勇者ルゼッタの絶望的試練
遠方から砂塵を上げて十騎の暴走賊が現れた。一番後の戦車に乗るオレンジモヒカンが、リーダー格と思われた。その戦車は、いくつものロープに金属片や木片をくくりつけて引きずり、わざわざ音を立てていることから、目立ちたがり屋のアホだと誰の目にも明らかであった。
ソドムは挨拶代わりに手を振ってから、宿泊部屋を案内する宿屋の主のように「こちらで〜す」とばかりに対戦相手であるルゼッタの方へ誘導し、邪魔にならぬよう仲間とともに場を離れる。
別れ際に皆から「頑張って!」などと励まされるルゼッタ。アンデットを相手に大立ち回りしたことはあっても、個体差が激しく組織的に動く人間相手では勝手が全然違うので苦戦は必至。
しかも、ルゼッタは騎馬相手ということを失念していた。ゴロツキ十人と見積もっていたのが、兵にして三十人くらいの戦力と思われた。次第に血の気を失うルゼッタ。
(これは厳しい戦いになりそう。こんな時こそ冷静に考えないと・・・)
『案ずるな、己と盾を信じよ。こちらの斧槍の長さを知られぬために、地面に置け。奴らが牽制で矢を放ってきたら盾で防ぎ、次の突撃に備えて盾を地面に固定しやり過ごせ。そして、何人かやり過ごしたら、斧槍を拾って反撃に転じるのだ。・・・勇者とは勇気のある者を言うのだろう?』百識は、完全にすくんでいるルゼッタに指示を出す。
「はい!」ルゼッタが我に返って元気に返事をしたとき、敵側の騎射により戦いは始まった。ルゼッタはマントを広げ、自慢の大楯で矢を立てで防いだ。
そもそも賊は当てる気はない。できるだけ戦利品を傷つけたくないのだ。
暴走賊たちは、マントを広げたハイレグ美女に驚いて、一瞬戦いを忘れたが、気を引き締めて・・・も、どうしても気になり集中できない。
当然、攻撃には精彩を欠き、振り下ろす棍棒も無意識に手加減してしまっていた。
ルゼッタは大盾を大地にガッチリ置き、傾斜をつけ守りを固めた。彼女の身体は、ほぼ盾のガード範囲に納まったので、舐めて真正面から来る相手には鉄壁の防御態勢であった。
「ヒャッホー!」などと奇声を上げる数人の暴走賊が、すれ違いざまに棍棒や剣で攻撃してきた。「グワァーン!ガガガン!」と激しい金属音が辺りに響き渡る。下手に反撃すると、相手の思うつぼだと思ったルゼッタは冷静にやり過ごす。
敵の攻撃が一瞬途切れた時、素早く斧槍を拾い上げ 石突を土に押し付け、足で固定して構えた。
続いて突進してきた騎馬は、斧槍を避けれず馬をやられ、派手に転倒した。ただの落馬とはいえ、人間はモロい生き物なので簡単に死んだりする。この賊がそうであった。受け身をとる暇がなかったため、地面に頭を打ち付け動かなくなった。
その次に来た騎馬には また盾でやり過ごし、タイミングを見て斧槍を突き出しては敵を減らしてゆく。
ルゼッタは、絶望的な状況に光明を見た。「か、軽い!思い描いたように体が動く。それに相手が油断しているから、急所がガラ空きで殺りやすい!悔しいけど、ハイレグアーマーの有効さを認めざる得ない」と、思った。
最後の騎馬は同じ轍は踏まないよう、直進せずに寸前で向きを変えて襲いかかろうとしたが、斧槍のピックで引っ掛けられ落馬し、うつ伏せに倒れている所を、重量のある大盾を振り下ろされ、断頭台のように首を「ゴシュッ」と切断された。いや、刃がついていない分、ギロチンより痛かろう。
ルゼッタは歩行の不利を覆すため、主を失った馬に跨り、斧槍を構えて突撃体勢になった。
ガーターズは、ルゼッタが大健闘してるのを見て舌を巻いた。
ソドムに至っては、何ならコッソリ暗黒魔法で手助けするつもりだったので、驚いていた。
(王家の血筋だろうか、恐ろしい戦闘センスだ)
戦車の男は突撃に参加せず
「おいおい、やるじゃねーか姉ちゃんよぅ。もう、五人もやられちまった、ヒャハハハ」
ルゼッタはモヒカンの男を認識し、怒りを顕にした。
「よくもノコノコと私の前に現れましたね、スペード!あの時の借りは返させて頂きます!覚悟しなさい!」そう叫ぶと、司令塔であるスペード目掛けて馬を走らせる。
ソドム達は「スペード、まだ生きてたんだ・・・」と呆れている。てっきりジオルドの【改心の一撃】で昇天したとばかり思っていたのだ。
「ヒャハ!怖い怖い。おい、全員で取り囲んで手籠めにしてやれ!あとは、速攻で豚人に売っ払ってやるからよぅ。ヒャハハ」スペードは無意識に頬の♠タトゥーを掻きながら指示を出した。
(コイツはあくまでも逃がした獲物であって、真に憎むべきは素人入れ墨してくれやがった赤髪のシュラ!・・・なんだが、手が出せないからな。せいぜい、コイツを目の前でいたぶって憂晴らしといくか)
「半分殺してくれて取り分が増えたぜぇ。そろそろお楽しみといきますかぁ〜!」
「ああ。弱え奴は奪われる、それが修羅国!」「間抜けだから死ぬのさ」賊は各々 身勝手なセリフを吐きながら、ルゼッタに殺到する。
最初に彼女の前に立ちはだかった者は、スピードに乗った斧槍の突きをまともに喰らい、胴に深手を負って絶命した。騎士の突撃同様、馬の速度を利用した突撃は、斧槍の威力を倍増し、鎖帷子や革鎧は難なく突き通せるほど強力であった。
ルゼッタは巧みに馬を操り、一対一の状況をつくり、賊を次々と葬っていった。囲まれそうなときもあったが、魔法の火礫で敵を怯ませ窮地を脱し、斧部分で首を刎ね、槍部位で目を突いた。
(近接戦では詠唱が短い魔法が有効とソドム殿から教わったけど、確かに効き目はありますね)
幼少から鍛え抜かれてきた戦士と、怠惰に流され集団で弱者を襲うしか能が無い賊では勝負にならない。
聖印徒の外套は返り血で赤く染まり、その重さを嫌ったルゼッタは無意識にマントを外した。多人数を相手にしたため、さすがに彼女の息遣いは荒い。
「マジかよ、全員やられちまった・・・。てことはぁ~?俺が報酬を総取りだな。戦利品のお嬢ちゃんも生きてるし、割のいい仕事だぜ!ヒャハハ」そう言うと、スペードは右手で愛用のトゲトゲ棍棒を振り回し、ムチを揚げてルゼッタに特攻を仕掛けた。
『いかん、奴は馬ごとぶつける気だ。その前に殺れるか!?』百識が危機を伝える。
(おそらく奴は、衝突前に車両から飛び降りるつもりなのだろう)
「はい!女性を食い物にしてきた腐れ外道に天誅を!!」ルゼッタは馬をなだめて、盾を手放し投擲の構えをとった。一撃必殺、左手で手綱を握り 股を引き締め体を固定して、心を落ち着かせて敵との距離を測った。
「な~んてな!」ふざけた口調のあとパッと棍棒を離して、クロスボウを取り出すスペード。「前金総取りで十二分なんだよ、勝ち負けなんて知るか。ヒャッハー!」と言って矢を放ち、向きを変え離脱をはかった。
ルゼッタは迫りくる矢など気に留めず、「地獄へ落ちろぉー!」と雄叫びを上げ、スペードの背中目掛けて斧槍を勢いよく投げつけた。敵の矢は彼女に命中したが、騎射の精度は低いため、唯一の鎧部分である肩に当たって弾かれた。
哀れ、スペードはやり逃げをかましたかのような表情のまま、背中に深々と斧槍が刺さり、糸が切れた操り人形のように崩れた。斧槍は落ち、騎手がやられたことを知らない馬は、追加命令がないので、真っ直ぐにどこかへ走り去った。仰向けになって動かぬ主を、荷台に乗せたまま・・・。
「やったぁ!!」実技の師匠であるシュラが最初に勝利を喜んで、タオルを手にルゼッタの下へ駆け出した。トリスが勝利の曲を演奏し、場を盛り上げる。それに応じて守備兵も歓声を上げた。
「見事だ!ほぼ無傷で賊を倒しきるとはな・・・」ソドムはルゼッタを惜しみなく称賛した。そして、犠牲となった賊の死体に「魂よ、安かれ・・・」と祈りを捧げて廻る。そのうち何体かに、一瞬黒いモヤが滲み出たが、勝者ルゼッタにばかり注目が向いてるので、変化に気がついた者はいなかった。
「晴れてガーターズ専属聖印徒になれましたね、おめでとうルゼッタさん」櫓から降りて来た見届け役のラセツが「これで文句ないわね」という目をソドムに向ける。
「よくぞ試練を乗り越えた。歓迎するぞ、聖印徒ルゼッタ殿」ソドムは礼儀正しく丁重に頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんのおかげで悪を成敗し、試練も乗り越えることができました」ここまで体が動いて、敵を殲滅できるとは思わなかったので、ルゼッタは嬉しくて泣きそうであった。
「で、どうでした新装備は?」付与魔術師の冴子としては、是非とも感想を聞く必要があった。勝ち負けよりも、自分の仮説と検証が大事・・・とは口には出さないが、魔術師は普通の人間と感覚が違うのである。
「このハイレグアーマーは、恥ずかしくはありますが、確実に敵の攻撃に躊躇や隙が多くなったと感じました。身軽で動きやすいため、思い通りに攻撃出来て、盾の信頼性も最高でした」と、素直に装備の良さを話すルゼッタ。
(悔しいけど、戦いやすかったのは事実。まるでシュラさんのように騎馬を撃破できるなんて、自分じゃないみたい)
「貴女の技量があってこそだけどね。これなら、ダンジョンだろうが派閥戦だろうが通用すると思います。それにとってもキュートだったわよ」と、冴子は太鼓判を押した。ラセツについて来たミネルバは、「とってもカッコ良かった!戦乙女って、ルゼッタさんみたいなのかも」と目を輝かせて手を握った。
「いや~、なんか照れます。でも、まだまだ覚えることがありますので、これからもよろしくお願いします!」
それはさておき、ソドムが馬を見ていて ハッと気がついた。
「おい、シュラ!馬、馬を捕まえろ!状態によるが、一頭金貨一枚で売れるかもしれん。悪くても銀貨一枚になるだろう。助からん馬は血抜きして、肉屋に売るぞ」と現実的な指示を出した。
「了解!まさかの臨時収入ってわけね」と言い、剣を抜いた。
「アホ!魔剣だと火と毒で商品価値下がるだろ」
「ヤバい、忘れてた。苦無にするわ」素直に剣をしまうシュラ。「あ、死体はどうする?街の近くなのに放置はヤバいよね?」
「そ、そうだな・・・。またも不作だったし、ギルドに埋葬を依頼するか。仕事のないカッパーランクなら引き受ける奴もいるだろう。ということでラセツ殿、死体処理を頼みます」
「承知した。どの道、放置して帰ったら代金を請求するつもりでいましたから。そろそろ、片付けに来るでしょう」
(プラチナランク様様だ。いるだけで、儲け話が絶えない。ギルドとしては儲かれば、勇者だろうが影王だろうが構わないという方針だからな)
「じゃ、着替えたらお昼ごはんにしましょ!聖印徒歓迎会よ」と、レウルーラがソドムの手を引いて提案した。
「お、そうだな。・・・ルゼッタ、何が食べたい?元宮廷料理人の俺が自ら腕を振るおう」と、労をねぎらうソドム。言葉遣いがだいぶ砕けてるのは、信頼の証であった。人とは表面上の付き合いが多い男だが、関わってしまったなら とことん面倒見がいい。
「よろしいのですか!?でしたら・・・フルコースを」ルゼッタは、修業期間 筋肉を増やす食事中心だったので、美食に飢えていた。
「え、今から仕込むのか!?まあいい、作ろうじゃないかフルコースを」男に二言はない、とまで言うソドム。
「三人前でお願いします」顔を赤らめて言い終えたルゼッタ。
(フルコースは美味しいですが、ポーションが少ないから食べた気がしないの・・・)
仕事量が大幅に増えたのでキョトンとするソドム。
(三人前?他にルーラと冴子の分か?ん?)
「あっ!そうだった、君は大食いだったな。ハッハハ。了解した、今日は徹底的にもてなそう」乾いた笑いのソドムは、もう一人の大食いであるシュラの食べっぷりも思い出し、仕込みの多さと時間の少なさに頭を抱え、足早に街へ向かった。
レウルーラは一緒に歩きながら「相変わらずのお人好し」と、思いつつ 「それもこの男の魅力だ」とも思った。




