姉の本性を知るのは私だけ
姉のローズマリーは、みなに愛されている。
優雅に微笑み、最新の流行を押さえたドレスで着飾り、貧民救済を掲げる教会に寄付を欠かさない。演奏会を開けば、諸外国の重鎮がわざわざ予定を開けて訪問するほど人気だ。
そんな姉の本性を知るのは私だけ。
「あんたなんか生まれなきゃ良かったのよ!」
ばしゃん、と紅茶を顔にかけられる。
前髪から滴り落ちる紅茶色の雫が、ドレスをぽつりぽつりと汚していく。
姉の癇癪は凄まじい。
ひとたび始まれば、三日三晩は一つの物事に対して執着し、何時間も怒鳴り散らしては物を投げる。
しかし他の人の前では平然と『セクンダ、我儘を言うのはやめなさい』と説教するのだ。
王女としての側面しか知らない人たちは、姉と私を比べてはこう言う。『ローズマリー殿下を見習いなさい』と。
「あんたの顔なんかみたくもないのよ。妹だからってみなに甘やかされて。お母様の代わりにあなたが死ねばよかったのに」
姉は昔から、私が母の死因であると思い込んでいた。私を産んでから母の体が弱り、ついには流行病で命を落とした、と。
宮廷医によれば、母は生まれつき体が弱く、姉を産んだ時から頻繁に体を壊しては寝台に臥せっていた。男の後継を焦った父が、第二子を望んだという。
姉も混乱しているだけなのだろう。
他の誰かを責めなければ、心の均衡が保てないだけ。いずれは自らの行いを反省してくれるはず。
そう信じて、王女としての教育を学んだ。
努力するほどに、姉の機嫌は悪化した。
姉の暴言と暴行は、決まって周囲に誰もいない時だけ行われる。
だから、誰に訴えても、姉の本性を知らない人は決して信じない。
反論しても叩かれる。
逃げれば悪評を広められる。
努力すれば調子に乗るなと脅される。
私にできることは、ただじっと耐えることだけだった。
◇◆◇◆
「セクンダ第二王女に、辺境伯の地位を与える。北方のヴェルデーサ領の領主として国に貢献せよ」
ある日のこと。
父上に呼び出された私は、事前の通告もなしに領地と爵位を賜ることになった。
北方のヴェルデーサ領は、王国の最北東にある。
毒性のある魚ばかり獲れる極寒の海、気候により作物は育たず、その地に住む民は王国を良く思わない先住民で構成されている。
領主となった者は数年のうちに経営不振で贈賄に手を染めて処刑されるか、あるいは謀反で民に殺される。
事実上の追放、あるいは遅効性の死刑宣告。
それが北方のヴェルデーサ領と辺境伯の継承を意味する。
ちなみに南方の辺境伯に選ばれるのは、国王の信頼が篤い者だ。この上ない名誉とされている。
生まれてからずっと、姉の振る舞いに耐えてきた。
『お前の努力は誰よりも俺が見ている』という父の言葉を愚直に信じていたからだ。
姉の支配から逃れるのは難しい。
それでも、父のできる範囲で私をいつか助けてくれるかもしれない。そう勝手に期待していた。
「辺境伯の爵位授与と引き換えに、王女の地位を剥奪する。子の王位継承も認めない」
宣言した父は、気まずそうに視線を逸らした。
姉の勝ち誇った笑顔が、私の視界の端でチラつく。
私の他に報酬や爵位を賜った貴族や官僚たちが、哀れみと好奇心の眼差しを向け、ひそひそと囁き合う。
漏れ聞こえる言葉は『ローズマリー殿下と比べてセクンダ殿下はパッとしないからなあ』。
────ああ、馬鹿らしい。
どれだけ努力しても無駄だったじゃない。
いつも姉と比べられた結果が“コレ”だなんて、報われないわ。
この時、私は全てを諦めることにした。
善き王女として振る舞うこと。いつかは私を見てくれる人が現れること。努力は報われるはずだと信じること。
諦めると、心がスッと軽くなった。
それはとても嫌な軽さだった。




