでくる。目元口元は吊り上がり、その目には凄く邪な光を宿している姿は、完全に獲物を見つけた捕食者のそれだ。この顔をしたアイツに何度苦しめられたことか。
俺は即座に反転して、全力で砂浜を駆けだした。
「待てえええええ!!」
「おい待て、お前が待て!? 何をするつもりだ!?」
くそったれ、初動が遅れたせいで完全に俺が不利じゃねぇか! 肩越しに振り返った時には、まるで捕食者のように両手両足を広げて飛び掛かって来る姿だった。
「待~たないっ!」
ドンッ。
軽い身体が思い切り背中にぶつかってきた。転びそうになるのを踏んばると、そのまま細い手足が身体に巻き付いて来た。
「うおっ……!」
「ヒャッホー!!」
完全にぶら下がり状態だ。衝撃さえ逃がしてしまえば、あとは想像以上に軽い。うるさいのは通常の3倍ほどあるが。
「危ねーって!」
「転んでも砂だから平気だって!」
「重いから降りろ!」
「このまま海いこ、海!」
頭をペシペシと叩いて来る。人の話を聞くつもりがねぇ。
というか、こいつ自分が今どんな格好してるのか分かってるのか? 水着だぞ? 肩も腹も足も丸出しだ。普通に肌色が多くて緊張しそうになるんだから止めろよ、色々当たってんだよ。
「エリー、それはダメだよ」
落ち着いた声が後ろから飛んできた。
振り向くと、釣り竿を持った金髪のエルフが二人並んで立っている。アレンとエレンか、助かった。バカの保護者が来てくれた。
「人に飛びつくのは危ないよ」
「そうだね、危ないね」
アレンとエレンが頷いている。
そうだろうとも。お前たちはまともだろう。
……待て、こいつらが真面だったことがあったか?
「だから」
エレンが続けた。
「水に入ってからにしよう」
アレンも頷く。
「そうだね」
エリーの目が輝いた。
「なるほど!」
「なるほどじゃないが!?」
即座に突っ込んだ、その瞬間だった。身体がふっと軽くなる。
いや違う。身体が浮いてる!?
「おい……おいおいおい!?」
足が砂から離れている。蒼く光った手を翳している双子を見て、何が起きているのかを理解した。
「お前ら馬鹿か!?」
P.Pを使った念力だ。足をバタバタさせてみるが何も効果はなく、ふわふわと舞って2m程宙に浮いた。
「さあ、向こう側の水深は十分だよ!」
アレンが指をさす。
「着水地点も安全!」
エレンも指をさす。
「「じゃあ行こうか!」」
二人が同時に笑った次の瞬間。
「ラビット1,スプラーーーッシュ!」
俺の胴体と首、叫ぶエリーの足と腕がガッチリ掴んだのと同時に、身体が水平にぶっ飛んだ。
「お前らァァァァァァァァァ――――!!」
アホみたいな速度で視界が流れた後、頭から水中に突き刺さった。
盛大な水柱が上がったであろう衝撃の後に、塩水が鼻に入ってくる。あーもう、めちゃくちゃだ。
海から顔を出すと、まだ背中に引っ付いているエリーが大笑いしていた。
「アッハハハ!! 飛んだ飛んだ!! 今の凄かったね!!」
「危うく海底で愉快なオブジェになるところだったぞ!」
砂浜に目を向けると双子も笑っていた。双子だけじゃない。全員ビール瓶を片手に何か囃し立てている。ハイデマリーに至ってはビーチチェアから落ちたのか、地面を叩きながら笑ってやがる。あんにゃろう、もう一回沈めてやろうか。
「綺麗に飛んだね! 次は回転もサービスして貰う?」
「余計な工夫すんな! ……おい、岸までタダ乗りするつもりか?」
「うん! らくちん!」
お互いほぼ裸なの気付いてないのか? 相変わらず距離感バグってるな。
なんか俺だけ意識しているだけで腹立って来たが、こいつ相手に『ドキドキ☆気になるあの子とリゾートでムフフなあ・そ・び♥』みたいな展開を期待する方がどうかしているか。アンドーと徹夜で予習した内容は都市部に行った時に活かそう。不詳オキタ、エロ解禁します。
「おーいオキタ! お前もこっちで飲め!」
岸に辿り着いてからエリーを一本背負いで砂に沈めた後。俺を呼ぶ声に振り返ると、ビーチパラソルの下でアンドーがグラスを掲げていた。昼飯前だというのに琥珀色の液体を身体に注いでいるようだ。
「ヒーハー! 昼間から飲むビールうめーーーー!!」
フリル付きビキニのハーフリングが、ビールジョッキを片手に口元に白髭を付けて笑っている。見た目がアレなせいで若干犯罪集を漂わせている。
……指摘すると蟹股でオラついてきそうだから黙っておこう。
それにしてもペース早いなこいつら。着替えてからまだ30分も経っていないだろうに、この短時間で瓶が3本も地面に落ちている。
「おらアンドー! どんどん注がんかい!」
「ガハハハッ! ハイデマリーもご機嫌じゃな! 普段からこれくらい儂に付き合ってくれりゃいいものを!」
「普段は忙しゅーてな、堪忍してや! 完全オフな今日はとことん付き合うでぇ!!」
「ほれ、オキタもグラスを持て」
渡されたグラスを持って敷かれていた茣蓙の上に座ると、間髪入れずにハイデマリーが悪い笑顔でビールを注いできた。
「「「乾杯!!!」」」
口の中で弾ける炭酸! キレを感じる喉越し!
「っ、うめぇ~~~~~!!」
夏空の下で飲むビールは最高だ。海水浴には必須、もう人間に流れる血くらい必要だと言ってもいい。あぁ、この瞬間の為に生きてるよ……。
「オキたんもほれ、そんなちっこいグラスやのーて、瓶丸ごと行かんかい!」
「あざっす、キャプテン・ハイデマリー。頂きます!」
止まらない。一度口にしたら次が欲しくなる、喉の渇きを潤すためにはビールを体へ注がなければ。あれ、近くに栓抜きが無いぞ。
「ほれ、貸してみろ」
アンドーに渡すと、キュポンと音を立てて指で栓を外してくれた。筋肉モリモリマッチョマンの見た目通り、馬鹿力極まっている。
「ヒュー! アンドーパネェェェェ!」
「そう褒めるな商会長。真の男に栓抜き何て不要なだけさ。なあ、オキタ君?」
「筋肉ゴリラめ。ちょっといい体つきしてるからって、これで勝ったと思うなよ!」
「オキたんのその腹筋は見せ筋かぁ? けどウチ女の子やから栓抜き必要やもんねー。アンドー、ウチにも一本頂戴」
「ほいっとな」
全員新しい瓶を持ち直した所で、アンドーが瓶を掲げて一言。
「尻に乾杯」
「ンほっ、ゲホッ! アンドーお前、ハイデマリーの前で何言ってんだよ!」
「うひひ、無礼講っちゅーことや。腹筋に乾杯」
もうだいぶお酒が回っているのか、頬を赤く目をトロンとさせた酔いどれがビール瓶を掲げてアホみたいな宣言をしている。その視線が何故か俺の腹に向いている気がしないでもないんだが、気のせいだろうか。
「ほれ、お前さんの性癖はこの間の飲み会後にもう開示されたんだろう?」
「ほれぇ! はよ乾杯の挨拶言わんかい!」
二人がニヤニヤと笑っている。
俺は瓶を掲げて叫んだ。
「おっぱいにかんぱい!」
やけくそで一気に飲み干す。すると案の定、二人は腹を抱えて笑いだした。本当にろくでもない連中だな。
「―――で? おっぱい星人よ」
「その言い方やめろよ!」
「何隠してんねん、夜な夜なりーさんの××××」
「お前は少し黙ろうか!?」
「んー! んーー!!」
とんでもない事を言いだそうとした口を塞ぐ。アンドーも腹抱えて笑ってる場合じゃねぇよ!
腕の中で暴れていたハイデマリーに脇腹をわさわさと触られた所で目を向けると、少し涙目になった顔が目に入った。やべ、やりすぎた。
「―――ぷはっ、あー苦しかった。酷いでオキたん、ホンマの事やろ」
「言っていい事と悪い事があると思うけどな?」
「おっぱい星人なんはホンマのことやん。目の前にウチという美魔女がおんのに、ちっともヤラシイ目向けてくれへんし」
ハイデマリーが美魔女だ? 頭のてっぺんから足先までを視線を這わせるが、どこからどう見ても女児にしか見えない。これにヤラシイ視線を向けるのはちょっと……なぁ?
「ちょっとくらいエロい視線向けてくれんと、ウチかて傷ついてしまうわ」
「お前をそんな目で見たら俺が終わるわ」
「あー! 今オキたんが種族差別した! ハーフリングが好きっちゅー奴も多いのに!! ウチのオトンもヒトやねんで!」
「ヒトの業が深い……」
「ま、ウチのオトンは短槍らしいから。それが原因かもな」
「「ぶほっ」」
思わず口に含んでいたビールを吹き出してしまった俺とアンドー。コイツ、実の父親に向かってなんてことを……俺が親父さんなら血涙流して立ち直れないぞ。
「っちゅーか、どうせオキたんは死ぬまでウチと一緒なんやし、実質ウチと結婚しとるようなもんやろ。ちったぁウチにも飴ちゃんくれへんと酷いで?」
「何じゃとぅ!?」
アンドーの首が高速で左右している。
「あー……まあ、契約上はそうなってるな」
「ナニィ!? オキタ、お前さんマジか!? ワシ聞いておらんぞ!?」
「ウチとオキたんの契約やしな。アンドーに教えてないんは当然やろ」
ゴクリ、と喉を鳴らしたアンドーが震える腕で俺を指差してきた。
「人の業!!」
「辞めろ! そんな目で俺を見るな!?」
俺だって初めて会ったハイデマリーと、ほんの数日一緒に居ただけで生涯契約を結ぶのはちょっと重いな、とかは思ったさ! けど悪い奴じゃないのは分かったし、色々抱えてた俺をそのまま受け入れてくれるって言われたらさ、サインしちゃうだろ!?
「セクレトの嬢ちゃんやリタの奴だけだと思っておったが、まさかマジモンの契約書を持っとる奴がおるとは思いもよらなんだ」
「うひひ、そこらはマリーちゃんの作戦勝ちやね。雛鳥みたいな目しよったから、こりゃ幸いと啄んでしもた」
「お前あの時そんなこと考えてたのか? 俺、結構ショックなんだが……え、マジで?」
「そう言わんとってよ。でもオキたん、ウチと一緒で楽しいやろ?」
酒が回ってぽやぽやになっているハイデマリーが、俺が心底そう思っていると確信しているように尋ねてくる。そんな雇い主に返す言葉は、付き合い初めから今まで何も変わらない。
「ああ、楽しいぞ。ここから居なくなるのは、正直考えられないくらいだ」
「―――うぉおおおおおお! オキたんサイコーーー!!」
「だから何でお前らそうやって、、、って、抱き着いて来るなぁ!?!?」
エリーといいハイデマリーといい、何で今日に限ってこんなに距離感バグっているんだ!? 肌面積考えろよ! 破廉恥な真似許さないお姉さんキャラは何処へ行った!?
「こ、この腹筋……流石ウチが目を付けただけはある! やるやんけ!」
「おま、人の臍周りをわさわさすんなよ!」
「へへ、ニイチャンええ身体しとんなぁ。ウチと岩陰行かへんかぁ?」
「ヒェ、おいアンドー! こいつヤバい程酔ってるけど大丈夫なのか!?」
「安心せい、まだまだ上があるぞ」
「!?」
顔面が真っ赤なハイデマリーを引き剥がそうとするが、馬鹿みたいにへばりついて全く剥がせない。何でこんな意味不明な所で妙な力発揮するかなあ!?
「ウチと眼合わせんかい」
「ぐぇ!」
ちっこい両手で頬をグワっと掴まれ、強制的に視線を合わせられる。視界いっぱいに広がるドアップの顔が近づいて来て、ヤバい刈り取られそうと本能的に恐怖を感じた瞬間、小さな口が開いた。
「酒が足りてへんなぁ」
「ふご!?」
何処に持っていたのか、ビール瓶を口に突っ込まれた。目を白黒させながらそれを飲んでいる間に、ハイデマリーは元居た場所にヨタヨタと戻っていった。
「まあ、ハイデマリーがヤキモキする必要もないかもしれんが」
「あ? どういう意味だよアンドー」
アンドーがニヤニヤしたままビール瓶を振っている。
「エリーの奴が飛びついた時だよ」
「……」
嫌な予感しかしない。
「……」
視線を逸らすと、二人とも完全に面白がっている顔をしている。
ハイデマリーが新しく開けた瓶を傾けながら口を挟む。
「ウチも見とったで」
「見てない」
食い気味に返すと、ニチャァとした笑顔を向けられた。
「いや見とった」
「見てない」
「見とった」
ハイデマリーがくいっとビールを飲み干し、口元を拭う。それから更に笑みを深めた。
「顔、真っ赤やったで?」
「日焼けだ!」
「ほーん?」
アンドーが肩を組んできた。酒臭い。
「安心しろオキタ君。男として自然な反応だ」
「何の話だ」
「水着の女の子が抱きついてきたらな」
「……」
ぶわっと、額から嫌な汗が出て来た。
「普通は意識する」
「せやな」
「むしろしない方が問題だ」
「せやせや」
く、くそったれ、完全に囲まれている……!
「……の、ノーカン! ノーカンだ! エリーに反応するわけがないだろ!」
その瞬間、背後から声がした。
「え、なになにー? ボクがどうしたのー?」
俺は勢いよく振り向いた。
「どうもしねぇよ!」
不思議そうな表情を浮かべたエリーがやって来て、俺の隣に座った。二人の悪魔の笑顔がさらに深まる。くそ、最悪のタイミングだ。
「つーか、リタの奴どこ行ったんだ!? あんなにはしゃいでただろ!」
「りーさんならシズと一緒にBBQの準備してんで。そろそろ昼やし用意終わってんちゃうかな? ああほら、向こうで何かしよるの見えるやろ?」
ハイデマリーが指差す先で、リタとシズがテキパキと働いている姿が見えた。
「ちょっと手伝ってくる!」
「ボクも行くー!」
こんな場所に居られるか! 俺は逃げさせてもらうぜ!
「逃げよったで」
「ああ、むっつりスケベはコレだからイカン」
聞こえてるぞ酒飲み共! 覚えとけよ!!




