鉄壁の防御を打ち破る熱き血潮
ソドムは、必殺の一撃をジオルドの首を狙って叩き込んだ。猛毒に侵されたジオルドは、受ける余裕がなく、王笏の力で防壁を展開する。
「ガキィーン」金属がぶつかり合うような音がして、ソドムの剣は薄い透明な壁に弾き返された。
構わず次の一撃を、鎧のない太腿の動脈目掛けて放つソドム。またも弾かれるが、次は目、手首といった具合で次々に急所に攻撃を続ける。その眼には殺人者としての狂気はなく、寝起きのルーティーンをこなすかのように淡々と連撃を繰り出していた。
「どうだ!?自慢の防壁もそろそろ張れないのではないか?金剛聖拳は体力を消耗するが、王杓は魔力を消耗するとみた。これほど高度な特殊効果ならば消耗も激しかろう。魔力量が多い魔術師ではないのだからな!」と、揺さぶりをかけつつもソドムの剣は止まらない。
日が暮れてきているので、黒くしてある剣先が段々と見えにくくなり、受ける側のタイミングがやや遅れ、ジオルドの鎧にまで刃が及ぶようになってきていた。
「殿下ぁ~!」沼に足を取られて加勢できない騎士が叫ぶ。近衛騎士が三人揃っていながら、たった一人相手になんという体たらく・・・。その声には悔しさが滲む。
最もジオルドに近い近衛騎士は猛毒に侵され、ゾンビにまとわりつかれながらも、
「ンニャホホーイ!!」と主を心配して叫んだ。(デモンスクリームの効果で何を言ってるかわからないが、恐らくは心配している・・・という事にしておく)
苦悶の表情で耐え続けるジオルド。脳裏に「降伏」の文字がチラつく。不名誉極まりないが、生きて・・・再戦の機会を待ち、その時に勝てばいい。彼は自分にそう言い聞かせた・・・その時
「ピ、ピィ、ピィ~!!」と、戦闘時間終了の笛がソドム側の聖印徒クインによって鳴らされた。
結果、引き分けという事でプラチナランク同士の戦いは終結した。声や仕草には現れないが、タイタンズの目には安堵の色が蘇る。今まで魔神や人間などと戦ってきた彼らではあるが、ここまで苦戦したことはなかった。まるで地獄の底を覗かされているような、絶望的状況だったといえよう。今回ばかりは冒険者ギルドのルールに救われた・・・ソドム側にはセイントを合わせて参戦しなかった手練れが五人もいたのだから。
戦いをダンジョン入り口で覗き見ていたライダースや吟遊詩人トリスが、わらわらと出てきた。
観戦者であるシュラとレウルーラが健闘を称えて拍手しているので、便乗してライダースも拍手して自らの猪突を誤魔化す。トリスは引き分けにもかかわらず、勝利の曲を奏でていた。
ソドムはあっさりと剣を納め、
「聖印徒諸君、皆の治療を頼む」と言って、毒沼を解除し、ゾンビ達を土に返した。そして、自らは解毒魔法を唱え始めた。
余憤冷めやらぬジオルドは、ソドムを睨みつけ
「影王が光魔法だと!?しかも、今 殺し合いをしていた相手に?」と警戒を緩めない。
ソドムの手から淡い光が出て、パッと消え去った。
「すまん、失敗した・・・。凶悪な毒はディスペルが難しい上、信心深くないから成功率が低いのだ」と言い、苦笑いしながら再び解毒魔法を唱える。
もちろん、解毒が遅れたぶん毒の激痛がジオルドを襲った。
「グハッ、そうか・・・何でもできるわけではないのだな。おもしろき男だ」ジオルドは、鬼神のごとき戦いぶりを見せたソドムでも、凡ミスをするということが可笑しかったらしく、毒気を抜かれて「ハッハハ」と笑ってしまった・・・猛毒は抜けていないが。ジオルドは爽やかなソドムに感服し、「ドスン」と胡坐をかいた。
(好きにするがいいさ。こちらは負けたわけでもなく、損害も軽微。ガーターズが総がかりで来たら、負けていたかもしれんが、次はこうはいかんぞ!トリッキーな初見殺しは二度は通じぬ)
「それにしても卿は・・・何なのだ?卿と戦ってみて、世界を破滅に追い込んだ男には思えないんだが」と、率直な感想を言うジオルド。
初めて会った甥っ子とやらをじっくり見るためにシュラがやって来て、胸元にくっついている百識が、ソドムのかわりに心話で答えた。
『そいつは、信仰に節操がない・・・ただのお人好しだ。本気を出せば一分で皆殺しできただろうに』
何だか買い被られて照れるソドムは、軽く咳払いをした。
(今のが本気なんだけどなぁ。できればタイタンズとは揉めたくないものだ)
ジオルドは、答えの内容より、おそらく心話の主が金のブローチっぽいことに驚く。
「む、今のはそのブローチ・・・が話したのか?」
「ブローチとは失礼ね。どっかの林の金カブ先生よ!」師匠をモノ扱いされたシュラが抗議した。
『ちょ、金カブ言うでない。モウサの森の神・百識だ』
「おお、森の神・・・聞いたことはある。ブローチ呼ばわりしたことを許せ」と、微妙に尊大なジオルド。
(報告では人間などより遥かに大きいと聞いていたが、狭い森の神など実際はこの程度か)
『まあよい。無礼が形を成したようなコヤツ等との暮らしで慣れておる』ジオルドと百識、どちらも下手に出る気はないので会話がぎこちない。
「さて・・・、私は少しライダースと話さねばならんので、一旦失礼させていただく」
戦闘時間が終われば、後腐れないのが暗黙のルールということで、ジオルドは無警戒でソドム達に背を向け、派閥参加者のライダースにお説教すべく場を去った。
傷が治った近衛騎士とアジールは、ジオルドに駆け寄り、無事を喜んだ。ジオルドはライダースを交えてミーティングを行う旨を臣下に伝える。
(それにしても、連れている女子達はミニスカートにガーターベルト・・・それとロングブーツ・・・なかなか刺激的な格好だな。ライダース達が我々の到着を待たずに一戦した気持ちもわからんでもない)
アジールは泥まみれのローブをしぶきながら、ジオルド王子に知る限りのガーターズの情報を伝えた。それを聞いて二十歳そこそこの赤髪の小娘が叔母だと知ってジオルドは驚いた。
(あれが女戦士シュラ・・・。昔、大和帝国百人相手に大暴れしたという話を聞いたことがある。破邪の剣を振るうと敵は炎に包まれるさまから、小さき竜・・・チビドラと恐れられていたんだったな。厳ついおばさんかと思っていたのだが、存外可愛らしいではないか)
加えてアジールは、影王ソドムも四賢者のレウルーラも二十年前と同じ姿なので、邪教徒の秘術で人間ではなくなっているだろう・・・と補足するのを忘れなかった。
(光と闇、これらが争ってこそ栄達が望めるというもの。今回手こずったことは近衛騎士の枠を増やす良いきっかけになった。あとは、功績抜群の我が子クインに、この魔導書を譲り、息のかかった者達に推薦させれば・・・近衛騎士になれるであろう。そして、ジオルド様が天下統一あそばした時、近衛騎士には爵位と領土が与えられる。公爵ともなれば、古き事例のソドム公爵のように独立した公国・・・すなわち公王になれる。そこからは、風向きと器次第だが、連邦の盟主に取って代わる・・・ということも夢ではない。息子の栄達を見届けるためにも、隠居して養生に専念しなくてはならんな)
アジールは連邦の宮廷魔術師長になれたものの、自らの才能に限界を感じていた。前任の冴子は、城ほど巨大なゴーレムを扱い、ソドムの妻は最強の魔獣である竜王などの竜族を召喚できるのだ、自信を無くすのも無理はない。
だが、凡人なりに研究努力を重ね、初級魔法である武器強化を改良し、炎・氷・雷の属性変化を実現させた。これにより、人や不死者には炎、竜など火を吐く魔獣には氷、どちらにも耐性がある魔物には雷といった具合に、剣撃で弱点をつける強力な付与魔法にまで昇華させたのだ。
更に複数人を一気に付与できるようにしたため、彼と共に戦う近衛騎士の攻撃力は飛躍的に増加して、魔神討伐への貢献は計り知れない。
ただ、複雑な術式や魔法陣をまとめて書き留めてある魔導書がないと、詠唱が長引いて実戦では役に立たなくなるというのが欠点であった。その魔導書を近接戦闘も出来る息子に譲れば、より一層活躍が見込めると踏んだのであった。さすれば、先ほどのような泥沼にハマり、味方全体を危険にさらすこともない。
また、非公式ではあるが聖印徒に施す天使の血を用いた聖印は、一つが上限と決められていたところを旧知の司祭ミディアと結託し、息子に九つの聖印を施した。なぜ、上限が設けられていたかというと、体に不調をもたらす場合があるからである。
同僚との差がどんどん開く中、焦ったアジールは才なき己の血を引く子に、禁忌を犯して強引に力を授けたのであった。今のところ拒絶反応もなく、他のセイントたちと同じく【帰還】の魔法しか使えぬが、必ずや常人ならざる変化が起きると信じて、じっくりと待つと決めたのであった。
「あ~あ、叱られるんでしょうねぇ」と、スタグビートルを送還してソドムの腕に引っ付いてるレウルーラが気の毒そうな顔でライダースを見ている。
「だな、ウチらと違って連邦系列は厳格だからな。こわいこわい」ソドムは、そう言ってから、仲間にだけ届く程度の心話で、『撤収〜!』と伝え、一行はいそいそと撤収作業に入った。
休戦状態になったものの、明日の昼の私闘解禁時間にはどうなるかわからない。ソドム側としてはリスクを冒して戦う理由はないが、連邦のタイタンズにとっては人類の脅威である影王一党を滅ぼすことは大義であるので、また戦いになる可能性は高かった。
それならば、[攻撃側は一時間移動禁止]というルールを最大限活用し、とっとと離脱するのが最善と判断して、身支度を整えて黙々と丘を登るソドム一行。
冴子としては、わざわざ身バレする意味はない。今回はタイタンズとの接触は避け、一介の戦士のフリをしてこの場をやり過ごすつもりだったので、撤収は願ってもないことであった。
アジールへの憎しみはあったが、冷静に考えてみれば、連邦の利益のためとはいえ、過去に連邦の敵であるソドムと取引をしていたという話が耳に入れば、見過ごすわけにもいかないのは確かだし、復讐して溜飲が下りるか・・・というと そうでもない。
思えば、ネオギオンに亡命して過ごした日々も悪くはなかった。弟子も増やし、倫理的に連邦ではできない実験も数多こなしたものである・・・。
気を取り直した冴子は、これからの構想を練り始め、機嫌が良くなってきた。
(今は連邦の方が圧倒的に経済は良いけれど、ソドム殿の暗黒転生の安定性が確立されたなら、不老を謳い文句にして連邦の富裕層をネオギオンに呼び込むことができる。そして、彼らはゾンビ化が治まるまでの十年か二十年もの間、寒冷地であるネオギオンの消費者として金を落とす。その間、遠隔地の連邦などの相場や土地売買で資金を増やそうとするはずだから、その手数料を取るのもいい。そう・・・、彼らの居住地と飽きさせない街づくり、エンターテイメントも準備しなくてはならないわね。復讐よりも、現実的に国を富ませるのが私の研究費を捻出する早道ね)
「そのためにも、ここの魔神は生け捕りにしたかったのよ!」と、つい心の声が漏れ出たが、幸い誰にも聞かれずに済んでホッする冴子。
(パズズを拉致してギオン城に監禁し、ホワイトウィルムの魔界陣と相殺させれば、島の東半分は寒冷地ではなくなり農業は盛んになり漁獲高も増える。また、ウィルの魔界陣の力が及ばない城より東は常夏状態になるはず。そうすれば、城の断崖下にある白砂のビーチが復活し、西の寒冷地でゾンビ化を回避した富裕層がネオギオンに根付くというもの。年を取らない彼らは贅沢を維持するために、投資や商売などの頭脳労働で稼ぎ納税してくれる・・・。これからの時代は軍事力による領土拡張ではなく、港や経済を押さえたものが勝者となるのよ)
丘を登りきって、ソドムは右手を口元に当て、大きな声でジオルドに別れを告げた。
「我々はダンジョン攻略を諦める!またの再戦を楽しみにしている!」と、もう戦いたくもないのに、勝ち逃げするような言い方をするソドム。
「承知したー!卿にはしてやられたが、同じ手は食わぬゆえ、覚悟しておけよ!」王杓を高く掲げるジオルド。
(居座られて邪魔をされるよりも、今は去ってもらう方が好都合。我々はダンジョン攻略に集中出来るというものだ。今は影王に勝てぬかもしれんが、優秀な勇者人間を近衛騎士として増やし、我々も実戦経験を積めば、必ず勝てるはず)
「おーい、甥っ子ぉ~。今度はあたし一人で相手してやるからなぁ~!」飛び跳ねながら、煽るシュラ。
今日、唐突に可愛らしい赤髪の娘が貴方の叔母ですと言われ、その本人に声をかけられても・・・どうにも返答に詰まるジオルド。叔母さんと呼んでは失礼な気がするし、一応二回り年上なのでシュラ様と言うのも・・・違う気がして、結局は言葉を返さないままに別れることになった。
余裕をぶっこいて悠々と去ったソドムであったが、タイタンズから見えなくなったあたりで、合図とともに駆け足で逃げ出した。晩飯の時間なので腹が減ったというシュラからのクレームなど無視して、駆けに駆けてトンズラした。
ダンジョン攻略と違い、魔神よりも手強いプラチナランクとの戦いほど不毛なものはない。走りながらクインには、親子の再開を喜び合う時間を与えられなかったことをソドムは詫びた。
クインからは「互いに任務中ですのでお構いなく」と素っ気ない返答があるのみであった。
(そんなことより、重装備の私が走るのは大変だと気遣っていただきたいものです)
走り疲れ、休憩を兼ねて歩きながら携帯食のパンをかじるソドム。
「ゲホッ!ダメだ、運動後に食えたもんじゃねぇ」
「同感・・・」レウルーラは、手に持ってみたものの食べる気がおきずにいた。
「やっぱさー、あたしらもタイタンズみたいな乗り物欲しいよねー」シュラは一番腹が減っているため、味や食感などかなぐり捨てて、パンに水をぶっかけて、手でぐしゃぐしゃに握って無理やり水分を含ませてから、口に放り込む。
レウルーラは、そんなシュラを軽蔑するでもなく「たくましいわねぇ」と素直に感心している。
「今回のミッションが失敗したので、資金的に新車を買う余裕なんてありませんよ!」と、バイザーを上げた冴子がバッサリと断った。ソドムは、見立てが甘かったのを恥じ、パンに夢中なフリをして金の話から話題がそれること祈っている。
「確かにね。でもさ、そこを何とかするのが冴子ちゃんじゃない?」と、レウルーラは後輩の冴子に策があると見透かしておねだりした。
「えっ!?そりゃまぁ何とかできなくは~ないですけど・・・」
「マジか、出来るのか冴子殿?もし、そうなれば、夜間惨めにパンをかじりながら歩かなくてもよくなるのか」期待に胸膨らませるソドム。
「え、寝ながら目的地に行けちゃったりすんの!すごいよ冴子さん!」と、シュラも楽ちんな冒険を夢想している。
期待を一身に受けた冴子は
「お任せください、三か月ほどで仕上げて見せましょう」と言い切った。元々構想はあったのだが、この面子ならば徒歩での旅でも大抵の敵は追い払えると思い、あえて予算を振り向けなかった。
ただ、今回のように修羅国の暴走賊が大集団で襲い掛かってきたり、プラチナランクとの戦闘があるのならば、ケチってもいられなくなった。
(作りましょう、アレキサンドリアを凌ぐ、最強の陸上戦艦を!)




