小休止
猫缶を直で食べるのは品がないということで、皿とスプーンを所望したディアに、DPで生成したものを渡してやる。
「おいし~」
「…………」
にゃむにゃむと美味そうに猫缶を食うディアを見ていると、なんだかこっちも腹が減ってきた。
……そうだ。前から気になってた寿司というやつを出してみよう。
アイテム生成で『一人前にぎり寿司』を選んでみると、そこからさらに松竹梅のランク選択画面が出てきた。松が一番高級で松が一番安いらしい。ネーミングの由来はZ氏が知らなかったから不明だ。
松は1000DPと高すぎるので、今回は200DPの竹にしておく。プレミアムな猫缶と同じくらいだな。
「主さま、なんですそれ?」
木桶に入った『一人前にぎり寿司(竹)』を眺めていると、ディアが興味を惹かれたらしくやってきた。
「生魚の料理ですか。美味しいんですか?」
「かなり美味いらしいぞ」
Z氏の記憶によると。
「まあ私には食べられませんね。私の味覚はほとんど猫と同じなので」
美味そうに猫缶食ってるしな。
……あ、じゃあこっちなら食えるか。
「……これは、お刺身というやつですか?」
『刺身盛り合わせ』は寿司と違ってランク付けされておらず、100DPで生成できた。
「まあこっちならすし酢も山葵も使ってないからな」
「おお~、太っ腹な主さまは嫌いじゃないですよ!」
スプーンを使ってマグロ、サーモン、真鯛の刺身盛り合わせを頬張るディアを横目に、俺を寿司に取り掛かる。
付属していた小袋の醤油をプラスチックの小皿に入れる。初見の調味料なので舐めてみようとも思ったが、隣の猫もどきに「動物みたいですね、主さま」とか言われたらムカつくのでやめておいた。
まずは、王道のマグロの赤身にしてみよう。
1DPのお手拭きで手を綺麗にしてから、素手で寿司を掴み、シャリではなくネタの方に軽く醤油をつける。そして……。
「……うん、美味いな」
魚らしい臭みはほとんどなく、すし酢の酸味と米の甘さ、そしてマグロの旨味が口いっぱいに広がる。
続けてサーモン、いくら、ウニなどを食していく。どれも美味いが、ウニだけは臭みが気になったな。松のウニなら全く臭みもないんだろうか?
そんなわけで十貫の寿司を食べ終えた頃、ディアも猫缶と刺身を完食していた。
「いや~、食事っていいものですね」
「地球の料理だからってのもあるんじゃないか? 街で売ってる飯は……不味くはないがここまで上等じゃないしな」
あくまで庶民の話で、お貴族さまやお偉いさんがどうかまでは流石に知らんけどな。
「ふ~む、とにかくZさん様々ですね」
飯に関してはそうだろうが、あいつがいなければダンジョンマスターなんかになってないからな……。
しかし、そうならなかった時の未来を想像してみると、うだつの上がらない探索者崩れの姿しか浮かんでこなかった。
「……そのうち、墓でも作ってやるか」
「それがいいと思いますよ。今この世界で、彼のことを知っているのは私たちだけですから。私たちくらいは、ちゃんと弔ってあげましょう」
モンスターに道徳を語られるのも変な話だが、変に茶化す気にもならなかったので頷いておいた。
ついでに口の周りについた猫缶のカスのことも黙っておいた。
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「そろそろ行くか」
「そうですね~」
少し食休みを挟み、俺たちはダンジョンを出ることにした。猫缶のカスは毛づくろいをしている時に取れてしまったらしい。残念だ。
さて、これから村に向かって、ベンツがいれば彼に、いなければ他の村人に頼む……のは厳しいか。馬車は村に一台しかないって聞いたしな。その時は待つか、王都までの中継地点の宿場町まで歩いて行くとしよう。
「……つーか今さらなんだが、お前って外に出ても大丈夫なのか? 理性がなくなって野生にかえったりとか……」
「しませんよ……。モンスターは基本的に生みの親となるダンジョンマスターの命令に逆らえません。ダンジョンの内外かかわらず」
「……じゃあダンジョン外にいる野生のモンスターも、生み出したマスターの命令には逆らえないってことか?」
「基本的には。……命令権を完全に放棄した場合や、世代を経た子供なんかは無理だと思います」
ディアは思案顔でひげを撫でる。
「大方、外で自由に生きろって命令を出して、最初に何体か放流したんだと思いますよ。大抵のモンスターには生殖能力がありますし、天敵もいない環境なら自然と増えます。ダンジョンの存在を周知させるなら有効な手段です」
……なるほどな。モンスターが現れれば、討伐に赴く人間たちがいて、自然とダンジョンの存在も知れ渡ると。
「ちなみになんだが……ダンジョンマスターが死んだら、召喚されたモンスターはどうなるんだ……?」
「死にますね」
死ぬのか……。
「マスターとモンスターは一蓮托生ですから。……まあ、そちらも命令権を放棄した場合は別でしょうね」
ふむ、命令権とやらを放棄してしまえば完全に独立してしまうのか。「一生俺の命令は聞くな」とでも言えばいいのか?
にしても、こいつはやっぱり物知りだ。ウィ○ペディアの名は伊達じゃない。
「む~……」
「な、なんだ」
急に俺の顔をじっと見てくるディア。失礼なことを考えていたのがバレたか? と思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
「先ほどから思っていましたが、主さま……ダンジョンの基礎知識がインプットされていないようですね」
「ダンジョンの基礎知識?」
……って、なんのことだ?
「ダンジョンマスターやモンスターは、生まれ落ちた時からダンジョンの仕組みやスキルの仕様など、ある程度は把握しています。Zさんや他のマスターも同じはずです。その様子だと……やっぱり何も知らないみたいですね」
「……ああ」
俺が受け継いだのはZ氏の記憶とダンジョンマスターとしての権限だけで、その基礎知識とやらは受け取っていない。なぜかと考えたが、答えは答えはすぐに出た。
おそらく、Z氏の固有スキルだった『他力本願』が原因だ。あのスキルの効果説明に書いてあったのは『自身の記憶とダンジョンマスターとしての権限を委譲する』という文言のみ。つまり、Z氏の記憶とダンジョンスキル以外は何ももらえないという意味だろうな。実際、マスターの固有スキルとやらも俺には発現していないし。
「ふふ~ん。でも主さまには私がいますからね。困ったことがあったら遠慮なく頼ってください。猫缶一つで請け負いますから」
いや、請け負うもなにも、マスターの命令には逆らえないって、さっき自分で言ってただろ……。
まあ分かってて言ってるんだろうが。ツッコミを入れるのも野暮なため、デコピンを一発入れて黙らせておいた。こいつの扱いはこんな感じで良さそうだ。
気を取り直して、ダンジョンを出て村へ向かう。本人が言った通り、ディアの様子はダンジョンを出ても全く変わらなかった。
ディアの軽口に適当な相槌を打ちながら歩くこと約二時間、森の近くの村に到着した。
馬車は……ないな。ということはベンツはまだ帰ってきていない。一応村長に話は聞いておくか。
「なんというか。ザ・村という感じですね」
「そりゃ村だからな。……あと分かってると思うが、人前では喋るなよ」
「もう、分かってますよ~」
前回のゴブリン退治で来てから何人かとは面識があるため、軽く手を振って挨拶しながら村長宅に向かう。ちなみに右目は見えるようになっているが、変に詮索されるのも嫌なので眼帯は着けたままだ。
ディアのことは隠しようがないので訊かれたりもしたが、テイムしたモンスターだと告げると珍しそうにしながらも受け入れてくれた。
ディア自身は果物をもらったりして嬉しそうにしながらも、自由に話せないことが少し不満げだった。
ふと、周りに誰もいない時を見計らって声をかけてくる。
「ん~、黙ってるのって逆に疲れますね。念話のスキルがあれば心の声で会話できるんですけど。……チラッチラッ」
……わざとらしい。
「何DPだよ」
「2万5000DPです! 主さまと私の分でちょうど5万!」
「却下だ」
「え~」という声を無視しながら、村長宅に着いた。やってきた理由はベンツと馬車を借りるためだな。字面的に意味不明な感じだが、当然ながらベンツは人間の方だ。
ちなみに、馬車は村の共用なので、責任者を通さずに勝手に使ってよいものではない。
村長宅のドアをノックすると、ややあって恰幅の良い老齢の村長が出てきた。
「おお、これはこれは……」
村長は五日とおかずにやってきた俺と、ディアの存在に驚きながら応対した。俺のことは適当にぼかし、ディアは他の村人と同じように、テイムしたモンスターなので危険はないと告げる。
恐る恐る頭を撫でられると、ディアもまんざらでもなさそうに喉を鳴らした。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「……あー、そのことなんですけど」
また王都に向かうため、馬車とベンツを借りたい旨を村長に説明するが、返事は芳しくなかった。
ベンツのことを良く知る村長は、彼が宿場町で遊んでいる可能性が高く、しばらく帰ってこないかもしれないと言った。
まあ歳も若くてまだ未婚らしいからな。少なくない金も渡してしまったし、賭場や娼館のある宿場町で遊び歩いてしまうのも仕方がないか。
徒歩で宿場町に向かい、そこから馬車を借りて王都に向かうとするか……。
「申し訳ない」と詫びる村長に問題ないと手を振り、俺たちは村をあとにした。
宿場町までは徒歩で三日といったところだ。
残りDP的には問題ないのだが……。
「ふふふっ……主さまと私、主従水入らずの二人旅です! これで思う存分おしゃべりできますね!」
これが嫌だったんだよなぁとげんなりしながら、おしゃべりなケットシーと並んで街道を歩くのだった。




