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書斎に入って、まず目についたのはロフトだった。そこは書庫になっていて、数千冊のあらゆるジャンルの本が、ビッシリと本棚に陳列されていた。ロフトには見た目が奇麗な化粧財を使ったストリップ階段があり、階段下のオープンスペースには、豪奢な鍵付きの本棚が置かれてあった。
並んで歩いてくる一成と美里に、隠れるようにして数歩後から来る瑰は、その立派な本棚にどんな本が飾られているのか、興味津々に眼で追いながら確かめていた。
「だんな様」
執事が声をかけると、窓辺に佇んでいる英雄が、こちらに背を向けたまま言った。
「座りなさい」
一成と瑰と美里は、執事に促されて応接用の長ソファに並んで座った。
「お飲み物は、何になさいますか?」
執事が、三人に聞いた。
「ウィスキーのダブルをストレートで」
瑰が言って、一成が言った。
「俺はそれを氷で割ってください」
「吟醸酒はございますの?」
美里が、言った。
「はい」
「私はそれを」
「だんな様は、ブランディーで宜しいでしょうか?」
「ああ」
執事は、部屋の片隅にあるホームバーのカウンターの中に入っていった。カウンターには四人が座れるように椅子が置かれてあった。
「ここにある本の全てを、読破なさったのですか?」
瑰がさり気なく声をかけると、英雄がこちらに向き直って言った。
「目を通しただけを読破と言うのならな」
「でしょうね」
「だが、読破した者は一人いるぞ」
「永承ですか」
と、一成がそれに応えた。
「ああ。ここで使用人として働きながら大学まで通い続けて、その合間合間に時間を見つけては読んでおった」
英雄が感心したように言うと、瑰と一成と美里は当然と言いたげな表情でロフトを見上げて、その目線を階段下のオープンスペースに置かれた本棚に移した。
「階段下にある本棚の本も」
美里が言うと、英雄が首を横に振って
「いや。あれは許可しなかった」
「どうしてですの?」
「希少価値のある初版本ばかりだからな」
「汚れたり傷んだりしては、評価価値が下がって」
「そうなっては困るからな。誰しも買った値段よりは高く売りたいものさ」
執事が、銀の盆に四人分の酒のグラスを載せて運んできて、それぞれのテーブルにグラスを置いた。
「ワイングラスですか?」
一成が、美里の前に置かれた吟醸酒のグラスを見て言った。
「はい。近頃では、日本酒をワイングラスで嗜むのが流行っているようですよ」
と言って、執事は部屋から出て行った。
英雄が、窓際にあるデスクの引き出しから封筒を取り出して、三人の前に座った。
「十日前に郵送されてきたものだ」
と、封筒をテーブルの中央に置いた。
「拝見します」
封筒を手にした瑰は、郵便切手に押された丸型日付印を見て、中から一枚の便箋を取り出した。
「どういうことですか?何も」
「ああ。何も書かれてはおらん」
「郵送されてきたのは、この一通だけですか?」
「ああ、その一通だけだ」
「他のを見せて頂けませんか?」
美里が言うと、英雄がそれに答えて
「破り捨てた」
「破り捨てた?どうしてですの?」
「最初の脅迫状と同じ内容だったからだ」
一成が、封筒の日付印を見ながら
「小樽の郵便局から郵送されてきたようですね。小樽で何かあったのですか?」
「何もありゃせん」
英雄が、つっけんどんに言った。
美里が、クンクンと便箋を嗅ぎながら言った。
「使い捨ての百円ライターでいいのか?」
「ええ」
瑰は、ポケットから百円ライターを取り出して、美里に手渡した。
美里は、そのライターを点火して、燃えないように気をつかいながら便箋に火をあてた。
「あ、これは」
英雄が、驚きの声をあげた。
火に炙られた便箋に文字が浮かび上がってきた。
『息子の婚約を破棄しろ。でなければ、全てをマスコミに流すぞ』と書かれた脅迫状だった。




