敏悠side 5話
あっという間に半年は過ぎ、僕はとうとうタイムリミットを迎えた。
何度か少女をこの交差点で見かけたが、ミカちゃんである確証は得られなかった。
「お久しぶりです。約束通り、私の子を連れてきました。この子の名前は、貴方と旦那の名前を一文字ずついただいて、『悠介』にしました。
私が今ここにいられるのも、この子に出会えたのも、全部貴方のおかげです。本当にありがとうございました」
赤ちゃんを連れた夫婦の内、僕が助けた女性が花束を電柱のそばに置く。
その後、「また、明日にでも花束を回収しに来よう」などと話しながら夫婦は帰路についた。
「時間切れ、か…」
セリフだけならば苦虫を噛み殺したかの様な表情をした人物のものに思えるが、僕はまさに真逆の笑みを湛えていた。
半年もの間初心に返って人助けに邁進し、僕の名前から一文字取って名付けられた赤ちゃんを見て、いろいろと吹っ切れたからだ。
「ミカちゃんには会えなかったけど、最期に助けた彼女はわざわざ遠くまで赴いて、僕に感謝を伝えてくれた。それでもう、十分」
そう独り言つると、最期に僕の育った街並みを目に焼き付ける様に、ゆっくりと辺りを見渡した。
すると、僕の佇む道と真逆の位置に、しゃがみ込む例の少女の姿が見えた。
体調が悪いのかな?なんて思いながら、そっと少女のそばへ行く。でも、体調が悪いのではなく、泣いているようだった。ちょっとギョッとしたが、恐る恐る声をかける。
「……ねえ君、こんな所で泣くなんて、どうかしたの?僕で良いなら、話くらい聞くよ?
…もっとも、そろそろ時間やばいみたいだし、最後まで付き合えないかもしれないけど」
この少女とは、この半年間でかなりの回数、目が合っている。そしてその度、慌てて目を逸らされる。だからきっと、僕が見えている。
僕を見たまま硬直してしまった少女に、どうしたものか、と悩んでいると、呆けていた少女の表情が自嘲的なものに変わり、矢継ぎ早に話し始めた。
「…敏兄ぃ、何でこんな時ばっかり気づいちゃうかなぁ?……流石、『お助けセンサー』って感じ?
公園で会う度に、私より、公園で仲間外れにされた子供とか、転んだ子供とかばっかり構って、私のことなんか半ば放置してたくせに。何でこうやって泣いてる時とか、本当に辛くて『もう無理』ってなってる時だけこっちに気付いちゃうの?
そんなんだから私、敏兄ぃの事、本気で嫌いになれないんだよ…!」
一息に話し切り、軽く肩で息をする少女…ミカちゃんの目に、僕はどう映っていただろう。
予想はしていたけれど、まさか最期に会えるとは思いもしていなかった僕は、彼女に間抜けな面を晒していないだろうか?
彼女は、僕を覚えていてくれた。気づいてくれていた。
それだけで、泣きそうなくらい嬉しかった。
「ねぇ、敏兄ぃ。一個だけ、お願いがあるの。一生に一度のお願い。…聞いて、くれる?」
僕が声をかけた時のミカちゃんと同じように呆けていた僕は、彼女の言葉で現実に引き戻される。
不安の滲む目で見つめられ、やっぱりこの子には叶わない、と再認識した。
一生のお願いが二度目でも、今の僕では叶えられそうにないお願いでも、彼女のお願いなら、僕は叶えたいと思った。
妹が大好きなクラスメイトの気持ちが、僕にも分かった気がした。
でも、それを彼女に悟られるのは、年上としての面子の問題から嫌だった。だから、ミカちゃんのお願いを茶化すように、僕は言う。
「一生に一度の、か。そこまで言われたら、聞くしかないね。これでもう、2回目の一生だったとは思うけど。
そうでしょ?ミカちゃん。細かいところまではムリだけど、大体のことはまだ覚えてるよ。特に出会いとか。僕の一番の心残りが、君の事だったからね」
ミカちゃんの目が、驚愕に見開かれた。見つめ合う事数秒。ミカちゃんがゆっくりと口を開かれる。
「敏兄ぃ、何で…。私の事、覚えて……?」
思ったことがそのまま溢れてしまったかのようだった。
別れた時からあまり変わりなさそうなミカちゃんに安心し、苦笑しながらネタバラシをする。
「忘れられるわけ無い。だって、約束したよね?『5年後の今日、また公園で会おう』って。ミカちゃんも知ってる通り、一度した約束を反故にできない、損な性格してるからさ、僕。人を信用するのが苦手なのに、人一番依存心の強い、僕になついちゃった女の子との約束を果たせなくなった事、どうしても伝えておかないと、と思ってね。
幸いにも、その女の子は幽霊が見えるみたいだったし、約束した公園の近くにいれば、きっと気付いてもらえると思ったんだ。偶然にも、現場が公園の近くだったし、特にこんな風になってから移動してはいないけど。
まあ、第二の心残りである『助けた女性のその後を知ること』が先に叶うとは思ってなかったし、ちょっと焦ったよ」
昔を思い出して懐かしくなり、ミカちゃんの頭を撫でる動作をする。触れないから、あくまで動作なのがもどかしかった。
ミカちゃんは、同じく昔のように僕の手に擦り寄る。まるで猫みたい、って揶揄って拗ねられたのも、今ではいい思い出だ。
追憶に浸り、ミカちゃんを斜め下に見下ろしていると、腹部まで消えかかった自分の体が目に入った。
残り時間は、3分もなさそうだった。ミカちゃんは僕にお願いがある、と言っていた。でも、まだそのお願いの内容が聞けていない。
「…ねぇミカちゃん、お願いってなに?
こんな僕じゃ叶えられないかもしれないけど、約束を守れなくなっちゃった分、埋め合わせさせて欲しいんだ。
ミカちゃん、今の僕にして欲しいことって何?」
改めて聴くと、ミカちゃんはやや緊張した面持ちで話し始めた。
「敏兄ぃ、私ね、中学に入ってから、ちゃんと女友達がつくれたんだよ。
すっごく勇気だして声かけて、自己紹介して。若干涙目だったけど、ちゃんと『友達になってください』って言えたんだよ。
始めは、敏兄ぃと再会したときに褒めてもらいたい一心だったんだけど、今では親友って言い合えるくらいに仲良しなんだよ。すごいでしょ?」
それは、昔約束した内容とほぼ同じ。
〈幽霊とは極力関わらない〉という約束に関しては、僕の方から破っているので言及はしない。この半年間で、今回を除き、約束を破っていないだろうとは薄々感じているし、わざわざ掘り下げる必要もない。
友達はできたか、に対しての報告は僕の望んだ以上の成果が挙げられ、喜びから頬が緩んだ。
でも、自分が生きていたら、公園でこんな会話をしたのかもしれない、と考えて、少し切なくなった。
「…でもね、やっぱり、その子よりも敏兄ぃの方が大事なの。いなくなっちゃうなら、このまま後を追いたいくらい」
続くミカちゃんの発言に凍りつく。幽霊と関わってきたミカちゃんは、命の大切さに関して誰よりも理解しているのに、この発言。いかにその思いが強いのか感じ取れる。でも、本気であろうとなかろうと、僕はその思いを肯定できない。死者として、ミカちゃんの幼少期を知る者として、ミカちゃんの発言に怒りを覚える。
「ミカちゃん…。
それは、それだけは、絶対にダメ。
生きてる間は違うかもしれないけど、死んでから絶対に後悔するよ。親友の子も、絶対に悲しむと思う」
でも、あくまで冷静に、正論で返す。感情的になった故の発言なら、こちらまで感情的になるのは逆効果だ。
「……うん、分かってる。生まれてからずっと死者と関わってきたから、普通の人よりちゃんと理解してるつもり。絶対にそんなことしない」
ミカちゃんの返答に、体の力を抜く。本気ではなくとも、霊体だけど心臓に悪い。
「でもね、敏兄ぃがいなくなちゃうって思っただけで、他の誰がいなくなるよりもずっと辛い。
私、世界で一番、敏兄ぃの事が大好きだから」
絶句した。安心した直後に一世一代レベルの告白を受ければ、誰だってそうなるだろう。
「ふふっ」
僕の表情を見て笑ったミカちゃんに、現実に引き戻されてムッとする。今回は、さっきの発言と同じくらいタチが悪い冗談だ。
ミカちゃんのそれは、きっとラブではなくライクの方だ。幼少期から一緒にいたんだから、家族愛的なものを勘違いしているんだろう。
そう、ミカちゃんの発言を否定しようと口を開いたが、ミカちゃんが再び話し出し、口を噤む。
「もちろん、ライクじゃなくてラブだし、親愛や家族愛と履き違えてもいないつもり。
敏兄ぃは、私の事をせいぜい歳の離れた妹や、親戚の子供くらいの認識しかしていないのは分かってる。
歳の差以前に、私と敏兄ぃが結ばれる未来が存在しないことも理解してる。
だから、私がこの人生を終えるまで、転生しないで待っていて欲しいの。
今世では無理でも、来世にチャンスが欲しい。
………ダメ?」
僕が言おうとした言葉を否定される。それどころか、来世にチャンスが欲しい、とまで言われてしまった。無意識なのかわざとなのか、僕が弱い上目遣いで『ダメ?』までセットだ。
僕自身、11歳も年下のミカちゃんに恋愛感情は無い。でも、妹のように思っているからには、一生のお願いまで使われているんだから、叶えてあげたい気持ちもある。
数秒の末、タイムリミットが残り僅かなのもあって、折れたのは僕の方だった。
「はぁ……仕方ないなぁ。待つだけだよ?
僕がミカちゃんを選ぶかどうかまでは確約できない。それでもいいなら、待っててあげる。
ただし、彼岸こっちへ来る要因は、偶然による事故か病気か老衰しか認めないからね!
それから、ミカちゃんが僕以外の人と恋愛結婚した場合や未遂であろうと自殺を図った場合、ミカちゃんを待たずに転生させてもらうからね!」
「うん!約束だよ!!絶対にしないそんなことから、ちゃんと待っててね!」
僕の返答に、ミカちゃんは満面の笑みを見せる。無邪気な笑顔の前では、抱えていた不満も掻き消されてしまった。
でも、感極まったのかミカちゃんの目尻に涙が溜まっているのを見つけ、悪戯心が沸いた。
「あーもう。ミカちゃんってば、相変わらず泣き虫なんだね。ちょっとはお姉さんのなったと思って見直したのに。
これじゃあ、僕、まだ安心して待ってられないよ?」
「うぅ~!最後くらい、笑顔で『またね』って、しかった、のにぃ~!」
僕の言葉でミカちゃんが泣き出し、思わず慌てて慰めにかかる。
「ああ、ごめん。意地悪しすぎちゃったね。
…ほら、落ち着いて。深呼吸して」
「ありがと、敏兄ぃ。落ち着いた。
………ちゃんと、待っててね。私、頑張って生きるから」
僕の慌てっぷりからかはわからないが、ミカちゃんはあっさり泣き止んでくれてのでホッとする。
そして、ミカちゃんの発言に、
「うん、ちゃんと待ってる」
と返す。でも、ミカちゃんはまだ高校生。これからたくさんの出会いがある。その内に、きちんと生きた男性と恋に落ち、僕のことなんて忘れてしまうだろう。
きっと、僕はこれからできる思い出に隠されて、誰からも忘れ去られてしまう。そう考えると、無性に寂しくなった。
「……でもね、ミカちゃん。君はきっと、傍にいるのが僕じゃなくても、幸せになれるよ」
自分に言い聞かせるように言うと、ミカちゃんが残るは首から上だけになった僕を抱きしめる様な動作の後、
「そんなこと無い。
今の私がいるのは、全部敏兄ぃのおかげなんだから」
と言ってから少し距離を取って、
「敏兄ぃ、大好きだよ。それこそ、生まれ変わっても、ずっと」
と僕に告げた。
他の人から言われたら『重い』とうざがるようなそれも、ミカちゃんだから素直に受け止めることが出来た。この半年間で多少吹っ切れはしても、愛に飢えた僕にとって、心地良かった。
込み上げる涙を誤魔化すように、
「…そんなに?流石にちょっと重いなぁ」
と茶化した。ミカちゃんがムッとするのに苦笑して、
「でも、そこまで想ってもらえてる、っていうのは、嬉しいな」
と続ける。
ゆっくりと、視界が暗転した。
ありがとうございました。




