砦の痕跡
馬車に乗り込む前、調査隊の残る二人とも挨拶を交わした。
現在、俺たちはシュナイダーの砦へ向かって馬車で移動している。
挨拶の際、二人にもスポットライトが当たり、名前が表示されていた。
一人は、体格の良い三十歳くらいの男。調査隊員というより、衛兵の方が似合いそうだ。
【ホイソン】
【調査隊員】
もう一人は、細身の四十代くらいの男。こちらは鑑識が似合いそうな雰囲気だ。
【ジェイド】
【調査隊員】
二人とも、名乗った名前と表示された名前が一致していた。
やはり、アルクだけが違っている。
そんなことを考えていると、ホイソンが話しかけてきた。
「翔太さん、シュナイダーが魔人に変わる前、どんな様子でしたか?」
確か、自分の手のひらを切って、血を啜っていたな。
(あれが魔人との契約に関係していたのか?)
俺はちらりとアルクに目を向けた。
(こいつの正体が分からない以上、余計なことは話さない方がいいな)
「シュナイダーが魔人に変わるとき、何かしていたような気はするんですが、よく見えなかったので……」
ホイソンは、しばらく俺の目を見つめていた。
「そうですか。では、仕方ありませんね」
(……何だ? 今の間は)
表情を変えずに答えたつもりだが、何か気づかれたのか? それとも、こいつも最初から何か知っているのか?
「すみません。いろんなことが一度に起きたので、そこまでしっかり見ていなかったんです」
「いえ、こちらこそすみません。街を救った英雄に、妙なことを聞いてしまって」
ホイソンって奴も、よく分からないな。疑っているような態度を取ったかと思えば、今度は謝ってくるし……。
ふとジェイドを見ると、二人の会話には加わらず、手元の資料に何かを書き込んでいた。
ここは、アルクにも探りを入れてみるか。
俺はアルクに顔を向け、何気ない調子で尋ねた。
「向こうでは、具体的にどんな調査をするんですか?」
「現場の実況見分をしたいんだ。そのために、君にも同行を頼んだ。魔人と対峙して生き残った人物に興味があったのも事実だけどね」
「なるほど。現場で何があったのか、確認したいわけですね」
「そういうことだ」
俺はあえて、アルクに探るような視線を向けた。
「それと、俺に興味があったと言いましたけど……過去形なんですね」
アルクは苦笑いを浮かべ、頭に手をやった。
「ははは。いや、むしろ興味は増したよ。握手のときのことを気にしているのかな?」
意外にも素直な対応だな。向こうが一枚上手なのか、それとも本当に何もないのか……。
「いや、そういうことではないですけど……」
そうこうしているうちに、馬車の速度がゆっくりと落ち始めた。
窓から外を覗くと、見覚えのある砦が近づいていた。どうやら到着したようだ。
*
砦の中へ入り、調査隊の三人とともに地下へ続く階段を降りていく。
シュナイダーとの死闘。そして、この世界から去っていった魔人。悪魔の姿を現したマルク。
戦いのあと、隔離されていた兵士長が亡くなったという報告も受けている。
何より、アルクという男の正体も気になる。
俺は先を歩くアルクの背中を見つめた。
(さて……この調査で何が出てくるのやら)
地下へ降りると、そこには激しい戦闘の跡が残されていた。
床や壁は至るところが破壊され、瓦礫が散乱している。生贄に捧げられた者たちの血肉の臭いも、まだ消えていなかった。
アルクは周囲を見渡すと、訝しげな表情で俺に顔を向けた。
「かなり激しい戦闘だったようですね。シュナイダーがここまで魔人の力を使いこなしていたとは……。翔太さん、あなたはどうやって対抗したんですか?」
(そこを聞かれると困るんだよな……)
『主演』のことは伏せておくしかない。そうなると、あの戦いをどう説明すればいいのか分からない。
「無我夢中だったので、正直なところ、詳しいことはあまり覚えていないんです」
「兵士長と、シュナイダーの祖父であるマルクが、奥の部屋で生贄について話しているのを聞いたんです」
俺は荒れ果てた地下室に目を向けた。
「それを聞いて、どうしても許せなくなって……。あとは、さっき話したとおりです。無我夢中で戦っていました」
アルクは俺と周囲の戦闘痕を交互に見比べていた。
「無我夢中ですか……。正直なところ、あなたの力量が分かりません。おそらく、シュナイダーは私よりも強かったはずです。しかし、今のあなたと戦えば、私が勝つでしょう」
アルクは少し間を置いて続けた。
「それに、ギルドにも確認しました。カールはEランクの冒険者だったそうですね」
(……こいつ、一枚上手だ)
握手のときから、何かを見抜いていたのか?
どう対処すればいい……。
そのとき、ジェイドが突然、大きな声でアルクを呼んだ。
「隊長! こちらを見てください!」
ジェイドは床に残された痕跡を指さした。
「戦闘の跡から見て、二人がここで戦ったのは間違いありません。血痕も離れた場所に残っています。それと、こちらの焼け跡ですが……人の形をしています。しかも、翼のような跡まで残っているんです」
(……マルクの跡か)
祖父のことだけでも、話すべきか……。
仕方ない。これ以上怪しまれるのは避けたい。調査の情報が入らなくなるのも困る。
「アルフォートにも話しましたが、シュナイダーの祖父であるマルクは、すでに悪魔に成り代わられていたんです」
俺は焼け跡に目を向けた。
「その悪魔を殺したのは、シュナイダーです」




