039 勝利そして
これで【魔神茸】の効果は切れたはず。
おそらく、今だけは俺の攻撃力はあのザックスを上回っているはずだ。
「……《底力》だとッ!? そうか……おまえッ!」
即座にザックスはカラクリに気づいた。
《底力》スキルを付けている以上、自動的に俺のHPの減少度合いに応じて攻撃力は強化される。中途半端に攻撃力が強化された状態で反撃すれば、ザックスに通じなかっただろうし、やつに俺の《底力》が気づかれる危険があった。
だからこそ俺は攻撃力が最大近くまで強化されるのを待っていた。その一撃にかけるために。
「うあああああッ! 《ヘヴィクラッシュ》ッ!」
「クソがあああああッ!」
俺は追撃の手を弛めない。ザックスに回復させる時間を与えたくなかったからだ。HPが半分を割り込み、おそらくステータスがダウンした今こそ、ザックスを仕留める最大のチャンス!
俺は残ったSPをすべて使い切るつもりで、攻撃スキルを叩き込んだ。
ザックスはもう防戦一方だ。そして徐々に俺の攻撃を捌ききれなくなり、ついには鎧から剥き出しになっているその体毛が赤く滲み出した。
俺の攻撃がザックスを傷つけ、やつは出血している。頭上のHPバーは更に減少していった。
この瞬間、ザックスのAGIは俺のそれを下回ったとわかる。もうザックスが俺の攻撃を防ぐことは難しいだろう。
もっとも警戒すべきは《ギロチンアックス》だったが、ザックスはヒナとの相性を考えて【暗黒騎士】から【剣豪】に転職してしまっていた。ザックスは起死回生の一手、驚異となり得る攻撃スキルを使えない状態だ。
こうなってしまえば俺の独壇場だ。がむしゃらに剣を振るい、ザックスを追い詰めていく。
「ぐはぁッ! あ……ぁ!」
俺の絶妙な角度から放った《ヘヴィクラッシュ》は、数分違わずザックスの喉を貫いた。途端、ザックスのHPバーは大きく減少し、色も緑から瀕死を示す赤へと変わる。間違いなく致命傷だ。だが、今ザックスに回復の機会を与えては、再びこんなチャンスに巡り会う可能性は限りなく低いだろう。だから俺はトドメの一撃を繰り出した。
「これで終わりだッ! はあああああああっ! 《ヘヴィクラッシュ》ッ!」
俺の剣が鮮やかな軌跡を描き、ザックスの左肩から右脇へと袈裟斬りにした!
「がああああああああッツ! 俺様がッ……! この俺様がッ……お前なんかにッ!」
そして、僅かに残っていたザックスのHPバーが0になる。
ザックスは信じられないとでもいう風に大きく目を見開いた。口を動かして何かをしゃべろうとしているが、もはや声にすらなっていない。
次の瞬間、ザックスの体はモンスターが爆散するのと同じ要領で砕けて塵と化した。
五度目の死――――すなわち<DO>からの永久退場になった瞬間だった。
「やった……のか?」
俺は疲労感から、急に脱力してその場に尻をついた。
本当にギリギリの戦いだった。勝因は俺にはヒナとシマンという仲間がいて、さらにはドワーフの参戦という幸運があった。対してザックスはソロだったということだろう。ザックスが徒党を組んだPK集団なら、俺たちの勝ち目は薄かったはずだ。
今となってはザックスがどうしてソロにこだわったのかはわからない。こいつなりの矜持があったのか、それとも……。
俺が勝利を噛みしめつつザックスのことを考えていると、後ろからヒナとシマンが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「タイガくん!」
「タイガ!」
俺は振り返った。
目が合ったヒナはこくりと頷いた。その隣ではシマンがガッツポーズで「よっしゃあああああッ!」と雄叫びをあげていた。
「ザックスはもう<DO>をプレイすることはない。これでよかったんだろうか……」
呟くような俺の言葉に、シマンは興奮冷めやらぬ様子で言う。
「何言ってんだよ! あんなサイコなPK野郎、いなくなって喜んでるプレイヤーは山ほどいるぞ! 何も気にすることはないって! タイガはよくやってくれたよ!」
「そうか……」
俺を抱きかかえるようにしてヒナが《ヒール》をかけてくれた。傷ついた体がみるみるうちに癒えていく。
「ヒナ、手首の怪我は?」
「もう《ヒール》したから大丈夫よ。【精霊の剣】もちゃんと回収してあるわ」
「そうか……よかったぁ」
「タイガくん……お疲れ様」
「ああ……なんとか勝ったよ」
「本当に……ホントに無茶ばかりして……、HPが少ない状態で高ランクプレイヤーと対峙するなんて……やっぱりタイガくんは【向こう見ずな男】ね」
そう言ってヒナは目尻に溜まった涙を手の甲で拭った。
「そうそう! もういっそのこと常に【向こう見ずな男】の称号を付けとけよ!」
「はは……、それは勘弁してくれ」
この〈ハリザラ山〉でPK千人以上……【殺戮者】の称号を持つザックスが、<DO>からひっそりと永久退場になったことは誰も知らないだろう。
プレイヤー同士が戦い。
そして、敗北者は<DO>を去った。
知っているのは俺たち三人だけだった。
***
頭を浮かしVR専用ヘッドギアを脱いだ俺は、しばらく呆然と自室の天井を眺めていた。
〈ハリザラ山〉でザックスを倒した俺たちは<パームの町>まで戻り、アイテムの補充を済ませてからログアウトした。
「ふぅ、中々ハードな一日だったな」
同じベッドに横たわる陽菜に声をかける。
「そうね、凄く緊張感があったわ」
俺が<DO>を初めてから今日までで三週間も経っていないが、これほど神経をすり減らしたことはなかった。
体は疲れていないが、精神的な疲労を感じたのだ。
「でも、ありがとな」
「えっ、どうしたの?」
「陽菜や島本がいなかったら、きっと俺は勝てなかったから」
「大河くん……」
陽菜と目が合い、慌てて逸らす。
何を言おうとしてたのかな、と直後に思う。
少し黙って陽菜の言葉をまってみる。すると、
「もしも~し。お二人さん、私の前で変なこと始めないでね?」
「「…………え?」」
嫌な声を聞いて、俺と陽菜はベッドから飛び起きた。
ギギギと首を九十度横に向けると、姉貴がニヤニヤしながら椅子の上にあぐらをかいているのが目に入る。
「あ、姉貴ッ!? あ~~~ッ! くそ、マジかよ!」
「お、お姉さん! いつの間にっ!?」
「いやー、そろそろ声かけないと二人だけの世界に入っちゃいそうだった、から?」
嘘をつけ!
一喜一憂する俺を見て、心の中で爆笑していたに違いない。
あー……見られた見られた、一生の不覚。
姉貴と陽菜を合わせてしまったのが間違いだったと、俺は歯がみした。
当分、これをネタに姉貴にイジられるんだろうな……。
「あ、そーだ。美味しいケーキあるんだぁ。ね、三人で食べない?」
姉貴は片目を瞑り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
***
翌日、学校ではシマンこと島本が昨日の話で興奮していた。念のため、誰にも言うなよと釘を刺しておく。
島本はあのあと一旦休憩してから、深夜日付が変わる頃までログインしてレベル上げに勤しんでいたらしい。俺がいいところを持っていったのが相当悔しかったようだ。
そして、気になる情報を教えてくれた。
「アップデート?」
「おうよ。昨日零時に発表されたんだけどな。二週間後にレベルキャップ開放と新規クエスト追加と世界拡張、それに新しいモンスター実装等のアップデートが実行されるみたいだぞ」
島本の話では公式HPで告知されたようだ。
まず新モンスターの実装だ。新モンスターの実装に付随して新たなドロップ品や素材が登場するのは大方予想できた。
「こりゃあ、アプデ後しばらくは新モンスターの乱獲が続くぞ。星シリーズに追加装備来ないかなぁ」
「どうだろうなぁ。俺に手伝えることなら言ってくれ」
「くっそ~! 余裕ぶりやがって! ……あ、陽菜ちゃ~ん! おはよー!」
島本の視線を追うと、陽菜が教室に入ってきたところだった。当然俺との扱い同様、陽菜が島本に返したのは「島本くん、おはよう」の言葉と会釈のみで、そのまま仲良しグループの輪に入っていってしまったので、すごすごと島本は俺の元へ帰ってきた。
「つれないよなぁ、陽菜ちゃん」
「島本、頼むからうっかりボロだけは出さないでくれな」
「わーってるよ……」
授業中も俺は集中できずにいた。教師の話は右から左どころか、耳にすら入ってこない。
俺は二週間後に迫ったアップデートについて考える。
レベルの上限が50から100まで上がるようだ。サービス開始時が30それから10刻みに解放されていたレベルが、ここにきて一気に50も解放される。
まぁ、レベル50のプレイヤーも結構増えてきたみたいだし、ってことなのかな。これはレベル上げが大変そうだ。
最後の一つ……それは世界拡張だ。まだ俺は<ハオリオの町>から<ハリザラ山>までのハオリオ地方しか回ってない。もし陽菜のお兄さんが<DO>内にいるのだとしたら、そして拡張された世界に進出してしまったら……今まで以上に捜索は困難になるだろう。
いったい、陽菜のお兄さんは何故あんなメッセージを残して消えたんだ。
これは……ただのゲームじゃない?
謎は膨らむばかりだった。
授業中、視線を窓際に移動すると、こちらを向いた陽菜と目が合った。陽菜は薄く笑うと、すぐに前に向き直る。
俺にはまだやるべきことがある。それは行方不明になった陽菜のお兄さんを探すこと。
その手がかりを求めて今日も俺は――――
<Daydream Online>にダイブする。




