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010 竜胆陽菜

 朝一で島本から<DO(ディーオー)>を購入した俺は、早くログインしたくてたまらなかった。

 昨日姉貴のヘッドギアで<DO>をプレイしてレベル8まで上げたことを、俺は島本に語った。もちろんヒナとフレンド登録をしたことやパーティーを組んだこと、それにPK野郎のザックスと遭遇したことは伏せてある。


「そうか、九重(ここのえ)もついに<DO>に手を出したかぁ。それにしてもたった一日でレベル8まで上げるなんて、もう嵌まってるよな」


「レベル8ってそんなに凄いのか? 全然弱いんだけど」


「まぁ、先行してるプレイヤーからしたら雑魚だけど、ログイン初日にそこまで上げるのは普通より早いんじゃね? 俺は初めてプレイしたときはレベル5までしか上げれなかったし」


「そうなのか」


「それにしても称号【向こう見ずな男】を取るとはな。お前みたいにゲームしたことない素人は、ちゃんとゲームの説明聞かなきゃ駄目だって。最初のキャラクリエイトのときに、妙にイケメンでキザったらしい神様がチュートリアルは装備を揃えてからって念押ししてきただろ?」


「え……いや、そんなこと言われなかったし、むしろチュートリアルを先にしろと言われたぞ。それでエライ目に遭ったんだ。それに俺のときは、女神イリスって美形のやつだったんだよ」


「は? マジか?」


 島本は目を丸くしていた。

 そう言えば、ヒナもキャラクリエイトは男神だったと言っていたな。

 島本はわからないという風に首を傾げていた。

 それから「俺も女神イリスがよかったなぁ」などと恨みがましく言うので、俺は話題を変えるべく島本に質問した。


「お前は今レベルいくつなんだ? ジョブは?」


 俺の問いに島本は「気になるか?」とでもいう風な、いかにも嬉しそうな笑みを浮かべた。


「まさか九重の口からジョブなんて言葉が出るとは、俺も勧めた甲斐があったよ。俺も発売日からプレイしてるからな。レベルは40だ。メインジョブは【侍】で種族は獣人だ」


 獣人……。

 俺の頭の中にはすぐにザックスが思い浮かんだ。

 レベル40か。こいつも相当ゲーム慣れしているはずだが、それでもレベル40なのか。だとしたらレベル50のヒナや、四度目のデスペナでレベルダウンを食らったザックスのレベル43っていうのは相当異常に思えるな。

 二人とも廃ゲーマーだな。


「早くクラス3ジョブに就きたいんだけど、【侍】のレベル上げが終わっていないしなぁ」


「そうなのか」


 島本はクラス2ジョブの【侍】のレベルを上げて、クラス3ジョブの【剣豪】を目指しているそうだ。

 獣人の侍か……。どんな見た目なんだろうか。俺は島本のアバターが見たくなった。


「あ、そうだ。今日の夜、一緒にプレイしないか? 始めたばっかりでどうせフレンドリスト空白だろう? 俺がフレンド第一号になってやるよ。パーティー組んでクエスト回ろうぜ」


 悪いな。

 もうヒナというフレンドがいるんだ。俺はなんとも申し訳ない気持ちになり心の中で島本に謝ると、苦笑いした。


「フレンドは助かるよ。<DO>のこともっと知りたいからな。えと……今日の夜は……」


 もしかしたら今日もヒナと一緒にクエストするかもしれない。ヒナは<DO>をプレイしていることは学校では秘密にしてくれと言っていたので、島本に言うわけにはいかない。

 俺は横目でヒナの姿を確認する。今日は<DO>内のアバターと同じくポニーテールだった。ヒナは俺の視線に気づくことなく、いつもの男女三人ずつのグループで集まって会話していた。


「どうした? 今日の夜は都合悪いのか?」


 かといって<DO>のソフトを譲ってくれた島本の誘いを無下にはできない。


「家に帰ってからでないとわからないな。もしできそうなら連絡するよ」


「わかった。俺は七時から十時頃まではプレイしてるから、できれば七時までには連絡してくれ」


「三時間もプレイしているのか? 向こうの時間では十二時間だぞ?」


 俺が目を見開いて驚くと、島本は人差し指を立てて振った。


「俺ら学生はそこが不利なんだ。一日十時間プレイしてるやつもいるからな。攻略組のやつらに追いつくのはもう諦めたよ」


「マジか! 十時間って<DO>では四十時間だぞ……?」


 島本の話では<DO>内でも睡眠の概念はあるようだ。そりゃそうだよな、四十時間もぶっ通しでプレイできるわけがない。しかし、八時間プレイごとに八時間睡眠したとしても、二十四時間は<DO>で冒険できる計算か。

 島本比べても倍の時間を使っていることになる。

 あと攻略組か……魔王を倒すためのシナリオを進めているプレイヤーの集団だとヒナが言っていたな。


 島本との話が盛り上がってきたところで、チャイムが鳴り朝のホームルームになった。


 窓際の席にいるヒナの横顔を眺める。

 学校での清楚でゲームなんかしなさそうな竜胆陽菜(りんどうひな)と、<DO>内での剣を手に戦う【精霊騎士】のヒナ。

 クラスの誰も知らない俺たちだけの秘密だ。

 ヒナがこちらを向くことはなく、ホームルームが終わり退屈な授業が始まった。




 昼休みになって俺が学食に行こうと席を立つと、ヒナが近づいてきた。

 ヒナからの接触に何事かと戸惑いつつも、俺は足を止めてヒナのほうへ向き直っていた。


「九重くん。これ落としていたわよ?」

「え……?」


 ヒナは俺に一枚の紙を手渡してきた。てのひらサイズのメモ帳の一ページをちぎったものだった。まったく見覚えはない。というか俺のじゃないが……。

 条件反射的に受け取ってしまった俺だったが、渡した本人は仲良しグループと一緒に教室を出て行ってしまった。


「あっ、ヒ……竜胆(りんどう)……」


 ヒナと言いかけて竜胆と言い直した。

 それにしても……「九重くん」か……。たった数時間のプレイだったが<DO>内での「タイガくん」呼びに慣れてしまっていた俺は、途轍もない距離感を感じて若干切なくなった。

 視線を落とすと、俺の右手には二つ折りにされた一枚の紙切れ。


『放課後、屋上で待っています』


「俺のじゃないが……これは俺へのメッセージか……?」


 おそらくこれはヒナから俺宛への手紙だと考えた俺は、とりあえずポケットにしまうと学食へと足を向けた。




 放課後になり、俺はヒナに指定された屋上へと向かう。基本的に屋上へのドアは施錠されてなく、生徒は出入り自由となっている。他に人がいるかと思ったが、七月の炎天下にわざわざ屋上に来る生徒はいなかった。ヒナと会うならちょうどいいだろう。


「ヒナはまだ来ていないか……」


 屋上を取り囲む転落防止用のフェンスに近づいて、真下のグラウンドを見下ろす。運動部が部活動に勤しんでいるのが見えた。

 それにしても暑い。さっきからひっきりなしに汗が流れる。手の甲で額の汗を拭うと背後からドアの開閉する音が聞こえたので、俺は振り返った。


 そこに立っていたのは予想どおりヒナだった。

 やはりメモのメッセージは俺に宛てたものだったらしい。

 ヒナは俺を見つけると、真っ直ぐこちらに歩いて来る。俺もヒナのほうへと歩いて近づいた。

 ちょうど屋上の中央付近で俺とヒナは対峙した。


「九重くん、ごめんなさい。こんなところに呼び出しちゃって」


 やはり、「九重くん」呼びだった。少し悲しい。


「いや、別に大丈夫だけど……。どうしたの? というか、どうしてわざわざあんな回りくどい伝え方を?」


 ヒナは苦笑して、


「昨日<DO>では結構おしゃべりできたけれど、学校ではあまり会話らしい会話をしたことがないから、少し気恥ずかしくって……」


 と言うと視線をさまよわせた。

 俺も気まずくなってあさってのほうを見る。


「そう……なんだ。なんか不思議だな。昨日はあんなに話したのに、お互い面と向かうと……なんか緊張するというか……」


 十秒ほど沈黙があり、いい加減耐えかねてその静寂を破って口を開いたのは俺だった。


「それで、何かあったのか? ヒナ……いや、竜胆からの呼び出しなら俺もやぶさかではないというか……」


「ふふっ、言い直さなくても陽菜(ひな)でいいわよ。クラスでも仲のいい友達は陽菜と呼ぶし。もちろん<DO>のネームじゃなくて、本名で漢字の陽菜のほうね」


 …………ん。「九重」呼びをされて距離を置かれたと感じて、俺も竜胆と呼んだが……なんと陽菜呼びを許可された。嬉しいが、また一つ島本の恨みを買ってしまったな……。


「じゃあ、俺のことも大河(たいが)と呼んでくれ。もちろん本名で漢字のほうだ」


 さりげなく自然な流れで、俺も陽菜に「大河」呼びを勧める。

 陽菜は笑顔で頷いた。


「ええ、わかったわ。それじゃあ、私は大河くんと呼ばせてもらうね」


「ああ。それにしても屋上は暑いな。さっきから汗が止まらない」


「あっ、ごめんなさい。用件を手早く済ませるわね」


 何気なく口をついた言葉が、陽菜を必要以上に急かしてしまったようだ。


「昨日<DO>で言ったことなんだけれど、大河くんは覚えてくれている?」


「<DO>をプレイしていることを学校では秘密ってやつだろ? 誰にも言わないよ。約束したじゃないか」


 それを聞くと、陽菜は安堵したようにほっと息を吐いた。

 秘密の件を念押ししたかったのか。そんなに人に知られたくなかったのか、それとも……。


「ありがとう。変な気を遣わせてごめんね。気持ちの整理がついたら、理由はちゃんと話すから……」


 余程、深刻な理由があるのか、陽菜はそれ以上は口を閉ざしてしまった。

 その理由とやらは気にはなるが、無理に聞き出そうとは思わない。それに陽菜もいずれ話してくれるようなニュアンスで言っているので、そのときまで待とうじゃないか。


「えっと、ここへ呼んだのはその話だった?」 


「ええ、こんな炎天下に屋上にまで足を運んでもらって、大した用事じゃなくてごめんなさい」


「いいよいいよ。誰にも聞かれたくなかったんだろ? で、今日も<DO>する?」


「私はログインするわ。大河くんがよければ、今日も一緒にパーティーを組んでクエストをしない?」


「それは願ってもないことだよ。早くレベルを上げたいしな。新しい装備も買いたいし、色んなジョブにも転職したいし」


「ふふふっ。<DO>を楽しんでくれているみたいで嬉しいわ。わかったわ、今日も一緒にプレイしましょ」


 このあと、俺は陽菜と互いの連絡先を交換した。実は身内以外では初めての女の子の連絡先だった。


 俺は軽い足取りで帰路に就いた。




 ***




 帰宅後、俺はすぐに自室へ向かうとカバンから<DO>のソフトを取り出した。文庫本サイズのパッケージには<Daydream(デイドリーム) Online(オンライン)>のタイトルロゴと共に、人間の戦士に弓を構えたエルフと巨大なハンマーを担いだドワーフ、そして斧を振り上げた獣人のイラストが描かれている。裏面には<DO>のゲーム内容が簡潔に書かれていた。一番下には開発・販売・運営<Devil(デビル) Devil(デビル) Devil(デビル)>と記載されていた。ホームページのURLもあった。


「よし、やるか」


 俺はビニールの包装を破いて、パッケージから<DO>のソフトを出してみた。縦幅二センチ横幅一センチほどの小さなチップ。これが<DO>起動用のソフトだ。

 姉貴の<DO>でプレイしたので俺のアカウントがどうなっているのか不安に思ったが、問題ないと島本から言われたのでほっとしていた。なんでも、俺の脳波が<DO>のサーバーにデータとして残っているらしく、別のヘッドギアやソフトで起動しても問題ないらしい。いや、脳波のデータが保存されている時点で問題はあるんじゃないかと思ったが……。


「姉貴のやつセーブデータがどうのこうの言っていたけど、俺が姉貴のアカウントに干渉できない仕様じゃないか」


 俺は昨夜の姉貴との会話を思い出して、少し腹が立った。


「さぁて、今日も陽菜と一緒にクエストをするぞ」


 時間は午後五時四十分。帰宅途中にスーパーで買い物は済ませてあった。姉貴は大学で夜は飲み会があると言っていたし、父さんと母さんも今日は帰りが遅くなると言っていたな。夕食の準備は六時半から始めても大丈夫だろう。それまで<DO>内時間で四時間近くは過ごせるはずだ。

 俺はソフトをヘッドギアに差し込んで、<DO>を起動させた。




 瞬時に視界が変わる。

 俺は<ハオリオの町>の冒険者ギルドの前に立っていた。相変わらず人が多い。一際大きな通りに面する冒険者ギルドの前には、様々な人が忙しなく行き交っていた。

 ヒナと約束したのは午後五時四十五分だ。<DO>内の時間でまだ二十分ほどあった。


 俺はフレンド間で使えるメッセージを残しておくことにした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 冒険者ギルドの前にいます


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 これでいいか。


「送信っと」


 ヒナにメッセージを送信した。

 行き違いになるのを避けるため、ここから移動しないほうがいいだろう。俺は時間潰しに掲示板を眺めていた。そして十五分ほど経ったとき、効果音が鳴った。


『1件のメッセージがあります』


 ポップアップしたウィンドウにはそう表示されていた。メッセージを受信した効果音だったみたいだ。覚えておこう。すぐにタップして中身を見る。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ログインしました。

 冒険者ギルドの前にいます。

 タイガくんはどこですか?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ヒナからのメッセージだった。


 俺はメッセージ画面を閉じながら冒険者ギルドを出た。

 そこには金髪碧眼ポニーテールのエルフの騎士がいた。


「お待たせ、タイガくん。もしかして待たせちゃったかな?」


「いや、俺も今来たところだよ」


 言いながら、俺はヒナにパーティー申請をした。直後、効果音がしてヒナとパーティーを組むことができた。 


 それからヒナと一緒に<DO>内時間で三時間ほどかけて二件の討伐クエストをして、俺はレベル10になった。

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