20
明くる朝、王妃が王の元を訪れた。
「どうしたんだ」
「具合が悪いと聞いたから……会いたいと私から言ったの」
監視兵が寄越したのだろう。彼らは王妃には幾分同情的であり、それが扱いの甘さにも繋がっていた。
それは彼女が王宮で、不当な扱いを受けてきたと彼等は考えているからだ。
「水をお飲みになる?」
王妃は監視兵から水差しを受け取りながら尋ねた。
「いや、いい」
「そう、私はいただくわ」
王妃は自分で水差しからグラスに注ぎ、それを持って肘掛け椅子に腰掛けた。
「どうして来たんだ?この暮らしに疲れているだけで、別に熱や咳はないんだ。具合は悪くない」
「あら、王宮にいた時は毎日宴を開いて、遊び歩いていても疲れなかったのに。じっとしていては疲れるのね」
監視兵達から笑いが漏れた。
王妃の言い方はいつになく挑発的で、むっとした王は彼女を睨んだ。
「そんなことを言いに来たのか?」
「言いに来たのよ。ねぇ皆さん」
4人の監視兵たちに王妃は目を向けた。
「貴方達もご存知でしょう。私がどんな扱いを受けてきたかを」
「そりゃ、知っています。貴方には気の毒な縁談でしたね。こんなことになって」
「でも、ロッド家は受けたのよ。王家との縁談を」
王妃は右手で頬杖をつき、左手で自分の髪を弄びながら話した。
相手が前にいるというのに、そちらを見ようとしない。
ただひたすら、髪を指に巻いては戻す作業を繰り返している。
「命令だもの、逆らえないわ。結婚までは好きな人がいたけれど」
兵達はざわめいた。深窓の令嬢が、結婚前にスキャンダラスな恋をしていたのだろうか。
退屈しのぎに聞くにはもってこいの話だ。中には身を乗り出して聞こうとする者もいた。
「くだらない!黙れ、そんなことを言って何がしたい」
「覚えていて欲しかったのよ」
彼女の声は上ずり、肩は震えていた。
「貴方が死ぬ前に。私だって恋をする人間だったってことをね。そして、認めるわ。私も貴方と同じくらい愚かだったの。自分の宮中の地位に縋り付くのに必死で、国民を蔑ろにしていたのよ」
そして、王妃はまた兵達を見回しながら、はっきりとした声で問うた。
「さぁ、皆さん。この愚かな王と王妃をどうなさるおつもり?」
沈黙が流れた。王妃は言葉を続ける。
「貴方がたはこの片田舎に私たちを連れてきた。私達の首はおかげでまだついている。何故私たちを助けてくれたの?首都の方が落としやすいでしょうに」
「ここのご婦人方には情けをかける寛大な市民もまだいたからさ、我々は貴族以外の国民の意思も尊重するのでね」
四人いる中で、一番年嵩に見える監視兵が答えた。
彼の言葉に王は青ざめた。
そして、何かを話そうとしたが、王妃は王の言葉を遮った。
「兄と近衛隊長、そして王も連れてきたのはなぜ?」
「まずは確実に取らねばいけない首があった。他は、その後に処遇を考えることとなったのです」
今度は王妃が蒼白になる番だった。兄と近衛隊長はどうなってしまうのか。
「近衛隊長は職務に、国家に忠実であっただけです。兄は……兄は……ごめんなさい。肉親の情です。助けてください」
派手で遊び好きで、いつも宮中の注目の的だった兄。
それでも、貴族にも宮中で働く平民たちにも分け隔てのない性格で愛されていた兄。
いつも妹の一番の味方であってくれようとした兄。
王妃の目には涙が溜まっていった。
兄ほど自分を愛してくれた人はいない。
兄はずっと、自分の心の支えだった。だから、どうか奪わないで。
あまりに感情的で身勝手な考えだが、王妃は必死だった。
「お願いします、どうか」
しかし、今度は王が王妃の言葉を遮った。




