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王家の崩壊  作者: 千歳
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「貴方があの女を好きなのはよく分かりました。ええ、分かっていましたとも。でも、最後くらい兄やソレイユ夫人や近衛隊長を案じてあげてよ」


王妃はぐったりとした様子の王を追い詰めるように言った。


「ロッド夫人は」


「……お義姉様も」


「お前も同じだ」


王妃は痛いところを突かれた。


兄やソレイユ夫人に比べて王妃は義姉に今やもう愛着を持っていない。


今さら別に昔の諍いが尾を引いているわけでもないが、打ち解けられない。

王妃は兄のことは慕っていた。


美しくて、明るくて、軽薄なところもあるけれど一緒にいて楽しい自慢の兄。

さらさらとした金色の髪に濃い深い緑の目を持った兄。


悪戯っぽく笑う時は上目がちに彼女を見て口角を上げ、形の良い白い歯をのぞかせる。

深緑の目と白い歯のコントラストが王妃は子供の頃から好きだった。何だかいつも抱きつきたくなった。


その癖、彼が怒った時にその目に見つめられると彼女はいつも蛇に睨まれた蛙のようになった。



しかし、普段は頻繁に妹の世話係を買って出る優しい兄だった。時には悪戯の共犯者となり、彼女にとって一番好きな遊び相手でもあった。


彼女は今も兄が好きである。

しかし、それは所謂近親相姦的なものというよりは単純な独占欲だ。


兄の勉強時間が少しずつ増え始め、宮中に参内する機会も増え、同年代の男友達と過ごすようになり、それに少女たちも加わる姿を見るようになった。


寂しくて彼女は兄にまとわりついたが、その時に兄が言い放った言葉が忘れられない。


「お前と遊んでいる時間はないんだ」


その頃の兄は同年代の友人や恋人と語らい、遊ぶことに夢中で妹の存在など疎ましかったのだ。


そんな中、兄の結婚式の日取りが決まった。

婚約自体は兄が13歳の時に決められていた。


兄の結婚に対しては母の強い希望で、母方の親戚から取ることとなり、選ばれたのが母の兄嫁の妹の娘、イザベラ・カルフォードだった。


イザベラは兄の一歳下で、ドレスを誂えることやダンスや観劇よりも家で本を読むことや針仕事を好む内気な娘だった。


母はイザベラの堅実でおっとりとした性格を気に入り、彼女を嫁に迎えることに決めた。


結婚はイザベラが18歳に達した時にと取り決められ、それからイザベラはロッド家の行事に招かれるようになった。


両親はイザベラを気に入っていたが、当の兄は真面目なイザベラに退屈を覚えていたようだ。


それが分かったのは兄が18歳、彼女が15歳になった時のことだ。


兄の友人が内輪のパーティーを開くから妹さんも是非一緒にどうぞと招待されたのだ。


行く前に兄は余計なことを両親に言うなと彼女に釘を刺したのだが、その理由はすぐに分かった。


パーティーの中で兄が一人の女性と熱烈に視線を交わしていたのだ。

どうにかして二人で抜け出そうとしている様子だ。


やがて兄は人混みに紛れてその女性と部屋を出ていった。


自らにも他人にも清廉を求める少女は兄に失望し、イザベラを憐れんだ。


周りの喧騒をよそに、彼女は自分の静寂の世界へと入っていった。



それから少しして、一人の男が彼女の手を取った。


「あ」


家族以外の男に手を取られるの初めてだったので、彼女は思わず声を上げた。


男はそんな事お構い無しに、今度は彼女をぐいと自分の肩に引き寄せたので、ますます彼女は混乱した。


拒まねばならない。

そう思って顔を上げた時に気づいた。

男が自分の婚約者である第二王子であることに。


「やぁ、メイディ嬢」


彼女は頬を赤らめた。兄のことばかり気にしていて、彼に気がついていなかったのだ。


「入ってきた時、周りの者たちは一斉に俺を見ていたのに、貴方は上の空だったね」


「ごめんなさい、兄のことで頭がいっぱいで」


必死で弁解しながらも、これは兄を告発しているようなものではないかと気づいて、彼女はますます必死になった。


「その、私は兄と二人でこういう場に来たことがあまり無いもので、緊張してしまって」

しどろもどろしているうちに、遠慮がちに二人を窺っていた者達が近づき始め、婚約の祝いを述べに来た。


愛想笑いとおべっかが渦巻き始め、第二王子は少しうんざりした表情を浮かべた。


「すみませんが、少しメイディ嬢と話をしたいものですから」


そう言ってから彼は彼女の手を引き、庭園へ続く道に出た。周りの視線はお構い無しに。


「セリルも気付いているだろう。お互い結婚までの遊びだって事に」


「知ってらしたんですか」


「あれは気づかない方がおかしい」


そう言われて彼女はあきれてしまった。


あれだけ妹に口止めしておいて、周りに筒抜けだと意味がないじゃない。

イザベラさんが知ったらどれほど傷つくか。

イザベラの緊張した面持ちと控えめな振る舞いの中にある兄への熱情を彼女は見逃していなかった。


「兄には失望しました」


そこから先、彼が何を言ったか彼女はよく覚えていない。

ただはっきりしているのは、抱き寄せられ、唇を交わしたことだ。


未知の感覚に対する怖れ、体の芯が熱くなることへの恥じらい、そして家族も友人も誰も埋めてくれなかった寂しさが自分にあったことを知った。


物心ついた頃から、突然不安が襲ってきて、胸が締め付けられることがあった。

それはきっと、家族以外の誰かに自分を欲してほしいという渇望だったのだろう。


彼女は本能のままに婚約者にしがみつき、彼もそれに応えた。

夢中で抱き合い、また唇を交わした。


帰り道、余韻に浸りながら、まだ乙女ではあるけれども、もう無垢な少女でもない自分に胸を高鳴らせた。


兄は何かを察していたが、妹は歴とした婚約者といたと聞いていたし、自分の後ろめたい気持ちもあって彼女を問い詰めはしなかった。



彼女も兄の刹那的な恋の戯れと憐れなイザベラについてはすっかりと忘れていた。


自分が幸せな花嫁になれることを信じきっていた。


彼女の婚約者が「あの女」と出会うまでは。


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