体蝕む猛毒
「うわぁぁぁ!?た、た、助けてくれぇ!!」悲痛な叫びが辺りに木霊した。ジオルドと近衛騎士は、驚いて声の方向に振り向く。
悲鳴の主は、後方で援護を担当しているタイタンズの魔術師アジール。よく見るとアジールの足元の地盤が弛み、彼を中心とした半径1mが泥沼化していた。
アジールはズブズブと沈みはじめ、どうにかして抜け出そうにも、高濃度の泥水が絡みつき、藻掻くほどに沈んでゆく。膝まで沈んだあたりで、泥沼化していない地面に手をかけたが、掴み所のない砂地では湿って重くなった全体重を引き揚げることなど到底出来そうになかった。追い討ちをかけるように、浸っている部位から毒が浸透し、アジールを苦しめ抵抗する力を奪った。
これはソドムの【泥沼化】という暗黒魔法で、対象周辺の地質を泥に変化させるものだ。生埋めされるような恐怖を味あわせながら、じっくり沈めきることができる恐ろしい魔法だが、重大な欠陥があるため使用者がいなくなった古代暗黒魔法。
その欠陥とは・・・足元が弛んで泥沼化が始まったら即、横に飛ぶなどの回避行動をすれば、靴底が泥まみれになる程度の被害で済み、全く問題がないのだ。
だが、工夫と相手次第では、上手くハマることもある。詠唱中で隙だらけな上、初老の域に達して比較的身体能力が低い魔術師を狙えばどうだろう・・・。ソドムが「俺一人で十分だ」と言い、ジオルドが「一騎打ち」という会話の流れから、アジールは戦闘に参加しなくていいと油断しても仕方がない。ソドムが一騎打ちを受けたわけではないので、卑怯・・・とは言い難い。
しかも、泥沼化の魔法は個人の資質が反映される特殊さがあり、より凶悪な魔法に仕上がっている。ソドムの資質・・・とは大げさだが、じっくり沈めれる泥と毒の知識がこの魔法には活かされていた。
泥と毒は、ソドムが学問として学んだことではなく、幼少の頃に試行錯誤した害虫への粛清が、自然な形で己の能力を深めていた。
害虫(普通の昆虫も含む)をただ殺害するのは捻りがないと感じていたソドム少年は、人間に迷惑をかける罪深き虫には、より長く苦しんで死んでもらおうと思い立ち、蟻地獄をヒントに逃れられない泥入りの壺を採用して溺死させようと考えた。最初は失敗の連続で・・・シャバすぎてすぐに溺れられたり、濃度が濃すぎて歩き回られたり、なかなかうまくいかず、その過程で仮に生き残れても徐々に死ぬように、毒草のしぼり汁をいれて苦しみもがく様を楽しんだ。最終的にただ水分を増やすのではなく、砂の粒子の細かさも大切だと気がつき、悪い害虫を退治するための泥毒壺は完成を見た。
・・・当然ながら、親・友達などにはドン引きされて、妙な処刑方に情熱を傾けた愚かさに気がつき、この黒歴史は野原に埋められた。まさか、そのときの体験が将来役に立つなどと夢にも思わなかったものである。
アジールの悲痛な叫びに近衛騎士の一人がすぐさま救援に駈けつけ、剣を持っていない左手を差し出し、彼の手を掴むことに成功した。
が、これがソドムの狙いであった。
「そうだよな、光の神を信奉する者が仲間を見捨てるわけがない!」と言って、泥沼を僅かに拡張させる。ほんの20cm拡げただけだが、近衛騎士の重心が沼側の足だったため、態勢を崩すには十分であった。
「悪辣な!!」ジオルドは憎しみを言葉した。そして、自分も助けに向かうか、このままソドムを撃破するか迷った。何しろ、時間がないのである。制限時間がないなら、アジールらを助け出してから反撃に転じられるが、今回はそうもいかない。
(剣技は互角だとしても、影王は身長160ほど、筋力は並・・・私とは歴然した体格差がある。味方が溺死する前に、勝負をつけてやる!)
ジオルドは王杓をソドムに向け、共にソドムと対峙している近衛騎士に、このまま倒しきるという合図をした。近衛騎士はジオルドの合図に対し、
「ウケケケ、ウヒャハハハハ~!!!」と答えた。そして、剣を持ったままジオルドの方を向く。
「貴様、悪魔が憑りついたのか!?」
「グゲゲ、ゲヒャヒャ!!」と、常軌を逸した言葉を吐き、挙動が怪しくなる近衛騎士。絶叫しているため、兜の隙間からわずかに見える表情は、狂人のそれであった。
ソドムは敵の混乱を煽るように「さあ、ジオルドを討ち取るのだ!」と命令を下した。
「・・・是非もなし、こうなったら我が王杓で改心させるのみ!」と、言うや否やジオルドは王杓を味方に振り下ろす。
だが、そこは歴戦の騎士・・・とっさに剣で受け止め、押し返してジオルドをよろめかせた。
「さすがは我が近衛騎士、悪魔に憑りつかれていても、手強い!」思わぬ苦戦であったが、口元に笑みを浮かべるジオルド。彼にとって、歯ごたえのある敵はそうはいない。弱者をいたぶるより、強者を打ち負かす方が楽しいのだ。
出番のないレウルーラはスタグビートルに乗ったまま、ソドムの戦いぶりを楽しそうに観戦している。
「あの魔法は【悪魔絶叫】!まさか、そんな使い方があったなんて・・・」
「何?そのデモンなんとかって?」と、シュラが無邪気に質問した。もはや、戦う必要がない彼女は、抑えで立ちはだかる騎士を少し警戒する程度で、一騎打ち?の観戦者になっていた。
「あの暗黒魔法はね、悪魔的な絶叫を強要して・・・」
「して?」
「それだけ」と、バツが悪そうに種明かしをするレウルーラ。
「え?そうなの?悪魔が憑りついて裏切る・・・とかじゃなく?」
「ただ、叫ぶだけよ。だから、誰も使わないロストマジックなの。ソドムの演出力で、憑りつかれたと誤解させて、同士討ちさせたみたい。流石よねー」と、感心するレウルーラ。
ソドムが連邦に所属していた時は、暗黒魔法を使えないので剣技のみだったが、ここ無法地帯ではやりたい放題。しょうもない魔法でも、まさかの活用法で敵を翻弄するので見ていて飽きなかった。
「なるほどー。相変わらずセコいまねをするわね。泥魔法もトロい爺さんにかけるなんて、卑怯で面白いし」手を打って笑うシュラ。目の前の騎士は、後方が完全に崩れたので、ジリジリと後ろに下がる。
ジオルド側が大混乱になったところで、詠唱が長めで本来なら戦闘中には使わない【不死転生】を唱えた。
周囲に転がっている賊の死体から黒い煙のようなオーラがゆっくりと立ち上り、モゾモゾと動いたかと思うと、武器を持ちムクりムクりと起き始めた。
その数、およそ百体。ゼロからスケルトンを召喚するよりも、素材があった方が圧倒的に楽であり、数も多く扱える。しかも、今回は新鮮なため、腐敗臭がなくて気分的に悪くはない。(普段ソドムが、スケルトンを召喚するのは、あんまり臭くないから)
「よ~し、お前たち!この騎士どもを攻撃しろ!」と、今度こそ命令するソドム。
(まあ、欠損がヒドイから、実際戦えるのは30体ほどか)
優勢だったはずが、味方はパニック陥り、さらにはゾンビに囲まれてしまったジオルド。歯噛みして悔しがり、
「おのれ、悪鬼めが!!」と、呻いた。
観戦者であるシュラは、
「相変わらず、アイツはボロクソに言われてる。アッハハ」と笑っていた。相手が正規の訓練を受けているほど、ソドムとの相性が悪いと言っていい。シュラは、昔 ソドムと冴子が戦った時の事を思い出していた。その時も、騙し討ちなどを駆使して撃破したのだが・・・
「あ!ソドムー!!コイツにあの魔法かけてよー!」と、自らの腹を摩りながらリクエストするシュラ。
「ん?ああ、了解した」もはや、余裕ができたソドムは、シュラ達を牽制している騎士に暗黒魔法をかけた。別に死に至るわけでも、怪我をするわけでもない魔法で、ただ水分を増やすだけ・・・大腸の。
「くらえ!【洪水】」
魔法が完成し、騎士の腹部に紫のモヤが一瞬現れた。
「ぐむ!?」近衛騎士は、冷や汗をかいて、少し前のめりになる。魔法の効果としては、まあまあであった。
この魔法は大腸の水分を一時的に増やすだけなのだが、それはつまり排出を促して下痢を引き起こすということであった。どんなに屈強な戦士でも下痢を我慢しながらでは実力の半分も出せない・・・というのが狙いなのだ。ただ、今回は魔法抵抗の高い近衛騎士だったので、腹痛程度でおわりなのかもしれない。
ソドムが若かりし頃、町娘をナンパして断られた腹いせに、この魔法を使ったところ・・・まるで魔法抵抗がなかったため、その場で諸々をぶっ放す大惨事になり、慌てたソドムは娘を川で洗うため担いで走った・・・という黒歴史があった。その後、ソドムは土下座して一生援助すると約束するハメになったのだとか。
他の使い方としては、シュラと正式に結婚する前・・・本妻レウルーラとの寝室に居座られ、夜の営みが出来なかったので、週末に洪水の魔法をかけて、さりげなく強制退場させたりしていた。その頃のシュラは、週末だけの謎の下痢が不思議でならなかったらしい。あとは、便秘がちな冴子に頼まれて、使ったりするので、全くの悪い魔法ではない・・・のだろうか、暗黒魔法ではあるが。
ジオルドは、眼前の絶叫する騎士は敵意があるわけではなく、誤解を解こうとしたか助けを求めようとしたかでジオルドに歩み寄ったのだと、ようやく気がついた。となれば、当面の敵はゾンビだけなので、その死者どもに王杓を振るって次々と撃破していった。
なんとかソドムに一矢報いようと強引に近づいた時、またもソドムの魔法攻撃にさらされる。
「そう来ると思ったぞ!」ジオルドは王杓の力を使い、防壁を展開した。
(これで決まりだと油断したところを叩く!!)
魔法が発動して、黒い霧状のガスがソドムの手から放出された。ガスはジオルド目掛けて真っ直ぐに放たれたが、見えない防壁に阻まれ、虚しく周辺に拡散して辺りに充満する。
「猛毒霧!!」わざと一拍おいてから、いちいち言わなくてもいい魔法名を言うソドム。どうやら、これが決まり手のようで、右手を突き出しポーズを決めていた。
「バ、バカな!?」咄嗟に口元を押さえるジオルド。霧状の神経毒は、防壁が消えた後に周辺から流入して、ジオルドを蝕んだのだ。拡散した毒霧には近衛騎士一人と数体のゾンビが巻き込まれている。
その毒は凶悪で、呼吸のみならず皮膚からも浸透して、ジオルドと騎士を苦しめた。
対象者は数秒おきに神経が刺激され、その痛みは熱湯を全身に浴びているかのようだという。それに伴い、発熱・震え・部分的麻痺を引き起こし、最終的には死に至る。
不覚にも片膝を着き、王杓にもたれ掛かるジオルド。
魔法抵抗が高い者、もしくは異常な体力の持ち主なら、毒の消滅を早めたり、耐えきることができるが、常人ならば一時間ほどで死亡する。ちなみにゾンビたちは毒抵抗があるため、何の支障もなかった。
勇者人間として鍛錬を積んだジオルド側は、魔法抵抗も高いため相当耐えることができ、自らの毒を燃やす浄化炎で窮地を乗り切ることはできる・・・はずなのだが、数々の嫌がらせ魔法で解呪する余裕が絶望的になかった!
泥沼にハマりながらゾンビを追い払う者、毒にかかった上絶叫しているため魔法が使えない者、腹痛に悩まされそれどころではない者、ジオルド本人は時々襲い掛かる毒の激痛とゾンビ達の対処に精一杯であった。
この惨状を救えるものが・・・一人いた。ジオルド側の聖印徒である。光の最高司祭パプワの養子であるパゾクは、勇者人間養成所に入る前に司祭として修行もしていた変わり種であった。セイントの浄化炎は解毒時に自身に火傷を負ってしまうが、光魔法 解毒はノーリスクで使いやすく、彼の回復魔法の効果も高いため、ジオルドの信頼も厚い。
今回は、ソドムの実力を過小評価していたジオルドから、拠点でもある竜車アレキサンドリアに留まるように命じられていたため、完全にピンチになった今になって、アレキサンドリアごと丘を下っていた。彼自身もタイタンズの圧倒的勝利を疑っていなかったので、助けが遅れたことを後悔している。
回復魔法系統は便利ではあるが、対象に触れられるほど接近しないと効果がないので、すぐには助けることができない。首魁であるソドムを竜に焼き払わせようにも、味方をも巻き込んでしまうので、どうにもならなかった。
(たった一人で、超精鋭たるタイタンズを窮地に追い込むとは・・・。そして、恐るべきは魔法の連続使用と魔力量・・・やはり、人間ではないということか!)
「チェックメイトだ!」ソドムは深紅の眼を細め、居合のように剣を構え、毒で苦しむジオルドに斬りかかる。
最強の魔獣・竜王に変身できるというアドバンテージを失ったが、竜王の抜け殻として引き継げた圧倒的な魔力回復量を活かし、影武者にも魔法を詠唱させるという離れ業で、なんとか捥ぎ取った勝利であった。




