街道での一幕
村を出て、ダンジョンがある森の前を素通りし、南西へとひた歩く。
さほど綺麗に舗装されているわけでもないが、一応街道と呼べる程度には整っているので、道に迷うようなこともない。
「暇ですね~」
と、早速風景を眺めるのに飽きたディアが話しかけてきた。
ちなみにディアは二足歩行で歩いているわけではなく、空中にぷかぷかと浮かびながら移動している。速度が出ないので戦闘中に飛び回ったりはできないが、歩くよりは楽な移動手段らしい。
「モンスターとか出てきませんかね」
「……街道にモンスターは滅多に出ないぞ。出たところでゴブリンかハウンドドッグがいいところだろうな」
モンスターより盗賊や追い剥ぎに気をつけた方がいいくらいだ。この辺りは落ち着いたもんだが、より西に進んだ共和国との国境沿いは治安が悪いと聞く。そこから流れてきた破落戸どもと出くわさないとも限らないからな。
「ふ~ん…………ハウンドドッグってなんです?」
聞き覚えのないモンスターだったのか、ディアがさっきの言葉を拾って尋ねてくる。
まあ知らないのも無理はないな。
「ハウンドドッグはダンジョン外で繁殖したヘルハウンドのことだな。ダンジョンのヘルハウンドより危険度は低いが、群れたら決して油断はできない」
「ダンジョンのヘルハウンドと見た目は違うんですか?」
「いや、同じだな。ちなみに習性なんかも全く同じ」
「じゃあヘルハウンドじゃないですか」
まあ実際そうなんだが、それを俺に言われても困る。
「それなら、ダンジョン外のゴブリンにも特殊な名称はあるんですか?」
「それは……ないな」
言われてみれば、確かに変な話だな。
ダンジョン外で存在が確認されているモンスターは、あとオークやコボルト、バジリスクなどもいるが、特に呼び方が変わるということもない。
「人間の考えることはわかりませんね~」と言う猫もどき。まあお前の仕草もだいぶ人間っぽいけどな。
そんな感じで、定期的に話しかけられては適当に答える。
単純におしゃべり好きと言うのもあるだろうが、知識欲からきている部分もありそうだ。ダンジョン外の知識は断片的にしかないようで、俺と会話することで少しずつ認識の齟齬を埋めていっているみたいだ。
この日はしばらく歩き、陽が落ちてきたところで野営の準備をした。そこら辺にあった木の下に陣取り、枝を集めて焚き火を起こ……そうと思ったが、DPでキャンプ用の焚き火台を用意した。
500DPと決して安くはないが、手間暇を考えるとこちらの方がいい。寝るのが遅くなって到着が遅れる方が問題だ。
いやはや、時は金なりってのは文字通り金言だな。
「なんというか……情趣がないですね……」
「わざわざ不便な方法を選ぶ必要がないからな」
「……はぁ、せっかくのファンタジーなのに」
ファンタジー100%の生き物が何を言ってるんだか……とも思うが、おそらくZ氏の記憶がある分、こういった文明の利器の方が味気なく感じるんだろうな。
ただ、俺にとっては慣れた野営だ。焚き火を囲んでの野営に、何らロマンを感じたりはしない。
……しかし、ああも落ち込まれると、こっちも気まずくなる。
仕方ないな。
「……おーい、肉出すからBBQすんぞ」
「BBQ!? たしか、ヨウキャ定番のやつ! Zさんはインキャさんだからやったことのなかったやつですね!」
「いらんことを言うな」
「わ~い」と駆け寄ってくるディア。調子のいいやつだな。
とはいえ、俺も地球産の肉を焼くのはちょっと楽しみだ。ここはいっちょ和牛というやつを出してみよう。食い物の消費DPが安いのは助かるな。
いでよ、コノエビーフ。
「「おお~」」
ディアと一緒に、神々しく分厚いお肉のご尊顔を拝む。実に美しい。肉を美しいと思ったのは初めてだ。
早速網の上で焼いてみる。質の良い牛肉は完全に火を通す必要もないらしいので、軽く炙る程度で引き上げる。
そして、焼肉のタレにチューブニンニクを追加したタレをたっぷりつけて……。
「うんめぇ~……」
「うんみゃ~……」
タレなしで肉を頬張ったディアと共に感嘆の息が漏れる。
つか語尾が変になるのは知性の低いケットシーだとか言ってたよな……。上質な油は猫の脳も溶かすらしい。知らんけど。
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そんなこんなで旅は順調に進んでいたが、二日目の昼過ぎ。ディアがひげをピンと立てて何かに反応した。
「来ますにゃ」
「語尾」
「……来ますね」
肉食って以来、たまに口調がおかしくなるんだよなこいつ。
それはそうと、何が来るっていうんだろう。
ディアが見つめる先を眺めていると、砂埃を巻き上げながら何か大きなものが近づいてくるのが見えた。
……あれは、馬車だな。しかも見覚えのあるやつ。
「うおおおおおお!?」
御者台では見覚えのある男が悲鳴をあげていた。言わずもがな、ベンツだ。
何やったんだあいつ、と思ったが、よく見ると背後から数頭のハウンドドッグが追いかけてきていた。
街道でハウンドドッグに遭遇し、全速力で逃げてきたらしい。その先にちょうど俺たちがいるとは、果たして運が良いのか悪いのか。
「これは、私の腕の見せどころですね」
おもむろにディアが俺の前に出て、何も着ていないのに腕捲りのような動作をする。
「お前、戦えるのか?」
「え、そのために呼んだんじゃないんですか……?」
「いや、まあそうなんだが」
俺の中で、よく食ってよく喋る物知りマスコットの位置に定着しかけてたからな。
「とにかく……あの人がベンツさんですよね? ちゃちゃっと助けてお礼を巻き上げましょう」
ディアが魔力を練り上げ、両手を前に広げた瞬間――黒い霧状の煙が発生し、爆走する馬車に向かっていく。そのまま先頭の馬を上手に避け、背後のハウンドドッグの集団に纏わりついた。
四頭のハウンドドッグたちは足を止め、しばしお互いを見ていたかと思うと、突然牙と爪を振るって同士討ちを始めてしまった。
思わず馬車を止めてしまったらしいベンツも、呆然としながら背後の惨劇を見つめている。
結局、最後の一頭になるまでハウンドドッグたちは殺し合い、その最後の一頭は断末魔のような鳴き声を上げたかと思えば、地面に倒れ込んでピクピクと痙攣していた。
……何あれ、えぐい。
そう思ってディアの方を見ると……って、なんでお前も驚いてんだよ。
「……おーい」
「……はっ、す、すみません。思ったよりえぐい感じになっちゃったので」
お前が制御してたんじゃないんかい。
「で、なんだよあれ」
「……あれは、幻影魔法で対象が疑心暗鬼に陥るようイメージしてみたんです。足止めになればいいな~程度だったんですが……耐性の低いダンジョン外のモンスターに使うとああなっちゃうんですね」
ディアはしばし考えこんでいたが、「……いや」と首を振った。
「これは……おそらく知性の数値が関係しているのかも。魔法威力は通常INTに左右されるけど、幻影魔法は知性の値によって相手に見せる幻覚の解像度が上がるってこと? それじゃあ……」
「……考察は後だ。とりあえずあそこで呆けてるベンツを迎えに行くぞ」
「あ、了解です」
まあ、これから一緒に戦うパートナーの能力が知れたっていうのは大きい。ダンジョンアタックでぶっつけ本番なのはちょっと不安だったからな。
そんなことを思いながら、一人と一匹でベンツに歩み寄っていくのだった。




