フミスケ外伝シルト編2
遠い遠い海…
海は答えを持たない。
ただ流れ…
受け入れ…
忘れていく…
♢♢♢深海♢♢♢
ここは深海の奥深く…
光の届かぬ場所で、シルトは海流の声を聞いていました。
その背後を古代メガロドンが静かに泳いでいます。
2人は古からの友達だった。
古代メガロドンは亀の周りを静かに泳ぎます。
メガ「…」
シルト「…わかってる」
シルトは海の声が聞こえていました。
遠くから届く海流が震え始めていました。
♢♢♢
小さな影がシルトに近づきます。
マミ「何かあったの?」
シルト「…うん…行かないといけないんだ」
マミ「…約束の人?」
シルト「…うん、海が教えてくれた」
マミ「…わかった」
シルト「リヴァイアサンは置いていくよ」
マミ「なぜ?危ないわ」
シルト「戦いに行くわけじゃないから、
守る力だけで十分だよ」
遠い遠い海…
シャチが支配する海域がありました。
【シャチ帝国】
そこには完璧な秩序がありました。
シャチ軍400匹の等間隔、
同速度、乱れなき隊列。
恐怖すら計算された統一。
先頭にいるのは、
全身に古傷を刻んだ皇帝シャチ。
皇帝シャチ「争いは、選択肢があるから起きる」
低い振動が、海を揺らします。
皇帝シャチ「だから俺が、選択肢を消すっ…おれはっ海を完全統一する」
民衆「おおーーー」
それは、かつてシルトと語った、
「守るための力」がそこにはありました。
大切な夢の歪んだ完成形でした。
シャチ軍が超音波を放ちました。
キィィン、キィィン、キィィン
超音波が海中に広がると、深層からゆっくりいくつもの影が湧いてきました。
何百というサメ部隊が、円を描いて泳いでいます。
彼らは同盟ではない。
配下でもない。
ただの兵器だった。
超音波で刺激に反応する本能を操り、恐怖と血で攻撃性を増幅させる。
命令は「方向」だけでした。
皇帝シャチは理解していました。
皇帝シャチ「恐怖は、最も従順な刃だ」
超音波部隊が制御しているサメは、
最強の武器でした。
皇帝は洗脳サメを使い、いくつもの種族、いくつもの海を支配してきました。
皇帝シャチ「この力を使ってイルカ国を落とす!皆っ着いてこいっ」
民衆「おおーーーー」
シャチ帝国はイルカ国を侵略します。
♢♢♢イルカ国♢♢♢
皇帝はサメを使い一気に攻めました。
逃げまどうイルカ達、
海が血に染まっていきます。
サメ部隊は突撃し、
シャチは包囲し、
恐怖は計算通り広がります。
戦場は恐怖に制御されていました。
♢♢♢
すぐに海が、血に染まっていきます。
赤黒い海面が波打ち、無数の血がゆっくりと滲み広がっていきます。
遠くの海面に、何かが現れました。
最初は、ただの小さな影。
その影は少しずつ、少しずつ大きくなっていきます。
波をかき分けながらサメの方向へ、
とてつもなく巨大なものが近づいてきました。
サメ達はいっせいに動きを止め、ゆっくり影の方向へ向きを変えました。
ホオジロザメ部隊が影を敵と認識し、
一直線に飛びかかります。
シルト「……来るか」
シルトが動きを止めたその瞬間、
古代メガロドンが、シルトの前に割り込みました。
ガギィンッガキィンガキィン
大量のホオジロザメ部隊と古代メガロドンの牙が何度も何度もぶつかり、水が爆ぜました。
ギィン、ギィン、ギィン、ギィン
シルトは、一歩も動きません。
シルト「…下がれ、友よ」
だが古代メガロドンは退きませんでした。
古代メガロドンは守ると決めていました。
古代メガロドンはシルトが倒れれば、海は「支配」か「放置」しか残らない事を知っていました。
古代メガロドンは、海の選択肢を残すために戦うのでした。
何十、何百回と牙の衝突音が海に響きます。
古代メガロドンは噛みちぎり、
たくさんのサメ達の血が流れ、沈んでいきました。
血は全てのサメを刺激しました。
鳴り止まない牙の音が反射し、サメ全体の方向感覚が狂い始めました。
さらに初めて見る古代メガロドンへの恐怖がサメ達に広がっていきました。
全ての連鎖が重なり、本能が命令を上書きし始めます。
皇帝シャチ「…巨大メガロドンを集中して狙えー」
皇帝シャチが命じます。
皇帝シャチ「――超音波、最大っ!サメ部隊に放てっ、狙うは巨大メガロドンっ」
超音波部隊シャチ100匹が、サメ達に超音波をさらにあてます。
キィィィィン――――
サメ達は口から血を吐きました。
サメ達「…ギギギ…ギャアアアアアア」
その瞬間、サメ達の兵器としての制御が壊れました。
10キロ圏内の全てのサメは平衡感覚がなくなり、敵味方の識別が不能となりました。
サメ達「ギァアアアアアアアア」
混乱したサメは、シャチにも、仲間にも、岩にも、近くにあるものすべてに、噛みつきだしました。
血が本能をさらに加速させ、血が血を呼び、戦場はもはや戦いではなくなりました。
シルト「……おろかな」
サメが本能のまま、形ある物に牙を剥いていく中、混沌の最中でも、シャチ部隊は隊列を保ちました。
彼らは知っていました。
ここで退けば、皇帝の理想は「間違い」になる事を…
たくさんの血が無駄になる事を…
シャチ達「皇帝……我々が道になります」
皇帝シャチ「……無駄死にはするな」
シャチ達「無駄ではありませんよ、生きて新しい世界を作ってください。」
彼らは自ら、退路を作るためにカオスの中心へ進んでいきました。
一体、また一体と沈みながらも、
隊列は最後まで崩れませんでした。
そこには軍はなく信頼の形でした。
たくさんのサメと共に最後のシャチが沈んでいきました。
皇帝シャチが1人、深海の狭間に辿り着きました。
シルト「…」
シルトと皇帝シャチが向き合いました。
スピア「…止めにきたか」
シルト「…約束を守りにきた」
スピアはサメの攻撃で手もヒレも無くなり、もう泳ぐ事もできない状態でした。
スピア「…ぐっ」
シルト「海は『支配』も『共存』も拒絶した。力でも、知恵でもない、海は選ばなかった」
スピアは、静かに笑う。
スピア「…覚えておけ支配を望んだ者がいたことを…弱者を笑うな…我々は笑われるような理想を掲げ…命を賭けたんだ」
シルト「…スピア…急ぎすぎだ」
スピア「…シルト…あの頃の2人なら叶ったさ」
スピアは琥珀の冠をシルトに渡しました。
シルト「これは」
スピア「平和になってガキができたらこれで腕輪でも作ってやれ!じゃあなシルトっ」
スピアは背を向け海の奥底へ泳ぎ出しました。
誰にも討たれず、誰にも屈せず。
理想だけを抱え、深海へ沈んでいきました。
そして帝国は消え、サメは散り、海は再び流れていきます。
深海で、シルトとメガロドンが並んでいました。
シルトは琥珀の冠を力なく握りしめました。
シルト「…帰ろう」
帝国がなくなっても
想いは続いていきます。
平和を夢見ている者…
理想に恋焦がれている者…
崇拝している者…
しかし同じ夢を見た者たちの理想は…
海に選ばれませんでした。
それでも確かに、この海に存在していました。




