暴かれた影王ソドムの弱点
夜、冒険者ギルド・スウィート支部の酒場では、闘技興行の成功を祝い、主催者ソドムの奢りによる宴が催された。一応、冒険者のための施設なので一般人はお断りなのだが、祝いの場ということでギルド側は見て見ぬふりをしてくれ、人がごった返して椅子が足りないどころの話ではなく・・・むしろ邪魔なので撤去されて立食パーティーとなった。
その立食パーティーでの例外は、飯を奢る側のソドムらガーターズ。さすがに主賓なので、椅子に座っての食事である。
今回の事で運営力と武威を示したので、手のひらを返したように挨拶をしに来るものが絶えない。
昨日までは、邪悪な影王もしくは胡散臭い冒険者として、遠巻きに見ていた連中が、「剣を奪われた影王は力を失い、バカ強い勇者の妹と五英雄・魔術師レウルーラによって管理されているから害はなさげだ。確かに、気前はいいし悪い奴じゃなさそう」と思うや否や この賑わいである。
宴の中盤にもかかわらず、すでにソドムはヘロヘロだった・・・。特権として着席して食べれるのはいいのだが、「ソドム殿、本日は・・・」などと挨拶に来る者があれば、尊大に座ったままというわけにはいかず、その都度立ち上がり 当たり障りのない話をして杯を合わせる・・・。酒を飲みながらスクワットしているようなもので、酔いと疲れでグッたりしている。
ただ、せっかくレウルーラが自分のイメージアップに尽力してくれたのだから、無にできないという思いがあるので、頑張って営業スマイルを維持していた。
本当は、今日の成功を胸に抱いたままベッドで寝たいところなのだが。
途中、酔い覚ましというわけではないが、
「我が名はギラドJr、父の仇を取らせていただく!」と剣を抜く者が現れた。
見た顔ではないので、おそらく修羅国に交じって街へ来て、一般人の服装に着替えて隙を伺っていたのだろう。男は問答無用でソドムに斬りかかった。
ソドムは酒杯を持ったまま立ち上がっていたので抜刀は間に合わない。左手の黄金の籠手で受けてもいいが、それでは芸がないので・・・ノーガードで斬られるにまかせた。
「殺った!!」男はソドムの首を斬りつけて確信した。だが、斬った感触が肉とは違い、硬めの粘土を叩いたような鈍さがあったのは気がかりではあった。
普通に考えて、冒険者ギルドで暗殺をしたところで逃げ切れるものではない。それゆえ、誰も警戒はしていなかった。家族枠で同席しているミネルバも、唐突な凶刃に呆然とするしかない。
ソドムは首で止まった刃を素手で掴んで、暗殺者からグィッと取り上げて床に放り投げた。剣は石畳でガシャンっと大きな金属音を上げるが、争いが茶飯事の酒場では、喧噪にかき消され気にする者は少なかった。
ソドムのあえて避けないという物理耐性を信頼しての大胆な行動であるが、さすがに少し血が滲んでいた。
「よくわからんが、酒の席で刃物を振り回したら危ないだろ!」と言って、ハエを追うような仕草をして退場を促す。
レウルーラが過去の記憶を辿って、暗殺者について思い出した。
「あ〜、怪力自慢の山賊ギラド。20年前にドロスさんの配下でいたわ。だとすると・・・、仇はソドムじゃなくラセツちゃんね。まあ、そうなるとギルドマスター殺しは討伐確定だし、修羅国からは やり過ぎたってことで粛清されるかもね」という説明で、ソドムも思い出した。
「ああ、俺たちの新婚旅行を襲撃してきた山賊の子か。なら逆恨みじゃないか。技量なし、動機は微妙・・・話にならん。帰れ、帰れ!セイントに見つかったら顔に焼き印されちまうぞ」と再び退場を促すソドム。同情の余地がないので、男は酒場から締め出された。街に侵入した賊なのだから、討伐されないだけでも寛大な処置といえた。
ちょっとしたトラブルであったが、ソドムの凄みが伝わるいい機会になったので、ガーターズとしては悪くない出来事だった。
さて、勝者であるシュラも人気があった。ただ、面倒くさいので一々応対はせず、勝手に話を進めては酒を飲み、悦に浸っていた。
「えっ?高く跳ぶコツ?」シュラ以外にできない小技を一般人に教えても意味はないが、立ち上がって
「あのね、目の前に階段があるとイメージして、強く念じてぇ~跳び乗るの!」と宙に足をかけ実践してみせた。
それを見た者たちは「おぉ!」と騒めき、中には自分もできそうと思い真似をして地団駄踏むような動作をしている阿呆までいた。好奇心旺盛なミネルバもバタバタと試し始めた。
ガーターズの面々は「あんな芸当できるはずがない」と苦笑いして見守っている。
「あっ!」そんな中、一瞬ではあるがミネルバの足が宙を踏み、ほんの少し浮いた気がした。
「今、浮いたよね?」と、レウルーラが皆に確認した。ソドムらは、ゆっくりと頷くと、ミネルバは喜んで「やったー」と言って飛び跳ねた。
「あ…、私もできた・・・」と言ったのは、白い重装鎧の女騎士で、確かにその瞬間は浮いてるように見えた。
原因はわからない。二人が成功したのはシュラの能力に感化されたのか、集団ヒステリーみたいに皆がおかしくなっていただけかもしれず、ソドムとレウルーラは結論を出せずにいた。
冴子はバイザーを上げて、
「貴女はたしか・・・ルゼッタさんですよね」と声をかけた。ルゼッタは無邪気に上げていた足を戻し、
「皆様、ご無沙汰しております。今朝のシュラさんの戦いぶりを見させていただきましたが、相変わらず規格外の強さで痺れました!」そう言うと、ルゼッタはシュラの手を取った。シュラは照れながら「なんだぁ、見てたのか。あたしの天空捲覗断罪剣が炸裂するのをさ」と言い剣を振る仕草をしてみせた。
「それで・・・、実家に戻って色々と考えましたが、やはり 是非ともガーターズに入れていただいて、皆様に教えを乞いたく舞い戻った次第です」と、青い瞳をソドムに向けた。
(前に助けてもらった時に、只者ではないと思っていたけど、伝説級の方々だったとは・・・)
シュラは褒められて上機嫌になり、「えっへん」と言わんばかりに両の手を腰に当てた。
「断る!さっき俺が襲われたのを見ていなかったのか?ここ下界は物騒極まりない。お前の誠実さ真面目さが逆に命取りになるのだ。護衛をつけてやるから連邦王都へ帰れ!」アッサリと突き放すソドム。
(似ている。金髪に青い目、若さゆえの真っ直ぐさ・・・アレックスと同じだな。彼奴は昔、堅守という俺の命令を守らず、敵の誘いに乗り包囲され命を落としかけたものだ。まあ、あの冬野菜の乱での敗北によって一回り成長したのかもしれんが、王族の子を預かってるこちらとしては迷惑千万。守るのはレウルーラとシュラだけで手一杯、連邦の王女の面倒を見るなど御免蒙る)
※冬野菜の乱・・・20年前のギオン公国に大和帝国が仕掛けてきた戦。帝国側が少人数でギオンの街周辺の作物を刈り取って挑発し、防衛を任されていたアレックスが追い払おうと軍を出し、帝国が戦力を逐次投入してきたため、こちらもズルズル援軍を出しているうちに、大軍相手に野外で決戦するはめになる。結果は惨敗だったが、戦鬼兵団が殿を引き受け全滅を免れた。
きな臭くなってきたので、レウルーラはファミリー以外の人達に場を離れるように促した。
「帰りません!戦いぶりも見ないで何がわかるんですか!?」ルゼッタは逆に食って掛かった。断られるのは想定内、策もなしに現れた訳では無い。
(なんとしても入団して、シュラさんの剣・体術を身につけて、叔父様やシュラさんのような勇者になってみせる!)
「わかるさ。そもそも実戦経験が足りない。ゴールドランクになれたのも、まぐれみたいなものだろう。凶悪な魔神や巨大な魔物と戦うプラチナの任務では通用しない。はっきり言ってお荷物だ」感情を前面に出すと説得力がなくなるので、あえて語気を弱めたソドムは、座り直して酒を飲む。いちゃもんと思われようが、絶対にソドムは許可する気がなかった。
ルゼッタは、ズイッとソドムに近づいて
「陸で何年も泳ぎの勉強をしても、泳げるようにはなりません。私はソドム卿の下で研鑽を積み、魔神に対抗できる力を得たいのです!」と食らいついて離さないルゼッタ。ソドムのことは正直好きではないが、なりふり構っていられなかった。
(影王は凍土であるコキュー島に封じられた邪神、と連邦では教わっていたけれど、実際は邪悪さは感じられない。下界では影王と天変地異は無関係と思われていて、さほど恐れられてもいないし、魔剣を奪われて力を失ったのが本当なら、この覇気のなさも説明がつく。だが、その状態でソドム卿は、兄ジオルドと近衛騎士を一人で追い詰めたというのだから、元々はどれほど強かったのだろうか)
ソドムは閉口して・・・閉口したからテーブル近辺にしか届かない心話でルゼッタを諭す。
『だ・か・ら、連邦の王族を危険な地に置いとけないの!その様子だと実家に戻って駄々をこねた時に聞かされたと思うが、連邦王は義理とはいえ俺の息子なんだ。その娘を死地に置けるか?クゥエル王女』
「父上の許可は得ております」涼やかにルゼッタは言った。
(あきらめないわよ!貴方の好きなTRPGのプロフィールで弱点は調査済みなんだから!)
『ダメだ。この下界には、勇者は必要ない。魔神討伐なら俺たち冒険者がやっているし、実際に成果も出ている。そもそも、ガーターズはなぁ・・・』心話の途中で、ルゼッタは遮り、
「家族ですよね、私。冴子様は親戚、ソドム卿とレウルーラ様は義理の祖父母、シュラさんは叔母と伺っております。本当の家族みたいな集まり・・・というのがガーターズだと以前仰いましたので、条件はクリアしています」
(どう!?あと一押しかしら)
「こちらが父王からの手紙と・・・少ないですがお受け取り下さい」といい、金貨10枚が入った艶やかな布袋を手渡すルゼッタ。
TRPGには、影王は場合によって買収可能という弱点が書いてあり、旧大和帝国換算で100万円ならば靡くと思ったのだ。ちなみにシュラの弱点も金と書いてあった。
「ぬぅぅ」チラリと中身を見て唸るソドム。悩む彼はレウルーラの考えを知りたくて視線を向けた。彼女も考えは同じだったようで、ソドムは丁重に金を返して
「悪いが断る。話は終わりだ、今の事は忘れて食事を楽しんで寝ることだな」様々な煩悩を押し殺して、辛そうな表情で頑なに断ったソドム。
金貨10枚あったなら、皆に分けて買い物にでも行かせて、その隙にエロい店にでも行きたかった・・・が、レウルーラとシュラを巻くのは不可能。成功したとしても、後にバレると非常にマズい。そもそも浮気したいわけではない、最高の妻だと日々思っているが、再確認するためにも比較対象が必要なわけであって・・・いや、そんなことで妻を失いたくはないので考えるのをやめた。結局は愛妻家なソドムであった。
様々な想定をしていたが、ルゼッタは説得に失敗した。
(万策尽きた・・・)
「わかりました、ガーターズへの入団は諦めます。お時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」と言い残し、俯いてトボトボと酒場を後にした。
シュラは、ルゼッタが入れば、イジり甲斐があって楽しそうだと思っていただけに
「何だ、残念。クインと二人だけで魔神を倒してゴールドランクなった実力があるなら、ウチでもやっていけると思ったんだけどな~」と別れを惜しんだ。
「しょうがないわよ。私たち魔人と違って無茶させるわけにはいかないでしょ」と、レウルーラが理由を明かした。
ないとは思うが、ルゼッタが死んだ場合、責任をネオギオンに負わせ、それを口実に連邦とギルドが手を組み討伐に動く可能性も少しは考えた。
(アレックスに限って娘を火種にしたりはしないでしょうけど)
「それはさておき、シュラの戦いぶりは実に見事だったな。お前が敵じゃなくて良かったと心底思ったぞ」と、珍しくソドムがシュラを褒めた。
先代の連邦王ファウストと、その長男・勇者ゼイターは、金剛聖拳の気を拳に込める程度しかできなかったので、サブ的攻撃手段でしかなかったが、シュラは天賦の才で昇華させた。
攻撃時には剣や足にオーラを纏わせ、守りでは薄い防壁として展開し、それを応用して足場にもしたのだ。こんな奴に接近戦を挑まれたなら、ソドムとて危ういだろう。
(ん?待てよ・・・。さっきルゼッタが防壁階段を成功させかけたような気がしたな。・・・考えてみれば、あの娘も連邦の直系。ならば、シュラのように伸びしろがあるのかもしれん)
「そりゃどーも。アンタの唐揚げも最高に旨いよ!」シュラは片手でつまみながら笑顔で返した。
「だろ?だが、この唐揚げの欠点は、ニンニクとショウガにがっつり漬け込んでたため、次の日も体の内から臭い立つところなんだがな」と言い、少し照れるソドム。
「いいじゃない、みんなで食べちゃえば気にならないわよ」レウルーラも手で唐揚げを掴んで食べる。
ミネルバは、唐揚げを素手で食べるソドム達を奇異の目で見ている。と同時に仲の良いガーターズが眩しく思えていた。
「ソドムさんは強くて優しいし、料理も上手だなんて最高の旦那様ですね」
(それとお金稼ぎが上手!)
「でしょ?見る目があるわねミネルバちゃん」そう言って、レウルーラは唐揚げを触っていない方の手で彼女の頭を撫でた。
「うんうん、わかってるじゃんミネルバ。だけど、ちょっと足りないわね。コイツは夜も強いし、あたしら眷族にとってはアレも美味」と、シュラが子供にはわからない話をした。
「シュラちゃん!その話は、その辺で」と、冴子が釘をさす。
「あ、いやぁ~え~と、ソドムは夜目が利くから暗闇での戦いが得意って話よ。あはははは」必死に誤魔化すシュラ。ソドムは右手で頭を抱え、時が過ぎるのを待った。
そんなしょうもない団欒をしていたガーターズ。そこに人混みをかき分けながら、ギルドマスターのラセツがやって来た。
「ガーターズの皆さん、今日はお疲れさまでした。ギルドとしても稼がせていただいた上に、皆に奢っていただき大変感謝しております」と、礼を言うラセツ。
「おかげさまで大成功だ。観客に怪我人が出ないかとヒヤヒヤしたがね」愛想よくソドムは杯を掲げてから、チラリとシュラに視線を送る。
(見せ場を作ったのはいいが、振り回した大剣がすっぽ抜けたら何人死んだことやら・・・。だが、シュラを責めるのは・・・違うか。俺でも、あの男の暴走は止めれなかったかもしれんしな)
「ラセツも飲めよぉ。今夜くらいお堅い仕事は忘れてパァ~とやろう!」と言いながら、酒を勧めるシュラ。完全に酔っ払いである。
「ありがとう。でも、その前に新任の専属聖印徒を紹介するわ。さぁ、こっちに来て頂戴」ラセツは手を挙げて、雑踏の先にいるセイントに声をかけた。
呼ばれたセイントは、
「すいません、失礼します。申し訳ない」などと言いながら、人をかき分けてガーターズの前に現れた。
「新たにプラチナランク・ガーターズの専属セイントになったルゼッタと申します。今日から宜しくお願い致します」と、ルゼッタは挨拶して軽く頭を下げ、セイントの証でもある赤い十字の描かれた白い大盾を誇らしげにポンポンと叩いて、ソドムに微笑んだ。




