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「無理強いするんじゃないよ」
ひふみの鶴の一声で全てが丸く収まり、凛と伊織の婚約は解消されることとなった。言うべき者が言えば、良くも悪くもどちらへも転ぶもの。世の中とは常にそういうものであろう。
こうして、依頼人からの依頼の仕事は呆気なく幕を閉じたが、瑰と美里と一成の仕事はまだ終わっていなかった。
月はなく満点の星々だけが輝く新月の夜空。その日の真夜中。草木も眠る丑三つ時。
三階の客室の扉が開いて、全身黒ずくめでナイトビジョンゴーグルを着けた瑰と美里と一成が、同時に部屋から出てきた。足音を忍ばせて廊下を行き、階段の手摺りを滑り下りた。
右に左にと重りの振り子が揺れている大きな古時計。静まり返ったホールにカチカチと音を響き渡っている。階段の手摺りを滑り降りてきた三人が、そのホールを小走りに抜けていく。
廊下を渡っていく、瑰と美里と一成。
美里が、ウエストポーチピッキングツールを取り出して、鍵穴にテンションの先っぽを引っ掛け、ピックでがちゃがちゃやりながら軽く回転させた。カチッと鍵の開く音がする。ドアノブを掴んで扉を開ける。
美里と瑰と一成が書斎の中に入ってきて、ストリップ階段を上って、ロフトの本棚と本棚の間の隙間を抜けて
「ダイヤル式じゃねえぞ」
「新しく変えたのね」
壁に埋め込まれたテンキー式金庫を見て、瑰と美里が戸惑ったように言った。
「いけそうか?」
「ええ」
美里が、一成に答えた。
ウエストポーチから携帯のミスとスプレーを取り出し、頭の部分を指で押して、数字のボタンに液を噴霧した。暫くすると、押し続けている暗証番号の数字が濃青色に変化した。
美里が、手袋をしている指でナンバーをプッシュして金庫の扉を開けた。
金庫の中には書類や宝石類のケースなどの貴重品が納められていた。
瑰が、金庫から十数個の宝石のケースを取り出して、中身を調べた。
「「これだな」
と言った途端、一成が斜めがけワンショルダーボディバッグから二個の宝石のケースを取り出して、同じ物がどうかを確認した。
「ああ、これだ」
一成が、瑰に答えた。
瑰と一成の二人は、本物のエメラルドとダイヤが鏤められたネックレスとペアのブレスレッドと、基季が描いた絵をもとにして、琢磨がイミテーションのエメラルドとダイヤで造った本物そっくりのネックレスとペアのブレスレットを入れ替えてケースに戻して、金庫の中に納め、扉を閉めた。
翌日の朝。
ロールスロイスに揺られて門から出ていく凛と深冴を、大橋と瑰と美里と一成が見送った。
車の後部席に乗った凛と深冴は、嬉しそうに笑みを浮かべてその姿が見えなくなるまでいつまでも手を振っていた。
夕方。
羽田空港には、春樹と永承が迎えに来ていた。
「巧くいったのか?」
「ああ、いったぜ」
「ブツを見せてくれ」
一成が、バッグから二個の宝石のケースを取り出して、永承に手渡した。
永承は、ケースに納まった本物のエメラルドとダイヤが鏤められたネックレスとブレスレットを感慨深く眺めていた。
「やっと、やっと。これを取り戻すために俺は必死で……。だが、だんな様はこの宝石の事を俺が知らないとでも思ったのか、返してはくれなかった」
「お祖母様は、五月生まれなの?」
美里が、訊いた。
「うん。お祖父さんがお祖母さんに贈ったこの最高のプレゼントを、取り戻したかったんだ」
英雄もまた依頼人ではあった。だが、真の依頼人は、まさしく、永承その者であった。
ジメジメとした降る梅雨時の雨の中を、春樹が運転する四輪駆動車が、首都高速湾岸線を突っ走っていった。




