コカトリスも走れば…
「ドバッシャーン!!」ヒドラに背を向けて逃げたトリスが、突如 沼に足を取られて転倒し、ソドムも泥沼に投げ出された。
これには追跡を諦めかけていたヒドラが喜び、普段は見せない 本気モードで距離を縮めてゆく。
クモやムカデのように足が多いほど悪路を進みやすいという理屈なのだろう、ヒドラは複数の首を代わる代わる泥に突っ込み、足代わりにして無理やり泥をかき分けて追ってきた。
このヒドラの意思決定は中央の首がするのだが、自らも汚れ仕事をしないと弱点であることがバレるため、率先して頭を泥に突っ込んでいる。
(他の首には意思はなく、命令を実行するだけの手足のようなものらしい)
「おい!トリス大丈夫か!?」沼に投げ出され 腰まで浸かったソドムが、転倒したコカトリスを案じた。顔の泥を手で拭うが、視界は確保できても不快感までは拭いきれない。
「すみません、魔力切れで浮力を維持できませんでした」こうなっては逆に人間の姿の方が動きやすいため、変身を解くトリス。こちらは吟遊詩人としての高価な仕事着が泥にまみれて悲惨である。
「そうか・・・、まずは逃げろ!そこまで来てるぞ!!」と、ソドムは両手で泥をかき分けながら必死に前へ進む。
「だいぶ引き離したと思いますが・・・ひぃぃぃ!!」チラリと振り向いたトリスは、多脚生物のように迫りくるヒドラに驚いた。
銀髪の美青年は、優雅さの欠片もなく歯を食いしばって、なりふり構わず泥を掻き分けた。ソドムと出会ってしまった己の運命を呪いながら・・・。
(この方と一緒だとロクなことがない!ああ、平和な連邦でアレックス様と過ごした日々が懐かしい。・・・だけど、逃げたところでレウルーラ様に召喚される)
「おい!なんでもいいから、ヒドラから離れろ!!」ソドムは、現実逃避ぎみのトリスを叱咤する。
(こんなところで死んでたまるか!)
ソドムは、このようなリスキーな作戦は好きではない。
ただ、平穏な日々に慣れすぎると、幸せであるという感覚が薄まるので、少しの刺激を求めたに過ぎない。
まさか後に引けなくなり、ここまで体を張る羽目になるとは思ってはおらず、大言を吐いた過去の自分を殴りつけたい気持ちであった。
「は、はぃぃぃ!!」人生で一番全力で逃げているトリスも似たような心境であった。
その時、必死で逃げている彼らの頭上に三つの飛来物が通り過ぎたかと思うと、着弾し轟音を上げた。トリスと見物人たちは突如起きた爆発に驚いた。
「よし!間に合ったな」荒い息のソドムは両握りこぶしを挙げて喜ぶ。
「そ、ソドム様・・・これはどういう事でしょう?」体力の限界で、へばって泥に突っ伏しそうなトリス。
なんとか振り返って、後ろにいるヒドラが半分吹き飛ばされているのを見て、ソドムに状況を聞いた。
「ふふ、調教が失敗した時は戦艦主砲の射程内に誘い出すのが作戦の第二段階だったのだ」
とはいえ、泥沼にいたままでは危険なため、なんとか岸に上がるソドム。
「しかし、港からは相当離れているはずですが・・・」
「おう、射程ギリギリの1kmに潜伏できる森があったので、そこで戦艦を待機させていたのだ」と言い、ソドムは遠くを指さした。
「ほら、あの森だ」その方向には、平原にポツンとある森の木々があり、不自然に揺れているのが見て取れた。
「大砲の最大射程は存じておりますが、ここ陸ですよ・・・・・・あ」
見つめた先に、木々を押し倒しながら向かって来る船を目にしたトリス。良く知っている船が、陸上を進んでくるという奇妙な光景であった。
「いつぞや冴子殿に依頼していた陸上戦艦さ」
「あの完成がうやむやになっていた…陸上戦艦。しかし、愛しのレウルーラ号にしか見えませんが?」帆もオールもない独特な外輪船をトリスが見間違うはずがない。
群衆も陸に戦艦が現れたのには驚き、それが噂のネオギオン・愛しのレウルーラ号とわかると歓声をあげた。
「う、うむ。じつはレウルーラ号と同じ動力で、歩行する陸上戦艦を開発したのは良いが・・・曲がることができなくて頓挫していたのだ。そこで、新造艦は保留にして、とりあえず既存の船を活用することになったのだ・・・。外輪船の羽根車を車輪として運用するという・・・目の付け所は良かったが、陸地での長距離走行には脆弱過ぎて、陸運用を控えるように言われていてな。最近になって魔力で耐久性を高めたものと換装し、作戦に組み込むことができたわけさ」
長々と話している間、ヒドラは再生能力で破損した部位の回復をしているが、被害が大きすぎて戦闘できる状態ではなかった。
「それにしても・・・、対巨大生物用兵器というものだけあって、大砲の威力は絶大ですね!」なんとか岸に上がったトリスは、尻餅をついたまま感心している。
「対象の進む先が予測でき、かつ 動きが遅くないと当たらない兵器であるが、今回は良い成果であった」と、満足げなソドム。上機嫌で船に向かって手を振った。
船首にはルゼッタがおり、派閥の旗を振っている。
豪奢な金髪に白き聖印徒マントを纏ったルゼッタは、その戦歴と容姿で、女子にも人気があり黄色い声援を浴びていた。
そこに操縦を放棄したシュラが加わり、これまた歓声を受けた。飯時だったのか、手には食パン一斤丸ごと持っている。シュラは、じゃじゃ馬娘だが、裏表無く愛嬌があり、強いときたもんだから、男女ともに彼女を好んだ。ソドムの人気とは大違いである。
「金の竜が刺繍された黒旗、なんとも頼もしい!」ここにきてトリスはホッと溜息をつく。
治安の保証されていない地で、丸腰のまま魔物に追い回されていたのだから、安堵感は一塩であった。




