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episode2-9

 六車線の橋を、裏切った護衛軍や市民の皮をかぶった者達が占拠していた。

 ここに来て、金髪や黒肌、和禰人とは微妙に骨格の違う黄色人種が大勢見受けられた。

 矢の横雨が護衛車の装甲を打ち、無数の陥没を作る。

 儀式によって呼び出された、絹のように軽く、しかしぶ厚い猛火の塊が十重二十重(とえはたえ)の帯となって橋上を包む。

 今のところ、賊は橋を落とすつもりは無いようだ。

 まだ、生きて勝利できる可能性を捨てていないのだろう。

 仮に橋を破壊されれば、進軍が大幅に遅れてしまう。

 桐江准将としては、幸いな事だった。

 救出部隊の車両が、一斉に停車。

 隊列のうち、右端と左端の車両から、乗員が飛び出した。

 准将も例外では無い。

 知枝(ともえ)の託宣サポートを受け、敵の布陣が瞬時に表示される。

 前衛、弓射隊、儀式戦術隊。

 これらの兵種を記しただけの簡素なものだが、今の聖次郎にはそれで充分。

「きり、桐江准将が――」

 三又槍を持った田中。

 双剣を構えた柳田。

 大太刀を振り上げた長谷川。

 蒲田。沢田。石村。

 桐江准将の前に殺到したそれらが、一呼吸もしないうちに消し飛んだ。

 いや、いずれも頭から縦割りに両断されて、血肉臓物の山を築いた。

 いつの間に抜いたのか、准将の手には一メートル程のサーベルが現れていた。

 田中の三又槍と、長谷川の大太刀が、元々二つであったかのごとく綺麗に両断されていた。

 桐江准将の見立てでは、この二人は護衛軍の中でも五本指に入る程に強かった。

 そしてそれが、命取りとなった。

 彼らはわかっていた筈なのだ。

 桐江聖次郎の剣は、刃の長さが届く限り、どんな――硬度・強度・物質形状――の物でも切断する事を。

 それはつまり、聖次郎の剣に対しては、一切の防御が無意味である事を意味する。

 一時は准将の手ほどきを受けた田中と長谷川が、それでも防御と言う愚行に走ってしまったのは、なまじ准将の剣に反応出来てしまったためだ。

 頭で考えていては遅れを取る局面を、持ち前の反応力で勝利してきた二人だからこそ、構えた武器ごと真っ二つにされる憂き目を見てしまった。

 さて、防御が不可能な剣を振るえると言う事は。

 桐江聖次郎とは“反撃を恐れる必要のない剣士”であるとも言える。

 斬り付けた相手は必ず死ぬのだから、その後の駆け引きを考える必要が無い。

 自由奔放で一方的な太刀筋を、思う存分に描く事が出来るのだ。

 “何でも斬れる”という事は、そういう事だ。

 しかもそれは、限りなく光に近い速度で襲い来る。

 理論上、回避は不可能。

 それは、物質化した理不尽以外の何ものでもない。

 ここまで、二呼吸。

 さほど動いたように見えない准将の目前で、更に五人が両断された。

 田中と長谷川ほど鋭敏すぎない、ほどよい直観力の者が三名ばかり生き残った。

 彼らは、腕や腹を斬られながらも辛うじて跳び退く事が出来たのだが。

 准将の背後から抜け目なく射掛けられた矢に、脳天を四散させられて死んだ。

 当たり前の事だが、救援部隊の戦力は桐江准将だけではないのだ。

「くそ、儀式にかかれ!」

 ここまで、三呼吸。

 後衛の判断は迅速だった。

 桐江准将の姿を視認した時から、五人ばかり寄り集まって阿吽(あうん)の呼吸で祈りを捧げていたのだ。

 この橋が分断されるだけの、戦略級儀式工学の祈りを。

 ただ。

 超一流の儀式戦術造詣と天才的な軍略センスを併せ持つ五人が瞬時に下した判断。

 それすらも、桐江聖次郎の判断力と機動力よりは遅かった。

 ほとんど逃げる隙間も無い密度の矢雨が准将を襲う。

 にも関わらず、彼はことごとく抜け道を見出し、人外じみた身のこなしで潜り抜ける。

 避け切れなかった分の矢は、抜き放った短い脇差しで消去した。

 矢の消し飛ぶ火花を身に纏いながら、准将は自らの背中に、脇差しを持たない右手を回した。

 長剣を固定していた金具が外れ、指揮棒のような軽さで水平斬り。

「上獅子に、永遠の安寧(あんねい)あ――」

 滅びの儀式に取り掛かっていた五人の賢人が、頭蓋を刈られて死んだ。

 返す刃で、ついでのように十人近くの命が切除された。

 それももっともな話だ。

 准将が背中から解放した剣は、刀身だけでも一六〇センチはある。

 万物を例外無く両断できる剣士が持てば、ただ横に振るっただけでも大量虐殺の猛威と化す。

 それでも、それだけの長さがある剣なら、コンマ数秒程度の隙は免れない。

 三人の勇士が、その隙を逃さなかった。

 ここまでで五呼吸程度。

 ついに、准将の懐に踏み込んだ者が出たのだ。

 そして、脇差しに顔面を一閃されて、三人とも即死した。

 何のことは無い。

 准将が長短様々な剣を持っていたのは、間合いに応じて使い分けると言う至極シンプルな理由でしかなかったのだ。

 長剣をひたすら振るいながら、准将は突き進む。

 さながらトンネルを掘り進むかのように、歩兵の人垣がえぐられてゆく。

 もはや致命的なまでに敵陣に突出した准将を、占拠者達は四方から取り囲み、圧殺せんと殺到する。

 それを、桐江聖次郎旗下(きか)の護衛軍達が斬り伏せ、射殺し、万象の奇跡で殲滅した。

 六、七、八呼吸。

 最初の接触から十秒と経たず、防衛線は崩落。

 その綻びを、待機していた護衛軍車両が次々に抜けてゆく。

 当然、その中にはルカ・キリエ隊を含む間諜部隊が混ざっている。

 ――皆、強い戦士だった。

 人類三位の戦士たる桐江聖次郎は、元部下達の強さを“体感”出来ない。

 だが、理屈として“理解”はしていた。

 彼らの強さを認められるよう、努力してきた。

 自分達、和禰(わね)人の育てた後進は、かの執聖騎士団にも劣らず強いのだぞ、と。

 脇差を鞘に納め、長剣を地面に置き。

 上獅子のもとに()ったらしい部下たちに、深々とお辞儀をした。

 そしてまた、疾駆する。




 カエサルの息子達が大橋に展開した防衛線は、幾重にも及ぶ。

 まるで検問だ。

 盗人猛々しいものだと、騎士の正装に身を包んだシェイ・デューンは失笑を浮かべた。

 運転手は、対外的にシェイの従士とされる未来人(ルカ)だ。

 服装も、従士服(ブルーカラー)である。

 後部座席には、護衛軍医務隊の尾崎大尉。

 荒事は期待出来ないが、治療・強化の儀式執行者としては護衛軍でもピカ一であると言う。

 彼が居れば、半死体となっても、脳さえ生きて居れば生還出来るだろう。

 未来人(ルカ)とシェイに対する、桐江准将の心遣いか。

 はたまた、シャトラから寄越されたイノシシ二頭を間違いなく保護する為の采配か。

 また、今回のシェイの出動は非公式なものであり、シャトラの騎士隊としての活動では無い。

 その為、託宣オペレータによる支援は無い。

 シェイ自らが、司令部からの情報を受信し、尾崎大尉に口頭で伝える。

 負傷者のカルテ処理等も、シェイが現場に居ながらにして行う格好だ。

 テロリストの車両が、未来人(ルカ)の駆る護衛軍車両に絡み付くように並走する。

 この車だけでは無い。

 数で勝るカエサルの息子達に絡まれ、他の護衛軍達も難儀しているらしい。

 入り乱れた両陣営から、無数の祈りが天へ昇る。

 儀式戦術の発破や暴風槌(エアブロー)が次々に降臨し、互いの車体を打ちのめすが、決定打はほとんど無い。

 こうも敵味方が不規則に入り乱れていると、降臨点に敵だけを捉えるのが非常に難しいからだ。

 乗車した体勢では、弓矢を構える事も出来ない。

 彼我(ひが)の損耗は、

 護衛軍車両が一台、カエサルの息子達の車が三台、ハンドルを狂わせて海に落ちた程度。

 車の大群が爆走する外観とは裏腹、戦況は膠着している。

 進めば進むほど、カエサルの息子達は、仲間と合流して数を増やして行く。

 長期戦で不利なのは、救出部隊の方だった。

「こりゃ、テコ入れがいりそうだな」

 シェイが自分の掌と拳を打ち合わせた、乾いた音が車内に響いた。

「ミスター尾崎。オレの尻が今よりもっと俊敏に動くよう、お祈りしてくれ」

「な、何?」

 ジョークを解さないベテラン護衛軍がまごついていると、

「跳ぶからよろしく、って事さね」

 まるで家から出るかのような気軽さでドアを開け放つ。

「お、おい君!?」

 尾崎大尉は、狼狽(ろうばい)しながらもシェイの全身が増強されるように祈った。

 シェイの背に、目を眩ます程の後光が走った。

「ヒュゥッ! 感度良好、いい気分だぜ!

 リーダーの奴、いつもこんな前立腺に心地よい気分を演出しながら戦ってやがったのか。

 おいおい、てことはテレサちゃんも、リーダーにコレされながら戦闘任務やってるってか!?

 やべえな。“お仕事中にそんないじわる! ~絶対服従・女従士の痴態~”ってポルノが一本作れちまう」

 密度の増した五感と肉体の性能が引き上げられた万能感に満悦のシェイは、長大な無駄口上を垂れ流す。

 要するに“ちょっとやそっとじゃ負ける気がしない”という事を言いたいのだろう。

 彼は早速、隣の赤銅色のジープめがけて跳んだ。

 流れるように屋根へと這い上がり、そのまま倒立(さかだち)

 逆さまの姿勢で飛び上がると、浴びせるような踵落としを、フロントガラスに叩き込んだ。

 六九〇ジュール超の弓射を漏れなく受け止める強化ガラスが、氷のように真っ白にひび割れ、ドライバーの視界を完全に遮った。

 それでなくても、生身で取り付いてくる者が居るなど夢想だにしていなかった運転手は、ハンドルを取られて、ただただ狼狽の悲鳴を上げるのみ。

 回転しながら欄干へ突っ込んでゆくジープに見切りをつけ、シェイは跳ぶ。

 護衛軍車両を一台足場にし、再度跳ぶ。

 次に飛び移ったのは、大振りなミニバンのバックドアだった。

 流石に、車に跳び移られただけでテンパる最初の間抜けと違い、このミニバンの乗員は冷静だった。

 バックドアを殴り付けるように開け放ち、シェイを振り落とそうとしてきた。

 だが、シェイはドアに掴まり、しぶとくぶら下がっていた。

 そこへ、銀行強盗のような覆面をかぶった白人男が上体を出し、シェイに儀式起点のステッキを突き付けた。

 ドアにしがみつくシェイは、苦笑いを返すしかできない。

「Hey! 異国のドライブ、楽しんでるかな?」

 カエサルの息子達の男は答えず、儀式思考を天へ送る。

 それ自体が熱傷を招きかねない熱風が、放射した。

 シェイめがけて、固体じみた密度の放射火炎が走り抜ける。

 ヒンジから千切れたバックドアが、その線上に投げ出されて、一瞬のうちに蒸発。

 貧相な骸骨となって、ドアは今来た道を転がって行った。

 ――……、千切れた(・・・・)? バックドアが?

 千切れたドアが、火炎放射の線上に投げ出された。

 熱でドアが千切れたわけでは、断じて無い。

 となると。

 炎が降臨するより先に、ドアに相当の負荷がかかったという事を意味する。

 覆面の男が違和感を覚えた時には、

「太陽が欲しかったのかい? バカンスの季節は終わったんだぜ?」

 屋根に退避していたシェイが舞い戻ってきて、覆面男の横面を軽く叩いた――かに見えたのだが。

 右頬をぶたれただけに見えた覆面男の頭部は、空気を吹き込まれた風船のように肥大化し、覆面の穴という穴から夥しい血液を垂れ流し、(たお)れ伏した。

「バカンス以前に、お前の人生も終わったがな」

 パンチで人を殺すのに、頭部を粉砕する必要はない。

 脳へ最小限の破壊が及べば、十二分に即死たらしめる。

 一息に四散するより、犠牲者の面構えは陰惨なものになっているのだろうが、覆面をしているから見苦しくもあるまい。

 他、四列シートに囚われた三人の上獅子(かみしし)派の頭を順々に――ほんの小突くような手つきで――破壊してから、運転手の後頭部に爪先蹴り(トーキック)を突き込んで爆散。

 うっかり顔にかかってしまった返り血と脳漿(のうしょう)を拭いつつ、シェイは速やかに車内から脱出。

 隣を並走していた護衛軍車両に飛び散ると、今しがた制圧したミニバンがコントロールを失い、クラッシュする様を見届けた。

 そうして三台目、四台目と跳び移り、同じように乗員を襲って、葬り去る。

 五台目の白いセダン。

 ようやく前衛の乗員が同じ土俵に上がってくる。

 鉄仮面で顔を隠したその男は、ごく標準的な――それ故に機能的な――軍用直剣を手にしていた。

 だが、セダンの狭い屋根で拳士と向き合うのは、全くの自殺行為に等しかった。

 いかに音の壁を破る程の剣速を持っていても、それ以前に懐へ入られては無意味だから。

 仮面男の胸に、シェイの肘打ちが突き刺さる。

 固体のような衝撃が、男の肉や骨や臓器を押し退け、潰し、体内で放射。

 体内をミキサーにかけられたかのような死痛を堪えながら、上獅子派の殉教者は小さく間合いを離し、なおも剣を振り上げようとする。

 例えそれが、無駄でしかなくても。

 気付いた時には、シェイの回し蹴りステップオーバーフックが、殉教者の延髄を刈っていた。

 鉄仮面の男は錐揉み状に身体を回転されながら落車し、後続のワゴン車を巻き込んで激突した。

 シェイの狙い通りに。

 これで、六台撃墜。

 七台目、シルバーの大型ワンボックスカーに着地。

 金細工をあしらったオリエンタルな装飾の短斧を携え、また一人、覆面の挑戦者が這い上がる。

 剣士を完封された後に、取り回しの良い手斧をチョイスしたのは良い対策だ。

 シェイは、あからさまな嘲笑を見せつけた。

 覆面の男は、シェイの挑発を無視し、跳び退(すさ)る。

 ワンボックスカーの、ほとんど垂直に等しいボンネットに絶妙なバランス感覚で着地。

 手斧の間合い。

 シェイの手足が僅かに届かない間合い。

 覆面の男は裂帛(れっぱく)の気合いを叫ぶと、大気を抉り抜くような水平斬りを繰り出した。

 いや、事実、手斧の軌道上にあった空間の大気は裂かれ、真空状態に陥る。

 そうして、あるべき位置に戻ろうとした空気の流れが、シェイの長身を痛烈に打った。

 凄まじい風打に、シェイは踏み留まる。だが、半歩程度の後退を余儀なくされた。

 手斧を振り抜いた隙を突こうと思った時には、もう二打目が来る。

 結果は同じだ。

 いかに騎士の法衣で護られているとはいえ、空間を断裂するような斧頭をまともに受けるわけにはいかず。

 退避し、そして、殺到する真空波に身体を押されて、一向に間合いが詰められない。

 手斧とは、“戦斧”という武器本来の性質を活かしきれない、中途半端なカテゴリーの武器ではある。

 だが、素手の格闘家を封殺するには、どうやら理想的な機能を持ち合せているようだ。

 無論、まがりなりにも儀式医療的に肉体改造を受けた執聖騎士(シェイ)が対応しきれないレベルの斬打となると、手斧使いは乾坤一擲(けんこんいってき)の一撃を振るって来ているのだろう。

 つまり、上獅子派系過激派の十八番。

 我が身の人生を清算する事で、ほんの一時、超常的な降臨規模を得る下法。

 三打目の斧を振るった覆面男の叫びは、喉を引き裂かんばかりに悲惨なものであった。

 毛細血管はことごとくが破裂し、骨格も崩壊しつつある頃合いだろう。

 放っておけば自滅する、即席の超戦士だ。

 だが、シェイにも時間が無い。

 敵が合流する前に数を減らしておきたかったからこそ、こんな乱闘沙汰に走ったのだ。

 それに、いかなカーチェイスの最中とはいえ、このまま同じ位置に留まっていれば、小型弓や儀式戦術の良い的だ。

 実際、今、この時も、影を絶する何条もの矢が、シェイの傍らを通過している。

 大した威力では無いが、まともに眉間へ当たれば悶絶は必至だろう。

 車から車へと飛び移るこの暴挙。

 時間をかけるほど危険に晒されるのは、実はシェイの方だった。

 そして、それこそが手斧使いの狙いでもあるのだろう。

 四打目。

 とうとう、手斧使いの右腕がパンクした。

 鶏のささみ肉を千々に裂くかのように。

 だが、まだ左手がある。

 自分の鮮血に半身を染めた手斧使いは、不屈の闘志で得物を左手に持ちかえると、五打目を振り抜いた。

 シェイは、相も変わらず()()るのみ。

 その決定的な隙に、とうとう、12ミリ(やじり)が脇腹を直撃した。

 突き立った先端部分を中心に、およそ五七〇ジュールのエネルギーが、シェイの腹部を伝達する。

 大型肉食獣を一撃で殺して余りある威力だが、騎士の法衣はその九割がたを減衰し、矢が刺さる事も無かった。

 それでも、日曜大工の木槌で思い切り打ち抜かれた程度の衝撃は残る。

 シェイはまた、たたらを踏んでよろめいた。

 ……かに見えた。

 だがその実、軸足は、車の屋根を突き破りかねない程の勢いで踏みしめられていた。

 しかしそれが何になろうか?

 手斧使いの、覆面に覆われた口許が、この時初めて隆起したように見えた。

 事実、(わら)っているのだ。

 手斧一つ分の間合いを詰められない、丸腰の騎士が今更。と。

 そしてシェイは、手斧使いに程遠い空間を蹴り上げた。

 ただでさえ隙の大きい蹴りを空振るは、自殺と同義。

 これは騎士の頭を粉砕する栄誉にあずかれるか、と手斧使いは色めき立った。

 だが、手斧使いは顎から頭頂部にかけてを真一文字に引き裂かれた。

 突然解き放たれた血液が、野放図に宙に飛び散った。

 シェイの爪先から、鉈のような刃物が飛び出していた。

 それはすぐに、靴の中へと飲まれて消えた。

 靴底に仕込んだ奥の手……つまるところ、隠し武器だった。

 それだけで充分な致命傷だった。

 斬れた覆面が風に流され、顔面を縦に割られた西洋人の顔があらわとなる。

 脳を左右に両断された手斧使いは、魂が抜けたかのように、前のめりになる。

 そして、それでもなお、朦朧と、混沌とした意識のまま、本能と根性だけで斧を振るおうとして――アッパーカットで頭部を四散させられた彼は、今ようやく、永劫の世界へと旅立った。

「大したもんだ」

 掠れた声でそれだけを呟くと、シェイは手早く運転手を始末した後、ワンボックスカーから離脱。

 八台目。黄金のリムジンという、あまりに悪目立ちする足場へと飛び移った。

 車の屋根という、ごく限定されたステージ。

 素手の格闘家が圧倒的に有利なこの状況。

 もはやルーチンワークと化した殺戮劇に()みつつあったシェイは、ここまでの状況を黙考する。

 ――舞台(ステージ)が単一民族の島国ってのにしては、やけに外国人が出しゃばりやがる。

 だがそれは、とっくにわかりきっていた事ではある。

 護衛軍のごく一部が造反した程度で守り切れるほど、甘いものではない。

 和禰人は、その国民性故に、上獅子派のように強力な志向性を持つ組織に賛同する者が少ない。

 だが、敵の総司令バジル・メルメとしてはこういう心づもりなのだろう。

 人材を、必ずしも現地調達しなければならない理由がどこにある? と。

 大陸であれば、上獅子ブランドは随一のシェアを誇る。

 犯罪歴の無い、いわば“処女戦闘員”と、何の罪も無い外国人観光客とを見分ける手段を、現代和禰の入国管理局は持ち合わせてはいない。

 おりしも今は、和禰国最大にして、世界で最も有名な祭のさなかであるのだから、海外からの入国者は尚更うなぎ登りとなる。

 そうして輸入された過激派戦力が、この一点に集中投入されたと思ってよさそうだ。

 ――連中、本気で女王を()りに来てんな。

 シェイはただ、そう結論付けた。

 大局(マクロ)の事に考えを巡らせる時間は、どうやら無いらしい。

 悪趣味な黄金リムジンというステージ上に、次なる挑戦者が上がってきたからだ。

「へぇ」

 その小さな影と向き合った時、シェイは肩をすくめて、口笛を吹いて見せた。

 やはり銀行強盗じみた覆面で顔を秘めてはいる。

 ウェットスーツのような戦闘服に身を包んだ肢体は、女性的に柔らかな曲線で造形されている。

 やや未成熟ではあるが、執聖騎士シェイ・デューンは、相手のスタイルで分け隔てをしない。

 むしろ、ようやく目の保養を得たと言った所だ。

 染色体XXの所有者大歓迎。

 もっとも、こんなリムジンの屋根なんぞで出逢ってなければ、の話ではあるが。

 覆面から覗く瞳は、そこの海の上澄を思わせる青色。

 刺すように鋭く、いかにも気が強そうだ。

 悪くない。

 軽々とした態度とは裏腹、シェイは先ほどまでと変わらず、無慈悲な殺人拳の構えを取った。

 女の武装は、右手にした小太刀一本のようだ。

 あの服装では、他に何かを隠す余地は無いだろう。

 どうやら、この勇敢なる女戦士は、今のシェイに対してナイフファイトを挑むつもりらしい。

 ――さっきの手斧野郎は良い線行ってたが……あんな細っこい小太刀じゃあな。

 手斧は、見た目こそ長柄武器に比べて貧相だったが、斧頭に充分な重量と強度が備わっていた。

 先端に重心が傾倒している分、加速力もあった。

 せめて、鉈のように刃厚のある刃物であれば――持ち主の腕力次第で――シェイの肌に打撃が届き得たかも知れないが。

 ――あとは、剣速(スピード)次第ってことかね。

 だがシェイは、圧倒的有利な立場においても、一切の油断をしなかった。

 質量(ウエイト)で劣るナイフを使う戦士は、持ち前の速さで勝負をかけてくる者が多い。

 威力を測るにあたって大事な要素は、質量と速度。

 太刀筋が速ければ速い程、最終的な斬打力にその速さの二乗が乗算される事になる。

 法衣で護られている胴体はそれでも受け切れるのだろうが……万が一、首や頭部に命中すれば、致命傷も充分に考えられた。

 この広いリムジンの上であれば、足場の面積も充分すぎる。

 ――先の剣士と言い、手斧野郎と言い、自分の命を捨石にして次の仲間にオレの動きを見せていたようだしな。

 まずは、女の祝福降臨規模――すなわち、身体能力を見極める必要があった。

 お互い、屋根の外周を回りながら、間合いを測る。

 今度の挑戦者は、かなり慎重だ。

 騎士を相手に、小太刀一本分の間合いを見出だし、それを維持しなければならないのだから。

 手斧の男よりも、更に過酷な挑戦を強いられる事だろう。

 ――さて、この状況じゃあ、まともな手で来るとは思えないが。

 シェイがそう読んだ矢先、女が小太刀を持たない方の手を、そよぐように動かした。

 瞬間、シェイの脳裏を無意味な記号の羅列が無数に満たした。


《かa〃$なまイ盧&さか痲も・モ?10110・蟇たや>ら柄かし、おし狗じ£つえ?お・つ1gと00・0ぷ鵡あ》

 五十個の香水瓶のイメージ。一万個のキャベツのイメージ。七百軒立ち並ぶ掘立小屋のイメージ。津波三百回分ののイメージ。芭満(ばまん)国は張孟(ちょうもう)省の果てしない農道のイメージ×千枚。ロゼワインに満たされたグラス四千杯がピラミッドを築くイメージ。三十人並んだ俳優のイメージ。

 雲・アケビ・蜂の巣・モンシロチョウ・ロフトベッド・紙袋・フィッシュバーガー・万年筆・モミの木・マイワシ・生命保険料控除証明書。

pqpqqqqqqqqpqpppppqppppppppppppppppppppppppqqqqppppppppppppp10101010010101011110010101001010111010101001010111100101010


 これには、流石のシェイも苦い顔を禁じえなかった。

 ――託宣妨害託宣(ジャミング)か。

 無意味かつ膨大な託宣データを他人の意識に居座らせる事で、他の有益な託宣送受信を妨害する初歩的な戦術だ。

 一度に何十と言う託宣インターフェースを並列して閲覧できるシェイでも、秒間に億単位のデータを流し込まれれば、玉石の選別が困難になる。

 託宣オペレータとの連携に重きを置く執聖騎士に対しては、それなりの嫌がらせにはなる。

 まして、オペレータと現場を同時にこなしている今のシェイには、覿面(てきめん)すぎるほどのハラスメントだ。

 シェイは、託宣の為の思考を一切棄て、目先の女に意識を絞る。

 二級以上の巫覡(ふげき)資格を持つ巫女が、戦士として前線に出張っているのは予想外だったが、それを言えば自分(シェイ)も人の事は言えない。

 この程度で、騎士と非騎士との実力差が埋まるとも思えない。

 大きく前へ踏み込み、揺さぶりをかけて見る。

 案の定、シェイの踏み込みに比例し、女の退避も大股なものだった。

 いや、これ幸いとばかりに、小太刀のストローク分の間合いになるよう、調整していたようだ。

 いよいよ、女の剣がシェイを襲う。

 シェイの眉間めがけ、真っ直ぐな突きが放たれる。

 ――うわ、(にぶ)っ。

 シェイはこれを、少し顎を引いた程度で回避。

 直後。

 シェイの視界を白い光が占め、またたくまに世界をぼやけさせた。

 次いで、羽虫の羽ばたくような音が、大気をくすぐる。全身に、静電気のような痛痒(つうよう)がピリッと走る。

 女は、小太刀を儀式起点として、それなりの高圧電流を招いたらしい。せいぜい、象を殺せる程度か。

 大半が騎士の法衣に遮られて霧散したが、視力だけは守りようがなかった。

 当然、尾崎大尉の儀式医療による肉体改造は、シェイの眼球にも及んでいる。

 効率良く光を取り入れていた網膜は、至近距離で迸る激光をも余さず受け入れた。

 その過剰な光は正確に視神経へと伝達されてしまった寸法だ。

 視力の弱まったシェイへ、先程よりも格段に鋭い袈裟斬りが襲う。

 シェイはこれを、女の手首と自分の手首をクロスさせる事でブロック。

 ――打撃系で通っているシェイさんですが、ここからが真骨頂!

 ――このまま腕を絡めて関節を極めて、首をねじ切ってやるぜ。

 だが。

 女は、まるでそれを恐れるかのように小さく息を呑み、即座に跳び退いた。

 臆病すぎるほどの対応だが、結果としてそれが、彼女を必殺の極め技(サブミッション)から逃れさせた。

 彼女の細い首を追うように、シェイの掌底が空振る。

 目が見えないシェイだが、一連の攻防に影響はほとんどなかった。

 なのに、シェイのやる事なす事全てが、空回りしている。

 どうも女の逃げっぷりが、常にシェイの先を行っているようだ。

 しかし。

「剣と託宣と儀式戦術を少々(たしな)んでおります、ってか。

 芸達者なのは良いが、子ウサギちゃんみたいな可愛らしさが露呈してるぜ?」

 シェイは判断した。この女は、少なくとも前衛としては二流だ。

 敵を侮るのは阿呆のする事だが、過剰に警戒してハッタリに引っ掛かるのも阿呆のする事である。

 どれだけ力をセーブしても、騎士の超感覚は、見て・触れた相手の潜在力を看破出来る。

 先程の袈裟斬りが、この女の全力と見て間違いないだろう。

 ならば、この上どんな隠し球があろうと、対処は可能。

 少なくとも、小手調べに入っても良い段階だろう。

「んじゃ、攻守交代だぜ? お嬢様」

 執聖騎士は、非騎士の一段上の生物。

 それが非力な女戦士に告げたの、事実上の死刑宣告。

 色彩感覚と立体感を失った目のまま、シェイが駆けた。

 リムジンの端から端へ。

 十五メートルにも及ぶ長大な距離はコンマ秒で踏破され、シェイは女の懐に飛び込んでいた。

 流石に視界が万全の時ほどの動きの冴えは無いが、一辺の情けも無い、踏み込み拳打(ジョルトブロー)が女の頬に殺到する。

 女はほとんど転倒するように伏せ、紙一重で逃げ延びる。

 虚空を殴ったシェイは、無様なほど前のめりに長身を泳がせる。

 ――想定の範囲内。

 女が立ち上がるより速く、その小顔を足で刈り取る。

 シェイは軸足に膨大な筋力を送り、ふくらはぎを(たわ)める。

 ちょうど、サッカーでシュートを決めるような挙動だ。

 そして。

 何故か、シェイの視界が大きく転倒した。

 実際に彼は、軸足から崩れ落ちるように転んだのだ。

 女は無傷。

 屈んだ体勢から、シェイの脚に水平斬りを放った直後だった。

 あまりに綺麗な切り口だったので痛みは無かったが、(すね)へ視線を落とせば滝のように流血していた。

 ――バカな、あんなしょっぱい短刀で、騎士の法衣の護りを抜けただと!?

 骨に達する程の深手だ。

 神経を断たれた足は動かず、シェイはその場に跪くような格好となる。

 女が手首を翻し、逆袈裟斬り。

 間違っても刃に触れるのはまずい。シェイは先程と同じように互いの手首をクロスさせ、薙ぎ払う。

 さしものシェイも、今のブロックは死に物狂いの威力を込めた。

 女もそれを察したらしく、咄嗟に腕を引いた。

 だが、その細い右手首は花の茎を手折るようにねじ砕けた。

 それでも、女にはまだ左手が残っている。

 骨折の痛みなど無いかのように、平然と小太刀を持ち替える女を目の当たりにしたシェイは、転がるように退避する。

 例えその先が、屋根からはみ出した虚空であろうとも、法衣を貫通するような剣を浴びるよりはマシと判断した。

 それでも、落車までしてやるつもりはない。

 シェイは、咄嗟に屋根の縁にぶら下がった。

 丸みを帯びた屋根の縁に掴まるのはなかなか握力が要る。

 運転手も、ここぞとばかりにリムジンを蛇行させ、シェイを振り落とそうとして来る。

 足元では、黒灰色のアスファルトが激流のように流れている。

 シェイの身長は、リムジンの車高より高い。

 少しでも気を抜くと、軍靴の爪先が道路をかすめ、凄まじい火花が迸る。

 落ちても死にはしないだろうが、かと言って面白くも無い。

 ――斬られた脚が動かねー。ウチの部隊長は何をして……。

 尾崎の儀式治療が一向に降臨しない事に苛立つシェイだったが、

 小太刀の女がこの世に降ろした膨大なジャンク託宣データは、未だにシェイの意識を蹂躙していた。

 ――そうか、カルテ処理を封じられてんだから、部隊長を責めるのは筋違いだわな。

 しかし。

 戦士として決して強いわけでも無いのに、この女、恐ろしく戦いづらい相手だ。

 シェイの戦士としての特性を、ことごとく潰す手札を出してくる。

 剣野郎と手斧野郎の犠牲があったにせよ、そんな相手とかち合ったのは不幸な偶然と言うべきか。

 いや。

 シェイは、戦術の構築にあたって、偶然と言う要素を最初に疑う癖を付けている。

 そのシェイだからこそ、胸に違和感がわだかまる。

 ――オレの脚を斬った剣……。速さも重さも大したことが無かったはずだ。

 あの程度の威力ならば、法衣の常駐奇跡で刃を防ぎきれると読んだからこそ、シェイはあの一刀を避けなかったのだ。

 事実、騎士の法衣を着ていなかったら、シェイの脚は切断されていただろう。

 ――あの女の発した運動エネルギーと、結果としてオレの脚に生じた切断力が釣り合っていない。こりゃあ……。

 シェイには、考える時間がかなり与えられていた。

 女が縁へと近付いてくる足取りが、非常に遅いからだ。

 ゆっくりと、草食動物をなぶる大型ネコ科動物のように。

 実際になぶる意図は無いのだろう。

 迂闊に近付けば、シェイがどんな奇襲を仕掛けてくるか……それを弁えているようにも見える。

 だが、シェイとしてはやるしかない。

 屋根上に戻り、尾崎が脚の傷を目視しやすい位置を取り、治療させる。

 そして、傷が完治した暁には、次こそは身体能力の格差にモノを言わせて圧殺してやる。

「よう、お嬢様。

 こういうの、アクションもののドラマだと定番な構図だよな。

 ヒーローが崖っぷちでぶら下がってて、悪役の足が、今にもその手を踏み潰そうとしてんの」

 女は応じず、素早く小太刀を回して刀身をつまんだ。

 そして、唯一の武装であるそれを、あっさりと投げた。

 シェイは縁を掴んだ腕に全力を込めると、その場から消えた。

 いや、消えたのではなく、腕の力だけで頭上高く飛び上がったのだ。

 常人であれば、滞空中に車に置き去られ、路上に投げ出される暴挙だ。

 しかし、シェイのコントロールは、自分を投げると言う行為ですら精密だった。

 宙を翻りながら睨んだ着地点は、女の目前。

 両手から着地すると、地に手を付く回し蹴りメイア・ルーア・ジ・コンパッソで、ハエを追い払うかのように牽制。

 そこから、間髪入れずの宙返り蹴り上げ(ゲイナーフラッシュ)へと連携。

 女はその全てを予測していたようで、冷静に跳び退いて見せた。

 だが、シェイの足先からは、再びあの仕込み短剣が鞘走っていた。

 シェイは、淀みない所作で着地する。

 手応えなし。

 女は――健在だ。仕込み短剣は鼻先スレスレを通過したに留まったらしい。

 ――やっぱ、さっき見せちまってるもんな。コレ。

 だが、間合いは致命的なまでに詰まっている。

 唯一の武器である小太刀を投げ捨ててしまった以上、女に決定的な殺傷手段は残されていない。

 もはや、シェイを一瞬でも止める手立ては無かった。

 ……少なくとも、彼女には(・・・・)

 もはや、シェイとしては、無駄に大ぶりな技を繰り出す必要も無かった。

 一切腰に力を入れない、ただの牽制打(ジャブ)だけでも、女の頭蓋の中を骨片交じりのペーストに出来る。

 だが、シェイの目端に映る海。

 その水平線スレスレの位置に“異常”を見咎めて、シェイは再びこの土壇場でとどめの一打を断念させられた。

 女に伸ばしかけていた腕を引き戻して突然横に向き直ったかと思うと、両腕を交差させ、胸の辺りを守る。

 その、まさに、腕を組んだ胸へ破城槌(はじょうつい)()かれたような途方もない衝撃が喰らい付いた。

 海の彼方から、矢だか何だかわからない物が射られてシェイに命中したのだ。

 ――バカな、こんな所にスナイパーだと!?

 増強されたシェイの目は、電光に眩んでいてもなお、海の彼方に控えていた狙撃弓手(スナイパー)の存在を捉えていた。

 狙撃手から射掛けられた飛来物が腕に食い込むよりも先に、シェイは巨人のように鉄槌じみた一歩を踏み出し、全身の筋肉を奮起させていた。

 リムジンの屋根は見る影も無く波打ち歪み、全ての窓ガラスが潰れた。

 ろくな予備動作を許されなかったシェイだったが、彼の腕に到達した“飛来物”に対しては充分すぎる“打撃”が生じ、バットで打たれたかボールのようにいずこかへと弾き返されて消えた。

 だが、シェイの長身に走った反動までは殺しきれなかったし、リムジンの特殊装甲は、踏み止まる足場としてはあまりに脆かった。

 シェイの身体はスポンジか何かのような軽やかさで投げ出され、女戦士の側を素通りし、反対側の路面へと叩きつけられた。

 ゴムボールのようにバウンドする身体を、シェイはすぐさま受け身を取って立て直し、なおもリムジンへ復帰しようと足腰を(たわ)める、

 が、

(なん)――おい、マジかよ……」

 リムジンから見下ろす女の覆面が縦に割れ、風にさらわれて行った。

 先程、彼女の鼻先をかすめただけに思われたシェイの靴底仕込み剣は、覆面一枚を裂く程度には接触していたらしい。

 そして、覆面の抑圧から解放されて宙に躍ったのは、

 肩ほどの高さで綺麗に切り揃えられた黒髪。

 現れた顔は、


 今までシェイと交戦していた、ウェットスーツのような戦闘服の上に、

 リナ・キリエ・キシンの顔が付いていた。


 それを目の当たりにし、一瞬、気を取られたシェイは、再度リムジンに跳び乗る機会を逸した。

 リナの、いつもと違う青い瞳が、何の感情も持たないようにシェイを見下ろしていた。

 ――ここまで詐術(さじゅつ)の限りを尽くしても、遂に仕留められませんでしたか。流石は執聖騎士。

 ――流石は、シェイさんです。

 ……という目つきを、彼女はしていた。

 シェイは、皮肉に口許を緩めた。

 ――ああ、そういや、いつも黒のカラーコンタクトしてたんだっけ、彼女。

 ――黒髪に碧眼は悪目立ちするってんで、いつも、な。

 何の事は無い。

 昨日まで身内だと思っていた人間が上獅子信仰を隠していて、利害が食い違ったから、突然敵に回っただけの事。

 それが銀行強盗じみた覆面をつけ、カラーコンタクトを外して斬りつけてきただけの事。

 いざ体感してみると、少しは面食らったが、このご時世ではよくある出来事の一つだ。

 それとわかれば、あの女と対峙してからここまで感じてきた多くの違和感にも説明がつく。

 託宣妨害託宣(ジャミング)というセコい手でシェイの託宣運用を真っ先に潰してきた事も。

 拳士としては打撃系一辺倒に見えるシェイが、実は致命的な組み技の使い手でもある事を知っていたかのような立ち回りにも。

 そして、亀のように遅い太刀筋にも関わらず、シェイの脚を斬った剣は、桐江准将仕込みの上倉一刀流なら有り得る事だ。

 こちらは相手の正体に気付かなかったが、向こうはこちらのスタイルを知っていた。

 不運が連続したかのような、不自然な戦いづらさも道理であった。

 そして、リナ自身は、どう足掻いてもシェイに勝てない事を知っている。

 だから、船に乗って待機するスナイパーの一矢をシェイに当てる。

 その為だけに、あれだけもってまわった時間稼ぎに専心していたのだろう。

 わざわざ、先にスナイパーを配置していたという事は、シェイが車を飛び移って暴れる事さえも先読みしていたに違いない。

 不充分な視野の中でなおも側面に停泊する船を察知し、なおかつ「そんな不審な船に乗っているのは十中八九スナイパーだろう」という所まで瞬時に読み切ったシェイのセンスは、彼女の予想の範疇を超えていたようだが。

 事実、腕から伝わってきた衝撃を概算すると、通常の矢の八十倍の威力はあった。

 咄嗟に抵抗しなければ、シェイの半身は千切れ、命すらも危なかっただろう。

 リナは、確実にシェイを殺す気でいたのだ。

 騎士と非騎士、その絶望的な力量差を自覚しながらにして。

 二人の仲間と、自分さえも捨て石にし、その一矢に全てを賭けた。

 それを考えたのが、若干十八歳の少女であろうとは。

 ――末恐ろしい娘さんだ。

 ――もっとも、彼女に“末”なんて物があるとすれば、このオレから生還しなきゃならんわけだが。

 シェイも、端くれとはいえ執聖騎士だ。

 知り合いだからと言って手心を加えるつもりも無かった。

 リナが危険なテロリストであるとわかった以上、シェイはリムジンへと追いすがり、丸腰の彼女を一片の慈悲も無く殺しに行くつもりでいた。

 だが。

 ――ま、今回は生還できたようだな。

 あいにく、もう土俵(リムジン)に立つ手立てがシェイには無かった。

 後続の敵車両が、こぞってシェイに狙いをつけている。なおもリムジンにこだわろうとすれば、儀式戦術の良い的だろう。

 結果的に、リナの戦術勝ちとなったようだ。

 ――戦略的にも……贔屓(ひいき)目に見て、痛み分けと言った所か。

 ――最低でも、あと十台は潰したかったんだが、完全に計画が狂ったぜ。

 不満そうに唇を尖らせるシェイを轢殺せんと、黒のステーションワゴンが突っ込んでくる。

 シェイは自らその車に飛び込むと、前転をするようにバンパーから屋根へと滑り込み、再び路上へと飛び降りる。

 それを受け入れるように、一台の護衛軍車両が突っ込んできた。

 つい先ほど、シェイ自身が飛び出した車だ。

 助手席のドアが、勢いよく開け放たれた。

 シェイは、そのドアに飛び移ると、滑り込むようにして助手席に乗り込んだ。

 後部座席の尾崎は、魂が抜かれたように呆気にとられていた。

 だが、運転席の未来人(ルカ)は、激戦から生還してきたシェイを一顧だにしない様子で、ひたすらハンドルを操るのみだった。

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