竜と蠍の会合
昼になり、ネオギオン・ガーターズは指定された河原にやって来た。
青空の下、アクシーズと旧大和帝国関係者と その家族、およそ百人ほどが大鍋二つを囲むように集まっている。柔らかな日差しと草の匂いが、忙しない街での日常を忘れさせてくれるのだろう、皆 楽しそうであった。
ガーターズは水深が浅いにもかかわらず、戦艦で無理やり川を上り、乗り上げる様に接岸して、楽し気な民のひとときを恐怖でブチ壊した。
これは、安全確保のため仕方がなかった。礼儀としては早めに来なくてはならないが、治安圏外の場所だけに、守りの堅い戦艦で移動し、あえて遅く来て現地での戦闘時間を避けた。
船からは、巨大クワガタであるスタグと金のカブトムシが飛び立ち、帝国民の頭上を旋回してから、背に乗っていた二人が降りてみせた。高所恐怖症のソドムは、昇降機で優雅に船から降りて彼女らと合流した。
これにはアクシーズたちも騒めいた。戦艦に搭載されている大砲の威力は噂になっていたが、普通に魔物を使役していることに度肝を抜かれた。そもそも外輪船が動く理屈もわからないため、文明の差というか技術の差というか表現しがたいショックを受けていた。
赤き眼をしている黒騎士は、帝国兵を何万人も殺した元竜王にして月山家の婿ソドムということは当然知られていて、昨日 羅虎討伐で活躍したばかりの四賢者のレウルーラ、魔神攻略も果たしているルゼッタも、娯楽の少ない地方ではあっという間に噂話が拡がり とうに有名人だ。
大和民は強きものを好む性質だったので、恐れつつも歓迎し、月山九兵衛レイコが待つ筵(ワラの敷物)まで彼らを案内した。民の眼差しは、英雄を見るかのように輝いている。
てっきり憎まれていると思っていたソドム達 (一応は連邦系の)は、歓迎ムードに拍子抜けした。「おそらくはレイコ殿が、皆に言い聞かせたのだろう」と、ソドムは気遣いを感じている。
これに関しては気遣いというよりも、アクシーズとしての方針転換で、ソドムの圧倒的な力を目の当たりにしたレイコらが、今しがた古参の者共と話し合い、かつての縁戚関係を持ち出して同盟関係を構築すると決まったのだ。
化物級の連中でも、味方になるなら頼もしいことこの上ない、となれば歓迎にも力が入るわけだ。
宴席とはいえ、外で行うために簡素なもので・・・筵に上下関係はなく、ソドム達は地べた同然の場所に座らされ、漆塗りの箸と杯を渡された。
ソドムらの正面には着物姿のレイコと、家老である羽黒と湯殿が座っており、丁重な挨拶を受けた。
レイコは昨日ソドムに言われたことを真に受け、髪をセミロングにして桜色に染めて、着物は白を主体にして髪色を際立たせている。地味な色の着流し姿の家老が両脇にいるため、彼女はさらに華やかに見えた。
ソドムはデマカセで言っただけなので、「イメチェンしたのか・・・、目立つし 魔物にとっては食べやすくなったかな」としか思っていないが、レウルーラは一瞬ではあるが獲物を狙うかのようにレイコを睨み、目を細めた・・・一瞬だが。
さて、羽黒と湯殿は家老と言っても、帝国時代のように領地や特別手当がでるわけでもない。代々 月山家に仕える名誉職として本業と兼任し、忠誠心だけで若い棟梁を盛り立てて今日まで厳しい環境を切り抜けてきた。
ちなみに羽黒はラーメン月影の経営、湯殿は魔像の湯を経営して、アクシーズの財政を支えている。
こと派閥財政だけで考えると、ジオルドのタイタンズとゼイターのユーロは、天界の本領から資金を引っ張ってこれるので非常に恵まれているのが分かる。しかも両者は、ほぼ趣味で下界探索をしているに過ぎないので贅沢極まりない。
情けないことに、ソドムのネオギオンに関しては、本貫の地が凍土ばかりで貧しく、逆に仕送りをしているという状況だ。それに比べれば、アクシーズはマシなのかもしれない。
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」と、ソドムは形式張った挨拶をし、
「今回は冒険者としてアクシーに来たわけで、ご挨拶の品は持ち合わせていない。とりあえず、これをお納め頂きたい」そう言って、腰の剣を前に差し出し、赤き眼光で三人それぞれを流し見る。
(いいな!?わかってるな?これは形式だからな!受け取ってくれるなよ)
剣は業物でも魔法剣でもないのだが、柄や鞘が貴金属で豪奢に飾られた逸品で、金貨数十枚の価値はある。これを守銭奴?のソドムがあっさりと渡す・・・、それで東の脅威がなくなるなら安いと踏んだのだ。
「いや、婿殿・・・頂くわけにはいきません。どうか、お腰にお戻し下さい」と、羽黒が押し戻す仕草をして、やんわり断った。力関係が釣り合わない上に、物を貰っては立場がなくなるからであった。
それを見透かしたソドムは「しかし・・・」と言いながら困った顔をして妻を見て、仕方なく引き下がる小芝居をした。
(助かった、あまり使わないが気に入ってたからな。公爵時代は兵士と同じ装備か、節約のため敵から剣を奪ったりして清貧に努めてきたが、今は借金は完済しているんだ・・・装備くらい贅沢したい。断ってくれてありがとう・・・帝国人よ)
「うぃ~す!おっ、お前ぇ~二十年ぶりじゃん、元気してた?後で手合わせしようか?あ、そこのアンタはスザクの娘でしょ、似てるわぁ」などと、アクシーの民と話しながら、空気を読まずドンドンと 会合の席に割って入るバカが来た。
ソドム達三人は、高い声の主が誰なのか想像できたが、ゆっくりと振り向き、チラリと確認して、少し俯いた。
赤髪に黒のビキニトップ、同じく黒のミニスカにガーターベルトの女戦士シュラであった。
「バイト休みになったから暇でさ、なんかの集まりがあるって聞いて来ちゃった。にしても、昨日街で戦いがあったのに死体処理早いなぁ~。もう、何事もなかったかのように清掃されててビックリ。ギルド並みの手際の良さだよ」と、感心したかと思えば
「あ、キュウちゃん髪色変えたんだ、可愛いじゃん。着物姿もいいね、てか着物の時はノーパンってホントなの?」と、現れて早々ベラベラ喋るシュラ。よほどバイトがつまらなくてストレスが溜まっていたのだろう。
名指しされた九兵衛レイコは、昔いじめられた怒りを横に置き、
「シュラちゃん、元気そうでなによりだ。この地は悪魔神殿が近くにあって、悪魔どもが血の匂いに誘われて寄ってくると大惨事になるから、手早く処理しなくてはならないのだ」と、特殊事情を説明した。
湯殿がシュラに、
「シュラ殿は我らの隣に」と、縁戚を強調するため、帝国陣営列に座るよう促した。
「へぇ、噂に聞こえるデモテンってここにあったんだ~。あとで行こう」とソドムに言って、どっかと腰を下ろす。
「そうだなぁ、討伐依頼か儲け話があるなら行ってもいいぞ」と、悪魔がひしめく地獄のような場所を、まるで観光にでも行くかのごとくサラリと言うので、帝国人たちは舌を巻いた。
座ったシュラは杯を受け取り、レイコの側近二人をマジマジと見て、
「おう。あんたら二人、覚えてるぞ。二十年も経てば、爽やかな若武者も渋いオッサンになるもんだな、ま・・・嫌いじゃない」と、白髪交じりの総髪を眺めて言った。
「シュラ殿は変わらず魅力的ですな。そういえば、ソドム卿とレウルーラ様は我らと同じ黒髪ですが、大和系でしたでしょうか?」シュラのおかげで緊張が解け、羽黒も口を開いた。
「ん、ああ。祖先はそのようだ。おかげで俺の身長は女性並みなんだろうな」と、自嘲するソドム。案外ルゼッタより背が低いのを気にしていた。だが、自分より大きい女も悪くない、小さいよりはずっといい・・・などと考えてるので、けっして機嫌の悪くなる会話ではなかった。
和やかな雰囲気になったところを見計らって、湯殿が同盟の話を切り出した。
「こうして縁者や家族が芋煮会に集まれるのは幸せな事ですな。我々アクシーズはこの地から魔物と魔神を駆逐して、住みやすい世界を後世に残したいと願っております。婿殿のネオギオンとて、それは同じはず。今日は芋煮を食べ、酒を飲み、遺恨を水に流して、姻戚いや・・・同盟者として絆を深めとうございます」そう言い終わると右手を上げ、艶やかな女衆に酒を注がせ、月山九兵衛レイコとソドムに深々と頭を下げた。
レイコは杯を上に掲げ、
「同盟に!」と言って微笑んだ。流れ的に「同盟に」とソドムらが合わせてしまい、ここに同盟が締結された。
これにより、派閥冒険者同士の私闘は禁止となり、横取りや妨害の可能性はなくなった。ソドムには、あまり得がないが、タイタンズからのヘイトを分散できるという意味では悪くない。
にしても、キツネにつままれたような「あれ?」という感じで同盟が成立したので、ソドムはモヤモヤしてはいた。
(まあいい、何かと奢ってくれる女なので良しとしよう)
皆が固めの杯を飲み干した時、
「うっ!!」と唸り、シュラが杯を投げだし倒れ込んだ。目は見開かれたままで、手は小刻みに震えている。
「シュラさん!大丈夫ですか!?・・・まさか、毒?」顔面蒼白のルゼッタ。 変に備え咄嗟に武器を手に取り、解毒魔法をかけるため立ち上がった。
戦国の世は、友好を装って毒殺するなど珍しくはない。
(わたしは馬鹿だ!!昨日ですっかり安心して、暗殺の可能性を考えていなかった。同じ人物から酒を注がれたならまだしも、複数人から振舞われたなら毒見は必須なのに!!)
ルゼッタに反応して、羽黒と湯殿は抜刀できるよう、少し体勢を動かした。
「大丈夫かシュラ!!俺たち魔人は毒耐性があるんだから、面白くもなんともないぞ!」と、ソドムがツッコみ、レウルーラはクスクス笑っていた。
「う、美味い!!これは外孫でしょ?」寝転がったシュラは、いたずらっぽく笑って、レイコに酒の銘柄を聞いた。
「せ、正解だ。・・・シュラちゃん、この雰囲気で悪ふざけはやめて!」と、冷ややかに叱るレイコ。羽黒たちもイタズラだとは思っていたが、それを理由に仕掛けてくると警戒してしまったのだ。
「申し訳ないレイコ殿。今の連邦王アレックス同様に我が子として育てたつもりなのだが、お恥ずかしい限り」と、ソドムは頭を下げた。
「いえ、こちらこそ養女として預かりながら、このような不始末」と、レイコも謝る。
「はいはい、わたしが悪うございました。で、この芋煮会ってなんなの?」悪びれる様子もなく起き上がったシュラは、酒のおかわりを飲みながら訊ねた。




