追跡
前回の報酬を受け取る。
意外に早く手に入れてくれた。と言う事で契約より多く報酬を頂いた。
なので、多く貰った分を山分けする事に。
「六・四で」
「はい」
ま、見つけたのは店長だし、俺は色々と危ない目にあったが結果だけ見れば何もしていない。
「じゃ、一、二……」
四割でもそれなりの臨時収入だ。
「よし。ご飯食べに行こうか!」
「奢りですか?」
「じゃんけーん……」
「お、二人で来るのは久しぶりですね」
いつもの喫茶店『レスト』に入る。
「衣里。いつもの」
席に着くより早く注文。
「了解。眼鏡は?」
お前も眼鏡だろ。
「同じ物」
「了解。席は……適当に座ってて」
開いてる席は一つしかないじゃないか? 何て適当な店員だ。
待つ事十分位で『いつもの』=日替わりランチがやってくる。
忙しいであろう時間帯。それは良く分かっている筈だ。
それなのにゆっくりと食後のコーヒーを啜り、新聞を熟読している店長。
「店長。じゃ、俺はこれで」
いつまでも店を空けとく訳にはいかない。
「ん」
ピッと指で弾いた紙切れ。
「分かってますよ」
じゃんけんで負けた俺。なのでそれを持ってレジへ。
「じゃんけん……弱っ」
運悪くレジには衣里。
一瞬で看破された。
「うるさい。早くしてくれ」
「はいはい」
半笑いなのが気に入らないが、口で勝てるわけが無いので黙っている。
店に戻り、今回の依頼の顛末をまとめる。
一時間近く経つが店長は帰ってこない。
「ま、静かで良いな」
カタカタとキーボードを叩く音だけの室内。突然ドアが開く。
それに気付いて顔を向ける。開くドアの向こう居たのは、
「や、無事でなにより」
あの女。
「な、何しに」
ヤバい。武器になりそうなものを手探りで探す。
「そんなに恐がらなくても何もしないよ〜」
微笑む女。その屈託の無い笑顔からは敵意は感じられない。
「じ、じゃあ……何の用が?」
「ちゃんと逃げる事が出来たのか気になった」
ポリポリと頬を掻くその姿に、キョトンとしてしまう。
あの夜感じた殺気は今思いだしても体が強張る。
「私の用はそれだけ。じゃあね」
軽やかに帰っていく女。
「ふー……」
時間にして二、三分の対面。
俺の判断で可愛い部類に入る女。
笑うと八重歯がきらりと見えるその顔は、あの夜の事さえ知らなければ……
と思わせる。
「何なんだよ」
「今誰か来てなかった?」
入れ違いで帰ってきた店長。
「……何してたの?」
「え? 別に何も」
「何? その汗は」
店長に言われ、額に触れる。
「うわ……何?」
「いや……汗でしょ」
とりあえず顔を洗いに行く。
「ふーん。じゃ入れ違いになったか」
あの夜の出来事は当然店長に報告してある。
俺は危険だと言ったのに、残念そうに見えるのは何故だろう。
「もしかしたら、すれ違ったのかもしれませんね」
「しかし……何で千歳がここに居るって知ってたの?」
「……え」
言われてみれば……教えた事はない筈。
「アンタ自分で言ったの?」
「言ってないと……思います」
「となると、見かけたか……」
「み、見かけたか……?」
向こうの顔は俺も知ってるから見れば俺も気付くと思うけど。
「次のターゲットか」
「何で笑ってるんですか!?」
「楽しいそうじゃん。千歳君」
「楽しくないですよ! 狙われてるんですよ!?」
「ま、そう決まった訳じゃ無いし。一つの可能性として言っただけだし」
「何で俺が狙われるんですか?」
「何でって、そりゃアンタが『仕事』の邪魔したからじゃないの?」
……そりゃ……してないとは言わないけど。
「ど、どうしましょう?」
微笑む店長。
「笑ってないで何か……」
「プッ……あっはっはっはっはっは」
仰け反って笑う店長。
「何が可笑しいんですか?」
俺に取っては笑い事じゃない。
「はっはっは……こんなに笑わせてくれるとは……」
目元を拭うほど笑っている店長。
「相手は軍相手に暗殺しようとしてるんですよ? 俺なんかじゃ相手にも」
「馬鹿だね〜。そんなヤツがアンタ狙うと思う?」
……言われてみれば。
「そ、そうですよね。そんな事する様なヤツに俺みたいな市民が狙われるなんてありえないですよね?」
「……そう言い切れない所が運命の妙味かな」
「て、店長〜」
こ、この人は俺が困ってる様子を見て楽しんでるんだ。
それが分かっているのに……何故俺はこんなにも心配しているんだ?
「千歳。誰か来たぞ」
「店長が出てくださいよ」
「ヤダ」
ま、そう言うと思ってたけどね。
開いたドアの向こうには、
「あの、ここは代理屋ですよね?」
「はい。そうですが? ご依頼ですか?」
頷く女性。
「では、こちらに……」
応接セットで新聞のクロスワードに取り組んでいた店長から新聞を取り上げる。
「あ」
泣きそうな顔の店長に、
「仕事の依頼があるんですが」
「それより……あとちょっと」
「とりあえず、話の後でいいですか?」
「あとちょっと……」
「あ、どうぞ。掛けてください」
「はい」
「では、お名前から」
「『後藤遥』 株式会社リフタに勤めています」
「OLか〜」
何故か微妙にテンションが上がった店長。
「はぁ」
店長の眼差しに戸惑いながらも話を続ける。
「最近、ていっても二ヶ月位前からなんですけど」
俯く後藤依頼人。
その姿は言う事に躊躇っている様にも見える。
「し、下着泥棒が私達の下着を盗んでいくんです」
「下着ドロだし下着を取るのは当然だ。警察に言ったらすぐに解決するんじゃない?」
「もう言いました」
「なら、それなりの対応はあったでしょ」
「確かにパトロールは多くなりましたけど」
「相手はその隙をついてきた……と」
「はい」
「パトロールの時間を読まれちゃ意味無いな」
「盗まれたと気付くのはいつですか?」
メモを取りながら尋ねる。
……ん?
何か……変な事言ったか?
店長の俺を見る目が憐れみを帯びている。
「そんなの……決まってるじゃない? 取り込む時以外無いでしょ?」
……
顔が赤くなる。
言われて見ればその通りだ。
何て馬鹿な事を聞いたんだ。
「アンタ……て……天然?」
笑うのを堪えている声が、自分のバカ発言を引き立てる。
「違いますよ」
「そう言われても説得力無いんだけど」
俺も返す言葉が見つかりません。
「じゃ、依頼はドロの追跡と逮捕でいい?」
店長がメモを取っているふりをしている俺に代わり依頼内容を確認。
「はい」
「分かりました。では……千歳、契約書」
デスクから契約書を持ってきて依頼内容の確認と契約についての説明。
翌日、ハイツール通りから少し離れたアパート。後藤依頼人のリフタ女性専用アパート。つまり女子寮前。
「うわ〜。千歳にはパラダイス?」
「何でですか」
店長の言葉に呆れつつも、若干テンションが上がる。
午前九時。ちらほら人を見かけるが通勤通学の喧騒も収まりつつある時間。
「何号室?」
「えーと。二○一号室ですね」
「ほ〜。最上階に住んでるのか」
「二階建てですけど」
「それでも最上階」
「ま、そう言えますけど」
イヤミにも聞こえますよ? 分かってますよね? 店長。
「おはようございます」
後藤依頼人の部屋で挨拶もそこそこに、
「ベランダ見せてもらいます」
「あ、はい。どうぞ」
ベランダに出て、俺達が来た道を見下ろす。
「いつもこの位しか人は通らないんですか?」
「千歳。やっぱりお前は天然だな。普段、彼女は仕事に行ってるだろう」
「あ」
……俺ってこんなに天然だったのか?
「ま。それは管理人に聞くとして。このアパートの住人全てが被害に遭ってる?」
「はい。会社に相談もしましたし、警察にも」
「で、状況は改善されない」
「警察のパトロールが始まった直後は収まってたんですけど」
「しばらく観察してて、パトロールの合間のタイミングでやってるのか」
「ま、そんなトコだろ」
ベランダから身を乗り出すようにして辺りを見回している店長。
「で、どうやって泥棒を捕まえます?」
「逮捕は代理屋じゃなくて警察の仕事。現行犯を取り押さえるのが手っ取り早いかと」
クルッと反転して、
「じゃ、さっさとパンツ洗って干して」
!!!!
「え、え!……え〜!?」
一瞬の間をおいて驚く依頼人。店長と俺を交互に見るその顔は真っ赤だ。
「その間、千歳は見張り。この辺りをグルッと歩いて来い」
「……了解」
半笑いの店長。おそらく俺の顔も後藤依頼人に劣らずに赤いのだろう。
「ふー、まったく……」
そりゃ俺も現行犯しかないと思うけど、突然あんな事言わなくても。
からかってるんだよ。絶対に。依頼人を。
テクテクと歩いている。公園を通り過ぎ、コンビニの前でケータイが鳴る。
着信は……店長。メールだ。
「ノドカワイタ。オレンジジュースショモウ」
何でカタカナ? そして気持ちの悪いタイミングの良さ。
思わず振り返る。
誰もいない。戻って電柱の後や路地を確認するがやっぱり誰もいない。
俺のケータイにGPSはついてない。
残る可能性は……
パンパンと服を叩く。
俺の体が痛いだけで、特に変わった感触はない。
アパートまでの帰り道、俺なりに色々と依頼について考える。
まず最初から、
二ヶ月ほど前から泥棒が入る。
盗られるのは下着。
それに対応するために警察に通報。
その後、パトロールが多くなるがその隙をついての犯行。
では、ドロの思考は?
いつ狙うのか? いつ行動するのか?
夜か?
……いや、夜なら人通りはまったく無いだろうが怪しすぎるだろう。
では、昼?
パトロールの隙をつくにしても毎日同じ時間にうろうろしてたらそれも怪しい。
「うーん」
考えれば色々と浮かんでくるが、すぐにそれに対する疑問も浮かんでくる。
「訳解らん」
アパート目前、すれ違う人が振り返る。
あ、別に、何でも。
声に出さないがそんな思いで軽く頭を下げて急いで帰る。
「ご苦労」
疑問の残る指示通りにオレンジジュースを買って帰る。
「どうですか?」
さっきの男。依頼が依頼だけに疑心暗鬼になってるのか?
「うん? ちゃんとホワイトパンツ洗ってた」
聞かなきゃ良かった。と思った。
チラッと後藤依頼人を見ると、顔が真っ赤だった。
何ともいたたまれない空気の部屋から逃げ出そうと何気なくベランダに出る。
そこには何故か男が一人。
その顔はさっきすれ違った顔だった。
間違いなく下着ドロ。それは間違いない。手には下着。これ以上無い証拠。
どんな言い訳をしようと言い逃れなど出来ない確固たる証拠。
それなのに目を見たまま動けなかった。
「捕まえろ!! 千歳!!」
ベランダで固まる俺に事態を察した店長の声に我に返る。
「ま」
捕まえようとするが、ベランダから飛び降りる男。
「追え!!」
室内からの声に俺も飛び降りた。
衝撃に痺れる足。それが体に伝わる。
「痛っ〜〜」
転がって和らげようとするがそう簡単には抜けてくれない。
見ればドロも同じだった。
痛みと痺れでまともに動かない足を引きずりながら、ドロを追いかける。
「待……て」
少し動く度につんのめる。
「が、頑張って!!」
こ、この声は……後藤依頼人か……?
倒れたままベランダを見る。
俺を見て、顔を赤らめながら声援を送ってくいる後藤依頼人。
店長は見えない。おそらく座って笑っているのだろう。
「よしっ」
まだ痺れているが……期待している視線に答えたい気持ちが俺を突き動かす。
アパートの前からヨロヨロと歩き出し、いくつかの角を曲がる頃には痺れも取れていた。
「くそ……意外に」
速い。結構走ってるけど速度が落ちない。
元ランナーか? 現役?
「……どっちでもええわ」
……『こっち』に来てから使わなかった故郷の言葉で意識を現実に戻す。
「いつまで……続く……このマラソン」
すっかり日も昇り、それなりに日差しもある中……俺はひたすら走っていた。
乱れないドロのペース。
俺は後藤依頼人の声援と捕まえた時の感謝される顔を想像してエネルギーにしている。
「ハイツール通り……?」
昼間でもそれなりに人通りがあるハイツール通り。
かなりの時間走っている筈だ。
ハイツール通りまで直線で五分位だった。
どれだけあの区域を走り回っていたのか……
何か腹立って来た!
ハイツール通りを真っ直ぐに走る。
すれ違う人が皆振り返る。
何でペースが落ちないんだ?
その事が非常に気になる。
もしかして、ホントにランナー?
え? でも、ランナーが捕まえる側だってニュースとかで知ってるけど追いかけられる側ってのは初めてかも?
だとしたら俺が初めて……
妄想が止まらない。その内に俺は妄想の中で英雄になっているだろう。
……アカン……だんだん自分でも止められなくなってきた……
その時は突然訪れた。
曲がった先はレンタルビデオ店の駐車場。
出てきた自転車を避けようとして、ドロがコケた。
「ハァ……ハァ。まったく」
起き上がろうとするドロの上に座りこむ。
「手間……掛けさせるな」
喉が痛い。肺に酸素が入る度に意識が遠くなる。呼吸がツライ。
ケータイを取り出す事がこんなにツライのか……
もう少し、回復してから……店長に連絡を取ろう。
俺がこうして上に座っている以上ドロも何も出来ないし、俺以上に苦しいだろう。
チョンチョン、と足を叩いてくるドロ。
喋るのもツライので視線だけ向ける。
ぎこちなく動かすその手でポケットを探り、取り出したのは、
一枚の下着。
普段なら顔が赤くなると思うが、そんな余裕も無い。
「……」
口元を弛めるドロ。
どうやら、これで逃がしてくれ、と交渉している様だ。
「は……」
体力の限界で精一杯笑う。
ゴン!
ドロの後頭部に一撃。
これが俺の返事。
駐車場の入り口付近で倒れた男の上に座りこむ俺。
この状況に疑問を持たない人はどれ程いるのだろうか?
俺の目の前でケータイでどこかに連絡する人が多数いた。
それは当然警察で到着した警官に事情を話していると、
「よ」
アイスを持った店長と後藤依頼人が到着。
「捕まえた?」
指差した先にはパトカーの中にいるドロの姿が。
「あ……ありがとうございます!」
ほぼ直角に下げる後藤依頼人の姿で野次馬から拍手が起こった。
「あ……ども」
何か非常に恥ずかしくなってきた。
翌日、筋肉痛の痛みに耐えて出勤。
大量の漫画に囲まれた店長が
「ま、今回はお疲れ」
気だるそうに労ってくれた。




