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形のない戦果

 目が覚めた時、真っ先に目に入ったのは、ダンジョンの岩肌ではなく、見知った安宿の天井でもなかった。


「知らな…………いや、知ってる天井だな」


 この場所には見覚えがあった。たぶん……ギルドの隣に併設された治療院の病室だな。七年前、初陣でゴブリンにやられた際、ダンジョン入り口付近で倒れていたところを通りがかりの探索者に助けられ、運び込まれたことがある。個室ではなく数人の相部屋だが、今は他に病人もいないようだ。


「……ん?」


 ふと斜め下に視線を向けると、長い金髪を広げ、俺の寝ているベッドに突っ伏するように寝ている女が一人いた。


 え、誰だよ怖い。


 恐る恐る肩を揺すってみると、やがてその女は顔を起こし、寝ぼけ眼を擦りながら俺を見て、


「ひっ!?」


 と小さい悲鳴を上げて、慌てて病室から出て行った。


 ……一体なんなんだ。


 すると病室の外から「ちょ、おま」という声が聞こえて、入れ替わりのように金髪の男が一人やってきた。その顔には見覚えがあった。


「あんたは……」


「……起きたか。よかった」


 あの時、ダンジョンでオークと交戦していた探索者だった。やけに女にモテそうな顔をしていたから覚えていたのだ。なんとなくイラっとしたが、決して嫉妬ではない。


「改めて礼を言うよ。ありがとう。君のお陰で、僕もあいつも生き残る事ができた」


「…………まあ、なんだ……気にするな」


 そう面と向かって礼を言われると照れる。こういうのには慣れてないんだ。


 男はグレンと名乗った。俺と別れて4階層に戻った後、偶然見つけた知り合いの探索者パーティに女を託し、戻ったら俺が倒れていた、というのが事の顛末らしい。


「さっきのあいつ……リゼットは僕の妹なんだ。……危ない状態だったけど、君がくれたポーションのお陰で、なんとか助かったんだ」


 なるほど、あの時は顔をよく見ていなかったし、髪もまとめていたのでわからなかった。

 恋人同士のパーティだと思っていたが、兄妹で組んで探索者をやっていたらしい。


「あの通り極度の人見知りなんだが、君のお陰だって伝えたら、絶対に自分が治療するんだって言って……」


 聞くところによると、妹さんは回復魔法を使えるヒーラーらしい。石の投擲でやられた左手を見てみたが、わずかに傷痕を残すくらいでほとんど完治していた。……優秀だな。

 戦闘の経緯はわからないが、オークとの戦いでは回復役を真っ先に潰されてしまったということか。


 回復魔法を使える術師は貴重で、普通に治療を頼めばかなり高くつく。

 だからグレンに代金を払うと言ったんだが頑なに固辞され、逆にポーション代を払うと言われたので断っておいた。本音を言うと、最近出費が多くて懐事情は厳しいんだが……格好をつけたい気持ちが勝ってしまった。

 それなら治療院の方の代金は絶対に自分が出すと言い張られたので、そこはお言葉に甘えておく。治療は妹さんがしたはずなので、滞在費諸々といったところだろう。


「……無欲な人だな、君は。あんな強敵と戦って、何の実入りもなかったっていうのに」


 ……ん?


「どういうことだ?」


「え? だって、ドロップアイテムはその場になかったし、オークは何かの理由で逃げたんじゃないのか?」


 あー、そういうことか。

 モンスターを倒せば必ずアイテムがドロップする。今回は俺がそれをDPにしてしまったから、オークは討伐されずに逃げたと思ったわけか。


「あのオーク……受けた傷がすぐに回復する異常個体だった。俺もオークを倒したことはあるけど、普通のやつとは明らかに違った」


「そうか」


「でも、ギルドに報告したら、B級以上の探索者パーティに調査を依頼したと言っていたよ。きっと遅かれ早かれ討伐されるはずだ」


「……そうか」


 すまん、誰とも知らない探索者さんよ。もうそいつは俺が倒しちまったんだ。

 心の中で詫びを入れていると、グレンは不思議そうな顔でこちらを見ていたが……。


 やがて、思い直したように、深々と頭を下げてきた。


「……すまない」


 どうしたんだ、いきなり。


「あの時逃げたことなら、そもそも俺が言ったことだし、妹さんの状態を考えると――」


「いや、そうじゃないんだ」


 グレンはバツが悪そうに顔を伏せた。その目に浮かんでいたのは……罪悪感だった。


「僕は……君のことを知っていたんだ。…………その……ダンジョンに挑むことを諦めたF級探索者。1階層のゴブリンから逃げた臆病者だって。……ギルドで君を見かけた時、直接何かを言ったわけじゃないけど……きっと、はっきり見下した目で見ていたと思う。まともに戦えもしない、ダンジョンにも潜らないのに、なんで探索者を続けてるんだって」


「…………」


「でも、君は噂とは違って、勇敢だった。君がいなきゃ、僕も妹も死んでいた。……だから、本当にすまない」


 ……ったく、馬鹿正直に言わなきゃいいのに。

 助かりましたありがとう。はいどういたしまして。で終わらせるのが賢いやり方だ。


 だが……こういうやつは嫌いじゃない。


「気にするな。俺はそんな立派な人間じゃない」


 まあ、実際は人間ですらないんだけどな。


「1階層で挫折したのは事実だし、だらだらと探索者にしがみついてたのも事実だ。世間の噂ってやつは何も間違ってない」


「いやしかし、君はまたダンジョンに来た。しかも、ソロで5階層まで――」


「偶然有用なスキルを習得して、また挑戦してみようと思い立っただけだ。よく聞くだろ? そういう話」


 スキルの力はそれだけ偉大だ。戦う力を持たなかった者が、何かをきっかけに有用なレアスキルを習得して、何年も修行している武人に勝ってしまうことだってあり得る。ここはそういう世界なんだ。


「スキルの詮索はしないでくれよ。俺にとっての生命線だからな」


 長い沈黙の後、グレンは小さく溜め息を吐いた。


「……わかった。それで納得しておく」


「おう」


 それから少しだけ話をして、彼や彼の妹のことを聞いた。どうやら二人揃ってD級探索者らしい。俺よりずっと格上だな。

 俺はと言えば、モンスターのドロップアイテムは一つ残らずDPに変えてしまったので、討伐数は0のまま――当然F級からの昇格もなしだ。


 やがて日も暮れてきて、「そろそろ行くよ」と告げて背を向けるグレン。しかし、半身だけ振り向いて告げる。


「この借りはいつか必ず返す。何か困ったことがあったら、遠慮せずに言ってくれ」


 そう言ってグレンは去っていった。最後まで、カッコいい仕草が様になるやつだった。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



 グレンを見送った後、俺も治療院をあとにした。オーバーヒートを使った反動か、全身に気だるさは残っていたが、怪我自体は治ってるからな。


 そのまま、王都にいる時にいつも使っている安宿に赴き、借りた一室の固いベッドに寝転んだ。

 天井を見上げながら、メニュー画面を起動し、改めてDPの収支履歴を確認した。


『オークの肉(レア)を吸収 +132000(264000-132000)DP』


 なんか生焼けの肉みたいな表現になってるが、それはまあいいだろう。


 俺が倒したあのオークもレア個体というやつだったらしい。五年前はゴブリン、五年ぶりに来てみればオークだ。運のステータスがあったら低いのか高いのか……ゲームのプレイヤー視点で考えると高そうだ。

 それにしても13万……俺のダンジョンに持ち帰っていれば二倍だったが、そうなると時間経過で死んでいたので仕方ない。

 オークのあの驚異的な回復力は特殊なスキルだったのか、レア個体故に自然治癒力が異常に発達していたのか、そこらへんは不明だ。もしかすると、肉も食べた端から再生したり……は流石にないか。もうDPにしてしまったので確かめられないが。再生成するにはコストが高すぎる。


 とにかく、人助けをして死闘を演じた甲斐はあったらしい。当面はDPに困らないだけの貯えができた。

 一応と思いステータスも確認してみると、そっちの方にも少なくない変化があった。



名前:ノイド

種族:人間(ダンジョンマスター)

所持スキル:オーバーヒート

称号:迷宮管理者Z

特殊称号:レア初討伐(ゴブリン)

     レア初討伐(オーク)

     ビギナーズラック


MP:38

STR:138

VIT:133

DEX:90

AGI:94

INT:20



 MPとINTはちょっと微妙だが、他のステータスは軒並み20~30ほど上昇していた。STRの伸びが特に大きいのは、レア初討伐(オーク)による補正らしい。

 ゲームのようなレベルアップとは違うが、ダンジョンで戦っていれば、こうやって少しずつ強くなっていくということか。特別筋肉を鍛えたわけでもないのに腕力が上がるというのは不思議だが、DPや魔力が関係しているのかもしれないな。知らんけど。


 改めて考えてみるが、やはりダンジョンは危険だ。

 今回のようなイレギュラーも発生しうるし、そうじゃなくても、気を抜いた瞬間にやられることだってあるだろう。

 だが、それでも、もうダンジョンから逃げるという選択肢は浮かばない。あの日見た夢の続きを、もう一度見ると決めたからな。


 絶対に、誰からも認められるような探索者に――


 ぐぅ~。


 ……思いっきり腹の音が鳴った。いまいち締まらん。

 まあこんなもんか。俺は俺だ。カッコつけてもしょうがない。

 とりあえず、DPで何か食い物を出すとしよう。ここはやっぱり……。


「……うっま」


 生成したツナマヨおにぎりを頬張りながら、この大量にあるDPで何をしようか、強くなるためにこれから何をするべきか、熟考の海に沈んでいくのだった。

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