十一.(完)
最終話です。
「雪兎…待ってよ、ねえ、どうしたのよ…」
「どうもこうもあるかよ…あー、ダメだ。イライラする」
雪兎は夏蘭を宴の席から掻っ攫うように連れ出した後、誰もいない道端で夏蘭を降ろし、今度は手首を掴んで引っ張るようにして夏蘭を連れて歩いた
夏蘭は雪兎の怒りを宿した冷たい声に悲しくなって泣きたくなった
「何で怒ってるのよ…」
「怒る?そんな単純な感情じゃない!」
突然立ち止まったかと思えば振り向き様に怒りをぶちまけられて夏蘭の身体は縮こまった
雪兎は夏蘭の腰を抱き寄せると怒っているようで、それでいて今にも泣き出しそうなまるで余裕のない顔で夏蘭を見下ろし捲し立てた
「番いが泣かされた、手を握られた、しかもほっといたらあのままあいつと抱き合ってた!
お前は俺の番いだろ、なんであいつの前でなんて泣くんだよ、何で他の男に触らせたりするんだ」
「ごめん。だって…春香があの頃の春兄に戻ったみたいで、嬉しくて」
「あいつの名なんか呼ぶな、俺の名だけ呼んでればいい」
そんなのめちゃくちゃだ…と夏蘭が思ったのも束の間、雪兎は怒りをぶつけるかのように夏蘭の顎を掴み噛み付くようなキスをした
夏蘭は何か言って雪兎を落ち着かせようと思ったのだけれど喋る間も与えてもらえず執拗に唇を絡め取られてはどうすることも出来ない
雪兎のくせになんて獰猛な獣だろうか夜月に光る碧い瞳が逃がさないとでもいうように息絶え絶えになった夏蘭をじっと見下ろした
「あいつは危険だ!二百有余年もずっとお前を側で見てきた男だ!誰よりもお前をよく知っている、俺なんかよりずっと…
お前は、今この時もこの先も、過去だってずっと俺の番いなはずのに、二百年も番いだと知らされなかった所為でお前の傍に俺以外のやつが居座った
本当なら過去だって俺がお前の一番身近な男として側にいた筈なんだ!それをあいつが自分の番いだとか言ってるのを俺は…何も知らずに安易ゆるしてたなんて…ああもう!クッソ、ムカつく」
夏蘭から手を離した雪兎は顔を両手に包みこんで項垂れていた
いつも腹を立てていても冷静さは常に失わないこの男が人格崩壊する程に荒れ狂っている様子に夏蘭のほうが冷静になっていく
「いや、冷静になろうよ、過ぎた事じゃない。
それに私と雪兎は同じ歳に生まれてるんだよ、流石に二百年前は雪兎も私も赤ちゃんだよ…十年先に生まれてる春香だから私の世話を焼けたわけで…雪兎が番いだと知っていても春香は私の面倒みてたような気するよ、邪気祓いも兼ねて」
「だけどもっと早く番いだって知ってたら間違いなく俺がお前の一番だった!」
真剣な顔をした雪兎の口からそんな言葉が出てくるとは思ってはいなかった夏蘭は呆気にとられた
何をそんなにムキになる必要があるというのだろうか、雪兎は夏蘭の番いであって、夏蘭が一番大好きなのは紛れもない雪兎だというのに
「だったって…私が一番好きなのはあんたよ?
雪兎ナンバーワン、寧ろオンリーワンなんだけど、だいたい、番いのあんた以外が私の一番になるとか無いから…」
夏蘭はまるで子供をあやすかのように雪兎の銀髪頭を背伸びして撫でる
すると雪兎は甘えるように夏蘭をぎゅーっと抱きしめて夏蘭の頭に頬擦りしだした
「それでも過去一時でも夏蘭の一番側にいる男が俺じゃないとか認めたくない!過去に戻って一から全部やり直したい!そしたらお前にまとわりつく他の男なんて皆遠ざけて俺がずっと傍らでお前を可愛がるのに!
子供の頃の夏蘭の心をあいつに奪われた!お前が幼い頃を振り返る時一番に思い出すのは春香で俺じゃない…それがたまらなく嫌なんだ」
本当にこれがあの雪兎か?と自分の記憶にある番いの姿を夏蘭は思い返す。変わり過ぎだ
だが、どう変わった所で夏蘭はこの男から離れる気も無いし、一等好きな事に変わりはないのだ
夏蘭は雪兎に夏蘭の頭の中を見せてやれたらいいのにとさえ思う
この男は本当に真っ直ぐな男だ、ただ真っ直ぐに夏蘭を欲している
まだ番いだと気付いてもいなかった過去でさえやり直して夏蘭の生きる全ての時を共にして夏蘭の全てを支配したいのだ
確かに夏蘭達の生きた二百年という月日はけして短いわけでもない、大人の肉体に変化して余るだけの時が過ぎ去ってしまっていた
夏蘭とてもっと早く番いとわかっていたらと考えないわけではない、だけれど夏蘭は雪兎との過去より未来に思いを馳せている。
神の世で二百年など人の世の数年にもみたない些細なもので、この先の未来いったいどれだけの長い長い時を当たり神として共に生きていくことか。そう考えれば比べるまでもなく雪兎の一人勝ちで、春香など夏蘭の記憶のほんのひとつまみを占拠しているに過ぎない。
それでもその些細な過去が雪兎を不安にさせるなら、その不安を拭い去って雪兎が安心できるように満たしてやりたい
夏蘭は雪兎の背中に回した手に力を込めて腹をくくった
「わかったよ、過去はどうにも出来ないけれど、その分、今の私を全部雪兎にあげるから、だからもうそんなに悲しんだり苦しんだりしないでよ、私は全部雪兎のものだよ」
「……」
雪兎は静かに抱きしめる力を緩め夏蘭から離れる
すると、二人の間にふわりと冷えた空気が漂って、はらはらと微かな雪が舞い降りた
「雪兎…何か身体から雪でてるけど」
「多幸感が凄すぎて…神気が勝手に溢れてる…」
「あー…冬家系特有の…はじめて見たかも。
ねぇ、良くあるの?」
「最高潮にうれしい時とか、感動したらおきる…
俺は…生まれてから二回目だ、神力を初めて使える様になった時以来…」
雪兎は自分でも驚いているようで頭上を見上げている
「うそでしょ!?そんなレアなのこんな事で今出す!?」
「こんな事じゃないだろ。俺にとってはこの上なく嬉しい言葉だった。俺は…本当は焦ってたんだ、番いの本能でお前を俺に一生繋ぎ止められる、そう思う反面、番いの本能が無ければ、夏蘭はきっと俺を選んではいないだろうって気持ちがどうにも拭い去る事が出来なくて」
「…それは、私だって…」
同じだ。夏蘭も雪兎が他の誰かと結ばれる未来を想像して胸が締め付けられる思いですぐにその思考をかき消したのだ、それを、まさか雪兎も同じように考えていたなんて夏蘭と雪兎の思考はいつも本当に似通っている
「ずっと嫌な態度を取ってきたし、お前には俺の悪い部分を全部知られてる。だからもし他に好きなやつ…春香とか好きになったら、お前は本能なんか無視して、俺から逃げてしまいそうな気がして…だから早く深い繋がりを持ちたいと気持ちが急いてしまっていた」
「そんなこと思ってたんだ…
雪兎、私もおんなじだよ、雪兎が番いだってわかってから色々な感情が押し寄せてきてない混ぜになってる
好きとか、愛しいとかそんな綺麗な感情ばっかじゃないよ、もっと独占したいとか、甘えたいだとか…
宴のはじまりの時だって、雪兎をじっと見つめる女神の視線とかすごく嫌だって思っていたし…今思えば私がそれを隠しきれなくて顔に出しちゃってたから皆春香によっていってたんだろなって思ったりもするわけで…」
夏蘭は自分で言いながら恥ずかしくて仕方なくなってきた、何故自分はこんなことまで明け透けに暴露しているのだろうか、別に雪兎が聞いた訳でもないというのに…だけれど雪兎があんまりにも明け透けに腹の内を見せてくれてるものだから、ついつい自分も素直に口から感情が溢れ出す
きっと当たり神は対なる存在に隠し事など出来はしないのだ
「本当に?夏蘭でも妬いたりするのか?」
「当たり前でしょ!番いの本能なめないでくれる?
もうずっと宴の間雪兎に向く視線に圧かけてたよ私
絶対雪兎気付いてると思ってた
言葉でも念押ししてたじゃない、「私以外の女神の前でそんな声出しちゃダメ」って、もう嫉妬心剥き出しの束縛女だったでしょ完全に!」
「いや、俺はお前が俺の声好きなんだって思って、ただただ嬉しかったんだが…あれが嫉妬?束縛?
気付くかよ、ただ可愛いだけだろあんなの、もっとわかりやすく嫉妬して」
「だから!だから!あんたのそーゆう所!
ど直球でキュン死するようなセリフを連投すんなよ
しかもその声で!」
「なに急に怒ってんだよ、ああ…でも
はは、やばいな〜もはや怒ってても可愛いとか
これも番い補正なのかな?もうわけわかんないな」
雪兎は吹き出してケラケラ笑って夏蘭を持ち上げた
「ひゃあ!?えーー!ちょっと雪兎!」
「なに?」
「何って、これ!お米様抱っこーー!!」
「!?お米様? そんな神様いたか?稲荷神様のあだ名か?」
「違う、米俵担ぐみたいに抱っこするのを人の世ではお米様抱っこって言うのよ!」
「あのさ、お前が人界オタクなのはわかったよ
とりあえず口閉じてな、舌噛むぞ」
そう言ったきり雪兎は夏蘭を抱えたまま得意の神技で空高く跳び跳ねた
夏蘭は突然の浮遊感に悲鳴をあげて雪兎の首にしっかりと抱きついた。そうして二人は雪兎の家まで最短で帰りつき雪兎は玄関で急くように自分の靴を脱いで夏蘭の靴を脱がし家の気配を探った
眷属達は宴の給仕で皆出払っているようだ。灯りの無い長い廊下を窓から差し込む月明かりだけを頼りに雪兎は進んでいく静寂の中雪兎の部屋の襖を開ける音がやけに背徳的に聴こえて夏蘭は雪兎にぎゅっとしがみついた
雪兎は部屋に入るなり夏蘭を布団に降ろして覆い被さり見下ろした
「さっきは布団なかったよね!?」
「ああ、俺が眷属に出かける前に敷いておくようにいいつけた」
(それって…最初から持ち帰る気満々だったってこと?)
「うん、そうだよ」
「今心読んだ!?待って!番いって心も読めるの!?」
「なわけないだろ…ただ、お前の考えてそうな事は大体わかるってことだよ」
雪兎は会話しながら夏蘭の髪飾りを取り枕上の長箱の中に入れ、枕元灯に手をかざし神火を灯す
夏蘭はこれから全てを曝け出すのだと思ったら恥ずかしくて使用がなくなり部屋が明るいから灯りを消してくれと雪兎に言った。しかし雪兎はそれをしれっと却下し、そのままことを押し進めようとしたので顔を真っ赤にした夏蘭が雪兎の顔を両手で押しのけムードもへったくれもない押し問答がはじまった。しばらくそんな互いの攻防が続いてぜえぜえと息を切らした二人はこのままじゃ埒があかないと互いに妥協する事にして灯りの神火を小さくすることでようやく本番に至ったのだった
◇◆◇
夏蘭は雪兎に腕枕された状態で天上をみながら呟いた
「…なんかすごかった、色々」
夏蘭の情事の後の感想はこの一言に全て集約されていた。夏蘭にとっては雪兎のする事全てが衝撃的で完全なる未知の体験だったのだからまあこんな感想でも仕方ない
「なんだ、その感想は…」
夏蘭の横顔を見つめながら雪兎が喉の奥でくつくつと笑った
「ねえ、雪兎はどうだった?」
夏蘭の意外な質問に雪兎は目を見開いて、少し天上を見上げた後夏蘭に向き直る
「満足した…って言うべきなんだろうけど
すまん夏蘭…正直足りない、ほんと悪いな…」
「はあ!?ちょっと…」
雪兎は言葉では申し訳無さそうな振りしておいて妖艶な笑みを向け悪びれる様子無く夏蘭の首からするりと腕を抜き取ってまた夏蘭を組み敷こうと乗っかった
「こんの…スケベ!鬼畜!どエロ!ケダモノ!…後々〜〜なんだ、出てこない」
雪兎は夏蘭に覆い被さったまま吹き出して笑った
「たしかに、お前はR15仕様だわ…」
「はあ!?」
「まだ夜は長いよ、俺がR18仕様に仕様変更してやるよ」
「こ、この〜〜…肉食兎!」
「あ、それ良いな、俺にピッタリ、流石俺の番い」
果たしてその後、夏蘭がR18仕様に仕様変更されたかどうかはまたどこか別の話ーー
◇◆◇
その後の話を少しするとすればーー
その後、夏蘭と雪兎は夫婦となり仲睦まじく里で暮らした
人の世の季節の移ろいは安定の月日を千年と辿り、
人の世が移り変わって世界の有り様が変わっても末永く添い遂げた当たり神は、そのお役目を終え高天原へ昇り人の世で夫婦円満の夫婦神として名を馳せた
その後寿命ある限り添い遂げると五柱の子と二柱の孫に見守られ同時に息を引き取りその天命を果たし終えた
◇◆◇
連れ立った御魂が転生の道をゆらゆらと仲良く進みゆく
「私、次は人間になりたい。そうして雪兎の生まれ変わりと恋に落ちるの」
「じゃあ俺も次は人間に生まれないとな」
「雪兎は別になりたいものになればいいわ、人でも神でも天狗でも雪兎なら私はなんでもいいもの…ただ、次は恋からはじめたいわあなたと一緒に
ねえ、付き合ってくれる?」
「もちろん
夏蘭の隣は俺の特等席ってきまってるから何度生まれ変わっても側にいる…全身全霊をかけて口説きに行くよ」
「「 何度でもね 」」
ーおしまいー
夏蘭と雪兎の夫婦になったその後の話をまたR18サイトでいつか書きたいなと思ってます。
ここまでお読み下さりありがとうございました。