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バーバリアンの戦士ボウル


    挿絵(By みてみん)




 夜も深まり、ギルドの酒場の熱気は最高潮になっている。酒の肴は、西の街ムーアが修羅国《シュラク》の暴走賊を撃退した話であった。

 これ程盛り上がるのは、ギルドからの伝達より少し遅れて、防衛に参戦していた冒険者の一部がちらほらとスウィートに帰還したからだ。


「俺はあの外道どもを五人斬ったぜ!」


「なんの、こっちはパーティーで連携して、ギルドからの特別報酬で金貨五枚貰ったぞ」


「凄いですね。私は報酬もなかなかでしたが、街の人々を救えたほうが嬉しいです」


 戦の功労者たちは、自らの武勇伝を語りながら酒盛りの席を求めた。先客に招かれて同席する者、仲間と祝勝&反省会をするため陣取る者・・・それぞれ思う存分 勝利の美酒に酔った。手柄を逃したスウィートの冒険者達は温かく迎え、


「よくやった!これで俺らのダンジョン攻略も邪魔されずに済むってもんだ」などと勇者たちを称えた。


 ソドムも賊の数を減らしてくれたことは素直にありがたく思っていて、チラリとパーティーの金庫番たる冴子に視線をおくり、「酒場にいる連中に一杯奢りたい」という旨を示した。


 次のダンジョン攻略のためにも資金は温存しておきたかった冴子であるが、ソドムが影王と名乗ったからには、評判の上がることもしないといけないので、賛成ではあった。

(奢るのはいい、だが特定の者に一杯だけ・・・というのは、なんだか小者っぽいわ)


 奢るか奢らないか思案をしている時、ギルドの入り口が騒がしくなった。何事かと、ソドム達が目を凝らして見ると、明らかにおかしな団体がズンズンと酒場に向けて歩いて来てるのがわかった。


 ありえないことに、そいつらは四人一組の騎馬で現れたのだ。この場合の騎馬は、幼年学校の運動会で行われる騎馬戦の騎馬である。

 屈強な男が前一人後ろ二人で手を組み、その腕に女が跨って、前担当の男の髪を手綱を握るようにがっしりと掴みながら、時折 手を振って「今夜はあたしの奢りだよ~!飲み明かそうぜ~!!」と羽振りのいい言葉を投げかけていた。当然、またとない幸運に皆は沸き立った。


「シュラちゃん、ありがとよ~!」「最強戦士シュラ、爆誕だ!」「プラチナランクは、やっぱすげーわ」などなど皆に褒められながら、ソドムの下に凱旋するシュラ。


 この機を逃すまいと、トリスが一般客に紛れ込み、近場にいる酔っ払いに銀貨を渡して買収し、

「戦士シュラ万歳!ガーターズ万歳!」と、連呼させ店全体に波及させた。つられて連呼している者たちは、事情をさっぱり理解していないが、言っているうちに「ガーターズの影王は・・・ひょっとして いい奴なのかもしれない」という思いが芽生え始めてきていた。



 よくわからないまま注目されたソドムは、ジョッキを掲げて愛想笑いしてみせる。


 男たちから飛び降りたシュラは、

「たっだいま~!そんなわけで、ムーアでがっぽり稼いできたから、今夜はあたしの奢りよ!」と言い、満面の笑みで席に着くなり唐揚げを掴んで頬張った。


 ソドムは馬だった三人に意味深な笑顔を向けた。笑顔と裏腹に凄みのある赤い眼光を放つ影王ソドムに言い知れぬ恐怖を感じた男たちは後退りして、距離が離れた辺りで旧知の友に声をかけるフリをしながら立ち去った。


 ソドムは、しばらく目を閉じて押し黙る。


 遅れてきたことを叱るべきか、奢ってもらう事への感謝を伝えるべきか、わからなくなってきている。


「ん~、言いたいことは山ほどあるが・・・、お前は山籠り修行してたんじゃないのか?」と、シュラに詰め寄る。


 もちろん、冴子とレウルーラも黙ってはいない。


「それもですけど、皆に奢るって・・・金貨一枚なんてもんじゃないですよ。後になって経費にしてくれと言われても認めませんからね!」

「シュラちゃん、自分の強さを過信しちゃだめ。この下界では誰が裏切ってもおかしくないんだから、戦いにいくなら私たちにも言ってくれないと」そう矢継ぎ早に言葉を浴びせた。


 飯を奢ればみんな喜ぶと思っていただけに面食らうシュラ。

「ご、ごめんって・・・。修行はね、三日位で奥義を体得したからさ、残りの期間はバイトしたり・・・あ、奥義を実戦で使ってみたくなって・・・冒険者ギルドの仕事もしたってわけよ。あたしは、街から敗走する賊を皆殺しする任務だったんだけどさ、おっもしろかったなぁ!」と屈託もなく笑うシュラ。


 あまりのバカバカしさに毒気を抜かれた一行は、結果的に元気に帰って来たわけだから、諦めて不問に付すことにして、仕切り直しに「かんぱーい!」と言って、皆でグラスを合わせた。そこらへんは、全員ドライなのだが


「おい、金カブ。ただ酒は嬉しいが、ちゃんと修行の成果があったんだろうな?」と、シュラの左胸に引っ付いている百識に話しかけた。ソドムとしては、義理娘《むすめ》でもあり愛人でもあるシュラのコントロールができていないことに苛立っているのだ。

 とはいえ、百識は保護者でもなければ上司でもないわけなので、お門違いも甚だしい。


『影王、余は暇つぶしに修行に付き合っただけで、子守りになった覚えはないぞ』と、心話で反論する百識。


 ミネルバは、ソドムが金のブローチと会話していることに驚き、目を輝かせる。


「ソドムさん、この金色カブトとお話したの?」


「お、おう・・・そうだ」


『ほう、初めてみる小娘じゃな。余は人より長く生きる存在、お前たちの大先輩・・・陛下と呼ぶがよい』


「あ、ホントに喋った。なんか頭に直接言葉が入ってくる感じ・・・。わ、わたしはミネルバ。あとね、入り口にいた青い髪の人がお母さん。よろしくね、ヘーカ」と、ニッコリ笑い・・・カブトムシに何をあげれば喜ぶか思案するミネルバ。


「おー、入り口であからさまに迷惑そうな顔して、舌打ちまでしてたギルマスっぽい青髪のおばちゃん、アレは妹のラセツだったのかぁ。そうかそうか、20年ぶりだもんなぁ、歳もとるわな、あーはっははは」と言って豪快に酒を飲み干すシュラ。さっきの件もあり、青ざめる一行。

 事情を知らないシュラは、ちまちまドリンクをおかわりするのがダルいので、

「ハイメガちょうだい!」と、手を振りながらハイメガジョッキを注文した。


「ちょっと、シュラちゃん!おばちゃんとか言っちゃダメよ!女性は老け具合気にしてるんだからね。あと、ギルマスのラセツちゃんに干されると、私たちでもお手上げよ」と、すかさずレウルーラが小声で注意した。うんうん、と常識人のようなフリをして頷くソドム。


「あ〜、なるほど。このメンバーと比べちゃったら傷付くかも」幸いシュラがすんなり納得して胸を撫で下ろす一行。


 トリスは、場を和ませるため陽気な曲を流し始め、酒場の客も知っている冒険譚を歌い、皆にも歌わせて、明るさで全てをうやむやにして楽しい雰囲気を作り出す。


 そのおかげで、「ま、いっか」という感じにはなったものの、義理母でもあるレウルーラは、やはり心配で

「アルバイトに明け暮れていたみたいだけど、まさか・・・男の人の前で裸になるような仕事じゃないわよね?」と、刺すような目で確認した。


 二人の間にいるソドムは、その言葉に固まって聞き耳を立てる。たとえシュラが愛人的存在でも、副業で風俗業界に行ってほしくはない。


「あ~、そういうもんじゃないから・・・うん」と、若干曖昧な返事をするシュラ。


「てことは、脱ぐことは脱いで・・・男の相手をするわけ?」


「いや~、下着は脱がないし、思ってるような仕事じゃないから・・・ね!はい、この話はおしまい。食事を楽しもうよ!あたしは三か月間、まともなもん食ってないからさ」


「おい、食うって言うな。子供の頃から言ってきただろ」と、バイトより言葉遣いの事を叱るソドム。

(まあいい、話ぶりからするとガールズバーか、本番なしのハプニングバーといったところか)


「はいはい、食べておりませんから。これでいい?」親モードになったソドムを煙たがるシュラ。

(昔っからマナーとか言葉にうるさいのよね)

「いいだろう」素直過ぎる反応に、それ以上は責めれなくなるソドム。これら大人の会話に挟まれているミネルバは、話の意味が分からないので会話に参加せず、好物のカニ雑炊を食べることに夢中になっていた。


「そういえば、この子・・・ラセツの娘ってことは、あたしの姪?」不毛な会話を終わらせるべく、シュラは話題を変えて小娘に皆の意識を移した。


「え?生き別れのお姉ちゃんがいるって聞いたことあるけど、ホントだったの?でも・・・、とっても若く見えます、シュラさん」ミネルバは、インパクトある叔母の出現に困惑している。母ラセツと比べれば親子くらいの年の差があると思えた。

 また、ファッションはミニスカにガーターベルトという先鋭的・・・というか、街では見かけない出で立ちで衝撃を受けていた。

 ミネルバも変わっているのか、レウルーラとシュラをカッコイイとすら思っている。


「あははは、あたし達は歳をとりにくい体質みたいでさ。そこは気にしないで」一応、誤魔化すシュラ。魔人という事をわざわざ喧伝する必要もないくらい、彼女にもわかっているようだった。


「へ~、そうなんだ」子供であるミネルバには、老いる苦悩など無縁なので、とりあえず納得して、叔母の顔をじっと見る。


「姉妹なのに、あんまり似てない気がする」と、ミネルバは素直な質問をした。レウルーラは密かに「あっ、思ったことを口に出すとこ、なんかシュラちゃんぽいわぁ」と思った。


「ん?確かにそうね。後から知ったんだけどさ、父親が違うんだ」

(あたし自身、親が前の連邦王ってのは、未だに信じられないんだけど)


「ごめんなさい、余計なこと言わせちゃったかな」

(母さん、大事なことは教えてよね!)


「全然構わないよ!で、ミネルバの親父はどんな仕事してるん?」少し身を乗り出すシュラ。

 ギルマスの旦那・・・、実は皆が興味があって聞き耳を立てた。


「会ったことがないんだ。お母さんからは、自儘で女癖の悪いクズ野郎だから気にするなって言われてる。ソドムさんみたいな優しくてみんなを楽しませてくれる人がパパだといいんだけど」ミネルバは照れくさそうにチラリとソドムを見る。

まんざらでもないソドムは、「いいね!」とばかりに親指を立てて見せる。反対にレウルーラは慌ててフォローに入った。


「アハハ、ごめんなさいね。シュラちゃんがデリカシーないこと聞いちゃって」


「何でもないよ、昔からいないし」と、心配をよそにケロリとしているミネルバは、美味しそうに玄米茶を啜った。お茶を飲み干して気持ちを落ち着けたミネルバは、「トン」と湯飲みを置いてから、意を決したように頷いた。

(よーし、ソドムさんが本当に世界をぶっ壊したのか聞くぞぉ~!)


 冴子はミネルバの決意を秘めた目を見て、

「丁度いいじゃない、ソドム殿とルーラ姉の娘になったらどうかしら?」と無茶な提案をした。


「え!?」ミネルバを含む皆が驚いて冴子をみる。


「確か・・・、お母様のラセツさんは生き別れのシュラさんを探す為に傭兵を目指したのが、今のミネルバちゃんと同じくらいと聞いたわ。独り立ちするために、私たちの下へ向かうという形にすれば良いかと」冴子は勝手にミネルバが思ってもいない方向へと話を持っていく。


 ミネルバとしては、ソドムらの娘になれば楽しそうだ・・・とは思ったものの、母を置いて出ていくなど考えたことがなかったので困惑した。

 あまり人の気持ちを考えない冴子は、良かれと思って事務的に話を詰めていこうとした。


「私の方からお口添えすれば、お母様は必ずお認めになると思いますよ」とまで言った。過去の関係性から、冴子には了承させる自信があった。


 子供には酷な選択だと思ったレウルーラは、「もし、今の生活が嫌になったりした時には、逃げる場所があるって意味だよ」と言って、話を終わらせてあげた。もっとも、冴子の誘いがミネルバの中でくすぶり続けることは変わらなかったのだが。



 なんだか話題がきわどくなってきたので、シュラがガラリと雰囲気を変えるべく


「そうだ!あたし必殺技を体得したんだ!だからさ、カッコイイ技名を付けてほしいんだ」ハイメガジョッキを「どん」とテーブルに置くなり、破邪の剣を鞘ごと掲げる。


「必殺技?」ミネルバは、叔母の言葉に反応した。最近、護身術として剣を母に習っているため、必殺技という言葉は魅力的であった。


「む、面白そうだな」戦いのとき魔法名をわざわざ叫ぶソドムとしては、そういうのは嫌いじゃない。レウルーラも同じく召喚魔法の最後に「召喚に応じて敵を討て!」などという台詞を言うくらいなので、必殺技には魅かれた。


「ふふ~ん、そうでしょ。これはねぇ、金剛聖拳の防壁と剣技を組み合わせたんだ。絶対かわせない斬撃なのよ、ね?金カブ先生」そう言って、飛び上がるような体勢をとったかと思うと、剣を振り下ろすような動作をしてみせるシュラ。


『お!?おお、そうだな。簡単に言えばジャンプ斬りなのだが、着地点の決まっているリスキーな斬撃ゆえに誰も使い手などおらん。その意味でいえば、想定外で逆に有効なのかもしれぬ』一日のほとんどを寝ている百識は、いちいち話しかけられるのは迷惑なのだが、虫《ひと》がいいのでつい答えてしまった。


「お前なぁ、戦闘中に飛び上がったらダメだと教えてるだろう・・・」少し呆れ気味のソドム、とはいえ優しく諭す為か、育てた焼き肉をシュラの皿に置いた。


「ありがと。でも、それが肝なのよ。アンタだって真上から攻撃が来る想定で訓練したことないでしょ?仮に上に意識を集中したら、胴ががら空きになるから乱戦では他の敵に付け込まれるから困ると思わない?」と言ってから、技の説明を細々《こまごま》とするシュラ。それで大いに納得したソドム、


「いいだろう、俺が直々にカッコいい名前を考えてやる!」と豪語した。


「わかってくれたかね、ソドム卿。あ、冴子さんにもお願いがあるんだけど・・・」シュラは自らのプレゼンが上手く行きご機嫌である。


「なんでしょう?」

(次の冒険行かないとお金がないのだけど)


「あのさ、この剣にド派手な魔法効果を付けて欲しいんだ」と言って、愛用の剣を差しだした。


「却下です!もう予算がありませんよ。それに破邪の剣はチャージ式の三流品とはいえ、斬撃後に着火できる稀有な魔剣ですよ。それで我慢しなさいな」簡単に突っぱねた冴子。新車両の開発費に全額ぶち込んでいるのだから、魔道具の素材など買う余裕などなかった。

(ただでさえ、車両にトイレやシャワーもつけろ・・・なんて要求されてるのに。ま、私ならできなくはないですが。予算さえあれば・・・)


 ちなみにこの破邪の剣は、レウルーラの魔術学院時代の同期・故アウズンブラが作ったもので、シュラが廃屋探索した時の戦利品であった。

 通常の魔法武器は永続効果が付与されているため超高額なのだが、才能が足りないアウズンブラは妥協して、数日に一回魔術師から魔力を補充してもらうチャージ式を採用した。

 つまり、魔術師が仲間にいないと刃こぼれしないだけの剣になるので、市場価値は低い。

 冴子は同じ付与魔法で、鉄鎧をベースに鉄《アイアン》ゴーレムを作り、自らがそれを着込むことにより近接戦が苦手な魔術師の弱点を克服し、それとは別に強力なゴーレムを召喚できるという…無類の強さを得ている。才能の格差は残酷なものである。


「いや、ちょっと聞いて。威力はいらないから、振り下ろした時に何か・・・こうズバーンっていうのが欲しいの」と、懇願するシュラ。戦闘狂の彼女には、とても重要な事らしい。レウルーラは付与魔術が専門ではないが、威力なしなら可能ではないかと思案している。


「冴子ちゃん、頭上から稲妻を落とすことくらい出来そうじゃない?」


「轟音を伴う強力な雷ではなく、光だけの稲妻ですか・・・。見た目だけ派手な稲妻・・・確かにできそうですね。わかりました、やってみましょう」そう言って冴子は剣を受け取った。


「あっりがとー冴子さん。さ、遠慮せず飲んで食べてね!」最高にご機嫌になったシュラはハイメガを飲み干した。


「たはー!サイコー!!早くみんなに披露したいわ!」酔いが回ってきて、シュラは気分よく頬杖している。

「そうだな、美女に美食にタダ酒。俺は最高に幸せ者だ」ソドムも酔いで目が半開きになってきている。冴子は、魔剣をマジマジと見て改良のイメージを膨らませ、いいアイディアが閃いたのか、「ガタリ」とイスを跳ね除けて

「私はこれにて失礼させていただきます。船にある魔石・鉱石の在庫で今夜中に仕上げれるかもしれないので」そう言い残して、バイザーを下げてズシリズシリとギルドを後にした。


「すげ~、さすが天才魔術師。明日が楽しみだ!」シュラもまた最高の幸せ者だと自分で思っていた。

 ソドムはド派手な斬撃を繰り出せる剣が羨ましくて、少しソワソワしていたが、人のを欲しがるのは大人げないので、その気持ちを酒で飲み込んだ。

(いや、俺も後でお願いしよう!そのためなら、土下座でも、床に落としたパスタを食うのも厭わねぇ)



 みんなが幸せな優しい世界のガーターズの卓に、突如 大柄な男が割って入ってきた。


「おう、影王《シャドーロード》さんよぅ。美女に囲まれて楽しそうだなぁ。悪いが俺に一人分けてくれねぇか?」と、大男は酒焼けした太くかすれた声で、無理難題を吹っかけてきた。

 背の高さ・肉付きはソドムより二回り程大きく、後ろに流した茶色の長髪と日焼けした肌が男の体躯を一層大きく感じさせた。

 装備は、鎖帷子の上に革鎧を着こみ、後ろには背丈ほどの大剣《グレートソード》を提げている。攻撃重視の出で立ちは、野蛮人《バーバリアン》の戦士を彷彿させた。


 冒険者といっても大義あるのもから山賊の一歩前のゴロツキまで幅は広い。

 当然、絡まれるのは茶飯事であり、ガーターズは動じもしない。「ちょっと強くなると調子に乗って相手の強さを見誤るものだ」と、ソドムは思った。

(だからこそ、運とセンスと人徳がないと冒険者では大成できぬ)


「おい、聞いてんのか?普通にメシ食ってんじゃねーよ!」男は勢いよく手のひらをテーブルに打ち付けた。ちょっとからかったつもりだったが、シカトされて激昂したのだ。


「連邦では影王が世界を壊したとか言ってるみてーだが、ここ下界ではただの大地震って言われてるのは知ってるだろ?だいたい、大地が隆起したり、半島が北に移動したりっていう荒業が、魔法ごときで出来るわけないだろう。まあ、仮に本当だったとしてもテメーが本物の影王という証拠はないからな、このペテン師が!」と、さらに悪態をついた。


 ポカーンと聞いているミネルバは、「確かに」と素直に思った。


 めっちゃ喧嘩を売っている男だが、実は嫉妬で絡んでいる自覚はある。ただ、近くのテーブルにいる仲間に、プラチナランク相手に一発かました所を見せたかったので、怒鳴る羽目になった。心のなかでは「おい、適当な落とし所で話を終わらせてくれ!」と願っていた。


 

 しつこく絡まれて、苛つくソドム。

「おい、食う・・・じゃあなく食べる・・・だろ?それに今夜の飲食はガーターズ・シュラの奢りなんだ、礼くらい言ったらどうだ?」ソドムは、深紅の瞳を男には向けず、ゆっくりとテーブルの料理を見回す。


 男は暫し沈黙してから、


「すいません、ご馳走になってます」と言った。


 が、それはそれ、恫喝は止まらない。


「まあ、ともかく一人貸せよ。酌をするだけでいいから」男は調子に乗ってシュラの腰を撫でてから、レウルーラの肩を掴んだ。咄嗟にレウルーラは拳を握り締め、指輪と指輪の間に仕込まれた暗器の刃をニュッと出し、殺意を露わにする。ソドムはそれを制して、


「元気があっていい!久しぶりに人を殺したくなったぞ」と、赤い眼光を男に向けた。恫喝に屈しないソドムを見て、男は乱闘を覚悟した。


 レウルーラとは比べ物にならないくらいの殺気を発しているので、歴戦の猛者であるシュラは思わず身構えた。

(ヤバイよ、こんなに怒ったソドム見たことないかも)


 短気は損気、ソドムは今すぐ殺したい気持ちをなんとか抑え、より得になる方法を考える。


「とはいえ、専属の聖印徒《セイント》がつくのは、明日か明後日だから、この場で戦うわけにもいかない。お前は見たところシルバーで くすぶっているクチだろ」と言い、男の手をポンポンと叩き、汚い手を離すよううながした。


 あまりにも淡々と喋るものだから呆気にとられる男。


「そこで・・・だ、今日の所はこの辺で収めて、明日の朝に華々しく決闘はどうだろう?」


「喧嘩を明日に持ち越すのか?その決闘とやらは一対一なんだろうな?」

(パーティー規模の戦いになったら、天地がひっくり返ってもプラチナには敵わねぇ)


「ああ、そうだ。ギルマスに立会人になってもらい、この戦士シュラと戦ってもらおう」と、赤髪の娘を指さした。


「あ〜、この姉ちゃんが女戦士シュラか・・・強いっては聞いてるが、正直こんな可愛い娘とは勝負したくねーな。一撃で肉塊になっちまうからよ」ニヤリと笑う男。本人なりに優しさをアピールしているらしい。


「勝ったら、シュラを一晩貸してやる」

(負けるわけがないが・・・)


「マジかよ!で、俺が負けたら?」歓喜しながらも、男は一応 条件を聞いた。


「おい、シュラどうなんだ?戦うんだろ?」シュラが必殺技披露のために了承すると思っているが、念のため本人に話を振った。


「もちろん戦《や》ってやんよ。だけど、必殺技は手加減できない、絶対殺すことになるから・・・」


 立ち上がって戦う意思は示したものの、シュラは躊躇した。山賊相手なら容赦しないが、酒場で絡まれただけで殺すのは、さすがに気が引けたのだ。腕を組み、目を閉じて考え込む。

(こんなヤツに同情はしないけど、弱い者いじめはなぁ)


 とんとん拍子に話が進むと思っていたが、煮え切らないようなので男は挑発を試みる。

「俺の名はボウル。シルバーランクだが一人でヘルバウンドを仕留めたことがあるぜ。そっちこそ、死にたくなかったら酒の相手でもしたらどうだ?」

 

 だが、シュラは涼しい顔で押し黙っている。

(ヘルバウンドなら、このまえ素手で倒したっちゅーの。あ~あ、全然ダメだ。頭に来ないのよねぇ。もっとあたしを怒らせてよ!)


「もっとあたしを怒らせて!」意識せず声に出すシュラ。が、本人は声に出してしまったことに気がついていない。「こいつマゾかよ」と、ボウルは思いドン引きした。


 ソドムは一計を閃き、ボウルの横に移動した。


『生ぬるい!挑発するならガッツリ行かんか!』と、一番近いボウルにだけ聞こえる心話で彼を叱るソドム。

 

 心話の存在さえ知らないボウルは、心に直接届く言葉に戸惑い、周りをキョロキョロと見回す。


『これは、お前の欲望の声だ。一対一《サシ》の決闘に持ち込めば、この女を一晩借りれるんだろう?なら、思いっ切り怒らせるんだ。目を閉じてる隙に、直に胸を揉み局部を弄《まさぐ》れ!』


「いや、それは・・・ちょっと・・・」と、誰に言うではなく、呟くボウル。だが、欲望の声は止まらない。


『やるのだ!プラチナランクを打ち負かし、女を奪えば名が売れて一石二鳥ではないか。お前は、特別な人間だ。さあ、やるのだ!』欲望の声は暗示をかけるかのようにしつこくハラスメントを強要させようとした。いつもソドムにベッタリのレウルーラにも心話が届いたらしく、横でクスクス笑っている。


「俺は・・・やる!!」そう言って、欲望の忠実なしもべとなり、シュラの背後から抱き着いて弄るボウル。


「何しやがる!」男の手を振りほどき、ねじり上げてから突き飛ばすシュラ。レウルーラは「げっ、ホントに襲いかかった!これじゃ、ただの犯罪者じゃない!」と思った。


「あ、いや・・・これは心の声に従っただけで・・・」


「はぁ!?許可もなく体に触りやがって。テメーはブチ殺す!それも、ド派手になぁ!!」シュラの覚悟は決まったようである。


「お?おう!望むところだ!その鼻っ柱ヘシ折った挙句に、夜は夜で屈辱を味合わせてやるぜ」

 流れ的に売り言葉に買い言葉になり、ボウルは後に引けなくなった。


 ソドムは両者の間に入り、

「よし、決まりだ。ボウルが勝ったらシュラをレンタル、負けたら死んでもらう。決闘は明朝、場所は治安《ガード》圏内ギリギリにある広場。立会人はギルマス、応援は自由、これでいいな?」


「いいだろう、明日の朝に広場で待つ。グハハハ、言ってみるもんだ。タダ酒タダ飯だけじゃなく女をあてがってくれるとはな!悪く思うなよ・・・グアッハハハ」

 下卑《ゲビ》た笑いと表情でシュラの顔を覗き込んでから、ドスドスと男は仲間たちがいるテーブルに向かっていった。

(あれ?おっかしいな。からかいに行っただけなのに、随分大事になっちまった。さっきのセクハラはやりすぎだよなぁ。これでは、俺が悪者じゃないか。だが、ここまできたら悪役を演じきるしかねぇわな)


 しばらくして、ボウルがメンバーに今しがたの出来事を話したのだろう、彼らの下品な笑い声が酒場に響いた。


 ガーターズの席はピりついた雰囲気になったが、


「よし、どうせやるなら楽しく・・・そして一儲けしようじゃないか、諸君」と言いニヤつくソドム。レウルーラからは、「あんな侮辱を受けて、よくヘラヘラしてられるわね!」と叱られたが、「まあ、話を聞いてくれ」と冷静に受け流し、怒りを娯楽に転嫁させる術を皆に説明し始めた。


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