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入場門のところには、もう1年生の女子が整列していた。
「毎回どこ行ってんの、茉理」
奈々は流石に気づいて聞いてくる。
「なんか出番が終わったら、いつも突然いなくなるんだもん。全然クラス席にいないしさ」
「あははは……ごめん」
なんとか笑ってごまかすと、彼女は茉理にほら、と赤いポンポンを二つ手渡した。
「あんたの分よ。早く並んで」
「ありがとう」
茉理はポンポンを両手に持って列に入る。
先程の二年生はクラッシック曲のアレンジしたものだったが、茉理たちのダンス曲は今流行りのガールズアイドル5人組が歌う軽快な音楽だ。
ジョークをふんだんに交えた歌詞と繰り返されるフレーズが歌いやすくて、スーパーや商店街などのBGMとして流される事が多い。
(歌の題目が『マイナス通帳』だもんね)
茉理は歌詞を思い出して、くすっと笑った。
一途な恋に燃える女の子があこがれの彼のために必死に働いて貯めたお金を、彼の理想の自分になるためにエステや化粧品、ブランドの服や高級バッグ、果てはダイエットグッズや習い事なんかに使い込み、いつも通帳はマイナスになる、という詞で、マイナス通帳の単語が繰り返し歌われ、それでもわたしは幸せよ、と最後に言い切るのだ。
(そんな風にマイナスでも幸せだって言える恋をしてみたいけど、現実は無理よね)
歌にすればコミカルな内容だが、実際自分には出来そうも無い。
そんな事を考えていたら入場用の曲が流れ、茉理たちは駆け足で校庭に入り、ダンスの位置についた。
このダンスは明るく体育祭を応援するチアガールをイメージした振り付けがなされており、曲が始まると同時にポンポンを振って上下左右に動かしたり、マスゲームのように綺麗に列をそろえて移動したりと最初から最後まで笑顔で楽しく弾んで踊るようにと指導されている。
曲が始まり、とにかく茉理は頑張ってポンポンを振って動いた。
途中視線を感じ、ちらりと見ると彼と目が合う。
(帝先輩)
じっと彼の瞳が彼女を見ていた。
踊りながら、茉理は耳まで赤くなってしまう。
(う……あんまりジロジロ見ないで欲しいよ)
やはり気になる男の子から見られているというのは、緊張度が高まるものだ。
必死に彼の事を頭の中から追い出し、茉理はとにかく間違えないように必死に踊る。
最後のポーズを決めて終わった時には、息切れして肩が上下してしまった。
(お、終わった)
これで本日自分の出番は終了である。午後は応援合戦と選抜対抗リレー、そして三年生の旗取り合戦が行われるのだ。
(あとは見学だけしてればいいものね)
茉理はほっとして、退場の音楽に合わせて小走りに門まで向かう。
彼女が門の外側に出た時。
「茉理っ」
突然彼女を呼ぶ声が、すぐ横から聞こえた。
「帝先輩?」
声の主はすぐにわかったので、あわてて振り向く。
すぐ後ろに帝が立っていた。
すごく切羽詰った顔で、彼は茉理の方へ腕を伸ばす。
つかまれる、そう思った時だった。
帝に触れられる前に、目の前がぶれる。
(あっ……これって)
瞬間移動だ。
――あっという間に茉理は、また教科準備室に来ていた。
ポンポン持参で、茉理はまた教科準備室に戻ってしまった。
さっきの帝の顔が、何故か頭から離れない。
(帝先輩)
確かに彼女を呼んで、腕を掴もうとしていた。
その表情は正直かなり切羽詰ったもので、ちょっと会いにきたとか通りがかりに声かけてみたとかそういう感じじゃない。
(何かあったのかな)
どうしても自分に会わないといけない用事でもあったのか。
思い当たる事はないのだが、言い知れぬ不安が彼女の中に忍び寄る。
(何だろう。何か変だ)
複雑な顔の茉理に、るいが寄ってきた。
「お疲れ様です、お姉様」
ポンポンをさっと手からはずされ、タオルを渡される。
「すっごく可愛かったですよ、お姉様のダンス」
るいが目をきらきらさせながら褒めてくれた。
「もう可愛くって最高でした。抱きしめてお家に持って帰りたくなるくらいです」
なんかすごい褒め言葉をもらった気がしたが、茉理の意識はそこになかった。
「あ……ありがと」
機械的に返事をして、彼女はタオルで汗を拭う。
(帝先輩、さっきは絶対変だった。今お昼の休憩だし、ちょっと会いに行こうかな)
「ね、ねえ、るいちゃん」
「なんですか、お姉様」
彼女は机を動かしてセッティングし、配布されたお弁当を並べていた。
「ちょっとだけ時間もらってもいい? クラスに戻りたいんだけど」
流石に小学生の彼女に、気になる彼に会いに行きたいとは言えない。
しかし茉理の言葉に、るいはうーんと難しい顔をした。
「でもお姉様、先にお弁当を食べた方がいいんじゃないでしょうか。ほら、いつゆり子様が昼食を済ませて来賓席にお戻りになるかわかりませんし」
「ちょっとだけ、ね、お願い」
拝むように両手を合わせて頼むと、るいは困った顔をする。
「いいじゃないの、るい」
入ってきたれいが言った。
「えーっ、でもどうするの? それじゃ困るよ」
「お姉様だってずっとくまやってお疲れだもの。少しは休憩しないとね」
そう言って、れいはお弁当箱を置かれた机の前に座る。
「ただお姉様、お弁当は先に食べませんか。昼休みは長く取ってありますし、せっかくこうして美味しそうですし」
置かれたお弁当を見て、茉理は目を丸くした。
(嘘でしょ。三段もある)
おせち料理並みのお重箱に、豪華すぎるとしか言いようがない。
これが生徒に出されるお弁当なのか、正直驚きしかなかった。
「ふふっ、美味しそうですよね、お姉様」
るいが満足そうに笑う。
「実はこれ、ご来賓用なんです」
「えっ、そうなの?」
「お姉様にゆり子様の事でかなりご迷惑をかけてしまったと、あちらの執事さんがわたし達の分も手配してくださったそうですよ」
「クラスには流石にこれは持っていけません。他の生徒達と中身が違いますので」
「そうだよね」
茉理は納得する。
幾ら豪華だとクラスメイトが騒いでいたとしても、これほどの物は出ないはずだ。
「なのでここで食べてしまいましょう。るい、お茶入れて」
「もう、自分でやりなよ」
人使い荒い、とぶうぶう言いながら、るいは湯飲みと急須、ポットを乗せたお盆に近づき、温かい緑茶を入れ始めた。
茉理は目を丸くする。
「ペットボトルとかじゃないの?」
普通生徒たちは、温かいお茶など学校で飲まない。
応接室とか職員室には用意があるだろうが、教室にはこんな陶器のお茶セット一式はないはずだ。
「お弁当と一緒に執事さんが用意してくださったんです。すごく気が利く人ですよね」
るいはそう言って、湯飲みを茉理のお弁当箱の横に置いてくれた。
「いただきます」
三人は誰ともなく一斉に挨拶して、お弁当の蓋を取る。
「わあっ、これ凄すぎる」
「流石特製豪華幕の内ですわね」
二人は目を丸くして、お弁当の豪華さに驚いた。
茉理も声には出さなかったが、同じ思いである。
最初の一段目には美しく彩られた煮物や酢の物、かまぼこや和え物、高級漬物などの野菜メインのおかずが並ぶ。
二段目は鳥のからあげと照り焼きの二種類と白身魚のフライやエビフライ、豚の上品な角煮、牛肉のサイコロステーキがソースをからめて入っている。
三段目は何とうな重だった。
いっぱいに敷き詰められたご飯の間にもうなぎの蒲焼が挟まれており、上には当然これでもかとうなぎが乗っている。
(凄すぎる。こんな豪華なお弁当、人生で初めてだよ)
横にお弁当のお品書きまでついており、食欲をそそった。
だが流石にこの量は多い。
茉理は美味しいと思うものの、特にうな重は半分しか食べられなかった。
何しろいつも正月に頼む四人分ぐらいのサイズのおせち料理と同じ大きさの重箱なのだ。それにいっぱいの料理など、とても全部お腹に入るものではない。
るいとれいは小学生の細くて可愛い姿なのにも関わらず、豪快に食べていた。
(すごい。よく入るなあ)
こんなこと言ったら二人に失礼だが、女の子というより男の子の食べっぷりである。
何と二人とも完食してしまった。
「ご馳走様でした」
茉理はお弁当箱の蓋を閉めると、立ち上がった。
「じゃあごめん。ちょっと」
行ってくる、と言いかけた茉理の手をれいが掴む。
「お姉様、お急ぎでないなら、あと数分いいでしょうか」
「え?」
「実はお姉様がお疲れだろうと思いまして、急遽るいと二人で準備した物があるんです」
「準備って何を」
戸惑う茉理に、れいは薄く笑うと瞬間移動した。
着いた先は、何と特館の温室だ。
(あ……ここは)
茉理は前この温室に来たときのことを思い出す。
音楽室や技術室、科学室に生徒会室など特別教室がある特館には美しい庭と温室があり、温室内には薔薇が季節関係なく咲き誇っていた。
香り高く美しい薔薇の花を眺めていると、それだけで気分がすっきりする。
「ここはクリスティ第二の分家である伊集院雅人様の薔薇に囲まれた温室です」
るいは淡々と説明した。
「雅人様の薔薇には魔法で精神を鎮めるリラックス効果をもたらす香りを放つようにしてあります。疲労回復効果もあるとか」
「あ、聞いたことある。れいちゃん、くわしいね」
茉理の言葉に、れいは従兄弟ですから、と小さく付け加えた。
「え? 従兄弟なの?」
「はい。わたしとるいは、雅人様の父方の親戚です。わたしたちの父は雅人様の父の弟。クリスティ一族では第二の分家に属する家なんです」
「そうなんだ」
生徒会メンバー以外の歳が近いクリスティ一族と会うのは初めてで、茉理はちょっと新鮮な気持ちになる。
「れいったらずるーい」
遅れて瞬間移動してきたるいが、茉理の腕に自分の腕をからめた。
「るいもお姉様と薔薇園のお散歩したーい」
「散歩? そんなお姉様を疲れさせることするわけないでしょ」
れいはため息をつくと、奥にある長いベンチを指差す。
「あそこにうつぶせになって寝てください、お姉様。わたしたちが肩と背中をマッサージします」
「ええっ、そんなのいいよ」
茉理は辞退しようとしたが、るいがぐいぐいと彼女の腕を引っ張ってベンチの所まで連れていった。
「はい、お姉様。こちらにどうぞ」
ベンチにはすでに柔らかそうな毛布が敷かれて小さな枕まである。
有無を言わさず茉理はうつぶせにされ、るいは茉理の横から小さな指で彼女の背中を指圧し始めた。
(う……気持ちいいんですけど)
中一の女の子にはあるまじき姿かもしれないが、れいの言う通り茉理の体はかなり疲労している。
着ぐるみを着て、慣れない事に気を張って数時間、自分でも気づかなかったが体のあちこちが強張っていた。
れいは茉理の足のふくらはぎをゆっくりと押していく。
二人とも小学生とは思えないぐらい指圧が上手で、茉理はだんだん眠くなってきた。
(ふわあっ、どうしよう、頭が気持ちよくてぼーっとする)
いけないと思いながらも、茉理の瞼は少しずつ下がっていく。
(帝先輩に会いに行かなきゃ……でも)
次第に意識は混濁し、彼女は二人のマッサージがあまりに気持ちよすぎてつい眠ってしまった。




