040 とある男と女の会話
とある場所。
薄暗い部屋の中で、ディスプレイの光が一層際だって見える。
いくつかのデスクが並び、そこはまるでオフィスのようだった。
カタカタカタ……。
女はディスプレイを凝視したまま、軽快にキーボードを叩いている。
若い二十代くらいの女だった。
「んー」
少し疲れたのか、小休止を取るべく女は両手を真上にして伸びをした。
そこへ、同年代とおぼしき男がドアを開け入って来た。
「おはよう。真っ暗じゃないか。電気つけるよ?」
女の返事を待たずに、男は電気のスイッチを入れる。部屋に明かりが灯された。
眩しそうに女が目を細めた。
「作業は順調かい?」
「話しかけないで、さっさと終わらせて帰りたいんだから」
女は質問に答える気はないようだ。自らの作業に集中したいらしい。
男は肩を竦めてから、近くの椅子に腰かけた。
「ああ、それなんだが、急いでるところ悪いが一件追加で頼みたい」
「えっ、何? 面倒臭いのは嫌よ」
「裏へ一人招待する」
懸念したとおり面倒な仕事のようだ。女は顔を顰めるが、それも一瞬のことでキーを打つ手は止めない。
「そうなの? 誰?」
「こいつだ」
男は自分のディスプレイに映し出された人物を見るように言った。
そこで女は「ふぅ」と息を吐き、手を止めた。
椅子から立ち上がり、男のほうへと向かう。手にはアイスコーヒーの注がれたグラスを持っている。
それを一口飲んで喉を潤してから、口を開いた。
「……本気? 条件は満たしてるの?」
「一つ目は大丈夫だ。二つ目は早ければ今日」
「どうしてそう言い切れるの?」
「そうであってくれなければ困るから。君だってそうだろう?」
男は女の反応を窺う。しかし女が表情を変えないのを見て、デイスプレイに表示されている人物の画像を閉じた。
続いて、別の画面を開く。すると、マップのようなものが全面に映し出された。
「今日の進捗はどうかな?」
そう言って男はマップの一部をクリックする。
画面が切り替わる。
そこには<DO>内の映像が映し出されていた。
どこかの森の中を歩いているプレイヤーの姿が見える。
画面の右上には<ハリザラ山>と表示されている。
男は映し出されたプレイヤーを一人ずつクリックする。
まずは獣人の男だ。
画面の左側に詳細ステータスが表示される。それどころか装備やアイテムストレージの中身まで全て閲覧可能なようだ。
「面白い存在だな。彼の登場で多少は時間が短縮されるかもしれない」
「あなたが仕組んだんじゃないの?」
男ならやりかねないと女は思った。
「まさか。単なる偶然だよ」
次に男はエルフの女をクリックした。
「職業レベルが思ったほど伸びていないな」
「誰基準なのかしら?」
「もちろん、俺基準だ。二週間後に控えたアップデートに備えて、多くのプレイヤーは習熟度上げに躍起になっている。これじゃあ、かなり出遅れることになるな」
最後に人間の男をクリックする。
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職業レベル:110
HP(生命力):3,852
MP(魔力):434
SP(技力):184
STR(筋力):262
VIT(体力):109
INT(知力):83
MND(精神力):35
DEX(器用度):105
AGI(敏捷度):70
LUK(幸運度):106
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表示されたステータスを視線で追う。
レベルは<DO>の全プレーヤーの平均的な数値だ。
だが、男は満足したように頷いた。
「素晴らしい成長ぶりだな。今後が楽しみだ」
「あんたの玩具じゃないのよ?」
女が目を細めて舌打ちする。
「ごめん、怒るなよ。だけどこれは必要なことなんだ、君だってわかっているだろう?」
女は返事をせずに自分の席へと戻る。
その後ろ姿を目で追いながら、男は声をかける。
「早ければ今日にも裏へ招待することになる。手続きは任せていいよな?」
「わかったわよ。でも、今日とは限らないでしょ」
「さて……どうだろうな」
男が眺めるディスプレイには三人のプレイヤーが一人の獣人のプレイヤーと対峙している映像が映っている。
男は真剣な眼差しでそれを凝視している。
しばらく眺めて一通り確認する。
その間、男と女の間に一切の会話はなかった。
男は画面を切り替えてマップを表示させる。
「腹が減ったな。昨日の昼から何も食べてないんだ」
「冷蔵庫に何かしらあるでしょ」
「わかった」
男はキッチンのほうへと向かい冷蔵庫を開けた。
目につくところにケーキの箱が見えた。男なら絶対に買わないような代物だった。
「お、ケーキがある。有名店のやつじゃないか。食べていいか?」
「駄目。っていうかあんたにあげるくらいなら、先に自分で食べてるわよ」
「はは、そりゃそうか」
「家に帰ってから食べるのよ。今日は大事なお客様が来てるみたいだし」
女は一刻も早く自分の仕事を片付けて家路に就きたいらしい。どうやら、このケーキはお土産のようだ。
「ふぅん」
男は名残惜しそうにケーキの箱を見つめながら、冷蔵庫のドアを閉めた。




