影王vsヒドラ
晴天の昼下がり、港町スウィートの南 4kmくらいにある深淵ダンジョンにて、クリーンナップ作戦が発動された。
午後を選んだ理由は、昼の戦闘許可時間を避けるためで、そうでもしないと冒険者同士の足の引っ張り合いにより、コチラが壊滅しかねないからでだった。
作戦は、ダンジョン前の沼に居座るヒドラを、プラチナランクであるガーターズが引き受け、その間にカッパーランク冒険者が、ロープで連結された小舟五艘を沼に浮かべて引っ張り、岸からダンジョン入り口まで縦並びなるよう配置する。
その連なった小舟に板を敷き 簡易橋にし、攻略組のシルバー・ゴールド冒険者が一挙に渡ってダンジョンを制圧する計画であった。
これだけの大作戦を単独でできる派閥は、タイタンズくらいしかないだろう。ゆえに、今回はギルドが主導することになった。
知恵なき魔獣討伐と違い、魔王絡みの案件は攻めにくい構造をしており、全くもって厄介なのだ。
戦闘指揮はギルドマスター・ラセツ。双剣使いの彼女は、先陣を切りたい衝動を抑え 手柄は若手に譲り、今回は自儘な冒険者どもの指揮・サポートに徹するつもりでいた。
沼から少し離れ、ヒドラにギリギリ察知されないところに陣取った彼女の表情は険しいものであった。
片目で距離感がつかみにくい・・・からではない。
(しかし・・・、この街の人々は騒ぎが好きというか、祭り好きというか・・・。見物許可を出したとはいえ、攻略組の十倍も見物人がいるというのはどうなんだ?ソドムの野郎が剣闘試合を興行化したあたりがキッカケだろうが、勝手に屋台まで出ている。本戸家の商人も便乗して閲覧席まで準備しているし・・・こんなことなら、ギルドで商売を仕切ればよかった!見物人を守るために、無償で聖印徒十人配置するハメになったのだからな)
集まった群衆と作戦に参加する冒険者が最も興味を示しているのが、プラチナランク・ガーターズであった。
ネオギオンの中心メンバーにして、魔神攻略だけではなく最大派閥タイタンズを二度退けた実力を直に見たかったのだ。
魔剣ゾルディティンの所有者・戦士シュラは、桁外れの戦闘能力が知れ渡っており、専属聖印徒ルゼッタの強さも、たった一人で賊十人倒したのを街の守備隊が目撃していたので、すっかり噂になっている。
魔術師レウルーラは、町中で普通に魔物を使役しているので、それだけで実力のほどは周知されていた。
影王ソドム、この男だけが謎であった。
基本的にバカ強い取り巻きが敵を倒してしまうため、影王が目立たないのだ。
酒場で絡まれた時に剣士としての一面が垣間見える程度で、その強さには疑問があった。せいぜい、たまに奢ってくれる良い人・・・という印象である。
連邦では世界を滅ぼしかけた極悪人扱いだと下界の民は知ってはいるが、「いくらなんでも、大袈裟すぎる」としか思っておらず、人間ではなく不死者?正体は竜?影王だけに影を操る?などの噂ばかりで、畏怖する存在とはなっていない。
勇気を出して影王に話しかけたり、酒に誘った者もいたが、いたって普通という印象だった。強いて言うなら料理好きの愛妻家という・・・面白みのないものであった。
その噂の男が、一人で黒馬に乗って現れた。いや、皆が先入観で騎乗は馬と思ったが、実際はジェットブラック・コカトリスに乗っていた。
コカトリスは沼地や干潟を好み、魔力により泥濘を歩けるという特性で小動物などを捕食している魔物である。
かくいう吟遊詩人トリスも、変化でコカトリスを取り込んでから、人間社会より楽な生き方に溺れ、ソドムに捕まるまで、長い間コカトリスとして生きてきた。
ソドムは、このフットワークを活用して、ヒドラの攻撃を避けつつ調教するつもりであった。
最悪のケースとして、コミニケーションとれない完全野生型だった場合、接近して飛び掛かり 首にとりつき締め上げて、無理やり屈服させる覚悟だ。
ヒドラは水場を好む性質上、火を吐くくせに己は火攻撃に強くないのではないかと、ソドムは勝手に考察していた。
であるなら、密着してしまえば振り払うために炎吐息は使えないため、物理・毒耐性がある魔人・ソドムなら勝ち目があると考えた。
さらに仮説であるが、超再生能力があるヒドラは首を斬り下ろされても再生するが、首絞めで脳に血液が行かず死んだ場合は、再生しないのではないか・・・と。
魔物に詳しいレウルーラは、期待が多分に含まれた計画に難色を示したが、珍しくソドムが譲らなかった。
根拠(乏しい)と自信は、「キビ団子で命令に従ったのならば、知性が芽生えている個体か、トリスと同じ魔物に成り下がった闇司祭に違いない。ならば、話せば分かる!」というもので・・・これが、一応ソドムの勝算であった。
彼は「勇気ある俺の姿を見れば、民の評価爆上り間違いなし!」という輝かしい妄想に支配されていた。
今さら功名心に駆られているのは、案外 ルゼッタに「酒色に耽っている」と思われていたのを気にしているのかもしれない。
(たまには男らしいところを見せないと、女房どもに愛想つかされるかもしれぬ)
見物者たちはドラゴン級の魔物を見るのが初めてであり、まずは驚き、屈強さの欠片もない色白な小男(ちょっと失礼)が軽装かつ徒手空拳・・・丸腰で挑むようなので どよめいた。
皆が騒めく中、一番老齢の男が、
「遥か昔の忍者は、防具を着けないほどACが下がり(防御力が増し)、素手で敵の首を落としたという・・・」と言い、
その隣にいる老人は、
「違う文献かもしれぬが、修行を積んだ修道僧は武装がないほうが攻撃力アップしたそうな・・・」と、わけのわからない解説をした。
この二人の話を聞いてもなお、黒い衣服だけという影王の出で立ちは異常であった。
「はいはい、皆さん騒がないで下さいね~。作戦に支障をきたしますのでぇ~」と、馬に乗り巡回警備している調査聖印徒らが注意喚起をしてまわる。
当然、皆 従ったが・・・「てか、馬上でド派手な格好して,、目立ちまくってるアンタらに言われたくねぇー」と思った。
羽根飾り付きの帽子や、カラフルな服装、ガチャガチャとうるさい拍車つきブーツと背負っている大剣・・・こんな奴らが、新ダンジョンなどに先行調査しているなんて、とても信じられないのが普通であろう。
調査聖印徒のリーダーが、ソドムに馬を寄せ「マジで行くんすか?」と確認した。
ソドムは今更な確認を黙殺し、
「これよりクリーンナップ作戦を決行する!!」と声を張り上げ、遠目にいるほぼ点くらいのヒドラを指さし、コカトリスを前進させ、沼に踏み込んだ。
コカトリスに乗ったソドムは、障害物が少ない沼地では非常に目立つため、すぐにヒドラに見つかり、昼飯として認識された。
ヒドラはというと、うつ伏せ状態で呑気に昼寝していた。
超再生能力と火炎吐息を併せ持つため、成体の半分という小さい個体であっても天敵はおらず、安心して寝ていられるのだ。
食事は沼の生き物に群がる鳥などがメインだが、豚人や人間がわざわざやって来るので、ローストして頂いていた。
様々な亜種がいるようだが、このヒドラは多数の首に、どっしりとした胴体、そこに短めの四本の足がついている。
つまり、胴体をうねらせて進むヘビタイプではなく、足で歩くドラゴンタイプであった。
歩きにくい沼地の移動は、魔力で胴体に浮力をつけて「犬かき」のように前進する。そのため、驚異的な速さはない。
ただ、腰辺りまで泥に浸かっている人間は、とてもじゃないが逃げ切れないだろう。
ヒドラの意識がソドムに向いたことを確認したラセツは合図を送り、カッパーランク冒険者たちがドッと小舟を浮かべ、腰まで沼に浸かりながら各自の配置場所までしゃにむに引っ張った。
このような泥に塗れる下仕事も、嫌がらず引き受ければ、シルバーランクへの推薦につながるので、皆必死である。
トリスはヒドラの炎吐息ギリギリの場所をウロついて、注意を引きつけるのに専念した。
(あ~あ、なんで吟遊詩人の自分が、こんな危険な目に合わなくてはならないんだろう。野生のコカトリスでさえヒドラを見かけたら全力で逃げるっていうのに・・・)
「おい、トリスびびるな!もっと近づけ!10mも離れていてはコミュニケーションとれないだろう」と、ソドムがコカトリスのトサカを握って、前に傾けた。
『痛たた。ソドム様ぁ、いくら小型のヒドラでも我々にとって炎はマズいですよ』
「故人曰く・・・当たらなければ どうということはない。真正面から突っ込まず、斜めに迫るのだ。それから円を描く様に徐々に敵との距離を詰める・・・渦巻の流れに任せ中心に向かうようにな。さすれば、敵が攻撃を定めた場所にはすでに我々はおらず、相手は後手後手にまわる」
『そういう事でしたか、考え至らず申し訳ありませんでした。では、さっそく!!』パチャパチャという歩みを加速させ、斜めに切り込んで行くトリス。
完全にヒドラの射程に入った時、炎吐息の洗礼を浴びるソドム達!
だが、ヒドラが火炎を吐いた場所には彼らはおらず、怯むどころか時計回りに距離を詰めてきた。
「どうだ!?たとえ弓の名手だとしても予測撃ちなんて簡単にはできぬものよ。ましてや、魔物などできるはずがない」と、ソドムは解説してから、高らかに笑った。
見物人達は、剛毅なソドムに感心して魅入っている。
「どわちゃ~!熱つあぁあ~!!」「コケェ~!!」が、勝ち誇れたのは一瞬だけで、想定外にも炎がかすめ、火耐性が低い魔人であるソドムは絶叫してしまった。羽根に引火したトリスも我慢できずに鳴いた。
『愚カナリ。我ガ首ノ数ヲ忘レテイルナ』逃げ惑うソドムを嘲笑するように、ヒドラは九つの首をそれぞれウネウネと動かしている。
炎を吐くのは一つの首とは限らず、動き回る敵にはそれぞれの首が適当に炎吐息を吐けばいいだけの話だったのだ。
幸い、この心話は近場までしか届かず、恥の上塗りにならずに済んだソドム。
「・・・やるな!しかし、知性があるなら話は早い」そう呟いた。
(地の利がなく、再生能力と火炎吐息を持つコイツに勝つのは難しい。奥の手を使うか・・・)
ソドムは、火を叩き消し トリスをなだめて、射程外から語り掛けた。
「訳あって人の姿だが、俺は竜王ソドムだ。眷族の端くれならば、我に従え。さもなくば、再生が追いつかない業火で焼き尽くす!」と、禁断のパワハラ恫喝をぶちかました。
『笑止、竜デモ人間デモナイ半端者ガ何ヲ言ウカ。竜王様ハ隠シキレナイホド強大ナ魔力ヲオ持チダ、スグ分カル嘘ヲツクナ』と、心話って威嚇で炎を吐く。
その炎は、ソドムらの足元を焦がした。
「うひゃ!!」
さっきの炎で懲りて、おもわず変な声を出してしまったソドム。
『お、覚えてやがれ!必ず屈服させてやるからな~!』
ヒドラまでしか届かない心話で捨て台詞を言い、尻尾を巻いて逃げた。
ヒドラは、久しぶりの大きな獲物に執着し、後を追う。
逃げながらも、
「挑発は成功だ!これより次のフェーズに移行する!」
これは戦略的撤退・・・だと、皆に向かって宣言した。
見物人は「なるほど」と思ったが、仮設橋を組んでいる冒険者にとっては、ショックであった。
追いかけるのを諦めたヒドラが、いつ彼らに向かって来るかわからなくなったからである。
「狼狽えるな、作業を続けろ!」ラセツは背筋を伸ばしたまま、凛として指示を出している。
この後の展開は聞かされておらず、ただソドムの「任せろ」という言葉を信じるしかなかった。
(あの野郎、本当に逃げたんじゃないのか!?)
ラセツは無意識に剣の柄を、怨敵の首を絞めるように強く握り締めていた。




