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9.適応

「そうか、決断してくれたか。ならばぼくは君達を全力でサポートしようじゃないか」

 少し嬉しそうな顔をすると、彼女はそう言った。

「とは言え、一体何をどうするんです?」

 当たり前だが、僕もカナコも、何もない空間から武器を取り出すような真似は出来ない。

「うむ、うむ、そうだな。まずは君達の異界への適正を開花させようか。今のままではただ異界を感知出来る一般人でしかないからね。逆に一般人よりも異界に遭遇する機会が多くて、危険なくらいだ。自分の身を守るためにも、戦う術を身につけることは必要だ。どうやるかって? それは簡単だ。こうやってぼくが君達の頭に手をあてて、ちょっと異界との周波数を合わせてやるだけだ。君達、ラジオは聴くかい? 聴かない? そうか、最近の若者はラジオ文化からは離れてしまっているのか……じゃあ周波数については? ああ、それは勉強するのかな? まぁ詳しいことはわからなくてもいいんだ。これからぼくがすることは、君達が受信している異界の周波数を、ちゃんと合わせてやるということをするんだ。ラジオには混信という言葉がある、これは同一周波数や隣接する周波数の局があると、交じり合ってちゃんと聞こえないという現象のことを言う。君達の今の状態は、それに近い感じになっているんだね。異界の情報を受信するチャンネルはあるのだが、それは微妙に正確ではなくて、断片的な、ラジオに例えて言えば、近くの周波数だから音が入ってくるのだけど、現実世界との周波数と交じり合って全ての情報が正確に入ってくる状態ではない、そんな感じさ。それを正してやれば、前準備は完了さ」

 彼女は喋りながら僕達の頭に数秒手をあてて、またすぐに離れた。

「これで大丈夫だ。君達は今、異界への適応を果たした」

 もう終わったのか? 正直何も変わったようには感じない。

 カナコも同じなのか、戸惑っている雰囲気が伝わってくる。

「不思議そうな顔をしているね。無理もない。これだけではまだ何かが変わったと理解することは出来ないだろう。ここから君達に秘められた力を引き出す術を教えるのだが、その前に一つ、説明をしておこう」

 彼女は指を鳴らして再び話しだす。

「魔物と戦う人間は少数だが、全国各地にいる。ああ、ぼくは日本から出たことがないから、海外がどういう事情なのかはわからないよ? だがきっと、海外にも似たようなことをやっている人間はいると思うね。……こほんっ、話を戻そう。その魔物と戦う力を持った人間が、どのように発生したのかはわかっていない。かなり昔から存在するみたいだからね。もしかしたら、文献に残っているような妖怪退治の物語も事実なのかもしれない。まぁそれはともかく、現代に生きるぼくたちがどうやって魔物達と戦うか、これについてだったね。それには異界がどのようなものであるかという説明から始めなければならない、異界、魔界、地獄、平行世界、闇の世界、はたまた高次元の精神世界……様々に呼ばれるから、君達も好きに呼べばいい。正式な名前なんてものはないんだ、ぼくもなんとなく異界と呼んでいるに過ぎないのだからね。さて、その異界──ぼくの話の中では異界に統一させてもらうよ、その異界だが、これは現実世界と重なりあったもう一つの世界だと考えられている。しかしその実態は常に揺らいでいて、現実世界のように強固な存在として確立している訳ではない。だが何かのはずみで現実世界を侵食し、そこにいる人間を襲うために魔物が現れる。……さっきぼくが倒した魔物、そう、あのろくろ首みたいな奴だ。あいつがぼくに倒された時にどうなったか見ていたかね? うん、その通り、まるで最初からいなかったみたいに、消えてなくなってしまったね。それはあそこで異界が強く発現していたという理由もあるのだが、本当のところ、魔物は精神体の塊みたいなもので、肉の体を持っていないということが理由なのだよ。ここで戦うための方法というものが関連してくる。異界においては肉体的な強さよりも、精神的な強さが重要になるんだよ、まぁ、だからと言って何日もご飯を食べてないような状況で戦える訳ではないけれどね。ぼく達は人間だ。肉の体を持っている以上、全てが精神的な問題で片付くという訳ではないんだね。……さてさて、遂にこの話の核心だ。では魔物と戦うためにはどうすればいいか、それはね、ぼく達も異界に適応して、精神的な力を前面に押し出すことによって戦うんだ。先ほどぼくが出した刀もそう、あれはぼくの精神力で創りだされたものだ。現実世界ではペーパーナイフ程の役にも立たないが、異界ではそれこそどんな名刀にも負けないほどの切れ味を誇るものだ」

 彼女は再度刀を虚空から取り出し、片手で構えてみせる。その姿はこれまで幾度も刀を振るってきたと理解させる、熟練者の動きをしていた。

「ぼくはこのように刀などを扱うが、これは君達にそのまま当てはまる話ではない。君達には君達の、異界における姿というものがあるはずだ。ぼくはそれを引き出すことを手伝ってあげよう」

 刀を虚空へと仕舞いこみ、彼女が僕達二人の目を閉じさせる。

「重要なのはイメージだ。どのような姿になりたいかということを思い浮かべる必要はない。それはこれまで君達が生きてきた人生の中で、最適なものが選ばれる。ならば何を思い浮かべるかということだが、なんでもいい。好きな武器でもいいし、尊敬する人物でもいい。まぁ、あまりにも戦いからかけ離れたイメージは思い浮かべないほうがいいと思うけどね」

 言われて思い浮かべるのは、ゲームのことだった。

 魔物と戦うと言えば、アクションやRPGではよくある話だ。だから僕がイメージしたのは、そう言った魔物と戦う主人公達の姿だった。

「そして、異界と現実世界の意識を明確に切り替えるために、何か掛け声みたいなものを考えておくと良い。慣れれば意識的に選択出来るが、最初のうちは中々うまくいかないものだ。その時に掛け声があるとその切り替えが多少楽になる」

 掛け声……掛け声ね、いったい何がいいだろうか。

 しばし悩んだ僕だったが、目を閉じたままのカナコから声がかかる。

「スバル、あれにしない?」

「あれ?」

「ブレインファンタジアの戦闘開始時の台詞」

 どうやらカナコが思い浮かべたイメージも、ゲームのことだったらしい。

 ブレインファンタジアは近未来が舞台のRPGだ。僕達が生まれる前からシリーズとして発売していて、重厚なストーリーとわかりやすいシステムで子供から大人まで人気がある。

「なるほど、それにするか」

 別にふざけている訳ではない、ただ、イメージと合わせた掛け声のほうがいいかなと思っただけだ。

「決まったようだね。それじゃあぼくが今から君達の精神に働きかける。最初はかなり苦しいかもしれないが、頑張って耐えてくれ。もう耐えられないというタイミングに来たら、君達が決めた掛け声を言うんだ」

「え?」

「いくぞ」

「ちょっとまっ……! ぐう!?」

「あ、うっ……」

 瞬間、内蔵を無理やり内側から押し上げられるような奇妙な感覚が僕達を襲う。吐き気がこみ上げてくるが、実際に食道をあがってくるものは何もない。だが、徐々に内蔵を押し上げる力は強くなり、もはや押し上げると言うよりは、まるで何かの生き物が僕の中でめちゃくちゃに暴れ狂っているような感じになってきた。

「うう……はぁ、はぁ……」

「あ、あ……あ……!」

 何分経ったのか、それともまだ数秒しか経っていないのか。苦しみのあまり僕は立っていられず、膝をつく。もう、限界が近づいているような気がする。

「す、ばる……」

「ああ……」

 カナコも限界なのだろう。荒い息を吐きながら、僕へと声をかける。

「いくぞ……」

「う、ん……」

 タイミングはここしかない、そう思ったとき、僕達は同時に口を開いた。

「「リアライズ!!」」


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