第1話 女魔王の食欲
もう直ぐ日が暮れるであろう時間に、女魔王であるエドナは魔王城の自室のソファーでクッションを抱き抱え、足を身体に寄せて涙目になっていた。
魔王「ぐすっ…」
普段は冷徹な魔王でも、今回ばかりはその心に深い傷を負っていた。
"ペットの死"ーーー
それが、その傷の理由である。但し、モフモフふわふわな可愛いペットではなく、"玩具"として気に入っていた、魔王国筆頭騎士団長グレンの死であり、それは戦闘中に起きた不慮の死であった。
そして、グレンを殺した敵の兵士は、今や魔王の指示により"死を懇願したくなる程の永遠の刑罰"を受けており、その兵士の祖国は"地図から消えていた"。
魔王エドナは、殺した魂を糧にする事が出来、今の彼女のその力は強大であったが、それ故に"玩具遊び"が気に入っていた。
コンコン……カチャ
居室の扉が開き、悪魔執事のルードがティーカップとポット、ケーキを乗せたワゴンをひきながら入ってきて、それの姿を魔王はチラッと見詰めていた。
魔王「要らないわ…。まだ、食べる気にはなれないもの…。先の戦争でグレンが死に、私は怒りで……気づいたら一国の魂を全て糧にしたのよ…。何万…いえ、何億と…。殺してはそこで終わりになってしまい、意味が無い…。何時もそう思っていたけど、流石に怒ってしまったわ…。殺したら…、奴隷にも出来ないのにね…。」
執事「……あれからもう、1週間ですか…。あれ程気に入られていた玩具を壊されたのです…。怒って当然ですし、あの愚か者を生み出した国です。存続させる意味など、私も無いと思いますよ。……まぁ…ですが、流石に何かお口に入れて下さいませんか?エドナ様は我々の王なのです…。政は下の者達でなんとかしておりますが、"王が食事をせずに元気もない"では、この魔王城を中心に不安が溜まってしまいますよ…。」
魔王は目線を外し、目を軽く閉じた。が、ふと気づいた。何故、こんな夕食時の前に、悪魔執事は軽食を用意したのかと。
魔王「ねぇ…ルード?貴方の本当の意図は何?何故、夕食直前の時間に、こんなモノを?」
意図なくこんな…場違いのような事は、彼はしない…。
悪魔執事は「フフ…」と笑い、魔王に改めて向き直ってきた。
執事「ようやく…、少し落ち着かれましたか。試す事をしてしまい、申し訳ありませんでした…。エドナ様、とある異世界で"エドナ様にとって少し面白そうな波長を確認したのです"…。伏せる御気持ちはお察し致しますが、もし宜しければ、"散歩がてら…気まぐれに覗かれては如何でございましょうか"?グレンの波長とは違いますが、それでも似ているモノがありましたので、ご報告をさせて頂きとうございましたが、余りにも凹まれていたので、この時をお待ちしておりました。」
悪魔執事は微笑み、まるでそっとその情報を机の上に乗せるように伝えてきた。
魔王「な!?"似ている"ですって!?」
魔王は肩をビクつかせ、食い気味にツッコんだ。
執事「はい。しかし…先に伝えますが、決して、本人の転生者であるとは限りませんので、期待を上げずに、その事はご理解下さい。違ったと言って、私の首は切らないで下さいね?」
流石に、死にたくはありませんからね…。
……膨れて…、いらっしゃいますね…。
確かに私は数多いる執事の1人ですけど、私だって生きていますからね!?
悪魔執事は脳裏でやや絶望の縁を見ながら、「コホン」と咳払いをした。
執事「まぁ、転移の門は私が開きますが、その波長の目の前に出るわけでありません。その付近です。如何です?1週間飲まず食わずで、探せる元気はおありですか?」
魔王「くっ…。…仕方がないわね…。良いわ、"食べてあげる"…。その代わり、その波長のある場所やその転移の門周辺の事をなるべく教えて。」
魔王は紅茶のカップを手に取り、悪魔執事に差し出した。
トクトクトクトク……
透き通った茶色のお湯が流れ落ち、芳香な香りが魔王の脳を刺激した。
ぎゅるるるるるる……
食欲の合図が鳴り響き、悪魔執事はワゴンの下に隠していた銀蓋のついた皿を持ち上げ、取っ手に手をかざしてスっと蓋を取り除いた。
まるで朝食のような、消化の良い野菜のポトフやハムたまごが乗ったパン、サラダがワンプレートで用意されていた。
執事「長話になりますので、良ければ、こちらも召し上がって下さい。」
今なら食べて下さるかもしれない…。
魔王「!……酷いわね…。まぁ、"それも食べてあげるけど "…。」
魔王は、ツーンと悪魔執事から顔を背けながら、頬を少しだけ赤くした。
執事「フフ…ありがとうございます。これは我々魔族一同の、"王を心配するが故の我儘"ですので、どうぞ、ご堪能下さい。」
悪魔執事は内心泣いていた。それは首の皮一枚繋がったからではなく、単純に、いままで全く食を通さなかった主への安堵だった。
魔王は暖かいポトフのスープをスプーンで飲みつつ、チラッとルードを見詰めた。
魂の波長ーーー数多ある異世界で…、たった1週間で"似ている魂の波長を探し出す"なんて…。流石、"私の筆頭執事"ね…。いったい、どれほど努力して…禁術を使って見つけたのかしらね…。フフ…これだから、首は切れないのよね…。
執事「では、今から行く転移先の世界について、お話をさせて頂きますね。」
そう言うと、悪魔執事は漆黒の手帳を胸ポケットから出して、そのページを開き、口を開けた。




